神官長と極悪にゃんこ ~王者の膝は我の領域~後編
獣の口が静かに語りだす。
実はこの静かにというのは、けっこう重要なポイントである。本来、血肉に飢える存在である魔獣系の魔族がゆったりと語る姿って、かなり理知的に見えるんだよね。
『わた……大魔帝ケトス様は、ちゃんと話し合いを優先されていた。けれど、あの輝きはそれに応じなかった。たかが猫一匹、話し合うよりも消してしまう方がいいと判断したのだろうね。こちらは歩み寄った、あちらは拒絶をした。それだけの話さ。まさか敵わないと知らずに一方的に攻撃を仕掛けておいて、負けそうだから反撃をするな、そういうのかい?』
言葉を受け、しばし瞑目した神官長ミディアムが応じる。
「主は、本当に大魔帝ケトスさまを攻撃なさったというのですか? 威嚇であったり、警告であったという可能性は、なかったのでしょうか? 主が一方的に、小さき猫様を攻撃するとはとても信じられません」
まあ、もっともな意見かな。
私だって、怪しい魔族が「相手の方から攻撃してきただけだもーん」と主張したって信じないだろうし。
だから私は証拠を見せる事にした。
あれは私が既にこちらの世界に侵入した後の時間だから、過去視の魔術の対象内なのである。
まあ、私とバレてしまうから、私の姿は加工させて貰っているが。
『これがその時のヴィジョンさ。十重の魔法陣による雷属性の攻撃――大魔帝ケトス様はそれを受け止めていらっしゃる。それとも、まさか、こちらの世界では十重の魔法陣での攻撃が挨拶代わりだというのだろうか? それならそれで構わないよ? こちらも、挨拶をさせて貰うだけだからね』
「こ――これは……!」
私が映し出したのは、大いなる輝きとの一戦。
ま、戦いともいえない衝突だったけど。
ともあれ。
驚愕に瞳と口を見開いて、ミディアム神官長は出せぬ言葉を震わせ――乾いた息を漏らしていた。
「う……そ、じゃないのですよね。このヴィジョン魔術にうつる十重の魔法陣は――伝承にも残されている主の大魔術、雷霆の鉄槌……っ」
ざわざわ!
っと、ギャラリー達が良い反応をしてくれている!
生まれる混乱の最中。
容赦ない私は――叩きこむようにネコの口を、うにゃうにゃうにゃと上下させた。
『そう、これを使えるのは――君達の世界では、そんなに多くないんじゃないかな?』
穏やかな神父のような声で言って。
私は――肉球の先から十重の魔法陣を展開。
結界空間に雷霆の鉄槌を再現してみせる。
ゴロゴロバチバチ。
伝説の大魔術をいとも容易く扱って見せる、まあこれはただの演出と脅しである。
卑怯なようだが、こちらはいつでも本気を出せば人間の世界など滅ぼせるとアピールしたのだ。
女性相手に卑劣だとは言うなかれ。
相手は女性としてではなく、神に仕えるモノの代表、神官長として私の前に立っているのだ。
女性だからと手を抜くのは失礼になるだろう。
それに。
だって私、ネコだし。
ちょっとくらいズルをしても許されると思うのだ、うん。
『もしこれが神の鉄槌魔術でないのなら、私は正式に謝罪をしよう。で? 交渉の意志を見せたのに、これで一方的に攻撃された私達異世界キャットには――まあそれなりの反撃をする権利もあると思うのだけれど、どうだろうか?』
冷徹に告げて――ドヤを堪える私は、魔族の使者としてクールキャットな無表情。
さて。これから相手がどう言い返してくるか。
……。
とりあえず。
私の責任とか、そういうのを有耶無耶にするために、口先三寸で乗り切ろうと――そう思うのだ!
ぶにゃはははは!
我に言い訳を口にさせたら、超一流!
天下一品!
なぜなら常日頃から悪戯をやらかして、怒られていたからね!
もっともな言い訳を、それっぽく考えるのは得意中の得意なのである!
