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神官長と極悪にゃんこ ~王者の膝は我の領域~中編



 大魔族二匹と人間との顔合わせを兼ねた会議は刻々と進んでいた。

 皆が見守る中。

 清楚で気丈な神官長ミディアム女史と対峙する私は、ふーむとしばし考える。


 相手の顔は――真剣そのもの。

 かわいいというよりは綺麗な顔立ちの女性である。

 ステータスを確認してみても、善良な人間であると読み取れる。


 少し、生命力と魔力の数値に異常を感じるが――これは、代償の力を使い過ぎているのかな。

 私の思考に、かつて自らの肉体と魔力の終わりを受け入れていた悲しき大司祭の顔が過った。

 神官長ともなると、まあ自らを糧とする大儀式も行うのだろう。


 どうして、自らの命さえも他人のために使えてしまうのか。

 私には理解ができなかった。

 本質的に、生命の本能は四大脅威である植物と同じ。

 自らの種や魔力因子を残すために動いている筈なのだが――それは自己犠牲の精神とは相反している。

 そして。

 それほどの自己犠牲、人知れず献身する彼女の裏。同じ種族の別の人間が、今度は快楽のための虐殺や非道を行っている。とても同じ種族とは思えない。

 人間とは矛盾した生き物なのだろう。


 分からない。

 本当に分からない。

 人間という生き物はやはり、理解ができない。


 ただ美しい輝きがそこにあるという事だけは、かろうじて理解できる。


 私の中で失われた人間の輝きも、こんな色をしていたのだろうか。

 失ったモノを肉球で辿っても仕方がない、それは詮無き事。

 にゃふふふ、少しセンチメンタルになってしまったのである。


 ともあれ。

 私は猫の瞳で再び彼女を見た。

 大魔帝の部下を自称する私に怯まず、よく自分を保っている。聖職者という事もあり、精神防御に対する術にも長けているのだろう。


『ふむ、まずはレディミディアム――君の勇気と主への忠誠に敬意を表するとしよう。主を信じ、ひたむきに行動するその理念。とても素晴らしい心だ。私は猫であるが、君の中の輝きを美しく感じてしまうほどには、まあ感心しているよ』


 彼女の中の輝きは、称賛に値する光だ。

 だから私は興味がわいた。

 魔王様風にゆったりと貫禄のある声を出し、私は猫目をつぅっと細める。


『君の問いかけに応える前に――とりあえず、そちらに行かせて貰うよ。顔を見て話そうじゃないか。こちらの世界での常識には疎いけれど……王という権力者の膝上からではなく、同じ目線で語るのが礼儀だろうからね』


 周囲がすこしざわつく。

 あれ? なんだろう。

 困った様にミディアム女史は応じる。


「お気遣い大変うれしいのですが――我が神の教えでは、その……女の身であるわたくしがあなたのような偉大な方と同じ目線で会話をするというのは……あまり許されておりませんの。陛下は特別に許可をお与えくださったのですが……正式なお客様となりますと……」


 あー、いわゆる宗教的な理由。

 面倒なアレか。

 あの大いなる輝きとかいうヘナチョコ主神。

 モブ程度の魔力しかない一山いくらの野良神の分際で、いっちょ前にそんな教えを説いてやがるのね。

 いや、まあ。

 神の意思など無視して、かつての聖職者たちが勝手に都合の良いルールを決めた可能性もあるか。


『おや、古いしきたりが残っているんだね。でもそれは困ったな。こちらも魔王様のご命令なんだ、女性であっても実力で権力を握った者とは対等な立場で話し合えってね。敵ならともかく、そうでない相手を見下ろして会話をしたとなったら、私は――魔王軍で立場を失ってしまう。そんなわけでカルロス王、あっちに行っても構わないかい?』


 王はややあってから、目線で頷いて見せる。


 同じ目線で――それはミディアム女史の心には好意的に受け取られたようである。

 彼女の表情から少しだけ緊張が抜けている。


「お心遣いありがとうございます。それでしたら――こちらからお迎えに上がりますわ」

『いや、待ちたまえ。それには及ばない、食べた分、運動もしないといけないからねこちらから向かおう。魔王様に女性には優しくするように言われているし。何よりも君――普段から無理をしているね?』


