魔猫王ケトス ~史上最強の敵ボス獣~その2
我が魔王様の世界から誘拐された人間。
生産系職業の民間人達。
もう安全になったとはいえ、心を落ち着かせてやるのが魔王様の部下としての責務だろう――と私は考え。
世界に散らばる彼らに魔力念波を送っていた。
『君たちの安全は大魔帝としてこの私が保証しよう。よく、頑張って耐えていたね。私は君達を称賛しよう』
大魔帝ケトスの名を聞き、私の存在を理解したのだろう。
各地から驚きの声が返ってくる。
……。
まあ、中には「なんだあのドヤ顔をしたデブ猫が、大魔帝!?」とかいう、変な声も聞こえるけど。
たぶん、おそらく。
いや絶対に……誘拐されたせいで精神疲労がたまっているだけ、だろう。
私、ちょっとだけモッチリしてるけど、ちょっとだけだし。
モフ毛がモコモコしてるから、そう見えるだけだし。
うん。
まあいいや。
ともあれ、あの伝説の大魔族、大魔帝ケトスが味方。
その事実は、彼らにかなりの希望と勇気を与えたらしい。
そんな中で、ちらほらと返ってくるのがあの単語。
グルメ魔獣……。
えー……、やっぱり私って、今を生きる人間達にはグルメ魔獣で認識されはじめてるのかな……。
『え? と驚いているそこの君! そう、私、大魔帝ケトスこそがグルメ魔獣の正体だったのである! ……、いやいやいや。今はそんなことどうでもいいんだよ。まあ私が協力するんだから、もう大丈夫だって分かってくれただろう? いやあ大いなる光や各国の偉い人に頼まれちゃってさあ、グルメを報酬に君達を助けに来たんだ。全員をすぐにとはいかないけれど、今の君達には私の祝福をかけた――絶対に死なないし、不幸にならない大奇跡をね。嘘だと思うならちょっと壁に頭をぶつけてみてごらん。ほら、奇跡が働いて怪我をしなかっただろう? これが私の加護、大魔帝の本気の祝福さ』
あー。
一度に魔力を飛ばして喋ると、けっこうつかれるな……。
喉を潤すパインジュースの紙パックにストローを刺して、と。
『ごめんごめん、ちょっと喉が渇いちゃって……じゅるじゅるー♪ 魔王様に誓って、この私がちゃんと責任をもって、君達をおうちに連れ帰るから安心しておくれ。あー、そうそう! いまからオマケに君達のレベルを大幅に上昇させるから、自力で抜け出してきちゃってもいいよ? 私はここ――えーと、終末の平原って場所に御城を構えて君達の帰りを待っているから、私の救出を待てない人はここに直接きてくれてもいいからね~。じゃあ、また何かあったら連絡するから~!』
言って私は、ネコ手を翳し。
かなり本気で――世界の端から端まで、私の魔力を飛ばす。
もう何度目になるか分からないが、こっちの世界から無理やり魔力リソースを盗んで、私側の世界の住人、誘拐された被害者である彼等全員のレベルを大幅に上昇させたのだ。
たぶん、魔竜程度なら素手で倒せるぐらいのレベルにはなっただろう。
最初に世界の法則を捻じ曲げたので、謎のマリモが私の世界に渡ることも不可能になっている筈。
つまり。
後はゆっくり、のんびり――報復やら世界征服やら、遊びながらしても、なーんの問題もなくなったのだ。
急がなくていいと思うと、急にダラーンとしてしまう。
このまま、サボ……。
いやいやいや。
このダラーンぐで~んには、ちゃんとした理由もあるのだ。
『ふぁぁぁぁぁあああ……んー……むにゃむにゃ』
さすがに目視できない場所にいる人間に祝福を掛けるのは、それなりに疲れるのである。
レベルも大幅に上昇させたしね。
これ、神様が自分の眷属達に力を分け与えるのと同じ原理だから、けっこうな大儀式だったのである。
