大魔族の影 ~這いずる魔猫の誘惑~その1
大魔族二匹の密談。
正常に戻った時間――魔王城風に改装した玉座の間に、太陽の光は入り込んでこない。魔力の侵入を防ぐ構造だから仕方ないのだが、日向ぼっこができないのはほんのちょっとマイナスポイントである。
太陽による計算はできないが、時刻は既に正午をすぎているか。
モフ耳をピンと立てた私は、手を翳し……魔力を放つ。
『応えよ、我が影よ――』
警戒の意味を込めて、意識を空に飛ばしたのだ。
王国の上空に飛ばした私の影猫たちからの報告によると、近くに敵の気配はないようである。
妖精たちの力が込められた植物に包まれ守られた王国に、不審な影はない。
むしろ、この私の影が一番怪しいぐらいである。
身体をぐぐぐーと伸ばし、獣人モードの私はくわっ! と瞳を見開き、尾をぷるり。
『さて! 我等も人間達と合流し最後の四大脅威について、うにゃっとサクっと語ろうじゃないか!』
「そう。それがいい」
「手を結んだ以上。我らは協力する」
「アレは必ず人間と敵対する。そういう本能。ある」
力強く宣言する私に蟲の群れが答える。
おや、なにやら積極的である。
はて、謎の触手君にはわりと好意的な印象を持っていたようなのだが。
ともあれ。
グルメのために、頑張るのニャ!
そんなわけで。
ぞろぞろと揃い始めていた人間の群れへと歩むのは、大魔帝ケトスことブラックハウル卿に扮する私。そして、この世界の大魔族である蟲魔公ベイチト君。
私は見栄えもいいし、ベイチト君もちょっと貌が蟲っぽいが無機質な美人さんだ。
歩く姿は皇帝と女帝っぽくなっているんじゃないだろうか。
身に着けている礼服も伝説クラスの装備だし――。
見目麗しき私は耳としっぽが貴族っぽいモフモフだし、ベイチト君はモフモフマントを羽織って王族ですら手にすることのできない神器を握っているし。
なんで高級装備ってよくモフモフがついてるんだろうね。
ともあれ。
これなら、魔王様ごっこが……できるかも?
ちょっと、邪心がムクムクとしてきた。
実際、私は人間を魅了することに関して、ちょっと自信があるからね!
少しくらいなら、遊んでもいいよね?
……。
よし、ちょっと試してみるか。
あー、駄目だ。魔王様のお顔を見てしまった影響だろう。魔王様の愛猫として好き勝手やっていた時代のいたずらごころが抑えられなくなっている。
にゃふふふふ、とダンディ獣人モードのまま悪戯貌を浮かべる私に、ベイチトくんは飽きれ気味である。
彼女を引き連れて人間たちの所へ――トコトコトコ。
『やあ君達。食事は堪能していただけたかな?』
尖った目をした騎士の一人が、満腹で満足そうに蕩ける顔を引き締めて――呟く。
「失礼ですが、あなたは――魔族の方、でしょうか」
『ああ、ごめん。私だよ、私。人型モードになるとこんな感じなんだよ。ほら、食事する時はナイフとフォークを使うだろう? この形態の方が上品に頂けるからね』
ぺらぺらぺらと、それっぽい嘘をつきまくる私を見るベイチト君は「うわぁ……」という顔をしているが、気にしない!
「こ……これは――ブラックハウル卿でしたか!」
騎士は声音で私だと悟ったのだろう。
慌てて周囲を巻き込み敬礼をしてみせ、上擦った声を上げた。
「し、失礼いたしました! まさか猫様ではない姿でいらっしゃったとは気付きませんで――」
「なんと! 魔術で人型になれる魔族の方がいらっしゃるとは聞いていたのですが、まさか、このような凛々しく美しい……ぽっ」
「こ、こら――失礼であるぞ」
食事を終えていた他の騎士団と宮廷魔術師たちもこちらに気付き、私の正体を耳にしたのだろう。どんどん群がってくる。
まあ挨拶は重要だからね。
誰しもが、獣人モードの私に目を奪われて――尊敬のまなざしを向けてくる。
極上のグルメの直後に、それを提供した異界の貴公子と古の蟲女帝の登場だもんね!
これだ!
これぞ注目を浴びる素敵ダンディーである!
おっと、いかんいかん。
思わずビシっとポーズを取りそうになってしまった。
ドヤを隠し、愁いを帯びた微笑を零す私に次々と敬礼をし――騎士達が主君に従う仕草で整列してみせる。
「ハウル卿、我等にもあのような素晴らしきグルメを提供していただき、ありがとうございました」
「その……あれほどの美味は初めてで……少々、驚いております」
「我ら騎士団、貴方様のご協力に感謝しております」
「わたくしども宮廷魔術師団も、貴方様の偉大なる魔力に感服いたしておりますわ」
うむ、素直で宜しい。
やはりグルメで人の心を掴むのって、けっこう有効だよね。
群がってくる人間どもの持ち上げが、気持ちいい!
ドドドド、ドヤァァァァァ!
ふ、ちょろい。ちょろすぎるのである!
