メルカトル王国の受難 ~黒猫はひそかにドヤる~その1
世界存続の危機、種の存続――この世、全ての命と運命を左右するほどの天変地異。
昨日の出来事は全てが真実。
現実なのだ。
麗しき魔猫の部下が語った言葉、そして容易く行った転移魔術は、カルロス王の率いる遠征軍を震えさせるには十分すぎただろう。
異界の魔族の侵略拠点は――緑の黄金郷とまで呼ばれているらしいこの自然豊かなメルカトル王国にも、大きな衝撃を与えていたのだ。
魔王を自称するネモーラ男爵の死。
主神たる存在、大いなる輝きの敗走。
そして――。
異界の大魔族、大魔帝ケトスの顕現。
その高貴なる存在はただ居るだけで美しく、人々の目と心を奪う。
ちょっと太めだとか言われているが。
それは、スレンダーな肢体を覆い隠してしまうほどモフモフでゴージャスな、自慢の毛並みのせい。
けしておデブなのではない。
そう、違うのだ。
ただちょっと勘違いされているだけ。
にゃほん、と咳払いし。
録画クリスタルを回す私は、やはりスレンダーである。
彼の者の凄まじき存在の本質は――異界の魔導書『邪猫異聞録』に記されているように、無邪気で残酷。
彼の者は、侵略への報復として世界崩壊を目論んでいた。
滅亡を阻止するためには話し合う必要がある。
その話し合いの席に立つ権利を得るために必要なのは――ご馳走。
つまりグルメを要求しているのだ。
「異界の魔王すらも唸らせる……グルメか、これは難題であるぞ」
そんな中。
不眠不休で働いていた国王カルロスはひとり、円卓の間――いわゆる会議室で頭を悩ませていた。
家臣たちに弱音を吐く姿など見せたくはない。
不安にさせてはならない。
悩み嘆くなら、人払いをしてある今しかない。そう思っていたのだろう。
あの大魔帝を相手に、何を用意すべきなのか、どう対話を進めるべきなのか――そもそも、話が通じる相手なのだろうか。
さまざまな考えが浮かんでいるのだろう。
王者らしく凛々しい表情を曇らせる鼻梁には、濃い皺が刻まれている。
「大魔帝ケトス……よもや、ネモーラ男爵が滅んだ代わりに、更なる脅威がこの世界に闇の影を落とそうとは……」
噛み締める唇から、葛藤が伝わってくる。
大魔帝ケトス、異界の大魔族。
素晴らしき猫モフ毛を携えた、超絶可愛いクールキャット。
まあ、私の事なんですけどね!
いやあ、今、この国がどよーんとしているのは私が原因。元凶みたいなもんだけど、他人事みたいに語るってのもなかなか面白い。
にゃふふふふ!
この私自身が語っていただなんて、後からこの撮影用記録クリスタルを見た者は全然気づかないだろうね!
ただの黒猫のフリをして王宮に入り込んだ私は、とてとてとて。
こっちの文化を記録しようと透明な撮影クリスタルを浮かべて、ニョキニョキニョキ。
どんなグルメを用意してくれるのか、わくわくを抑えきれずに直接やってきてしまったのである!
……。
いや、間違えた。
とある作戦を遂行するために、偵察に来た――というわけなのだ。
既に我慢できず食物庫に忍び込んで、保存食のチーズの盗み食いを済ませ……てないよ?
ほんとだよ?
ともあれ。
国に帰った彼らはそりゃもう大慌て。
急ぎ王室図書館に向かい大魔帝ケトスに関する資料をかき集め、またネモーラ男爵の消滅を占う魔術師軍団を総動員。
私の世界から誘拐されたという民間人たちの救出部隊の結成。
そして彼らをもてなす侍従や専用執事を用意。
んでもって、私に捧げる最上級のグルメを検討すべく、世界各国から調理人を招集中。
それを一晩のうちに進めるのだから、なかなかどうしてここの王は有能だとは思う。
民からの信頼も厚いようだ。
有能で性格も良く、誰からも好かれる賢王といったところか。
実際、既に何人かの民間人をあのマリモの秘密基地から救い出していたらしく、城内で保護されているようなのだ。
その人たちの回収、または顔見せという意味もあって私はこの王宮に侵入しているのである。
そう。
別にグルメ観察だけをしにきた、というわけではないのである。
あー、牙にチーズの破片が……ごっきゅん。
んーむ、なかなかマイルド♪
さて。
ではなぜ私がいま、グルメや誘拐された民間人回収を後回しにし、こんなオッサンの顔を見に来たのか。
それにももちろん理由がある。
先に、どうしても優先しないといけない厄介ごとができてしまったのである。
グルメ、グルメ、おにく! おにく! とワクワクにゃはにゃはで空間をぶち破り――食糧庫で見つけたチーズの山に飛び込んで――くははははは、おにくもイイがチーズもいい! これこそが我にふさわしいチーズ徴収である! と笑っている時に、気付いてしまったのだ。
王宮に取り巻く邪術の香りと呪いの甘い香り。
私、憎悪の魔性だからね――そういう呪術とかにも敏感でさ。
察しちゃったんだよね。
今、私の目の前で大魔帝ケトスへの対応に苦慮する賢王。
この男。
カルロス王は近日中に、死ぬ――。
◇
なにを突然。
突拍子もない。
まーたこの駄猫がなんか阿呆な事を言い出したと思われるかもしれないが。
事実なんだから仕方がないじゃないか。
賢王カルロスの、ワイルドハンサムな顔にべっちゃりとついた、死相が見えてしまったのである。
……。
あー、勘違いしないで欲しいけれど、私が世界を崩壊させるから死相が見える、というパターンじゃないよ?
