対決、蟲魔公と大魔帝 ~恐ろしき異界の魔獣~後編
敵となった蟲魔公を狙う闇の瞳。
ギラギラギラと邪悪な瞳を輝かせ、カボチャ装備の猫たちが――それぞれの獲物を肉球で掴んで部屋を回り始める。
にゃっは! にゃっは!
くははははは! くはははは!
と、敵を取り囲む姿は一見すると可愛いが……この恐ろしき異界の魔獣はかなり強い。
あ、彼らの声に思わず私も合唱しちゃった。
ダンジョン猫魔獣の進化、無数に存在する職業ツリーの一つの頂き。
それが最上位職であるハロウィンキャット。
ちなみに私は、最下層の猫魔獣のままである。
グルメ街で列に並んでいる時など、たまーにモブっぽい輩に雑魚判定されてしまうのはここに原因があるのだが。
ともあれ。
カボチャ兜でゆらゆらと踊る彼等がなにより厄介なのは、その性質。
こいつらの不死属性だろう。
なんというか……肉体をもたない死霊系のダンジョンモンスターと戦ったことのある者なら、よく知っていると思うが。
この子達。
ふつーの攻撃じゃ死なないんだよね。
祝福や浄化、または魔力持つ武器でその精神を攻撃しないと退治することはおろか、ダメージすらも通らないのである。
神話で語られるような武器ならば問題ないが、誰しもが持っているわけじゃないからね。
いわゆる、名工に鍛え上げられた魔術武器や伝説級の武器でようやく、貫通ダメージを与えられるようになるのだ。
もっとも。
ダメージを与えられる、イコール倒せるという簡単な話ではないが。
そしてもちろん、肉体的電気信号を乗っ取る物理的な寄生攻撃も無効。ハロウィンという遊びの狂気に浮かれているので精神的寄生も無効。
寄生するタイプの植物系魔族と相性は抜群なはずだ。
そもそもな話。
私という麗しき猫の王が存在する限り、異世界も含め、世界の猫魔獣は常に王の支援を受けている状態になっている。
ダンジョン猫――猫魔獣から派生する種族や職業自体の基礎能力が、飛躍的に跳ねあがっているのである。
ただの猫だと思って甘く見ると、どっかの主神様みたいに返り討ちにあうから気をつけようね。
蟲魔公の翳す髑髏の杖が怪しく光り出す。
ダンジョン猫たちを鑑定していたのだろう。
おそらく、今の私の説明とほぼ同じ結果になっている筈だ。
「鑑定。成功……」
「成功……? エラー? 数値、異常」
「答えよ。結果、伝達を要求」
「エラーにあらず。最上級、極悪敵性、異世界迷宮猫!」
「魔力、能力。我等ですら、苦戦」
「個体ではなく、複数。撤退、考慮」
敵は明らかに動揺していた。
複数の蜂へと分裂して部屋の中をぐーるぐる。
それにつられて、カボチャの猫がうにゅーっと身体を伸ばし、猛ダッシュ!
蜂とニャンコが部屋駆けまわる。
さすがは四大脅威と言われる程の存在。
うなぁぁぁぁご、うなぁぁぁぁご、と――鳴き声を上げ走り回るハロウィンキャットの強さを、察したのだろう。
ギャグみたいなコスプレニャンコなんだけど、かなり、強いんだよね……。
『まあいいや、それじゃあ君達には退散して貰うよ。悪いけれど、私……蟲って美味しくないから、そんなに好きじゃないんだよね……!』
言って、鼓舞の属性を付与した肉球――要するに猫ダンスでバフをかけると。
ズザザザザカカカカ!
