メルカトル王国の受難 ~謎の黒猫紳士、ブラックハウル卿、登場!~その3
猫獣人と蜂蟲の群れと、王様が一人。
普段、会議が行われる厳かな雰囲気を持つ円卓の間には、異なった種族の者が顔を見合わせていた。
目覚めたカルロス王は状況を注視し……困惑顔で周囲をキョロキョロ。
私と蜂を交互に見て、考え込み。
王者のため息。
「これは……、ふむ――どちらも侵入者のようだが。これは夢……ではないのであろうな。はぁ、どうしてこの王宮にはこう、トラブルばかりが続くのか」
さすが騎士姿の似合う壮年王様。
有閑マダムであったら、カルロスおじ様のその吐息にイチコロだったであろう。
魔王様もそうだったけど。
やっぱり上に立つ者となると、他者を惹きつける何かが生まれるんだろうね。
さて、一国を背負うおじ様の目覚め。
なーんてモノに付き合っているわけにはいかない。こっちは今、一触即発なのだ。
『ああー、カルロス陛下? お目覚めの所、急でわるいんだけど、いま取り込み中なんだ。私を信じるか信じないかはともかく――そこの結界からはでないでおくれよ? ちょっと見れば、悪意のない防御結界だとは理解できるはずだ。相手は寄生生命体らしい、君が乗っ取られると、ものすんごぉぉぉぉぉく面倒なことになっちゃうんだよね』
どうせ目覚めるのならば、解決した後。
このブンブン蜂を討伐するなり、駆除してからの方が楽だったのだが。
まあ起きてしまったものは仕方がない。
敵となるだろう蜂を睨んだまま、私はオッちゃんを守る結界を強化。
このまま蜂が襲ってきてくれるなら、返り討ちにするのだが――妙に慎重でやんの。
私の隠しきれない魔力に、ひるんでいるのかな?
どちらが敵か悩んでいる様子の王に、私はジト目を向ける。
『悩む必要なんてないだろう? 麗しい私はモフモフ付きの獣人なんだよ? あっちより、モフモフ度が増しているだろう? ほら、私を信用すべき理由はそれで十分じゃないか!』
「モフ? いや、たしかに耳としっぽはモフモフであるが……いや、それよりも、この強固な結界。あふれ出る魔力……そなたは、いったい。理解が追いつかないのだが」
そりゃ爆発から猫を守って負傷して、気絶。
目覚めてみたら、なんか意味の分からん大量の蜂と麗しい猫獣人紳士が対峙しているのだ。
混乱するよね。
珍事態のわりに落ち着いているのは、この男、カルロス王が王者の器たる存在だからだろう。
ともあれ!
チャーンス!
『私? 私かい。くくく、くははははは! よくぞ聞いたぞ、脆弱なる人間の王族よ! 我こそは大魔帝ケトス様が眷族の一匹。漆黒の稲妻! 主のために奔走する魔猫、素晴らしき美貌の主の僕。闇に輝く黒き魔哮――我こそが、彼の名高き、ブラックハウル卿である!』
ででーん!
背後に浮かぶのは十重の魔法陣による演出魔術。
むろん、いつものように演出以上の意味はない、ただの効果音と幻影だけである。
超カッコウイイ名乗り上げをしてしまったのである!