今回は百パーセント、私のせいじゃない。
いつものパターンだと、なんだかんだで巡り巡って私のせいだったりすることもあるけれど、今回は断言できる。
くどいようだが私のせいじゃない。
犯人は――人間だ。
かなり前に記録クリスタルに記したと思うが――猫という性質の影響を受けている私は、他人の顔に浮かぶ死の影を覗く能力がある。
あの時はたしか、自らに呪いをかけていたヤキトリ姫の事件の時だったかな。
その時と同じ。
この王宮から呪いの香りがプンプンと漂って、憎悪の魔性である猫ちゃんの鼻を甘く擽っているのである。
そしてその矛先を辿って到着したのが、このオッちゃんの休む会議室だったというわけだ。
んー、なーんでこんないい人を呪うんだろ。
国のために尽力する、わりとまともな王様である。
盗み食いをしている時に家臣たちの心を盗み見てみたが、王への不信や不満はないどころか、信頼と親愛、忠誠で満ちていた。
ま、どんないい人間だったとしても王様なのだ。権力者はどんな逆恨みや私利私欲の争いに巻き込まれているか、分からないからね。
今回のごたごたの隙をつかれ呪われたとしても、不思議ではない。
しょーじきな話。
綺麗で清楚で、うふふふ、まあ可愛らしい猫ちゃん、わたしのお膝の上でイチゴケーキをホールで召し上がりますか? とか聞いてくれる美女なら、ともかく。
こんなオッちゃんが私の与り知らぬ場所で死んだとしても、それほど心は痛まないんだけどね。
ただ、ちょっと考えてみて欲しい。
私は会議室の影。
闇の中から、じぃぃぃぃっと賢王の背中を見てしまう。
他人の、それも異世界の王宮のごたごたなんぞに首を突っ込むのは、不粋だとも思うのだが……いま、このタイミングで死なれたら、ねえ?
絶対に私のせいになるよね……。
大魔帝に呪い殺されたとか、そういう難癖つけられちゃうよね?
私が犯人ならそうするし。
これ幸いと、呪殺の舞を披露するし。
犯人もおそらくそれを狙って、便乗したのだろうが。
王に死なれたら、グルメ献上どころではなくなってしまうので困るのだ。
それに……。
ふと気が付くと。
偶然、いつのまにか、なぜか知らないが、うっかり私の口の中にはチーズが入り込んでいたし。
これ、魔王様に知られたら――勝手に、他人の家の食べ物を見返りも与えず食べてしまうのは、駄目だろう?
と、やんわりお説教されちゃうパターンだろうし。
まあ、チーズの代金の代わりに――だ。
助けてやってもいいかな~とか思い始めていたし。
呪殺を阻止しに来たわけなのだ――。
呪い解除なんて、憎悪の魔性の私からしたら楽勝。朝の焼きたてパンケーキに乗せるホイップクリームより甘いのである。
私は猫口と、モフモフ尻尾をぷるぷるとさせて。
あー、いかんいかん。
つい、馬鹿笑いしてしまいたくなってしまう。
ぶぶぶ、ぶにゃはははははは!
あ、やっぱり我慢できずに笑っちゃった。
だって! だってさあ!
王様の暗殺だよ?
犯人、絶対いまごろ心臓バクバクで生唾を飲み込んで見守っているわけだよ?
バレるリスクと得られる利益を天秤にかけて、ようやく動き出したわけだ。
それを――瞳を輝かせたネコちゃんがウキウキ顔で、肉球でべちり。
無慈悲に呪いを祓い落としたらどうなるか。
そりゃもう、犯人にとっては阿鼻叫喚!
なにさらすんじゃ、このボケ猫ー! となるだろう。
にゃははははははー! 他人が暗躍している計画を、しかも王の暗殺などという一大イベントを、ちょっとした猫の気まぐれでぶっ壊すのって最高!
