魔猫王ケトス ~史上最強の敵ボス獣~その3
魔猫王城の外に広がっているのは、無数の軍勢。
その中の魔術師だか賢者だか神官だか、それは分からないが――誰かが魔力を用いてこちらをみているようなのだ。
もっとも、力量が足りないのか彼らが映しているのは魔猫王城の玄関まで。
ここのキッチンまで見る能力はないようだ。
どうせなら観察してみるかと私は、好奇心にネコ毛を膨らませ大忙し。
わっせ、わっせ! とご機嫌で支度をする。
気分はラストダンジョンで待つ大ボスなのだ!
いやあ、本当にこっちの世界に攫われた人たちが無事で良かった。みんな余裕がありそうだったし。そうじゃなかったら今頃、こんなに遊びながら侵略なんてできなかったからね。
ソファーにドテリと座り直す前に準備を進める。
遠見の魔術を魔猫王城の外に設置して――、映像を録画しておくための記録クリスタルを動かして、と。
まあ、こんなもんかな。
鏡を取り出し。
毛並みを整え、ドヤアァァァァ!
魔術で演出を施したスタジオで、ぶにゃんと私は決めポーズ。
撮影準備ができた私は咳ばらいをし、喉を整え。
にゃほん。
クリスタルに向かい、とても渋い魔族ハスキーボイスで告げた。
『さて、我が牙城を取り囲む彼等は敵か味方か。はたまた、ただの傍観者か。どちらなのか、君の答えを聞かせておくれ』
なんとなく、それっぽい事を言ってみる。
これでクイズ番組の最初の問題っぽくなっている筈だ!
……。
実はあんまり意味がないかもしれない。
まあこの御遊び演出はともかく、映像自体には価値も意味もある。
この記録クリスタルの映像は証拠でもあり、資料となるのだ。
相手にとって私は未知の脅威。
あっちから襲ってきたくせに、私から攻撃された!
なんて面倒な言い掛かりをつけられるパターンもあるだろうしね。
言った言わないを後で揉めるのは嫌なのである。
それになにより、異世界の情報って結構人気あるしね。
後で西帝国に帰った時に販売――人間たちにグルメと引きかえに売りつけるつもりでもあるし、ちょっと気取った演出をしてやったのである。
『ふぅー、我ながら完璧すぎて恐ろしい……! くははははは!』
気取った顔を元に戻し。
私はびにょーんと身体を伸ばして、ソファーにダイブ!
世界征服散歩に持っていくはずだったホットサンドをむしゃむしゃむしゃ♪
オレンジジュースをコトコトとコップに注いで、優雅にがぶ飲み。
あー! 誰も見てないときってこうやって飲んじゃうよね!
大魔帝風ホットサンドは回復アイテムにもなるし、大量生産したから、まだまだ在庫は沢山あるし――のんびり観察するのである。
後ろ足で首元をカカカカカっと掻きながら、ソファーの上でホットサンドを食べ散らかしてご満悦なのである。
どーせ誰も見ていないから、お腹をポリポリポリ。
……あれ、私、記録クリスタルの撮影って止めてあったっけ?
……止めたよね、うん止めた、止めた。
止めてなかったら、今こうして優雅にランチバスケットを貪ってる姿も撮影されちゃってるはずだし……危なかったなあ。
と、そんな撮影環境の中で。
私は我が牙城の前で立ち往生している輩を、城の中から眺めていたのだ。
侵入者を観察する私の瞳が、すぅっと細くなっていく。
彼らがいる場所は――そう、まさにラストダンジョンの入り口。
魔猫王が棲み付いた漆黒の城。
かつて草原だった場所に突如として現れた、闇の道にいたのである。
◇
――ここより先、大魔帝ケトスの領域――!
我が魔王様の世界の者は大歓迎、こちらの入り口からどうぞ!
それ以外の許可なき者が入ったら、どうなっても知らないよ?
責任は絶対に取らないからね~!――城主、ケトスより――。
と、言語の壁を魔力で無視して強制的に理解させる立て看板。
その前で。
彼らはどうしたもんかと、相談をしていた。
まあどっかの輝きみたいに、いきなり攻撃してこなかった分、賢い生き物なのだろう。
一応……二足歩行の人型生物のようである。
もうちょっとカメラを近くにして……と。
んー……。
見た目も魔力も、私たちの世界にいる人間と大差ない存在に見える。基本的には同じ種族なのかな?
