メルカトル王国の受難 ~謎の黒猫紳士、ブラックハウル卿、登場!~その2
王の眠る会議室。
ブラックハウル卿を名乗り、正体を隠す私こと大魔帝ケトスは魔力で威圧し敵をちらり。
まったく、いつからこの王宮に潜んでいたのだか。
この私でさえも、ちゃんとサーチするまでは潜入に気付いていなかったのだ。
どー考えても厄介な存在である。
えー、これ……やっぱり敵なのかな?
暗闇の中に浮かぶ異形の存在。
そこにあったのは魔力を纏った、わしゃわしゃーっとした闇の群れ。
小型生物の集合体、そういった印象のある力ある者だ。
しっかし、目視しにくいな……。
ネコの魔眼に映っているのは、濃い霧のようなモヤモヤ。
こう、なんつーか。
黒い小さな点々が、部屋の隅で行ったり来たり。さっきも言ったが、その……ワシャワシャしているのである。
夕方と夜の境に、河川敷とかで大量発生する小さな虫の大群を想像して貰えばいいだろうか。
うっかり口を開けて歩いたりなんかしたら、口の中に数匹、入り込んでしまいそうな――いや、やめよう、この例えは……。
まあ。
ちゃんと目を凝らすと、その本体らしきものが見えてくるのだが……。
魔霧の中心にいるのは――。
ぶんぶんぶんと羽音を鳴らす大型蜂。
集合すれば体格のいい人間ぐらいにはなるサイズの、スズメバチのような外見の人型魔族である。
もっとも。
スズメバチともちょっと変わっていて、身体の一部にミツバチのようなモフモフが生えているが。
……。
肉球でつついたら、モファモファーっとしそうで。
触ってみたいかも。
ともあれ、敵か味方か。
どうせ敵だろうけど、一応、接触をはかってみるか。
魔力を纏わせた音声を、ぶにゃーんと飛ばしてみる。
『誰だい、君。悪いんだけどさあ。ここはもう私の縄張りなんだよね? ほら、この魔力領域が見えるだろう? ちゃんとダンジョン領域として上書きしてあるし。できたら通行料に蜜たっぷりの蜂蜜なんか貰えたら嬉しいんだけど、どうかな?』
当然の権利を主張、蜂蜜を置いての退去を要求したのだが。
はて? 返事はない。
しばらくして。蜂達は、ぶんぶんぶんぶん、集合しながら声を出す。
「ダンジョン、生成、能力?」
「肯定。メルカトル王宮。こいつの支配領域。乗っ取られた。初見、これほどの力。何者?」
「該当データ、なし。コンタクト、推奨」
どうやら、それぞれに意思があり相談しているようである。
思考も独立しているのかな?
しかし私が気になるのは、やはりその身体的特徴だ。
蜂のモフモフ。
じゃれたくなるような、マフラーのようなモフモフがちょっと気になる。
あー、蜂って花粉とかついてるとモフモフ度、増すよね。
これで完全なミツバチなら可愛いのだが、どうみても――肉を喰らい、鶏すらも噛み殺します! って顔をした肉食蜂なので、ちょっぴり怖い。
蜂、かぁ……。
ネコとしては、本能的な忌避感がある。
でも、その頭の触覚もこくりこくりと動く節々も、ジャレて遊んでニャハニャハ肉球でパンチしたら面白そう♪
蜂への恐怖よりも、遊びたい願望が増していく。
……。
いかんいかん、いま私は獣人モードなのだ。
猫の時みたいに自由気ままに飛びかかり、とりゃとりゃ! と、叩き落とすわけにもいかないだろう。
『ねえ、もしもーし! 聞いているのかい? ここはもう私の領域なんだ、侵入者はとりあえず全部滅却するか追い出すかする予定なんですけどー! 私、焼き払うつもりなんですけどー!』
ウーズウズウズズ。
ジャレたい! ジャレたい! ジャレつきたぁぁぁぁぁい!
その羽をペチリと叩き落として、スコアアタックのごとく連続でベチベチしたいのである!