「え……?」

『大いなる輝きの奇跡だけでは足りない儀式、届かない領域にある祝福のために、自分の魔力と生命力を回復の力に変換していたんだろう? それ以上は危険だ。無理はしない方がいい』


 誰にも気づかれない自己犠牲。

 それはとても稀少な、いわゆる貴き行為だ。

 彼女の瞳が明らかに揺らいだ。


「驚きましたわ。まさか、誰にも話してはいなかったのですが……」

『だからこそ私は――偉大なる御方の部下なのさ。私に隠し事はできないよ、誰もね。それが善行でも悪行でも、全てが魔王様の名のもとに暴かれる』


 言って、私は周囲の人間に意味ありげな目線を送る。

 いわゆる猫の凝視だ。

 ……。

 ただ、顔を引き締めて、じぃぃぃぃぃっと眺めているだけともいう。

 そのうちの何人かは後ろめたい事があるのだろう、私から目を逸らし、緊張の息を微かに漏らしていた。

 むろん、全員の心を覗くなんて面倒な事はしたくないので、ただのハッタリである。

 変な動きを見せたモノの魂を掴んで、覗くと――。


『カルロス王。この中に隣国からのスパイが四人紛れ込んでいるけれど、君は承知しているのかい?』

「無論――なれどワタシは無益な殺戮は望まない。我が国でかつて行われていた粛清の再来など、こりごりなのでな。それだけの話である」


 おー、なんかそれっぽい「できる」猫っぽくなっているぞ私!

 魔王様の名声を広めるためにも、私がいかに「できる」魔王様の部下ニャンコなのか演出しないと、なのである!


『そう、敢えて君が放置しているのなら余計なお世話だったようだ。寛大で平和を望む王に感謝するんだね、もし私だったら、サクっとやっちゃっていたからね。まあ、そっちはどうでもいいか。それよりも――』


 言って、私は――太々しい神猫の彫像の前で聖者ケトスの書を翳し。

 肉球をペチン。


『聖職者ミディアム。汝に猫の祝福を――』


 サァァァァァァァァ!


 瞬時に展開される、回復のエネルギー。

 魔王城風玉座の間の床が光と輝きで満たされ――九重の魔法陣を描き出す。

 むろん、私の仕業だ。

 かつて大司祭アイラの枯渇していた魔力と生命力を回復させた時と同じ。

 彼女の薄れかけていた魔力を補強したのである。


 あの時は直接触れないと補充はできなかったけれど、今の私はレベルアップしているからね!

 より、神聖さが増しているだろう。


『これはサービスさ。勝手に食糧庫のチーズを貰ってしまったからね。まあ猫の気まぐれな悪戯だと思ってくれていい』

「わたくしは……いったい、今のは――うそ! まさか……そんなっ!」


 神官長ミディアム本人と、宮廷魔術師のワイル。そして魔女の老婆だけはその奇跡の御手を察したのだろう、隠しきれない動揺がその瞳と声を揺らしていた。


「失われた生命力の限界値を……回復、させた、というのですか?」

「古代神域魔術……、因果律さえ捻じ曲げる神話魔術。まさか、異界の魔族がこの領域にまで届いている、とは」


 若い二人はその意味を察し驚愕に顔を引き締めている。

 ――が、その横で婆さんが瞳を輝かせ……どっかの賢者の爺さんみたいな顔で唸りだす。


「ほぅ! またもや神ですらも届かぬ領域の奇跡。ヒッヒェッヒェッヒェ、この黒猫様は、本物の神を超えた化け物じゃて。王よ、カルロス王よ。そなたは紙一重の所で幸運をお掴みになられたようじゃな。これを敵にしていたら、我らなど、造作もなく滅んでおったわい!」


 三傑の驚愕は、他の者たちへの驚愕にもつながる。

 魔王様に愛されし私の領域レベルというものを少しは理解したのだろう。

 もちろん、私は内心でドヤドヤドヤ! としながらも、あくまでも大したことないという顔で、佇むのみ。

 魔力で身体を浮かべ――ふよふよふよ。


 魔力を解除しズジャっ!