ふ……美しさは罪。
なんか、王様と蜂が。
考え込んで。
なんでこいつ、十重の魔法陣をこんな無駄な演出に使っているのだろう。
と、ちょっとドン引きしたような視線を送ってきているが――気のせいだろう。
超、格好良かったから、意味があったし。
うん。
せっかく、私が素晴らしい名乗りをしたのに、オッちゃんはキョロキョロと落ち着かない様子で目線を動かしはじめた――。
「どうやら守っていただいていたようですな。感謝いたします、えーと……」
『ブラックハウル卿である!』
「そ、そうでしたな――ブラックハウル卿殿。助けられておいてすまぬが、……先にお聞きしたいことがある。ここにおったはずの黒猫を――知らぬだろうか」
『黒猫?』
探査の魔術を発動しながら王は言う。
「うむ、太々しい顔をしておったが、とても愛らしい黒猫が……たしかにおったのだが。お-い、太っちょ! 太っちょ!」
探るように周囲を見渡すカルロス王。
心配しているのだろうが、その呼び方はやめて欲しいのである。
声音を少し落とし、私は王に肩を竦めてみせた。
『残念だけれど、もう居ないよ』
「そんなはずは――ワタシは確かに、あの太っちょを守り……」
ようやく、爆発やらなにやらを思い出したのだろう。
王は貌を急に引き締めるが――。
それと同時に、探査の魔術に黒猫が引っかからないことを悟ったのか。
鼻梁に翳を落とし、ぼそりと床の防御結界を見つめて呟いた。
「ああ――そうか、ワタシはまた守れなかったのだな……」
目を伏せて、肩を落とし――探査の魔術を、小さく細めていく。
たくさんの民を支える王者。貫禄に満ちていた筈のその背も小さく見えていた。
『仕方ないだろう。君の傷を治しているうちに居なくなっちゃったんだ。さすがに王様とネコなら、王様を優先しちゃうよ。まあ、どこかで生きているんじゃないかな? とてもスマートで賢そうな猫だったし』
「そうであるな――」
探査の魔術にかからない。
それを死と判断しているのだろう。まあ、私がレジストしちゃっているだけなのだが。
「ただ、少し――寂しくなってしまっただけだ。すまぬ」
イライライライラ。
イーライライライラ。尻尾がべちんべちんと、魔力の壁を叩いてしまう。
『だいたいねえ、王様なんだからもっと自分を大切にするべきだろう? 身を挺して、あんな獣一匹を守ってどうするんだい。きっと部下たちも心配していると思うよ? あの時の反応を見る限り、一度や二度じゃなくてしょっちゅうなんだろう!』
「分かってはいるのだ。なれど――手を伸ばせば救える位置にいたのだよ。だから助けてやりたいと思った……そして我が手は伸びていた。ただそれだけの、話なのだ」
まあもっとも、どうやら救えなかったようであるが、と。
王様はしんみり、物悲しい表情を浮かべている。
その姿は少し。
落ち込んでいた時の、魔王様に似ていた。
……。
あれ? なにこの空気。
すんごいお通夜ムードなんですけど。
たかが猫一匹にである。
……。
寄生植物に乗っ取られている蜂の群れも、空気を読んで黙ったままだし。
てか、この蜂。
空気が読めるなら、退散して欲しいんだけど。さすがにそうはいかないか。
ええー……三人で黙り込んじゃったら、話すすまないじゃん!
……。
まったく、どうも調子が狂うオッちゃんである。
にゃぁぁぁぁぁぁ!
めんどくさい!
王様なんだから! こういう時は自分の身だけを案じていればいいのに。
『にゃあああ、もう! 困るんだよねえ、そういうの! 私はただ異世界グルメ散歩のついでに様子を見に来ていただけだったのに。君のせいでいろいろと台無しさ!』
言って、私は姿を黒猫モードに戻す。
くるりと空で宙返り。
格好よく着地して、ズジャ!
すばらしきモフモフフォルムの私、再登場である!
「もしや、おぬしが――」
『そう、あの時の黒猫さ! どうだ、我の素晴らしきボディに見惚れたか! 麗しさに平伏したか! 声さえも失くしたか! さあ人間よ! 我を、崇め、奉れ! 猫こそが至高、猫こそが偉大なる魔王様に次ぐ輝き、神に等しき存在なのである!』
ビシっと偉そうにしてやったのだが、反応は鈍い。
やがて、全てを悟ったといった様子で。苦笑し王は言う。
「生きておったのか」
『そりゃ、黒猫に化けていただけだからね。にゃふふふふ、本気で我を滅ぼそうと思うのなら、短期間で千回は滅ぼさないと駄目だしニャ!』
冗談のように言っているが、これ、後半部分は本当なんだよね。
「そうか、生きておったのか――太っちょ」
しんみり。嬉しそうに呟いているのだが。
むろん、私はムッと歪めた眉間の皺を、むぎゅーっと何本も刻んでいた。
『勝手な名前で呼ぶんじゃないニャ! まったく、ただの猫だと思っていたくせに私を守るなんて、どうかしているよ。なんだい、その貌は。べ、べつに、たまには助けて欲しかったとか。庇ってもらえて嬉しかったとか、そんなんじゃないんだけど! なんか、むかつくんですけど!』
ペチペチと肉球で空を叩きながら私は言う。
うにゃうにゃうにゃと、言い訳ばかりが口をついてしまうのだ。
「そうか、無事であったのか……すまぬ、それほどの強さならば、ワタシは余計な事をしてしまっただけなのであろうな」
『その通り! いい迷惑だったんだからニャ! だいたい、王様なのにネコを庇って怪我をするにゃんて、どうかしているのニャ! バカなのにゃ! 我が治してやらなかったら、とんでもないことになっていたんだからニャ!』
フンとそっぽを向いてやったのだ!