積み上げていった悪意を、ささっと立ち寄った部外者がブチ壊すのだ。
あと少しで完成するトランプタワーとかドミノを崩す瞬間と同じである!
絶対に、おもしろい!
いやあ、犯人の悔しがる顔がものすんごい楽しみなのだ!
あくまでも善行だし、正々堂々と嫌がらせができるので最高のシチュエーションなのである!
そんなわけで――犯人を特定するためと、失敗した時の顔を確保するための撮影クリスタルを王宮に巡らせた私は、会議室の闇の中からニョキっと這い出て。
ドヤァァァ!
ケトス様、会議室への潜入成功なのである!
そんな可愛い私の顕現には気付かず、カルロス王が遠慮のない大きなため息を漏らす。
「何故だ、なぜ……やっとあの四大脅威が一柱、ネモーラ男爵の侵略が終わったというのに……、今度は異界の魔王。我らは……いったい、これからどうなってしまうのだ」
威厳あるその貌から洩れる弱々しい声と表情は、確かに部下に見せられる顔ではないか。
目のくぼみに、疲れが滲み出ている。
そりゃ、相手がこの私だもんね……。
んーむ、しかしやっぱり魔王様以外の者が魔王様扱いされているのはちょっと困るなあ。
私の世界だと魔王様はただお一人なのに、こっちでは四人いるみたいだし。私の世界にも魔の王を冠する存在が複数いると、勘違いされているのかな。
まあいいや。
私はヨイショと円卓の上にピョンと乗って。
ゴロンと転がって可愛く鳴いてみる。
『るるる、にゃーん♪』
「黒猫? なぜ、このような場所に……おー、可哀そうに、今日は王宮が騒がしかったからな、臣下の誰かのペットが紛れ込んでしまったのだな」
お、このオッちゃん猫好きだ。
ま、まあ異世界の人間なんかに好かれても?
ぜーんぜん、まぁぁぁぁああったく嬉しくないけれどね!
『にゃん♪』
何か食べ物を寄越せとスリスリスリ。
ネモーラ男爵やら大魔帝ケトスこと私の情報をまとめてあった資料を、ちょんちょんとネコ手で叩いて、ズサァァァァア!
ふん!
種別ごとにまとまっていた書類をバラバラにしてやったのだ!
くはははは!
なんという愉悦!
懐かしい、懐かしいのである!
魔王様が起きていた時代は構って欲しくて。こうした悪戯もたまーに、ほんの数回、ぜんぜん迷惑にならない程度にしていたのだ!
これぞ大魔帝の侵略である!
さあ、これ以上書類をバラバラにされたくないのなら、我にご飯を寄越すのである!
「なるほど、腹が減っているのか。まったく、食事の要求と脅しに書類を倒すとは――誰の飼い猫なのか知らぬが、なかなかどーして、愛らしいではないか」
『にゃーん?』
「分かった。ワタシの負けだ――部下におまえの食事の用意とご主人様を探すように頼んでおく」
言って、王様は疲れ切った目のクマを緩めて、私をナデナデ。
うん。
ちょっと手が硬いけど、まあ合格だ!
猫好きに悪い人間はいないって、ついうっかり魔術の実験で野良魔竜を山ごと昏睡状態にしちゃった魔王様が言ってたし。
うん。
私はカルロス王の頭の上に飛び乗って、ドヤアァァァァ!
こっそりと祝福の恩寵を与える。
ピピピキ、ピキキィィィン!
これだけで、王に掛けられていた呪いは解除されていた。
さて、これで一安心。
空のバスケットにはグルメがたくさん詰められるだろうし、その美味しさで滅ぼすか滅ぼさないか決めようかな。
じゃあ、後は――厨房に盗み食いしにいくついでに救出された民間人に会いに行って。
最後に記録クリスタルを回収して、犯人の間抜け顔でも拝んでやるか!
そう、思ったその時だった。
ギィィィン……、ドゲゴゴゴゲェェェェン!
響き渡ったのは、魔力の暴走による破裂音。
なにやら王宮の中で大爆発が起こって……。
あー……、そういえば。
私、大幅にレベルアップする前の感覚で呪い返しをしちゃったけど。
もしかして――犯人、とんでもないことになってるんじゃ……。
いや、とんでもないことになっているのなら爆発など起こらず、虚無の空間が広がって辺り一帯を飲み込んでいた筈か。
ならばこれは――。
呪いに失敗したと察して、実力行使にでてきたか!?
「な、なにごとだ――!」
爆風が会議室にまで飛んできたが――。
私が結界を張るより前に、カルロス王は動いていた。
翳す手のひらから魔法陣を輝かせ――。
「光よ風よ、汝の――……っく、間に合わんか」
『にゃにゃ!?』
一国の王ともあろうものが――ただの獣である私を庇うように、身を挺して爆風から守っていたのである。




