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ネコと蟲の和解 ~ホットサンドと蜜酒と~



 蟲魔公ベイチトとの死闘。

 互いに命を懸けた壮絶な戦い――と、いうことになっているネコちゃんハチちゃんのポカポカ大戦から、数時間が経っていた。


 時刻は朝と昼の間。

 囀りながら朝露を味わう鳥たちも既に休み始めている、中途半端な時間。

 遅い朝食を、豚の丸焼きで軽く済ませてからの出来事である。


 異世界にやってきて、世界の魔力を枯渇させたり主神を退けたり。

 まあほんのちょっとやらかした私こと大魔帝ケトスは今、メルカトル王宮の玉座の間でドヤァァァァ!

 魔王軍からの使者。

 ブラックハウル卿として、英雄騎士と名高いカルロス王の膝の上。ネコちゃんモードでニャッニャッ、くはははは! と人間たちを見下ろしていた。


 玉座の間がちょっと地味だからと、私に似合う素晴らしい魔王城風に改築、あくまでも防御結界だと魔力コーティングをしておいたのだが。

 人間たちにはそれも新鮮なようで、キョロキョロと周囲を見渡している。

 半分、私の趣味が入っているものの――防御結界の役割を担っているのは事実。

 もし敵が侵入してきても、壁に埋まったニャンコ鬼神像や猫型悪魔王像、ねこちゃんガーゴイル像が動き出して自動迎撃するからね。


 ……。

 よく考えたらここ人間の国なのだから、ちょっと禍々しくしすぎたかもしれないけれど。

 いいよね? 別に。

 カルロス王も私がウキウキで改造する姿を、ニマニマしながら、やはりネコは可愛いのうと眺めていたし。

 ちゃんと許可を取ったし。

 うん、やっぱり問題ない。


 ともあれ可愛いニャンコ魔族。

 大魔帝ケトスはちょっとだけ迷惑を掛けたという事で、この世界の大魔族、四大脅威と戦っているこのメルカトル王国に味方をしているのである。

 既に私が介入したことで人類の滅びの未来を回避し、王を四大脅威から守っているのだ。その活躍はもはや語らずとも十分か。

 王は私にかなり感謝しているようではあるが――。


 まあ、こっちにも打算はあるんだよね。


 私が道を開けてしまったとはいえ、世界の境界が薄くなっているのは事実。

 またあの時のように、この世界の大魔族が私の世界で悪さをする可能性はある。

 その芽を摘むことの意味は十分にあるだろう。


 ついでに、グルメも貰えるし。


 本当はもうネタばらしをして、私が大魔帝ケトスであり。

 今は敵対する意思なんてないよと教えてあげてもいいのだが、それを伝えず、別人を演じているのにはもちろんわけがある。

 ふかーい、理由があるのだ。

 大魔帝ケトスとして要求した――空のバスケットにグルメたんまり大作戦。

 そして。

 ブラックハウル卿として、四大脅威を打ち破り宮廷料理をご馳走させる――ケトスさま異世界でも大暴れ大作戦。

 その二つのミッションを同時にこなす必要があるからである。


 つまり。

 二つを同時に進行すると、グルメ報酬二重取りを狙えてしまえるのである!

 おー!

 やる気でてきたー!


 てなわけで!

 四大脅威が一柱、蟲魔公ベイチトの説得にも成功した私とカルロス王。

 我等二人は重臣たちを集め、事情説明。

 おそらく。

 ネモーラ男爵の滅びをきっかけに目覚めるだろう、他の四大脅威についてベイチトから聞き出そうとしているわけである。


 会議室でそのまま円卓会議をしても良かったのだが、あそこは一度、このベイチトくんに侵入されてるからね。

 安全とは言い難い。

 ならば一番見晴らしも良くて、強固な結界を作りやすい玉座の間に移ろう、ということになったのだ。

 あくまでも防衛上のため。

 別に、玉座に座る王者の膝に、ドヤァァァァァ! と、乗りたかったからではない。

 懐かしき魔王様の膝の上で、ふふーんと部下達を見下ろす恒例行事ごっこをしたかったわけではない。


 ほんとだよ?


 ともあれ。

 今、この場にいるのは玉座に座るメルカトル王、カルロス陛下。

 その上で、偉そうにドヤる私!

 まあ! 偉そうじゃなくて、実際に偉いんだから仕方ないよね!