身なりを見る限り、どこかの正規軍らしい。
撮影を再開した私は、ぶにゃはははと笑いながら猫目を細める。
『ちょーっと鑑定させて貰うねえ。んー、ふんふん。種族は……やっぱり人間、か。基礎能力も変わりなさそうだね。あー……うん。なんというか……ふつう、で、あんまり……おもしろくないかも。どーせだったら、あるく巨大茸とか、そういうのが良かったんだけどなあ』
マタンゴー! とか言いながら走り回るキノコ人類とかだったら、魔王様がお目覚めになった時の話のネタ、笑い話になったのに。
ほんとうに、ふつうのにんげん、なんだもん。
なんか、急にやる気がなくなってきた。
モフ耳が後ろに下がって、モコモコ尻尾も、はぁ……とげんなり垂れ下がる。
半目になってしまって私は、尻尾を不機嫌にフリフリ。
んーむ。
複数のパーティが協力をして、ここまでやってきた――そんな感じのイメージである。
さすがに、世界の異変には気がついていたのだろう。
正規の軍人が急遽、官民問わず戦力を集めてすっ飛んできた。
そういうパターンかな。
いや、まあ……魔王様と私の領域じゃないし、世界を崩壊させても別にいっか、の感覚で魔力をガンガン使っている私のせいだけど。
申し訳ないが、どいつもこいつも有象無象……。
油断はよくないと思うが、純然たる事実として――私の猫毛一本ですら傷つける事の出来ないレベルのモノしかいないようだ。
ただ、まあ。
中には特殊な能力を持っていたり、ちょっと気になる性質の者も混ざっているが。
まあ……、一応もうちょっと見てみるか。
ポリポリポリとチーズスティックを齧りながら、チャンネルを切り替える。
ズームインして……装備をチェック。
『装備の方も……やっぱり普通かぁ……。運気の流れと天候を操る祝福の聖杖に、戦場の生き血を吸い続けた魔剣千人殺し、後は月の魔力が込められた扇、か――。んー……全部伝説の武器……らしいけど。ふつーに、最難関ダンジョンのランダム宝箱から低確率で手に入るってくらいの、しょぼいレベルの装備しかないし……ええーどうしよう、なんかすっごい地味かも』
やっぱり人間の基準って複雑で、すごいのかすごくないのか、よく分からないかも。
もしかしたら、とてつもない最前線の装備なのかもしれないが。
まあ、これはもういいや。
私にはもっと気になる事ができていたのである。
彼らの能力や装備よりも確認したいのは、その所持アイテム。
彼らが保有するアイテムから、なにやら甘い香りが漂ってきているのである。
それに。
この辺を盗み見ればだいたいどういう存在なのか、文明レベルや戦術レベルなど、把握できるだろうしね。
チェック、チェーーーーック!
……。
ん? んんん!?
おー!
保存食だが、ちゃんと食べられそうなアイテムを所持しているじゃないか!
干しブドウと、黒パンだ!
つまり、こっちの世界にもやはりグルメはあるということだ!
おー、なんか急にやる気がでてきた!
モフ耳がぼふぁっと膨らんで、モコモコしっぽも興味に連動して、ぷるぷるし始める。
……。
『あー、あー、テステス! ただいま音声魔術のテスト中!』
私は城の外に音声魔術を飛ばし、声を整える。
『あー! これは独り言なんだけどー! 私の世界を突然攻撃してきたこっちの世界なんてー、慈悲を掛ける必要もないし―! さくっと壊しちゃってもいいんだけどー。あー! でも、こっちの世界にも美味しい食べ物があったら、どーしよー! 美味しいモノを壊しちゃうのは勿体ないし、もし食べ物があったらー、この連中をー、この場で消滅はできないかもしれないにゃー!』
さりげなく言って、私は立て看板の前に空のバスケットを召喚。
私の領域化した魔猫王城のダンジョン猫である黒猫執事を派遣する。
獣人っぽい見た目の、この執事ネコ。
怜悧でクールな印象のおかげか、女性人気の高い上位ダンジョン猫魔獣である。
ちなみに、それなりに強いので攻撃されても問題なし。
たぶん、その瞬間に相手は血祭である。
二足歩行の黒猫執事は私の意図を酌んで、無言のまま――。
スッとバスケットを差し出す。
ごはんをいれるにゃ!
と、そう言っているわけなのだが、通じてないのかな?
ふつー、猫ちゃんが空のご飯入れを差し出したら、そこに山盛りのご飯を入れ返す。それが世界の常識だと思うのだが……まあここ、異世界だしね。
文字通り文化が違うのかもしれない。
立て看板の前で立ち往生していた軍勢は、顔を見合わせ困惑顔。
クイクイとネコ手で銀縁メガネを上げながら執事は言う。
「我が主、魔猫王ケトス様はごちそうを所望なされている。謎マリモの中ボス、大いなる輝きを放つ神族を彷彿とさせる天の存在。この二名による一方的な攻撃を受け、無礼を働かれたせいで少々お怒りでして」
すんごいイイ声なのが、なんか笑えるかも。
こりゃ、たしかに女子人気が高いのも納得である。
うん、私の方が可愛いけれどね!
貴族っぽい貫禄のある先頭の壮年騎士が、渋い顔を驚愕に変えて声を上げた。
「ね、猫が喋った!?」
「おや、こちらの世界の猫は喋れないのですか。それは新情報ですね、主に報告させていただきます」
黒猫執事はながいしっぽをくるりと動かし。
「それで、どうしますか? ごちそうを入れる気がないのであれば、ワタシは主のもとに空のバスケットをお届けいたしますが。なにか食料を入れる事を推奨いたしますよ。あの御方は偉大で慈悲深き猫の王。されど――人間に対しては……気まぐれな方で御座いますから」
「慈悲深き猫の王……?」
「ええ、我が主。この魔猫王城の城主、大魔帝ケトスさまにございます」
黒猫執事の言葉で――空気が変わる。
ざわざわざわ!
何故か異世界の軍勢が騒ぎ出す。あれ? なんだろう。
「な――ッ! 異世界の大邪神! あの大魔帝ケトスだと……っ!」
……。
へー! 私、こっちでも名前を知られてるんだ!
こ、これは、もしや!
遠見の魔術からお送りする、遠隔ドヤチャンスなのではニャいだろうか!