魔猫王ケトス ~史上最強の敵ボス獣~その4
世界の魔力を吸収して突如顕現した魔猫王城。
ラストダンジョンっぽい我が城の前で、たじろぐ異世界の人間達。
どうやら彼らは世界に起こった異変に気が付いて、たった一日で遠征軍を組んで来たらしいのだが――。
「大魔帝ケトスだと……!」
そんな、驚嘆の声を城内で聴きながら、私は頬をピクピクと動かしていた。
貌を引き締めていないと、笑いこけてしまいそうなのである。
いやあ、私ってば。
異世界でも名を知られていたんだね。
さすが魔王様のペット、そんじょそこらのアニマルとは格が違うのである!
思わずソファーの上で、くはははは! と猫笑いをしちゃうね、これ。
にゃははははは!
あ、撮影中なのに笑っちゃった……あとでカットしておこう。
壮年騎士に続いて、兵士たちも引き攣った声を上げ始める。
「陛下! こ、こ、この城にいるのが、あ、あああ、あの、邪神だというのですか!? そ……そんな、異界の祟り神が、なぜこの地に……っ」
陛下? あー、この騎士のおっちゃん、王様だったんだ。
白銀の髪と赤褐色の肌が特徴的な、なかなかなワイルドハンサムさんである。
私の方が貫禄もあるし、格好いいけれどね。
陛下とか、そういう立場の人間にしてはわりと気さくに部下と話をしているが――はてさて。その渋い顔を、ギッと尖らせ王は言う。
「取り乱してすまぬ、いや――しかし……」
王様のおっちゃんは動揺する部下たちをちらり。
助言を求めるように視線を神官と魔術師へと移し、それに応じる形で魔導に通じる職業の者が答える。
「王よ、わたくしが意見を述べさせていただきますわ。あの立て看板に刻まれていた警告は――事実、ということなのでしょう。陛下のご判断の通り――許可なく立ち入らなくて正解、だったということであります。貴方様のご判断は間違いではなかった、わたくしはそう思いますわ」
まずは清楚な女性神官が頭を下げ告げて、次に魔術師の青年が聖杖を翳しながら告げる。
「陛下――若輩ながら、わたくしめもそのように存じ上げます。巨大鯨のように膨れ上がった憎悪の化身……異界より零れ落ちた魔導書――『邪猫異聞録』に記されたあの……混沌の魔猫。その力は、けして甘く見ていいものではありません。戦いは避けた方が賢明でしょうな」
魔導を通じて異世界の魔、神でもある私という存在を把握していたのだろう。
こちらの二名は存外に冷静だった。
もっとも、その頬には隠すことのできない冷や汗が浮かんでいるが。
続けて、朽ちたローブ……無数の魔術結界を内包した魔力の衣で身を包む魔女の婆さんが、嬉しそうに頬のシワを擦りながら言う。
「なーるほどのう……! 異界の魔王、大魔帝ケトスの力を借りた術は机上の論理だけではなく、実際に発動しておった。ならば、その存在も、並外れた逸話も、実在するモノなのだろうとは言われておったが、ふぉふぉっふぉ、まさかワシが存命のうちに、ご本尊様の存在を観測できるとは、我らはついておるのじゃろうて」
なーんで、婆さんとか爺さんて……魔術マニアみたいな輩が多いんだろうね。
心底喜んでいるのが周囲に伝わっているのだろう、魔女婆さんを見る兵士たちの目はちょっと引き気味である。
主要メンバーは王のおっちゃんを中心に――女性神官と青年魔導士、そしてイーッヒッヒヒとか笑いそうな魔女のお婆ちゃん、なのかな。
他の連中よりか明らかに能力が高いし。
それにしてもだ。
へえ、こっちの人たちって私の魔術を使えるのか。
魔導書を通して私の情報がこちらにも伝わっているようである。
ちょっと自慢かも!
しかも、なんかイメージがグルメ魔獣で定着し始めてしまった私の世界よりも、ちゃんと怯えてくれるじゃないか!
悪くない、うんうん、悪くない反応である!
ところで、私。
異界の魔王じゃなくて、大魔帝なんですけど。
魔王様に失礼なんですけど!
