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ラストダンジョンの床はつめたい その2

「起きてくださいよ、魔王様。前みたいに、頭を撫でて可愛いって、言ってくれませんか?」


 魔族の公用語は猫口であっても訓練すればちゃんと発音できる。

 いやほんと。

 発声するのにこれでも苦労したんですよ?


 それに。

「褒めてくださいよ、魔王様。私、あれからもっと強くなりましたよ」


 返事はない。


 百年前。私達……魔王軍を勇者の魔の手から守るために力を使い果たし今はただ安らかに、休んでおられるのだ。

 ちょっとだけ鼻を啜った。

 泣きたくなったのだ。

 魔王様を守れなかった。それが悔しい。


 ……。

 いや。

 でもさ。


 確かにあの時は皆助けられたけど、百年はちょっと長すぎじゃないか?


 そりゃまあ魔王様ほどの偉大な力がある御方だと一年も百年も誤差みたいなものだろうけど。早くお元気な姿を見て安心したい、そう思うのはペットとしては当然だろうと私は思う。


 貌に落書きでもしてやろうか。

 いつまでも起きない魔王様が悪いんだし。


 むふ、にゃふふふふふ!


 私ネコだし。

 悪戯へのウズウズが我慢できないし。


 我ながらモフモフなしっぽが、誘惑にかられてぶわっと拡がる。


 異界から取り寄せたマジックペンっぽいラクガキグッズのキャップをきゅっと回す。

 魔王様の頬に引いたのは三本線。

 ネコのヒゲ。


 これで仲間だ。

 ……。

 ちょっと。

 いや結構うれしい。


 鼻の頭も赤くすればもっとお揃いになる。


 たしか世界が壊れるかもしれないからあまり異界に干渉するなとか言われてたけど。私ネコだし。

 まあちょっと亜空間を作ったくらいじゃ問題ないだろ。


 赤のマジックペンっぽいラクガキグッズも異界召喚しようとした。

 刹那。


 ドダダダダダダダダ!

 と、何者かが魔王城の廊下を全力で、猛ダッシュ。

 何を慌てているのだろうか。

 キキキキキキ、とブレーキをかけきれずに壁に激突する音がして。

 直後。

 ダンダンダンダンダン!


 封印されし魔王様の間。その扉をたたく音がした。


「ケトスさまぁぁぁ、異界召喚はおまちください、ケトスさまぁあああああ!?」


 ケトスとは私の事だ。どうやら探しに来たのだろう。


 魔王様との時間を邪魔された気がした私は、意識して少し低い声を上げることにした。

 魔王幹部っぽい声である。


「そこにいるにょは、誰にゃ!」


 ……。

 うっかり猫っぽい口調になってしまった。


 私はこほんとわざとらしく咳払いし、言い直すことにした。


「そこにいるのは誰だい」


 イメージは高級スーツと血肉ワインが似合いそうな美貌ほそマッチョのオジ様魔族幹部!

 である。

 まあ実際どう思われてるかはわからないけどニャ!


「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……っく、間に合った! 魔王様とそして貴方様の忠実なしもべ、サバスにございます。入室させていただいてもよろしいでしょうか?」


 最初のにゃにゃにゃ猫語を聞かなかったことにするあたり、なかなか優秀である。

 あくまでも私は魔王幹部っぽい威厳を見せつけながら言う。


「ああ、構わないよ。入りたまえ」


 私が肉球を鳴らすと、封印の扉がギギギギギと開く。


 ヤギ貌の悪魔執事サバスが眠る魔王様と私に向かい恭しく礼をする。

 ちゃんと先に魔王様に礼をする姿勢は大変よろしい。

 好感度ゲージがあったら爆上がりだ。


「やはりこちらにいらっしゃったのですね」


「当然だろ、主人の上で寝るのは猫の権利だからね。それとも君は魔王様から与えられた私の権利を蔑ろにするっていうのかい?」

「い……っ、いえ! 滅相もございません!」


 私が微かに抗議の意図を含んだ問いをしたせいだろうか。

 サバスの声は微かに震えていた。


 不機嫌に揺れる私のモフモフ尻尾。

 左右に揺れるその感情を窺うように頭を下げ続けている。


 魔王軍に属する魔族は上下関係にけっこう厳しい。

 本来なら下位種族である、猫魔獣の私に対しても脅威を感じているようである。

 もっとも。

 この地位は実力だけで手に入れたものではない。


 だってネコだからね。

 魔王様のペット。同じ転生者同士だからこそ偶然生まれた関係性。

 魔王様の慈悲と、運で手に入れた地位だと十分に理解していた。

 どれほどの強さがあっても、猫魔獣を上司にはしないだろう。


 魔王様の威を借る猫。


 我ながら情けない話だが、それが事実だ。

 どれほど修行しても所詮は元人間の元はただの猫。

 魔王様の眷属になり、魔族となっても猫は猫なのだ。

 ちょっと世界を壊しかねない程に、最強に強くてかわいいだけの野良魔猫にすぎないのである。そりゃ五百年生きてりゃそれなりに威厳はあるし、他を圧倒するほど強いのかもしれないが。

 実際どれくらいの強さなのか。

 聞きたい?