くわぁぁぁぁっと息を吐きながら、ぐぐぐと身体を伸ばし。
肉球をソファーにクイクイと押し付ける。
魔王様の膝の上の感覚を思い出しながら。
むにゃむにゃむにゃ。
私はドテンと専用ソファーに転がって、しぺしぺしぺと毛繕い。
亜空間から取り出したランチパックをむしゃむしゃしながら私は考える。
んー……お腹空いてきたなあ。
と。
いつのまにか仲良くなっていた大司祭アイラと聖女騎士カトレイヤ。彼女たちの手作りだというアップルパイをむしゃむしゃむしゃ。
あ、けっこうおいしいかも♪
でも、もーなくなっちゃった……。
パイの袋をガサガサゴソゴソ。
やっぱり、もう入っていない……。
ちょっとしょんぼり。
お腹が空いた私はどーしても我慢できなくて、寝ころんだまま魔術で調理道具を引っ張り出して、クッキング準備。
オヤツを自分で作ることにしたのだ。
だって、急いだっていいことないしね。
そもそも私は猫なのだ。
責任とか、大至急とか、そういうのは似合わないよね。
魔王様に、都合の良い時だけネコを言い訳にするなとたまにお叱りを受けたけど、今回に限っては問題ないよね。
だってもう、やるべきことはやったんだし。
『せっかくだったら調理室を作ろうかな。魔力リソースは……まあ、またこの世界から盗めばいいか!』
言って私は、この世界を侵食し蝕んで、掌握。
また、一時的に支配権を上書きしたのだ。
パパンがパン♪ とリズムよく肉球で肉球を叩く。
バチバチバチと広がる十重の魔法陣に反応し世界が揺れる。
ゴゴゴゴゴ――と、揺れる世界から魔力を貰ってクッキングルームの完成である。
たぶんもう一回、世界がとんでもない大騒ぎになっているだろうけど。
やっぱり関係ないのである。
まあ、こうして好き勝手やっているうちに、向こうの方からちゃんとした挨拶をしにやってくる可能性もあるか。
それはそれでグルメ情報を回収できるし、悪くない展開である。
白いコック帽とエプロンをつけて雰囲気作りも完了!
『にゃはははは! 見たか、我が世界で待つホワイトハウルよロックウェル卿よ! 我だって料理ぐらいはできるのである!』
パンの上に乗せるのは、しゃきしゃきレタスとスライストマト。
その更に上に両面焼きのベーコンエッグを乗せ、たっぷりとバターを塗った二枚目のパンで挟んで、肉球でぎゅっと押す。
これだけでもう美味しいサンドウィッチだが、せっかくなのでもう一工夫。
更に二枚の鉄板をバウルー調理機に変換して、パンごとぎゅぎゅっと挟み。
しっかりと固定。
ジュジュジュジュー。
こんがりと焼く。
型をタイヤキの形にしても良かったかなとも思ったが、それは次の機会にしよう。
おー、いい匂いがしてきた。
既に一度火が通っているベーコンの脂がパチパチと鳴り始めたら、ベストタイミング!
表面はちょっとこんがり目のサクサクパン、中のトマトはバターと絡まって程よくとろーり、ベーコンだけはカリッカリな、大魔帝風ホットサンドの完成である!
更にこれを型から取り出して、傷まないように冷気で冷やし――分裂の魔術で大量生産!
ピクニック用のバスケットに詰め込めば、完璧だ!
私こと大魔帝ケトス様のための新ランチパックなのである♪
天然オレンジで絞ったジュースも作ったから、飲み物も準備万全。
毛繕いも既に完了している。
ここまで準備が整ったら何をするかはもう分かるよね?
ズジャっと立ち上がり、私はドヤァ!
『さて! じゃあちょっと暇つぶしに世界を蹂躙してくるかな!』
そう!
世界征服散歩である!
ぶにゃははははは!