と、遊んでばかりもいられない。
微笑んだまま私は猫の魔眼をギラり。
実はこれ。
ドヤを兼ねた犯人探しでもある。
呪い返しで滅んでいる可能性もあるが、王様を呪っていた相手はまだ見つかってはいないのだ。
そう、これは必要なドヤなのだから。
仕方ないね、うん……仕方ないのである。
私が人間たちの気を引き付けているうちに――チラり。
視線で促す私の意図を察したのだろう、ベイチトくんも呪い探査の魔術をこっそりと展開。
呪い――魔力の流れを乱す、儀式魔術の波動を探っているようだが――。
この中には……いないね。
彼女も首を横に振る。
人間が犯人なのは間違いないと思うのだが、ふーむ。
力ある存在だから、民間人だという事はないと思うのだが。はてさて。
人間の群れに反応したのだろう。
ネコちゃんレストランの上でぐでーんと、大魔帝風ホットサンドを齧っていたハロウィンキャット達も、モフ毛を歓喜に膨らませて集合。
ニャッハニャッハと肉球で空を駆けて、私の前でズジャ!
恭しくお辞儀をし、敬礼をしていた。
「うにゃにゃ!」
『君達も食事は楽しめたかい? レストランの食事ではなくて、私の手料理ですまなかったね』
「うにゃんな! うにゃうにゃ!」
『そう、良かった。満足して貰えたなら嬉しいよ』
んーむしかし。
ネコの王である私に付き従う本能と、その場のノリで鳴いているハロウィンキャット達はともかく……問題は他の人間達だ。
彼等の瞳には狂気すら浮かんでいたのである。
こちらから誘惑しておいてなんだけど、こいつら――ちょろすぎて心配だなぁ……。
「さあどうぞハウル卿。会議の特別席を用意してありますのよ。蟲魔公様の蜜酒には敵いませんでしょうが、蜜のジュースもございますので――ご遠慮なく」
『そうかい? じゃあ、お言葉に甘えようかな』
ま、ちょろい方が可愛げがあっていいよね~♪
くははははは! 人間よ!
この美しく気高い魔王様の僕である我に貢ぐのニャ!
促されるままに特等席へGO!
ぞろぞろと続く取り巻き達は、人間の兵士達とカボチャ兜を被ってニャハニャハ歩むダンジョン猫たち。
一見すると微笑ましい光景であるが――実はこれ結構危険なんだよね。
私にとってはではなく、この国にとってであるが……ようは、一歩間違えれば、ハーメルンの笛吹き男状態。
私が本気になれば――大量の人数を引き抜くことも可能な状態なのである。
その危険性を察しているのだろう。
用事を済ませ遅れてやってきたカルロス王や三傑、各組織の要人達は複雑な表情である。
半分、脅しの意味も込めて――私は意味ありげにニィ。
ネコの笑みを浮かべて国を動かす彼らに言う。
『君達も我が配下によるもてなしを満足してくれたかな? いやあ、やはりグルメはいいね……文化の壁を越えて共通の享楽を提供してくれる。実に、素晴らしい』
言って、私は魔力を零し、モフ毛の先端を神々しく輝かせる――ついでに、玉座の間を守護する石像守護者たちの瞳を紅く染めてやる。
魔像を操る魔王様の図! である!
私自身も瞳を紅く灯らせて囁いた。
『大魔帝ケトス様は仰っている。君達から提供されるグルメを楽しみにしているよ――と』
広がっていく暗闇。
彼らの瞳の中では、甘く優しいだけではない私の魔性が透けて見えている筈だ。
人間たちの心を掌握する私という闇の魔獣。
魔族として人間を誑かす私の紅き瞳が――デラデラと輝き続ける。
むろん、今までのこれは全て計算の上での出来事。
壮大な計画!
ではなく。
ただの演出である。
グルメを期待しているからね! と――言いたいことを告げた私は、流し目を残し特等席に向かう。
おー! なんかニャンコ大好きなふかふかクッションが置いてあるではないか!
ポンと猫モードに戻った私は、にひぃ!
ニャッハニャッハと肉球で歩く。
ふかふかクッションの弾力を肉球でチェックしながら、賢い私は考える。
今更人間たちを裏切るつもりはない。
けれどだ。
私が声を掛ければついてきてしまう人間は、かなり増えているのだ。
集団で生きる人間は強き指導者と、そして共有する五感――つまり快楽に惹かれてしまう本能がある。
異界のグルメと私の美貌。
妖しい魔力。
それらを全て持ち合わせる私は、超自慢であるが――魔王様ほどではないが、魅力的過ぎるのである!
それこそ、約束を反故にされ子どもを連れて消えてしまったあの笛吹きのように、彼らの心を妖しい魔力で掴んでしまったのだ。
我との契約であるグルメを提供できなければ――どうなるか。
にゃふふふふ!
くくく、くはーっはっはっは!
これはグルメによる、グルメのための人質なのだ!
もはやこの国は、我が肉球の上。
生かすも殺すも全てが自在。
我へ献上するグルメに全てが掛かっていると言っても、過言ではないのである!