 床に肉球をつけ。

 姿勢を正し、とてとてとて♪ と猫歩き。


 ついつい、猫スキップ!

 優雅に靡くモフ尻尾がイイ感じに揺れている。

 いやぁ。この集まる視線! 照れるなぁ!

 しょーがないよねー! だって、私。本当にすんごいんだもん!


 ギャラリー達から、声が上がる。


「あれが――邪猫異聞録に記された……大魔族、あの大魔帝ケトスの腹心」

「けして敵に回してはならない、異界の邪神。その眷族」

「スパイを見抜く洞察力……」

「それにしても……儀式もせずにあの大奇跡。そして、なにより……あのずっしりと重そうな身を浮遊魔術で浮かべるとは、なんたる魔導技術」


 騎士団と宮廷魔術師たちはそんな感じの感想を述べるが。

 女性の多い聖職者たちは――。


「なんと神々しくも禍々しい魔力」

「それに、なんなのあのドヤ顔。あぁ……モフりたい……」

「あのカボチャ猫も可愛いけれど、こちらの子の方がもっと……あぁ、うつくしい」

「魔猫の君……そのふくよかな猫毛に顔を埋め……永遠に、眠ってしまいたいですわ」


 ふん、我の魅力に気付いている者もいるようである。

 そう、我はとてもかわいいのだ!


 まあもしかしたら私の闇の魔力に影響を受けやすい、魅了耐性の低い存在なのかもしれない。

 実際。

 黒猫神像の前で行った私の大奇跡は、聖職者の信仰に僅かな影響を与えるだろう。

 私、神属性ももってるしね。

 とかく聖職者という職業は、神秘的な力に魅了されやすいのだ。


 ともあれ。

 魔力を滾らせ悠然と歩く私の横。

 作業を止めてニャニャっと毛をぶるりとさせるのは、ハロウィンキャット軍団。

 私、ダンジョン猫の王的な側面もあるから――慕われているのかな?


 まあ、確かに。

 私が魔帝として、そして大魔帝として実力をつけていってから猫魔獣の地位も向上したからね。

 堂々と宣言できるほどの自慢であるが、猫界の中では英雄的な存在なのである!


 王宮に散った仲間を呼び寄せた彼等は集まり、ズラーっと整列。

 カボチャ兜の下の猫目を輝かせ、五重の魔法陣を同時に組み上げて――。

 展開!

 肉球で歩む私の道に、金糸の刺繍のゴージャス赤絨毯をダバダバー!

 まるで車から降りたセレブ貴公子をお出迎えするような仕草で、彼らはレッドカーペットを作り出した。

 こいつら、ハロウィン属性だけあって……ノリいいなあ。


「うにゃな、にゃにゃー!」

「うにゃにゃ、うにゃーにゃにゃにゃ!」


 英雄を崇めるように、ビシっと肉球を掲げて、うにゃにゃにゃ!

 ピーピー、ドンドンドン!

 楽器隊を召喚して、うにゃーうにゃー!

 さながら猫の儀仗隊である。


 ケートース様!

 ケートース様!

 わーれーらーの王様! 大魔帝♪

 と、なにやら変な歌まで披露し始めている。

 こりゃ、新しい遊びを思いついたんだな……たぶん。

 猫語だから人間には理解できていないようだが、複雑な表情でカボチャ猫をみていた蟲魔公は違った。


 ケトスの名を聞き、なにやら思い至ったのか。

 ビシ!

 っと、完全に顔を硬直させて――私の方をちらり。

 あー……ベイチト君。

 ネコ語も理解できるし、大魔帝の存在は知っていたのね。


 肯定するように私が頷くと――頭痛を抑えるようにギチギチギチと後退り。

 とりあえず、私がその名を伏せているとは察したようで――こくりと頷き返してくる。


 まさか、ただグルメ二重取りを狙っているだけとは想定していないのだろう。蟲魔公の内なる魔力が緊張で僅かに揺らめいていた。

 大きな理由があって伏せていると勘違いしているようだが、まあ別にいっか。


 優雅にレッドカーペットを歩く私は、気分も上々!