禍々しい形に変形したカボチャの被り物から蒼白い魔力を放ち、ハロウィンキャットが一斉に飛びかかる。
「うなぁぁぁご! うなぁぁぁぁぁぁぁご、うにゃにゃにゃ!」
持ってる武器で、べちべちべち。
一見するとカボチャのハロウィンコスプレをしたにゃんこ達が、大型蜂を相手にニャハハハとはしゃいでいるだけだが。
これ、実はとんでもないレベルの攻防なんだよね。
戦いなんだよね。
武術と魔術を競い合った、匠レベルの戦なんだよね。
実力のないものが雑魚達の小競り合いと侮り乱入すれば――猫の武術で簡単に首は刎ねられ、飛んだ首は蟲魔公に操られ、生きる屍となっていたことだろう。
ハロウィンキャットのリーダーが手にする武器は、大悪魔が使っていたとされる伝説の処刑武器。首狩りスコップ。カボチャの被り物の下、ニャンコのお顔を淡く輝かせ、ギラギラーン!
それはさながらホラー映画のワンシーン。
いや、まあホラーギャグ映画な気もするが。
ともあれ。
スコップをフルスイングでべちべちべち、蜂に寄生する植物部分をぼこぼこぼこ。
わっせ、わっせ!
ぼこぼこぼこ!
「あた!」
「いたい!」
「やめろ! 駄猫!」
蟲魔公は一度集合すると、例の妖艶女帝モードになりモフモフ外套をふぁさー! 髑髏の杖を翳して、詠唱を開始するが。
「うにゃにゃにゃ!」
「うなぁああご、うなぁぁぁご!」
にゃっせ、にゃっせ!
ぼこぼこぼこ!
髑髏の杖をキャンディースティックに変換させられ、頭をべちべち、叩かれている。
ハロウィン属性だからなぁ……この子達。
悪戯マジックが得意なのだろう。
「いた、いたい! か、かえせ。我の神器、邪杖」
なにこれ。
なんか私が思っていた戦闘と違うかも……。
それなりに戦えるらしいカルロス王は、ごくりと生唾を飲み込みファンシーな戦いを見守っている。
その凛々しい頬には隠すことのできない汗が滲んでいた。
いや、まあ。
たぶんこれ、両者ともに人間が相手だったら一方的な蹂躙だっただろうし。
驚くのは当然か。
伝説級の魔獣の戦い。
こういっちゃなんだが、レベルが違うのである。
腕を組んで、ピンピンに伸ばしたヒゲを揺らし。
ドヤる私は大笑い。
『にゃーっはっはっは! どうだ! 我ら猫魔獣の恐ろしさ、思い知ったか!』
「まだ」
「我等も、古より、存在する、脅威」
「これで、終わる筈が、ない!」
相手にも四大なんちゃらとしてのプライドがあるのか。
変換させられたキャンディースティックに魔力を這わせ……、一斉に詠唱を開始。
輝く魔力。
荒ぶる空気。
空に刻まれる九重の魔法陣。
蠢く蜂のシルエットが――空間を支配し始める。
拡がる巨大な蟲の影。
ワシャワシャワシャワシャ――!
「ワレ、遮断する!」
「結界、結界、大結界!」
「猫、追い出す絶対領域!」
既に術は発動していた――宣言通り、結界かな。
それも、結構強力な結界だ。
とりあえずハロウィンキャットを引き離すことにしたらしい。
ベイチトの周囲、深淵の闇を照らす輝き。
地に這う蟲の魔力は――蟲魔公以外の接近を妨げる絶対空間。
術を妨害しようとハロウィンキャットの数匹が突撃するが、バチンと弾かれ――飛ばされる。
まあ空中でちゃんと姿勢を制御し、ズジャっと着地したが――落ちる時に見えた肉球がちょっぴりプリティ。
「うにゃ!」
九重の魔法陣は相乗効果で十重の魔法陣に変化し。
無数の魔力効果を展開し――蜂の翅をブゥゥゥゥンと嘶かせる。
観戦していたカルロス王がまともに顔色を変える。
「な……っ! 十重の、魔法陣だと! ブラックハウル卿殿!」
『ふむ、さすがに四大脅威なんて重々しい名を自称する存在ってことかな』
キャンディーにされた杖も、元の髑髏状態に戻っている。
これは、ちょっとまずいかも。
いくら強力な猫魔獣といえど、さすがに十重の魔法陣による攻撃を受けたらタダでは済まない。
んーむ。
ちょっと、この大陸の地形が変わっちゃうかもしれないけど、私が直接手を貸すしかないか。
そう思っていたのだ。
が――。
「所詮は、猫」
「ネコの浅知恵など、きかぬ!」
「我こそが――動植物全ての頂点に、立ちし、偉大なる――」
ドヤ顔をし始める女帝の頭上に落ちてくるのは、キャットリーダーのスコップ。
ズコーン!