まあ王様はその辺は気付いているのかな、片眉をちょっと下げて苦笑しているし。
蟲魔公の方はというと――反撃は正当な権利と想定しているらしく、私に同調しているようだ。
もっとも。
さすがに主神相手に既にやらかしていた事実と、大魔帝ケトスという私の正体には驚いているようだが。
私は言い訳――。
じゃなかった、こちらの正当性を更に主張しようと猫口をウニャンニャ。
『そもそもいきなり十重の魔法陣は、やはりどうかしていると思うよ? だって、ケトス様だから良かったけれど――あの御方の御友人の神狼や神鶏だったら、今頃神は哀れなローストポークになっていたところさ。ケトス様だからこそ、怒りを抑えて見逃してあげることが出来たのだけれど――聖職者として、そこはどう思うんだい?』
ぺーらぺらと言って、私は嫌味っぽく猫口をニヤリ。
意外に思われるかもしれないが、百年前の戦争当時、私は交渉役として魔王軍で動いていた時期もあったのだ。
駆け引きには長けているのである。
まあ単独で行動できて、かわいくて、強いから単独で無事帰ることもできて、かわいくて。
なにより魔王様の指示を厳守して、かわいいから。
同じ魔王軍内で種族対立が起こりかけていた時期、種族間の橋渡しなどをやっていたのも私なんだよね。
……。
ま、面倒になったらどっちも肉球プレスで消滅しない程度に叩き潰して、黙らせたんだけど。
今となってはいい思い出である。
『なんなら中立であろう、私達側の世界の主神、大いなる光を招いて三者で話し合い……極端な話、裁判をしても構わないけど、どうする?』
今回、大いなる輝きとの場面だけは私、絶対に悪くないし~。
超強気に出られるのである!
……。
まあもし本当に裁判になっても問題なし。大いなる光はホワイトハウルを溺愛している。ホワイトハウルと繋がっている私にこっそりと手心を加え、有利に動くのは目に見えているからね。
あのぐーたら主神。
部下で腹心であるホワイトハウルが公明正大なのに、けっこう、感情で動くからなあ……。
裁判になっても楽勝なんだけど、これは黙っておこう。
「そう、ですよね。すみません、ハウル卿。王の大事なお客人であり、わたくしの恩人でもあるあなたさまに失礼でした……申し訳ありません」
あれ。
なんかしょんぼりとしてしまった。そういや、神の恩寵が届かなくなっているとか言っていたし。
困ってるのかな?
しょーがないか。相手は女の人だし。
『まあ、君達が困っているという事は理解しているよ』
ヨイショと王様の膝の上に戻った私は、肉球を見せる形で提案する。
『んー、じゃあさ。期限付きだけど、私側の世界の主神である大いなる光に、ここの世界の聖職者に力を貸すようにお願いしてこようか? たぶん同じ系列の女神様だろうから、世界と信仰と祈り、それぞれの魔力接続を誤魔化すだけで簡単にできると思うけど――って、どうしたの? そんなに口を馬鹿みたいに開いて』
私の発言に、全員が固まっていたのだ。
騎士団を中心に、ざわざわが広がっていく。
あれ?
なんか変な事、いったかな?
「めめめめ、女神様なのですか!? 大いなる輝き様って、ええ?」
と、これは青年宮廷魔術師のワイルくん。その頬は歓喜の赤で染まっている。
あー、このひと、女の人に弱いのね。
……。
って。
にゃあぁぁぁぁぁぁああああああ!
しまったぁぁぁぁぁぁ!
そういや、神って自らの存在を秘匿して、その神秘性を高め信仰に繋げているパターンも多いんだった。
私、めっちゃネタばらししちゃってるじゃん。
『ご――ごめんねー。あー、そっかごめん……人間たちは、知らなかったのか。いやあー、たぶんだし、あくまでも私の想像だから。うん、女神様じゃないかもしれないねー』
慌てて訂正するものの、誤魔化しきれないよね。
泳ぐ目線の置き所が定まらない。
やばい、これ、実はけっこうやばい。
下手したら宗教論争に発展する、微妙な案件である。
よくあるのだ。
ほんの些細な発掘などがきっかけに、宗教派閥が分かれてしまう事って……。
神様が男だとか女だとか、そういうの、私は全然気にならないんだけど。
奇跡や祝福の力を引き出せればいいだけなんだし。
でも人間はなぁ……意外に気にする人って、多いからなぁ……。
まあ、女性神の方が、男性信者が増えそうな気もするけど――どうなんだろうね?