 そして。

 カルロス王と協定を結び、人間と敵対する意思をもたなくなった蟲魔公ベイチト。

 さらにカルロス王お付きの英雄、三傑とよばれている力ある人間達。

 若き青年宮廷魔術師のワイルくんと、女性の身でありながら信者を束ねる宮廷神官長ミディアム。

 それと魔女の婆さん、こっちの名前は知らない!

 んでもって数名の大臣職と、近衛騎士団がその後ろに控えている。


 まあ後は扉を守る門番と――無数のハロウィンキャットが我が物顔で王宮を徘徊……いや、警備をしていたりもする。


 なぜハロウィンキャットがまだいるかというと、だ。

 いやあ……どうやらあのダンボール空間の上部にあった隙間から、脱走……していたみたいなんだよね。

 本当なら、あのダンボール空間を解除するとあの子たちも帰る筈だったのだ。

 まさか……いつのまにか外に出てたなんて、思うわけないし。

 仕方ないよね?


 これは完全に誤算だったから、今更どうしようもなく……彼らはこの王宮を我が家認定して、新しい棲み処だニャー! と、ウニャウニャうきうき、歩き回っているのである。

 んで、この王宮……実は私がダンジョン領域化しちゃってるから。

 たぶん。

 ……あの子達、消えないんだよね。


 永久に住み続けると思うのだ……。


 王様や他の人たち。

 この王宮に住まう者たちには――『彼らは護衛として召喚してある。なに、民と子供を守るためだ報酬はいただけないよ。ただ、まあどうしてもというのなら、あの子たちへの護衛料に寝床と食料を提供してあげてくれ』――と。

 大人の微笑を零して、私は王に頷き。

 むしろ善行のフリをして言い訳してあったりする。


 まあこれもあながち嘘ではない。

 あのニャンコたちが、自分たちの縄張りであるメルカトル王宮ダンジョンを、守っているのは事実なのだ。


 王宮騎士団や宮廷魔術師も初めは護衛? と訝しんでいたが、その能力を見て納得はしてくれたようである。

 王様も彼らの強さを知っているからね。


 それになにより。

 私は王宮を徘徊するハロウィンキャットたちを遠見の魔術で覗く。


 猫の魔眼に映るのは、子どもと仲良く遊ぶハロウィンキャットの微笑ましい姿。


 王宮の子供たちは、かわいいカボチャ装備のネコちゃん達に喜んでいるから、問題ないよね?

 ハロウィンキャットはハロウィン属性があるから子供に甘いし、優しいし。どんな敵が侵入してきても、子どもを外敵から守ってくれるのは保証できる。

 まあ、ちょっと四大脅威を倒せるぐらいの存在なだけで。

 敵対さえしなければ、力強い味方になるわけなんだし。


 そう。

 敵対さえしなければ……。

 ただの猫だと思って、うっかりなんかやらかす人間がいると……ちょっとしたホラー映画な血みどろシーンになってしまうのが玉に瑕か。


 ま、弱いと思って猫を狙う、主神のような性格の人間なんて返り討ちにあっても、いいよね。

 知らん顔をしようと思うのである、うん。


 さて、様々な事件が重なっているが。

 やはり一番影響が大きいのは、蟲魔公ベイチトがいつのまにか味方になっていた事だろう。

 その辺の事情を説明しないわけにもいかないのだ。


 王の語る事情に、一同は騒然。


 さしもの三傑たちも、これは想定外だったようである。

 騒ぎが起こり、収束したと思えば――いきなり強力無比な魔力を持つ黒猫、大魔帝ケトスの部下を膝に乗せ、どう見ても最上位の植物魔族である蟲魔公と話をつけていたカルロス王。

 二つの未知の魔族を味方にしていたのだ。

 驚愕するってレベルじゃないよね。


 王様の説明の後。

 私は私で、正体と私の方の事情をボカして、今までの事態を説明したのだが。

 ――あれ?

 なんか、みんなようすがへんなのである。


『というわけで、簡単に説明したんだけど――君の部下達、どうしたんだい? なんか頭を抱えて、固まっちゃったけど』


 後に自然回復するとはいえ。

 やっぱり世界の魔力の九割を無断で使用したのと、主神を返り討ちにしたのは……まずかったのかな?

 まあ、いざとなったら私の魔力で元に戻せるのだが、一度貰っちゃったもんは私のモノだし。返さなくてもいいと思うのだ、うん。


 カルロス王が、私の頭を撫でながら告げる。


「ふむ、おそらく疲れがでているのであろうな」

『うむ、疾く撫でよ――あー、そこそこ……くははははは! うむ、良いぞ!』


 撫でられた私のモフ毛はふわふわっと膨らんで、お耳がぴくぴく。

 あー、これである!