まあいいや。
黒猫執事に魔術メッセージを送り、彼等との会話を促す。
了解の合図にピンと立った耳を一度倒して、黒猫執事が問う。
「それで、そちらの代表は――王と呼ばれたあなたで宜しいのでしょうか?」
「あ、ああ、すまぬ……代表はワタシ。メルカトル王国が君主、メルカトル=ヴィ=カルロスで相違ない」
あー、まずいな……。
男で四文字以上の名前でやんの……。
私、女の人なら失礼になるし頑張って覚えるけど――三文字を超えると面倒になっちゃって……間違えたり、忘れちゃったりするんだよね。
そんな私の念波が届いていたのか、黒猫執事がメッセージを送り返してくる。
――では、こちらのカルロス王を消して、三文字以下の代表に切り替えいたしましょうか?
なんか、ものすごいイイ声でとんでもない事、言い出したよ。
……。
私も人間に対しては辛辣なときもあるけど、この執事もけっこう凄いな。
しょせん、私達の根本は猫魔獣だからね。
面倒とか、だるいとか。
そういうグダグダな感情を優先することに関して、あまり抵抗がないのである。
『んー、いいや。そのおっちゃんで問題ないよ。とりあえず……相手が襲ってこない限りは、やっちゃわないでね……』
今は証拠の映像を撮影中なのだ。
ここで王の首を刎ねちゃったりなんかしたら、こっちが悪者になってしまう。
そんな私たちのやり取りを知らずに、探るように王は言う。
「それで、その……この城に大魔帝ケトスが顕現したというのは、本当なのだろうか?」
いささかムッとした様子で黒猫執事が、その瞳を細める。
「なるべくケトス様、とお呼びいただきたいのですが、まあいいでしょう。我が主がこちらの世界に足をお運びになられた、それは事実に御座います。先ほどお伝えさせていただきました通り、こちらは一方的な攻撃を受け少々迷惑をしているのです――」
言って、黒猫執事は眼鏡をキラーン。
例の騎士団長に化けていたマリモキング(仮)と、この世界で襲ってきた大いなる輝きを映像として魔術で映し出す。
「異界の地より我が世界を襲い、あまつさえ民間人を誘拐したこのマリモ。そして我が主が、心優しく声をかけてやったというのに、無視をして攻撃をしてきたこの輝き。以上二名の行動は明らかな敵対行為――我が主は誘拐された人間を保護次第、この世界を崩壊させる予定となっております」
いやいやいや、まだ崩壊を決定したわけじゃないんだけど。
……。
ま、いっか。
まともに顔色を変えて、カルロス王が叫ぶ。
「これは……っ、四大脅威が一柱、、闇風の魔王種ネモーラ男爵! それに……まさか、こちらの方は、主神、大いなる輝き様……!?」
なんか変な単語が出てきたぞ。
これマリモキング、闇風のなんちゃらくんの正式名称か。
大いなる輝きの方は、まあ……なんとなく予想はついてたんだけどね。たぶん、大いなる光と類似する神話時代の神々、その末裔か生き残りなのだろう。
ま、私に恐れをなして逃げちゃったんですけどね!
にゃははははは! あの程度で主神とか、マジうけるんですけど~!
黒猫執事は気をきかせてくれたのか、嘘をつけない猫魔術をこっそり使用し――王に問う。
「四大脅威? 魔王種、と仰いますと?」
「長年にわたり我ら人間族と生存権をかけて争っていた、意思持つ植物魔族――その中で最強と謳われし四体の魔王。そのうちの一柱……一週間ほど前、完全に姿を消したと報告にあったが――まさか、異界に攻め込んでいたとは……」
え、あれ……けっこう強いマリモだったんだ。
しかし、あの程度で魔王を名乗るとは、魔王様に失礼なヤツである。
魔の王を名乗っていいのはあの方のみ、我が魔王様だけなのに……。
狼狽しながらも冷静さは保っているのだろう、カ……カルロス? 王は問う。
「それで、いまネモーラ男爵はいずこに。そうです! もし、もしもです! そちらの世界でも暴れ、侵食を繰り返しているのなら――共に力を合わせ――」
共同戦線。
そんな友好のチャンスを掴もうと王が手を伸ばすが――黒猫執事は冷静に、一蹴する。
「心配には及びませんよ。かのマリモは我が主、大魔帝ケトス様と脆弱なりしも勇敢だった人間どもの連合軍、そしてあの方のご友人である獣神様方の手によって討伐されました。今頃、あの者は二度と目覚めぬ石の眠りの中――あなた方の協力は、もはや不要です」
再び、軍勢がザワつき始める。
「ば……ばかな! あの最強の名を欲しいままにし、何百年と暴れまわっていた男爵を……、我らの先祖が抗い続けたあの巨悪を! 返り討ちにしたと、そう仰るのか!?」
よほど驚いているのだろう。
いやあー、いちいち反応してくれて実にいい! 素晴らしい!