 ニャッハニャッハ!

 うにゃはははは!

 いやあ! やっぱり、私ほどの猫魔獣だとこうやって持て囃されちゃっても仕方ないよねえ!


 異世界だという事で、やりたい放題しまくって。

 カーペットを進んだ私は、女性神官長ミディアムくんの前で立ち止まり。

 ぶにゃん!


『お待たせしてしまってすまなかったね。なにしろ私は猫だから、とってもかわいいし……許してくれるよね?』

「え、いえ……それは――はい。えーと、ブラックハウル卿様。このホラー・ザ・ビーストの方々は……本当に人間を襲ったりはしないのでしょうか……? わたくしどもの世界では、そのぅ……一匹で城塞都市を陥落させる、伝説の魔獣として有名なのですが……」


 こいつら、けっこう極悪な伝承があるでやんの。

 ハロウィンキャットたちが口笛を吹きながら、じぃぃぃぃっと目をやる私から目線を逸らす。

 かつて、逸話に残る程にやらかした自覚はあるようだ。


『基本は私や蟲魔公君と同じさ。そちら側から一方的な攻撃を仕掛けてこない限りは、おそらく問題ない。たぶん、彼らは君達を群れの仲間と認識している。きっと襲ったりはしないさ』


 なるほどと、人間たちは納得するが。

 王様だけが、私の言葉の端々に使われる「おそらく、たぶん、きっと――」の単語に眉を顰める。

 こりゃ、絶対に攻撃するなと厳命しないと不味いなとその心は言っていたが。

 まあ、気付かなかったことにしよう。

 だって、本当はあの時帰還してる筈だったし……想定外なんだもん、しかたないよね。


「ブラックハウル卿様……その、先ほどお見せいただいた奇跡も、あまりにも突然だったので、感謝の言葉が遅れましたね。ありがとうございます……そして、お礼が遅れて申し訳ありません」


『私が勝手にしたことだ、感謝は要らないさ。それと、ハウル卿と呼んでくれて構わないよ』

「ですが、省略して呼ぶことは教義に……」


『ハウル卿でいいよ?』

「もしかして、そう呼んで欲しいのですか?」


 ミディアムくんは、ちょっと瞳をジト目にしている。


『うん! そっちの方がかっこういいし! えーと……それで君は――』

「宮廷神官長を務めさせていただいております、ミディアムでございますわ、ハウル卿。どうぞ、お好きなようにお呼びくださいませ、以後お見知りおきを――」


 心が綺麗な人の笑顔って眩しいね……。


 さて、まあ挨拶はこんなもんかな。

 とりあえず、王様以外の人間の人となりを少しは感じ取ることが出来た。

 わりと善良な国民のようである。

 いやあ、実は王様だけがまともで、他がすんごいヤバイ思想の国ってパターンもあるから、疑ってたんだよね~。


 ともあれ、これなら問題なさそうだ。

 大いなる輝きとの一連の流れを聞かれた私は、あくまでも淡々と告げることにした。


『丁寧なあいさつをありがとう、ミディアムくん。聞きたいのは大いなる輝きが敗走したのかだったかな?』


 私本人はミディアム女史を嫌いではないが、それとこれとは話が別。

 私は私として、魔王様の部下として動く必要がある。


「はい、その通りでございますわ。ハウル卿」


 それは相手にも伝わったのだろう。

 和やかだった顔色が、聖職者としての主を崇める冷静な美貌に戻っていく。


「どうか――お聞かせください」

『逆恨みはしないで欲しいけれど、事実だよ――神は逃げてしまったのさ』


 あくまでも中立な視線で。あくまでもまじめに……大魔帝ケトスの使者を演じ、私はキリリと冷笑を浮かべた。



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[良い点] 弱者には優しいケトス様。 魅力的です♪ [一言] 主神逃げ出したけど今は何処にいるんだろう?
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