 これこそ我が玉座!

 王様の上でドヤである!

 くははははは! 猫好きはちょろいのである! 既にこの王の心は我に堕ちた!


 なんて、内心では懐かしいこの座席に満足しているのだが。

 表に出す顔は冷静なモノに切り替えている。


『あーそっか。君の疲労は私が回復させてあげたけど、部下達にはかけてなかったからね』


 言って。

 王様の膝の上で肉球を翳した私は――顕現させた聖者ケトスの書を、バサササササ!

 三傑の疲労を祝福の肉球で掴んで、ポイっと投げ捨てる。

 これで疲労全回復である。

 寝ずに継続して働ける、超ブラックな奇跡な気もするが――まあ有事なのだから仕方がない。

 ……。

 あんまり乱用しない方が良さそうではあるか。


 そんな私の奇跡を目にし、蟲魔公ベイチトが蟲の眼を見開き――ギチギチギチ。


「最上位奇跡? 異界の神ケイトス、の、力?」

「すごい。異常。疲労、根源、断ち切る? 次元と時間に干渉し、遡る?」


 ボンと分裂して、蜂の大群――並列思考モードに入ったのか。

 ブンブンブンブン、ひそひそひそ。


「ワレら、こんなのを敵にしていた?」


 じぃぃぃぃっと私を見つめて――、ひーそひそひそ。


「異界の猫、やばい。ワレ、覚えた」


「しかし、この魔猫王。意外に、甘い」

「人間憎悪し、なれど、助ける。それ、甘い証拠」


「ならば。甘い蜜酒――提供し、友好関係、構築推奨」


 その甘いと甘いは違うと思うのだが……。

 私のジト目には気付かず。


 彼らは八重の魔法陣を展開し、蜂の巣の欠片を召喚――原子配列を組み替え、濃厚な蜜を取り出して見せる。

 おや、けっこう凄い。

 これは錬金術の一種になるのかな。

 なかなかどうして素晴らしい魔導技術だ。


 感心して眺める猫の視線の前で、魔法陣は輝き続ける。

 ベイチトくんの細い蟲手に握られた花の器に、蟲魔公の神酒と呼ばれるアイテムが注がれていく。


 熟成期間が必要な筈の蜜酒を、魔法陣の中の時間を操作することで省略させてしまったのだろう。

 私も扱えるが、時属性の魔術はけっこう貴重なのである。

 どうやら完成したようだ。

 部屋一面に、甘―い香りが充満している。

 じゅるり。

 思わず舌なめずりをしてしまったのである。


「魔猫の君主。これ、我らの気持ち」

「敵対避ける、儀式」

「友好の証。受け取って欲しい」


 味方になっているのなら断る理由もなく。

 私は蟲魔公ベイチトくんが差し出す蜂蜜ドリンクを魔術で浮かせて受け取り、ごくごくごく。


 うーん! うまいのである!

 全身の猫毛がぶわぶわってなったね!


『へえ、美味しいじゃないか! いやあ惜しいねえ、君と先に出会っていたら、今頃私は――この蜜につられて行動してさ。この世界の人間と完全に敵対していた未来もあったのかもね』


 にゃはははは! と笑う私に人間たちの表情はビシっと固まる。

 おそらく、私が半分本気でそれを口にしたと分かっているのだろう。

 それほどに部屋を満たす蜜の香りは甘く、惹かれる魔力を持っていたのだ。


「肯定。実に惜しい」

「なれど。我等、待つ。人間――おそらく、一枚岩ではない」

「彼等、猫を裏切るようなら、我等と再契約。如何か?」


 蟲魔公は、この地の人間が私を完全には信用していないと悟っているのか。

 あながち冗談ではなく、本気でそう訊ねているようだ。


 合理的な思考である。けれど、こういう考え方も嫌いではない。

 わりと魔族側に近い考え方だからである。


『そうならないことを願っているが――まあ未来はすぐに変わってしまうモノ。これからどうなるかは――分からないからね。そうなった時に考えるさ。んじゃ、貰ってばっかりも悪いからこれを君にあげるよ。大魔帝ケトス様の手作りホットサンドだ』


 気分がいいので私は亜空間から取り出したバスケットを蟲魔公に渡す。

 彼らはそれを受け取ると――じぃぃぃぃっと鑑定し。


「魔力完全回復効果?」

「食事後、能力成長補正?」

「貰ってしまって、いいのか? これ、おそらく、神の食事」


 ねえねえ! 神の食事だって!