「ワレ、蟲魔公の名を――あた!」
「四大脅威として命じ――いて」
「な……っ。結界、の、影。侵入され! 杖、かえせ!」
次々と、結界の中にハロウィンキャットが入り込んでいく。
あー、私もたまにする影渡り。
影から影に移動する魔術で、彼等ホラー猫たちは相手の結界の中にそのまま侵入したのね。
蟲魔公くん、魔術で無駄に輝きなんて作り出したもんだから巨大な影が生まれちゃってるし。
相手の作戦ミスだな、こりゃ。
ボコボコボコ。
結界の内側、入っちゃったからさあ。
むしろ蟲魔公にとっては逃げられない、狭い虫かご状態になっちゃったね。
ドガ、バキ、ズコーン!
蟲魔公さんのモフモフマントを剥ぎ取って、自分のマントにしちゃってる個体もいるし。
……んーむ。
名前すらも語られる前に奪われた神器、骸骨の形をした邪杖なんちゃらがネコちゃんサッカーボールと化して、ジャレられてるし。
こりゃ、もう勝負は決まったかな。
蹂躙は、蹂躙なんだけど……。
これ、録画クリスタルで皆にみせたら凄い顔をしそうな気がする。
……。
なんかすっごい戦いがあった的に、編集しておこうかな……。
「ブラックハウル卿殿」
『ん、なんだい? ていうか、卿殿って変だから。ブラックハウル卿でいいよ』
「それではブラックハウル卿。もしよろしければ、蟲魔公を滅ぼす前にワタシに機会をくださいませんか」
口調が、ちょっと敬語寄りになっている。
これ、やっぱり私の正体は気付かれちゃったな。
まあ意味があってケトスの名を隠していると、賢い王は察するだろう。その名を口にするつもりはなさそうだ。
『構わないけれど、何をするつもりなんだい』
「交渉、でありますな。相手は蟲に寄生し、その身を増やす植物型魔族。そういう認識で話をすすめますが、条件さえ変われば、おそらく彼らは人間と敵対する必要のない存在。交渉の余地があるのではないだろうか、と」
確かに。
植物系の存在は合理性を最優先する。
そこに対等な条件や有利な条件があるのならば、説得――という手段も通じる可能性はある。
私は肉球を顎に当てながら、答える。
『まあ、たぶん。今の彼らの最終宿主は蟲みたいだからね。君に寄生する理由も、君が王様だから。権力者を乗っ取ると安定して強力な蟲を確保しやすいって、合理的な理由からだろうし――でも、それを、今後は……最終宿主を蟲から人に切り替えようって作戦みたいだったから、どうなんだろ』
結局のところは、自らの種を増やすのが目的だとは思うんだけどね。
この世界にきたばかりの私には、正直、判断ができない。
「まあ、やるだけやってみましょう。たとえ蟲でも植物でも、無駄な血は流れない方が、いい――理想論だとは知ってはいるのだが。まあ、ワタシにも信念がありますので」
スッと前に出たカルロス王は、蟲魔公ベイチトに向かって告げる。
なにやら、色んな会話をして。
……。
「なるほど、悪くない」
「寄生せずに、物品売買で共生、肯定する」
あれ?
成功したの?
「とりあえず、この駄猫ども、止めて。プリーズ」
「我らは四大脅威。なれど、ネモーラ男爵とは異なる。人間と、交渉。成立」
「猫、怖い。われら。猫、避ける」
はや!