 聞きたいよね!?


 ぶにゃはははは!

 まあ、ちょっと自慢なのだが。

 魔王軍の中でもぶっちぎりの最強クラスなのは間違いない――!

 ほんとだよ?


 だが、まあ……。

 現在、魔王軍に所属していない大物魔族を、何人か私は知っている。

 私ほどではないが強力な魔術を扱う大魔族だ。

 彼らがもし力を合わせたら……私でも、どうなるか分からない。

 魔王様も、どれほど強くなっても油断はするなよって、私の頭を撫でながら忠告してくれていたし。

 日々の修行によってどれほど強力な存在になったとしても、過信はしないほうがいいだろう。


 にゃふふふふふ、猫は慎重なのである!


 ちょっと考え事をしていた間。

 目の前の執事はぶるぶると生贄にされる前のヤギみたいに震えている。

 強さアピールをしてたから、魔力を出し過ぎちゃったかな。

 まあ、ちょっと美味しそうだけど。

 ……。

 じゅるりと舌なめずりをしてしまう。


 まあ。

 ここは上司の余裕というやつを見せてやらねばならないだろう。

 トテトテトテと肉球足で歩き、彼の肩をポンと叩く。


「そんなに怯えないでくれよ、まるで私が虐めているみたいじゃないか」

「も、申し訳ございません……っ」


 ちょっとしたスキンシップのつもりだったのに。

 狼を目の前にした子羊のように震えている。ヤギなのに。


 ラストダンジョンと呼ばれるこの魔王城の住人は皆そうだ。

 同僚であり私の仲間である幹部クラスの魔族や魔人でさえ、私に遠慮し、会う時はいつも恐縮している。

 素のままでいてくれるのは、たぶん魔王様だけ。


 胸がぎゅっと痛くなった。


「どうして君たちはいつもそうなんだろうね」


 魔王様のいない魔王軍は、寂しい。

 それが本音だ。


「な、なにがでありましょうか」


「その遠慮さ。魔王様に拾われたばかりの五百年前はそんなんじゃなかったけどなあ。皆ひとのことかわいいかわいいってお腹を撫でてくれたのに、君だってそうだ、なのに、今じゃ逆に腹を出して平伏してくる魔獣だっているんだよ? そりゃ私より上位種族の彼らが服従してくれるのは悪い気はしないけど、私をにゃはにゃはモフモフ撫でてくれるのは下っ端ばっかり。ある程度の地位になると急に畏まっちゃってね」

「それはぁ……あ、あのですね! 貴方様の御力があまりにも強大で……無知な下級、中級魔族は愚かにも気付いていないようですが、我ら上級魔族になると……そのぅ」


「あー、そういうお世辞は良いから」


 ジト目で睨んでやる。

 無いモノをあると言わせるほど恥知らずではない。


 いや、まあ……。

 実際、強いから仕方ないのか。

 どうも強さの基準が魔王様になってしまうから、力関係がいまいちわかりにくいんだよね。


 お前は猫だからを言い訳にして適当過ぎる、とか魔王様にも注意されたことあったし……。


「お世辞とかそういう次元じゃなくて、いや、ほんと、勘弁してください、もう少しご自分の力が周囲に与える影響の自覚を……ぅ、いえ、もういいです。怖いんで」


 んーむ。

 これじゃあパワハラ上司じゃないか、私は。

 色々と気を付けないと。


「まあいいや。で、何の用だい? まさか私と魔王様との久しぶりの対面をただ邪魔しにきたってわけじゃないんだろ」


 はっと、用事を思い出したのだろう。


 魔族としての極悪貌を作り出したサバスは、軍人の声音で敬礼を寄越してきた。


「大魔帝ケトス様、貴方様の帰還に合わせて会議が開かれております。恐れ多いのですがどうか円卓の間へとお越しください」

「分かった、すぐに向かうとしよう」


 私もまた、幹部としての声で応え。


「但し……これを全て片付けてからな!」


 高らかに宣言し、スッと立ち上がる。

 ムシャムシャと口に咥えたチーズスティックの食べかすが床に散る。

 ……。


「あのぅ……もう会議は始まっているので、なるべくはやくぅ……ですね」

「ぐふふふふ、知らんのか! チーズは空気に触れると鮮度が落ちる!」


 サバスはなぜか頭を抱えていた。


 そう今の私は大魔帝ケトス。

 百年前。人間と魔族の大戦争にて、魔王様を守り、勇者を殺した者に与えられし称号。大魔帝の名を冠する魔王軍最高幹部が一人。

 魔王様の愛猫ケトス。


 マオにゃんである!


魔王軍最強幹部のチート猫が無双する、

基本はコメディ、たまにシリアスなお話です。


魔族や、冒険者ギルド、王家などの世界最強達を、

スナック感覚で無双するネコが見たい!

という方は是非。


【2022/01/03に更新にて完結済み】

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