 私と魔王様で考えたバウルーのサンドが、神食事だって!

 いやあ、この子達! ただの鬱陶しいハチだと思っていたけれど、なかなか見所があるじゃないか! 


『一度あげると言ったんだ。それは君達の所有物だよ。君は女性型魔族だからね、紳士な私としては――できたら敵対したくないんだ。罪のない人間を襲わないでくれる事を願っているよ』


「肯定」

「ただし、質問ある」


 蟲魔公ベイチトは集合し、妖艶な女帝蜂モードに変身。

 テチテチテチと、ホットサンドを齧りながらその無機質な美貌で訴える。


「もし、人間から我らを襲ってきたら? 我等、本能で反撃する。それ避けられない、蟲の習性。我等寄生植物なれど、蜂と、共生。彼等、蜂とも肉体を借りる代わりに守る契約している。反撃、必須。その場合、猫魔王、あなたは我と敵対?」


 この蟲女帝は悠久ともいえる時の流れの中。

 既に名すら消えかけていたが、太古より生き、歴史に刻まれている四大脅威。

 王の命で休戦しているとはいえ、その首を狙う輩が何人かはでてくるだろう。


『いやあ、それは問答無用で八つ裂きにしちゃっていいんじゃないかな? 私だって、いまこの場でこっちの人間達に襲われたら、本能で自動殺戮しちゃうし』


 私の言葉に、大魔帝サンドを喰らう手を止めて。

 蟲魔公は瞳をキラキラと輝かせ始める。


「そう! その通り! 本能だから。仕方ない! 我、全力同意!」


『うんうん! 仕方ないよねえ! 私も実はさあ――人間同士の戦争を見学していた時にさ。流れ弾が飛んできたもんだから、ついつい反撃で、両国の大部隊を虚無の渦に巻き込んで消しちゃったことがあったんだけど、なぜか怒られちゃったんだよね――それくらい、仕方ないのに、ねえ?』


「魔猫王。この言葉理解、嬉しい。我、他者に説明しても、なぜか、ひかれる」

『かわいいネコちゃんとか小さな虫に流れ弾を飛ばしてくる相手の方が悪いのに、ねえ?』


「そのとおり、我が並の蟲なら死んでいた。魔猫王、あなたももし並の猫なら死んでいた。それ事実。なのに、反撃で消されて文句、おかしいと考察」


 にゃーははっはは!

 ギーチギチギチギチ!

 蟲とニャンコ。

 二人は変な共通点を見つけて、声を出して笑ってしまう。


 王様の顔が、ちょっとヒクついたのは気のせいではないだろう。

 絶対に家臣たちに釘を刺しておくべきだと、その冷や汗が王の心中を語っている。


「分かった。安心した――人間達よ、聞こえた? 可能なら、我らを故なく襲う、非推奨」


 蟲魔公は安心した様子で、ホットサンドをがじがじがじ。

 その魔力がほぼ全快状態に戻っている。

 ……。

 あれ?


 私の大魔帝風ホットサンドってこんなに回復効果あったっけ?

 確かに。

 力ある者たちが作る食事には、こうした特殊効果が発生する事も珍しくないが。


 もしかしたら聖者ケトスの書を手に入れた影響なのかな。

 これ、主神レベルの神属性を持つ私が作り出したパン……すなわち、猫神に祝福された神聖なアイテムとなっているのかもしれない。


 ともあれ。

 大魔帝風ホットサンドを食べて、みるみる魔力を回復させている蟲魔公を見る臣下たちの瞳には、恐れが浮かび始めている。

 まあ、ちょっと見ただけで並の魔力じゃないってわかるしね。

 人間にとっては恐怖の対象そのものだろう。


 ザワつく人々に瞳を細めたカルロス王が手を翳し――告げる。


「皆の者、落ち着くがいい――」


 魔力を込めた制御スキル。

 これ、ウチのピサロ君も使っていた統率系のスキルだな。



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― 新着の感想 ―
[一言] 果たして、豚の丸焼きは本当に軽いのだろうか。
2023/12/21 21:23 退会済み
管理
[良い点] ハロウィーン猫が城に住み着いた!! ケトス様は王様に撫でられて満足そう。 [一言] まぁ、ケトス様の言う通り理由無く襲ってくれば排除はやむ無しだよね!(-.-) まぁケトス様に流れ弾を…
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