ええ、説得しちゃったよ!
蟲を。
しかも四大脅威とか言われている、古の存在を。
あー、そういや私。
このオッちゃんの幸運度を引き上げたんだっけ。
確かに、こういう交渉スキルも幸運値の影響を受けるが――。
相手は明らかにカルロス王よりも高レベルの存在。幸運値の影響だけで成功させるのは不可能なはず。
つまり、このオッちゃんの実力なのだ。
まあ、私を味方に引き入れる程の器なのだ。
こんな蜂っこを説得出来ても不思議じゃないか。
はぁと、私は息をはく。
このオッちゃん、伊達に英雄みたいな王様をしていないようだ。
この人、人望お化けだよ。
さて、依頼料だった宮廷料理の話をすすめる前に、だ。
一瞬、闇を纏わせた私は王に問う。
それなりに、真剣な貌で――だ。
おそらく。
今、このダンボール空間の壁には、おどろおどろしい黒猫のフォルムが、煌々と輝いている事だろう。
『ところで、どうやって説得したんだい? 彼らは人にも寄生したがっていたよね。さすがに、民間人を犠牲にしようっていうのなら……私も、考えを変えてしまうのだけど』
そう。
私の中にも優先度がある。たとえ協力を約束した王であっても、個人的に嫌いではなくても。
魔王様の御言葉にもあったように、罪のない女子供と民間人を巻き込む様なら――私はこの場で、この王家を断絶させる。
魔王様の御言葉は、すべてに優先されるのだから。
そんな私の。
何よりも尊き御方への心を読み取ったのか――カルロス王も顔を引き締め、静かな口調で応じる。
「貴方様のご懸念も十分に理解しております。なれど、ご安心を。まあ、悲しきことに……わが国にも死罪に値する罪人は、多数おりますからな」
ようするに、自分を呪い殺そうとした連中を……新しい苗床に提供するわけね。
それなら自業自得だし、罪のない民間人相手じゃないのなら私も文句はないけれど。
なんともはや。
王として、それなりに非道な一面もあるのだろう。
『なるほどね――いいよ、悪かったね。脅すような声を出して』
「いえ――我が民にまで御心を割いてくださった、あなたに感謝いたします」
その手腕は、全てを投げ出しうっかり黒猫を助け負傷してしまった、間抜けでお人好しな人物像とは真逆に見える。
もっとも。
それが国を支える王本来の、冷徹にならないといけない在り方なのだろうが。
本来の性格や主張よりも、国としての利益と安全を優先させなくてはいけない場面も多いのだろう。
魔王様も私も、上司として冷酷な決断を下す場面は多々あった。
それなりに大きな国、組織ともなれば綺麗ごとだけでは片付けられない問題がある。
優しいだけでは、駄目なのだろう。
まあ、あの禍々しい魔剣に封印された王家の記憶。
禁術を用いた、封印王立図書館。わざわざ自身の記憶を眠らせておくことの意味を考えれば――……それなりに、手を汚してはいると考えるべきか。
やむを得ず。
国を守るため。
歴代の王の何人かは、血で染まった道を歩いていたのではないだろうか。
あるいは、王に掛けられた呪いも……代々の王たちが歩んだ道の犠牲者たちの恨み、という可能性も。
いや、憶測で考えるのは危険か。
王たちの記憶が眠る魔導書庫。そこに何か秘密が、眠っているのかもしれない――。
なにやら、まだ裏があるのかもしれないが、今は関係のない話。
そこを掻きまわすほど私も野暮ではないし、綺麗な性格でもなかった。
私とて、この肉球を血で染めているのだから。
私は蟲魔公ベイチトの敵意が消えた事を確認すると、静かに瞳を閉じていた。
閉じた瞳の闇の中。
眩しさに釣られ頭上を見上げると、光が見えた。
ダンボール空間の上部。
既にだいぶ時間が経過していたのだろう。
荒ぶる魔力を逃がすための天を、朝の日差しが照らし始めていた。