なんか女性に厳しい宗教ぽい印象があったけど、もしかしたらあの雷霆使いの主神……自分が女性だから女性に厳しい……なんてことも……いやいやいや、さすがにないか。
ミディアム神官長が、場を収めるように口を開く。
「主が男性神か女性神かは……と、とりあえず、教義には書かれていませんでしたので、いまは、どちらでもよく……はないのですが。えーと、それで、そちらの神様の御力を貸していただけるというお話ですが、お値段、と申しましょうか対価の方は……」
『おー、現実的な考え方だね。嫌いじゃないよ? 世界の法則を誤魔化す方は私がやるからタダでいいけど。力を貸すのは、あのぐーたら女神だから……ちょっと待ってね! いま、聞いてみる』
私は異世界との境に勇者の剣、猫爪状になった剣で小さな穴をあけて――と。
次元の狭間で生じる因果律や事象の根源を、ぜんぶ、まるっと、魔力で捻じ曲げて――。
こんなもんかな。
蟲魔公ベイチトくんだけは今行われた大魔術を察したらしく、蟲の顎をぐわぁぁぁぁぁっと開けて驚愕しているけれど、まあいいや。
魔力を飛ばして――音声接続。
『あーあー、もしもーし! 聞こえるかな? 大いなる光だよね? あー、繋がった! そうそう、私だよ、私。ん? わたしわたし詐欺? 違うって……そう、ホワイトハウルもそこにいるんだろう? 代わっておくれよ、たぶんワンコに話した方が早いだろうし』
王様の膝にチーズの欠片をポリポリ零しながら、むしゃむしゃむしゃ。
『おー、ホワイトハウル! 元気にしているかい? そうそう、私だよ。こっちの事情は今から記録クリスタルを送るから、え? うん。大丈夫、ちゃんと穏便に進めているよ。平気だってえ、にゃはははは! 大袈裟だなあ、世界を破壊するなって言いたいんだろ? まだ大丈夫、うん、全部は壊してない。ん? い、いやあ、そりゃちょっとは世界を混乱に巻き込んでるけど、全世界の魔力の九割を私が勝手に使っちゃっただけだし……こっちの主神と戦って、弱体化させたぐらいしかしてないし。わ、私だって、一生懸命頑張ってるんだから! 吠えないでよ! 私、そんなに悪くないからね! とにかく、事情はその記録クリスタルで把握しておくれよ? あとでそっちのぐーたら女神に力を借りると思うから、君がワン! って可愛くお願いしておくれよ! あの秘密をバラすよって言えば、タダでやってくれると思うから。じゃ! こっち、忙しいから! またねー!』
ぶちっと魔力回線を一方的に切断して、猫の吐息。
やっべぇ――初日に大暴れしていた事、バレかけてるじゃん。
そんな動揺を誤魔化しながら、私は人間たちをチラり。
『これで半日ぐらいしたら奇跡もちゃんと発動するようになるさ』
「あ、ありがとうございます。あの……それと、いま、ホワイトハウル様と仰いました?」
『え、うん。ホワイトハウルだよ白銀の魔狼だけど、知っているのかい?』
これまた、人間たちがザワザワザワ。
ミディアム神官長が、いわゆる乙女の笑みで感嘆とした言葉を漏らす。
「ええ! まあ! やはりあの御方でしたのね!」
はて、なんだろう。
女性神官たちを中心に、女性騎士達も色めき立っている。
私は首をこくりと横に傾げ、ぶにゃーんと頭にハテナを浮かべる。
『ねえねえ? 気になるじゃん? なんでこっちの主神の部下、大いなる光に仕える神獣を君達が知っているんだい?』
「有名な御方ですわ。なるほど、あの幻の魔狼様は……そちらの世界の神獣様だったのですね」
うっとりと、頬を赤らめ神官長。
それは、無自覚魅了効果をもつ王様の美貌に目を奪われていた時と似ている。
あいつ、なんかしたのか?