もっと騒いで、驚愕せよ!
我を、褒め称えよ!
ドニャハハハハハ! ついつい、ロックウェル卿のように猫の舞を踊ってしまうのだ!
「信じる信じないはご自由に。ただ――我らは敵対行動への報復をするのみでございますから。それで、どういたしますか? この空のバスケットにごちそうを積み、我が主との謁見を乞うか。それともただの戯れと一蹴し、あの愚かな輝きのように攻撃を仕掛け――そのまま世界ごと滅ぼされるか」
どちらでも構いませんよ、と黒猫執事はネコスマイル。
「い、いや、申し訳ない。信じていないわけではないのだ。ただ――正直申し上げると……思考が理解に追いつかないと申そうか……いやはや、どうしたものか」
全身の汗が、すっごい事になってるね。
この王様のオッちゃん。
「とりあえず、ご馳走を用意すれば――謁見はできる、と思って問題ないのだろうか?」
「ええ、初めに申し上げました通り――我が主はごちそうをご所望なされております。お会いになる事はできると思いますよ。まあ、もっとも誘拐された民間人を救出次第、報復としてこの世界を滅ぼすかどうか。そちらの問題に関しては別件で御座いますが」
言いながら、黒猫執事は横の兵士たちを一瞥する。
その中に、邪心を感じたのだろう。
「あー、忠告しておきますが。ワタシどもの世界の民間人を人質になさるのは、やめておいた方がいいと思いますよ、我が主は罪なき民間人の犠牲を嫌う御方です。できるならば保護……という形で確保、せいぜい接待なさるのが賢明でしょうね」
「もし……ネモーラ男爵に浚われたそちらの世界の民間人に、なにかがあったら」
「その時は――身分も立場も関係のない、等しく尊き死と滅亡の明日が訪れる事でしょう」
言って。
黒猫執事は祈るように、恭しく礼をする――。
私は演出のために、魔猫王城の空に十重の魔法陣をドデデデデン!
なんかそれっぽい闇と雷で、ビリビリバリバリしてみる。
むろん、見た目が派手なだけの何の意味もない演出魔術である。
「承知した――できる限り、そちらから浚われた者を保護し、丁重に扱うと誓う。そのバスケットを満たすご馳走の方は……しばし時間を頂きたい。今手元にある食料は味などを考慮していない保存食のみ。なにぶん、急な遠征だったのでな、そこはご理解いただきたい」
了解した。
そう伝えるように空を魔術でバリバリバリ♪
「主はあなたたちの提案を受け入れると仰っております。ではそのバスケットはそちらにお貸しいたします。ご馳走の準備が出来たら、その籠に食料を詰め込んで――魔力ある者が念じてください。さすれば、その魔力を目印にお迎えに上がりますから」
告げた黒猫執事は八重の魔法陣を展開。
王を守る軍勢が、息をのんで警戒態勢を取るが、構わず執事は魔術を発動させる。
「それでは――どうかご健闘を。せいぜい極上のグルメをご用意なされる事です」
キィィィィィィン。
転移魔術である。
軍勢は、魔猫王城から遠く離れた場所に強制転移させられていた。
んーむ、けっこうカッコウイイな今の演出。
私も今度やってみよ♪
『さて、ご苦労だったね。これはお礼さ、私の手作りで悪いけれど――』
言って、私は肉球をぺちり。
褒美として黒猫執事に大魔帝風ホットサンドのランチバスケットを魔術で渡すと、彼はキリっとしていた顔をデレっと緩めて、舌なめずり。
ゴロゴロゴロと喉を鳴らす音がここまで聞こえてくる。
「あ、ありがたき幸せにございますにゃ!」
あ、なんか拝みだしちゃった。
んーむ、私の手作り料理って、ダンジョン猫にとっては結構なお宝なのかな?
まあ、喜んでくれたなら、なによりだ。
それにしても。
私はふと城のソファーで寝転がりながら、考えていた。
あのマリモ……中ボスだとは思っていたが、まさかラスボスクラスの大物だったとは。
そりゃまあ。
大魔帝と仲間たちの連携で倒したわけで――。
あー、たしかに……一応、強かったのか。
……。
あいつ、どんだけこの世界で暴れていたんだろ。
そりゃ、そのままの自信で行動したのだとしたら――私と魔王様の世界にきても、最強って勘違いしちゃっても仕方ないかもね。
んーむ、異界にはどんな敵がいるか分からないし。
反面教師にして、私ももうちょっと慎重になろうかな。