そんな本音を察したのか、蜂達が警戒音を立てて騒ぎ出す。
「危険! 敵性反応! 推定性格、短気。傲慢。利己的!」
「魔力増大? 数値異常。危険!」
「危険! 鑑定、推奨! 敵性、ネコ型人間?」
『おや、魔道具を用いない鑑定ができるのか。魔術パターンは……少し、私達の世界の系列に似ているね。いいよ、やってごらん。少しでも鑑定できるのなら、君達をそれなりの存在と認めてあげるよ』
異世界の謎の存在が扱う魔術。
それは私の興味を惹くには十分すぎる要素である。わくわくウキウキで鑑定を待つ私の顔を、魔霧の中の蜂さんが、じぃぃぃぃっと魔力の瞳で眺め――。
無数の魔法陣を展開。
一つ一つの魔法陣は小さいし稚拙だが、それを無数に掛け合わせて相乗効果を生んでいるのだろう。
モフモフつきの蜂の足が、複雑な身振り手振りで詠唱する姿はちょっぴりファンシー♪
術が完成したのだろう。
魔霧のような蜂の集合体から、禍々しい魔力の瞳が浮かび上がってくる。
それが私をじぃぃぃぃっと見て。
鑑定には……まあ、若干成功したのかな?
「獣人? 魔族、いえ、人間? 魔猫? 幻覚?」
「理解不能。該当記憶、ナシ。なに、これは」
「解析。不能。解析、不能。不能。不能。おそろしき、闇」
自問自答する謎の蜂。
ギチギチギチと蟲の足節を擦ったような声が複数響き渡る。
「再度、鑑定」
首をコクリ。
壊れて折れた人形さんのように傾ける顔が、ほんのりショッキング……。
いや、そりゃこのスズメバチのような姿も、霧のように小さな生物の集合体。
実際にこういう形で生活しているわけではないのだろうが、蟲、ちょっと怖いね……。
今の魔術で確信した。
蜂型魔族に見えるが――その本質は、ネモーラ男爵のように個にして複数。
魔力核を中心に群れとなった魔族、なのかな。
力弱き魚が巨大な群れとなり、一匹のモンスター個体として特大な魔力を持つことがある。単体だと文字通り雑魚なのに、群れとなると生態系を破壊するほどに強くなる――そのエグさから、私は勝手に鬼畜スイミィと呼んでいたのだが。
さて。
これもまたそうなのだろう。
群れとなった集合生命体。
その力は本物だ。
王の呪殺を狙っていたのは、人間だと思っていたのだが……ふむ。
四大脅威の一人、闇風のネモーラの眷属というわけでもなさそうだ。
となると――残りの三大脅威。またはその支配下に置かれた勢力、か。
「鑑定承認。魔術――発動!」
「ワレ、久遠の闇を生きるモノ。個にして、多。多にして個」
「汝の、姿。正体。性質、晒す」
「蟲魔公が命じる――、汝、その暗闇と正体を明かせ!」
それぞれが異なる性質の鑑定魔術を詠唱する。
なるほど、これは――悪くない手法だ。意識が複数存在するのなら、同時に異なる性質の詠唱をすることもまた可能。極めて効率の良い魔術詠唱である。
詠唱には名乗り上げが入るパターンが多い、蟲魔公という言葉が出たが……はてさて。
「きさま、調子に乗る、ここまで。我等、おまえの性質掴む。それ即ち、楽勝」
「王宮支配、我々の悲願」
「返せ、我らが巣。返せ。いや、返して、もらう!」
彼らの顔を拡大してみてみると――そのギチギチとなる顎がニヤリと吊り上がっている。
うわ、蟲のドヤ顔なんて初めて見た。
『ふーむ、また鑑定魔術かぁ……』
フォックスエイルもそうだったが、搦め手で攻めてくるタイプって、相手の情報を先に掴みたがる傾向にあるのかな?
私みたいな。
圧倒的な力と破壊と殺戮で、複数の敵を薙ぎ倒すタイプの武闘派は、そういうの面倒だから、鑑定なんてせずに相手をぶっ飛ばしちゃうんだけど……。
ちなみにホワイトハウルもロックウェル卿も、どちらかといえば私よりの思考。
鑑定なんて面倒なんで、滾る魔力で吹き飛ばす・石化させる、である。
どうやらこの蜂さん達。例に漏れず。生意気にも、再度、今度は本格的に私の鑑定を始めようとしているらしい。
が……。
どーしよ。
ドヤって勝ち誇っているところを申し訳ないのだが。たぶん、この程度じゃ……私、レジストしちゃうんだけど……。
魔術は発動することなく、私の自動迎撃でキャンセルされちゃうんですけど。
んーむ、技術不足である。
なにか特殊技能やスキルでもない限り。八重の魔法陣程度じゃ、私の能力を深くまでは鑑定できないのである。
が――!
むろん、これはドヤチャンス!