『差し支えなければ、教えて貰えるかな?』
「白銀の魔狼ホワイトハウル様。あの方がいらっしゃる時はいつも突然……次元の扉を開いて、降臨なされ――大地に穴を掘り、世界に蓮のような花を生み出して、地下深くに潜られて祈りを捧げておいでなのです。そして、あの方がお帰りになられる頃には、朽ちた大地も花と緑で包まれるのです。ネモーラ男爵の侵食を喰い止める、神の花を……生み出されていかれるのです」
あー、あいつの涎から生まれる神獣華のことか。
力ある神獣から生まれた植物だから、ネモーラ男爵の増殖効果を抑える効能があったとしても不思議ではない。ようするに魔力と魔力のぶつかり合い、縄張り争いみたいなもんだからね。
ぽっと、花を摘む少女の顔をして、ミディアム神官長は続ける。
「わたくし、あの方のご降臨を偶然拝見させていただいたことがございまして。直接、聞いたことがあったのです、なぜ、穴を掘っていらっしゃるのですか――、と。そうしたら、あの方は大地を掘る前脚をお止めになり、神々しい白銀の美丈夫になられ……祈りを捧げているのだ、と。静かに、優しく語ってくれましたのよ。その時にお聞きした名が、ホワイトハウル様。わたくしの口からその名も伝わり、今では伝記となり、各地に白狼伝説が広がっているほどなのですから」
なーにやってんだ、あの駄犬。
これ、神官長ミディアムさん。完全にあの駄犬に騙されて、届かぬ仄かな淡い恋心的なもん、抱いちゃってるじゃん。
その隣にいる宮廷魔術師のワイルくん、おもいっきし顔をぐぬぬとしちゃってるじゃん。
あー、なに、この妙な三角関係。
しかしである。
ふと賢い私は考えた。
……。
これ。
もしかして、大いなる光が言っていた、アレか。
ストレスの溜まっていたホワイトハウルが夜中に抜け出して、次元の扉を開いて、異世界に突入。地面に大穴を開けて、部下と主人の愚痴を延々と叫んでいたっていう……。
中間管理職の悲しいストレス発散法。
まあ、ホワイトハウルは力ある神獣にして大魔族。
その降臨の影響で、大地に緑が復活したとしてもおかしくはない。
魔力による会話じゃないなら、ただの愚痴も奇跡の祈りに聞こえている可能性もある。
ねえ……。
私、なんかうっかり自分のせいで次元の隙間を切っちゃったと思っていたけど。
半分、あいつが日常的に次元の扉で二つの世界を繋げていたせい……なんじゃにゃいか?
ほら。
切れ目をつけてある紙って、そこが切れやすくなる現象ってあるよね?
それと一緒だ。
つまり。
これ、半分といわず。全部、あいつ発信のトラブルなんじゃない?
いや、まあそのおかげでここの世界の人間は将来の滅亡を免れたし。
蟲魔公から王様を守ることが出来たわけだし。
四大脅威の一柱が滅び、もう一柱が人間との共生の道を選んだのだから、むしろ結果的には善行なのかもしれないが。
……。
ホワイトハウル。もう半分ぐらい主神になってるからなあ……。あいつの行動は自然と救済に繋がり、たとえそれが異世界の命であったとしても救ってしまったということか。
あれ。
やっぱり私、まきこまれただけじゃん。
悪く、ないじゃん。
あいつがストレスで暴走して、道となる次元の扉を作っていなければ、いくらなんでもサクっと次元を切らなかったわけだし。
勝手に自分のせいだと思い込んで、こっちの世界の人間に救いの肉球を差し伸べちゃっただけじゃん。
まあこっちのグルメをたっぷり堪能できそうだからいいけど。
魔王城に帰ったら、あとで散々文句を言ってやろう。
◇
とりあえず、私とこの国との関係は良好なモノとなりそうである。
私のせいじゃないと分かったから、誘拐された人々を回収して、このまま帰っちゃってもいいんだけど。そういうわけにも、ねえ?
後日、グルメ目当てにここを訪れた時。
見知った顔が、なんかよくわからない他の四大脅威に滅ぼされていましたってのも、後味が悪いし。
乗り掛かった舟だから、しょうがないか。
それに――だ。
こんなことをいったら怒られるかもしれないが。
既にネモーラ男爵の侵略を喰い止めたからね。
元の世界は平穏そのもの。帰っても、魔王様のお目覚めをぶにゃーんと待つだけだし。
書類に判子を押す、ネコちゃん的に退屈な日々に戻るのはもうちょっと先延ばししたいし。
魔王様が起きた時に語る武勇伝を増やしたいし。
まあ、ようするに。
わりと暇なのである。
さて、じゃあそろそろ本題だ。
蟲魔公ベイチト君から他の四大脅威について聞こうかな。
あんまり面倒な相手じゃないといいんだけど……。
たぶん、そうもいかないよね。