ネコヒゲをウズウズとさせて、宣言してやったのだ。
まあまじめな話。そろそろこっちの情報を収集したいんだよね。
グルメも堪能したいし。
昨日は城作りと、誘拐された被害者の場所を把握する作業で一日が終わっちゃったし。
さあ。
そこで問題となるのが散歩先。
明確な目的地がないのである。
騎士団長に化けていた名も知らぬ中ボス、通称マリモキング(仮)から断片的に引き出した情報によると、この世界にも普通の人型の種族が棲んでいるらしいのだが。
んー……。
ちとこれも困った話なのだ。
人型と言っても、人間なのか獣人なのか亜人類なのかで、だいぶ話が変わってくる。
何の話が変わるかって、そりゃあ食べ物の話だ。
私、基本雑食だけど……ミミズとか、プランクトンとかオキアミとか、そういうのを生食で出されても……ねえ?
反応に困ってしまうのである。
闇風だっけ? 春風だっけ? ともあれあの会議を襲撃したマリモの親玉は、やはり植物系の魔物だったらしくてさ。
どうも一般的な、人間を含め動物をベースとした生き物とは知識や常識、価値観がズレてたみたいなんだよね。
そりゃもう――引き出す情報の役に立たない事。
人型種の区別なんてついてなかったみたいなんだよね、あのマリモ。
植物系の異形種だからか、感情も記憶情報も、動物ベースの我々とは根本が違っていたし。
私たちの世界に侵食していた時に、道端に生えているコケに恋をしたそうなのだが……いや、この話はやめよう。
あの会議場でその情報を引き出した時の空気は、そりゃもう凄かった。
あのファリアル君ですら、頬をヒクヒクとさせてドン引きしていたし。
ともあれ。
変身は得意なくせに……なかなかどーして、役に立たん緑である。
人間を浚う思考プログラム……動物で言えば本能のようなモノで誘拐を動いていたのは、確かなのだが。
あのマリモキング(仮)って、こっちの世界ではどんな立場の存在だったのだろう。
ここに住まう一般的な種族なのか。
はたまた魔族や神族のように、一般種族とは違った存在なのか。
人間にとって敵なのか、味方なのか。
たぶんどこかの組織の中ボスだとは思うのだが。
なにしろ情報が足りないのだ。
まあ、私の世界から人間を浚ってこちらに引き込んでいたのは確かなのだ。
それだけで滅ぼす理由としては十分だろう。
はてさて、その辺を踏まえたうえで。
どの辺に飛ぼうかな。
私、自らが街や国を訪れるか。それとも誘拐された人を回収し、情報を集めるか。
どちらにしてもやはりグルメ情報は捨てがたい。
美味しいグルメが集まるところには、人が集まっているだろうしね。
私利私欲と目的を果たせて一石二鳥なのだ。
べにょ~んと長い身体を伸ばし、ソファーにどでり。
自分の腕を枕にびにょーん。
空いた腕を伸ばし、十重の魔法陣をドーン!
猫目石の魔杖を翳した私は宝珠の瞳をぎゅぅぅぅっと絞って、遠くの映像を映し出す。
お馴染み、遠見の魔術である。
既にこちらの世界には、私の魔力をある程度浸透させてあるのだ。
過去を覗くことは困難だろうが、現在を見ることぐらいならできてしまうのである。
リモコンでチャンネルを切り替えるイメージで、ぽちぽちぽち。
引き出した情報の通り、文明レベルはそんなに差がなさそうだ。
まあ私みたいな異世界知識豊富な転生猫もいるかもしれないので、いま見えている情報だけで判断するのは早いかもだが。
さて、美味しそうなグルメがありそうな場所は――と。
くりくりで可愛いネコの瞳を広げて、散歩場所を決めようとしていた。
その時だった。
ふと私は気が付いた。
我が魔猫王城を覗く、いやーな魔術の気配を感じたのだ。
誰かがこちらを見ている。
敵か味方か、なんにしてもこれは助かった。いわゆる渡りに船である。
そいつに聞くなり、魅了するなり、洗脳するなり。
どんな手段でもいいから、この世界の情報を聞いちゃうのが手っ取り早いよね?