肩をすくめてみせた私は、飛んできた鑑定の魔術をそのまま受けて、
『どうだい、私の深淵を覗くことはできただろうか?』
にやり。
わざと魔術耐性を極限まで下げて、少しだけ私の偉大さを鑑定させたのだ。
私の情報が魔法陣に刻まれ――転写されていく。
浮かび上がる膨大な数値。
様々な情報群。それはさながら、彼らの様な、膨大な闇の霧。
文字の群れが、王の眠る円卓の上空を飛び交い始めた。
「エラー。ミス。エラー。ミス。鑑定切り替え。エラー。ミス。レジスト。再度、切り替え」
魔術文字の情報を読み解く蟲の瞳が、紅い魔力で染まっていく。
「ワレ、名前の片隅。判定。成功。称号、深淵に這いずる魔猫」
「能力。異常。スキル。スキル。スキル。スキル。異常。異常。異常。エラーにあらず。くりかえす、エラーにあらず」
「破壊神。殺戮の神。称号、無数。危険!」
どうやら、レベルが違い過ぎて私の所有するスキルや称号を理解できないようだ。
とりあえず、私がなんかすっごいヤベェってのは伝わったようである!
プププー!
蟲なのに、冷や汗流し始めてやんの!
「提案――うかつに、近づくな」
「承認。これは危険。ワレワレ、の、判断だけで、敵対する、のは危険」
「恐らく、極悪。憎悪の群れ。勝利、容易ではない」
次々と反響する嫌な音。
蟲の翅を擦り合わせたような声が、響き渡っていた。
んーむ、なんか機械っぽいヤツである。
私達とは思考ロジックが異なっているのかな。
『ふむ、まあなんか気持ち悪いけど……どうやら言語は解しているようだね。安心したよ、昆虫みたいなのを相手に会話するのは厄介だって聞いていたし。どうだい、話し合いのテーブルに着く気になったのかな?』
蜂達は私をじっぃぃぃぃぃぃっと眺め。
がちがちがち。
顎を鳴らして警戒音を発するのみ。
部屋の中をぐーるぐるとしながら、奴らは言う。
「ブラックハウル? 卿? おまえ、名乗った、その名、知らない」
「我らの存在、気付く、なにものか?」
「答えよ。求む、回答」
ようやくまともな会話が進められそうである。
『だから、大魔帝ケトス様の眷属だって言っているじゃないか。君、聴覚がないとか、そういう種族なんじゃないよね? 今の流れで理解したんだけど……君達、たぶん蟲に寄生するタイプの植物系魔族。冬虫夏草のヤバイバージョンだって思うんだけど、どうなんだい?』
返事はない。
ただ、ギチギチギチとその咢を更に蠢かしている。
あれ? 違ったのかな。
てっきり植物系魔族なのだと思っていたのだが。
切り口を変えるかと、彼らを鑑定しようとした――その時だった。
彼らは蟲の瞳をクワァァァァッと泳がせて、ブンブンブンブン!
大慌てで部屋の中を駆け巡る。
「ワレらの本質、見抜かれた!?」
「バカ、言わなければバレない。内緒に、する」
「そう、いまから、誤魔化す!」
いや、もう相手が目の前にいるんだから……誤魔化せないって。
あー……こいつら複数の生命体の集合体だから、情報伝達が遅いのか。
やはり、所詮は蟲。
そしてそれに寄生する植物系魔族といったところか。
「何を言っているのか理解ができない。ワレワレは植物ではない」
「そうそう、全然違うのである。まったく、これだから動物をベースとした下賤の輩、低俗な思考を動かす獣どもは困る。ワレらは寄生し操るタイプの魔族とは異なる、素晴らしき種族」
「そうだー! そうだー! きさま、ワレらのことが理解できないからと変な勘違いはするな」
ビシっと蟲の前脚で私を指さし、彼らは言う。
随分と流暢な言葉が漏れていた。
『えぇ……もしかして、君達って嘘をつくのが苦手だったりする?』
「ふ……っ、貴様はやはり人間か。人間どもは我等が真実を話そうとするといつもそんな風に目を点にして、うわぁ……という顔で見る。これほど素早く論理的な思考と言葉をもって否定しているのだ、我らの言葉が正しいと、理解ができるであろう?」
こりゃ確定である。
単語の組み合わせばかりだったのに、嘘をつくためにいきなりめっちゃ語りだしたら、不自然だってのに。
そういう心の機微とか、分からないんだろうね。
文化の違いというか、種族間の思考パターンの違いって、こういう事態を生みやすいのだ。
どうも会話がしにくいし。
このまま滅ぼしちゃってもいいかなと思っていたのだが。
その時だった。
僅かな呻きと共に声が、響いた。
「これは……いったい、何事であるか!」
『おや、お目覚めですかカルロス王。タイミングとしては……んー、どうなんだろうね』
どうやら騒ぎの音で、眠り皇子状態だった王様が起きてしまったようである。
はてさて。
どうせドヤるんだったら、誰かが見てくれていた方が捗るのだが。
どうなることやら――。