ついついニャニャニャニャ言葉が蘇ってしまう。
いつもは意識してニャニャニャにはならないようにしているのに。
王は安堵したように息をつくが、その直後。
なにやら考えに至ったのか、その鷹のような鋭い視線がじとぉぉぉぉっとこちらを見る。
「となると、おまえ……ワタシの様子を窺いに来たスパイかなにかだったわけだな?」
『ん? 違うよ? 盗み食いにきたついでに、君に掛けられていた呪いを解きに来てあげたんだけど?』
こくん、と。首を横に倒し私は言う。
そういやこのオッちゃん、呪われていたことは知らなかったのか。
「呪いとな? つまり、そなたは盗み食い……偵察に来たついでに呪いの気配に気づき、お人好しにも解呪しにやってきたと――確かに、あの時、そなたに踏まれた時に邪気のような何かが抜けたような感覚はあったが……」
『まあ、そうだけど。いいじゃないか、そのおかげで君は助かったんだし』
まあ、私が呪いを解除しなければ爆発も起こらなかったのかもしれないけど。
……。
あー、こんなことをしている場合じゃなかった。
『さて――遊んでいる場合じゃない』
私はくるりと宙返りをし、また獣人モードに戻って、目の前の蜂をちらり。
私がシリアスモードに切り替えたからだろう。
途中で待ち飽きていたのか。スヤスヤスヤと眠っていた蜂が、ハッ……! と目を覚まし、こちらを警戒し始める。
三人はようやく、シリアスに戻り始めたのだ。
『まあ、そういう話はあとにしよう。それよりも――これ、君の知り合いかい?』
「いや、貴方の関係者ではないのですかな?」
空気に反応し、王の声音も少しの変化を見せていた。
『ぜんぜん、見知らぬ他人だね。王宮に入り込んでいたんだけど。なにか心当たりはあるかい?』
カルロス王も私ではない方の侵入者に向かい、瞳を細める。
私の魔力に慄き動かぬ蜂の群れを見て、眉を尖らせる。
「ワタシの知識の中に、このような存在は把握されていない。ブラックハウル卿殿は異界のモノなのでありましょう? そちらの世界の生き物という可能性は、いかがだろうか?」
『いーや、さっぱりさ。私、こう見えても魔族や魔物に詳しいんだけど。小型の蟲に寄生して集合、単体としての力を増す――こんな寄生型の植物魔族、見たことがないよ』
王の直感を揺する何かがあったのか、明らかに表情が変わり始めた。
「植物型魔族? なるほど――そうでありますか。ならば一つだけ、心当たりがある」
言って、王様はワイルドハンサムをギッときつく軋ませ。
ぶんぶんぶんと飛び回る蜂を見る。
「我らの世界の魔族にして、ワタシの知識に存在しない者。それは、おそらく――四大脅威」
王の言葉に、空気が変わり始める。
魔力がざわざわと揺れ始める。
今の言葉で、相手の本気度が変化したのだろう。
「ほう、人間の王。さすが」
「答え、見抜かれた」
「我等、おまえを賞賛」
王の指摘に、蜂型魔族が集合していく。
やはり、複数にして個。
目の前には一匹の大型蜂型魔族が、凛と佇んでいた。
モフモフの外套とマフラーを身に着けた妖艶な女性。
まさにパラサイトクイーンビーといった姿の、女帝魔族。
そして、コレは言った。
「よくぞ我の正体を看破した。我こそが四大脅威。ネモーラ男爵の滅びを見定め顕現した、大魔族が一柱、蟲魔公ベイチトである」