グルメ魔獣の正体 ~踊る会議のアニマルズ~その2
ようやく役者の揃った会議場。
謎のマリモと空の亀裂、対策会議――厳かな空気の会場に設置された専用ソファークッションに座るのは三匹の獣。
なかなかイイ感じのふわふわソファーである!
ロックウェル卿もホワイトハウルもその弾力には満足なのか、ちょっと頬が緩んでいる。意味もなく犬肉球でぺちぺち押し込んで遊んでるし。
あ、ロックウェル卿……コケっと寝ちゃった。
各国の使者達はそんな私達――。
にゃんこ、ニワトリ、わんこ。
大魔帝ケトス。神鶏ロックウェル卿。白銀の魔狼ホワイトハウルを見て、妙に納得した顔で頷いて――ひそひそひそ。
皇帝に向かいなにやら合図を送る。
挨拶の許可を求めているらしい。
お、誰かが立ち上がった。
使者たちの代表がでてきたのかな。
いかにも騎士団長といった感じの、整った顔立ちの壮年である。
少し無機質な印象の男であるが、はてさて。
専用座席でドヤる私達に向かい、代表の男は頭を垂れて跪く。
「先ほどは我らの同郷の者が失礼いたしました。我等が組織、炎熱国家連盟エンドランドは魔獣の方々との交流がないもので――至らぬ点が多く御座いました。連盟を代表して、今一度の謝罪とご挨拶をさせていただきたいのですが――よろしいでしょうか?」
んーむ、丁寧過ぎてこちらが申し訳なくなってしまう。
このオッちゃん、さっき私が心を覗いた時に唯一、後ろめたい過去を覗けなかったんだよね。
聖人君主というやつだろうか。
『挨拶は構わないけれど、謝罪の方はもういいよ――こちらもやり過ぎてしまったからね。少し、まあ悪かったと思っているんだ。それよりも早く会議を始めよう。訳あれど遅刻してきた我らが言うのもなんだが、浚われた人間もいるんだ……救出するなら早い方がいいだろうからね』
「畏まりました。グルメ魔獣様達の御慈悲に感謝いたします。ところで――握手を、させていただいても構いませんか?」
妙な間があったのだ。はて。
どうしたんだろう。
あまりにも私が可愛すぎて、緊張しているのかな?
騎士団長ぽいと思っていたが、やはりどこぞの騎士団長らしい。
鑑定してみると職業は聖騎士。
それと――ああ、なるほど。
握手を求めてくるその手には応じず――私は、牙を光らせる。
『初めまして、どうも。私たちの自己紹介は――まあ必要なさそうかな?』
『どうしたのだケトスよ』
不穏な空気をホワイトハウルも察したのだろう、私に向かい眉を跳ねさせて問う。
彼も、気付いたのかな。
『はぁ、やれやれ。おまえはしかたのないやつだのー。どーせ、パフェの食べ過ぎで腹でも冷やしたのだろう? しょーがない奴であるのー、仕方あるまい。我が、お腹が痛くなくなるまでさすってやろうか?』
……、いや、気付いてないじゃん。
駄目じゃん。百年ぶりに再会した時は魔竜の正体を簡単に見抜いていたくせに。
『ホワイトハウル。悪いけれど――ちょっと裁定の咆哮をここにいる全員に頼むよ』
『なに? ああ、なるほど、そういうことか!』
私の言いたかったことを理解したのだろう。
すかさずホワイトハウルは頭を上げて――十重の魔法陣を咢から吐き出し。
ワオオオオオオォォォン!
衝撃が、会議場全体を襲う。
裁定の咆哮は使用者の意志である程度の効果範囲を決められる。おそらく、今回ホワイトハウルが対象にしたのは――正体を偽っている存在のみに効く、戒めの魔哮。
ようするにスパイ暴きの奇跡である。
荒ぶる魔風。
魔力の奔流から身を守るように、人間たちが腕で顔を覆う。
「ホ、ホワイトハウル様!? ケトス殿、いったい、これは……どうしたというのです!」
『ピサロ君か、戦闘準備を。おそらく――もう入り込まれている』
「な……っ、なんと。余の預かり知らぬ所でそんなことが!?」
なんかわりと棒読みのセリフが私の猫耳を揺らしていた。
ああ、これは……なるほど……。
演技は下手なようだが――なんだかんだで狡猾の男だと、私はジトーっと目を細める。
『敵は知的生命体だということだね。君だってこうやってスパイや敵を炙り出す意味も含めて、今回の会議を開いたのだろう? 良かったじゃないか、君の予想は当たりだよ』
「いや、まあケトス殿ならばどうにか暴いてくれるとは思っておりましたが。まさか本当に間者が紛れ込んでいたとは」
あくまでも知らなかった体を貫くらしい。まあ別にいいけどね。
『一応、要人を招いているんだ。囮に使うなんて大丈夫なのかい?』
皇帝君は敢えて言及はしなかったが、それはもうわたしそっくりな貌をしてニヒィ。
やっぱり、確信犯でやんの……。
そりゃまあ、作戦と認めたら外交問題になっちゃうかもね。
騎士団長を名乗った男は、暴風に吹き飛ばされそうになりながらも声を……。
いや、歪な魔力音を上げ――。
「い、いったいなに……をぉぉ……」
男の空間座標が、軋む。
彼以外にも数人、スパイが入り込んでいたのだろう。その影が――集合し始める。
次の瞬間。
ジャジャジャジャジャジャジャ!
騎士団長の男の身体が、緑のマリモとなってこの世界に顕現し始める。
いつからかは知らないが、敵のスパイと入れ替わっていたのだろう。
我が意を得たとばかりに皇帝ピサロが、人間全ての防御能力を著しく上昇させる鼓舞支援を掛け。
凛と王者の風格を纏いながら――唸った。
「皆の者、スパイは騎士団長の姿を偽りし者であるぞ! 武器を構えよ、魔術を囀れ! 使者の方々よ、戦えぬ者は急ぎ退避を!」
皇帝の宣言そのものが支援魔術となって、人間の基礎能力を更に向上させる。
ザザ――!
事態を察した人間達も、武器を構え――詠唱を開始する。
皇帝の支援で詠唱がほぼ要らない程に短縮されていたのだろう。人間たちの武器から次々と魔術と奇跡が発動する。
「火炎魔弾!」
「絶爪千厘撃!」
「主よ――我が前の敵を戒めたまえ!」
なんか、すっごいありがちな名前の技だが――、やっぱり人間が使うスキルとか魔術ってよく分類が分からないんだよね。
呼び方が違うだけで、効果も力の引き出し方もまったく同じな魔術やスキルって結構多いし。
まあ皇帝の支援魔術を受けて、ようやく四重の魔法陣ってぐらいの力なのかな。
しかし、皇帝ピサロ君。
やっぱり人間としては器が一つ違うかもしれない。
この場にいる全ての人間に守りと強化の支援を同時に掛けるなど、魔族の精鋭でもなかなかできるようなことじゃない。
さすがは一国を束ねる王族、といったところか。
けれど――これは相手が悪いかもしれない。
『魔術攻撃が効いていない? ふーむ、なるほどね』
非戦闘員を庇護のオーラで完全防御状態にする魔狼が、僅かに顔を上げてこちらをチラリ。
『どういうことだ、ケトスよ。我や人の子らにも分かるように説明せよ』
『このマリモの親玉君。おそらく私達とはこの世界への顕現の仕方が違うんだろうね。精神体、魂の様なモノがここにないんだろう。こちらの世界に送られてきているのはあくまでも媒体。アバターみたいなもので、本体は元の世界にあるんじゃないかな』
深くうなずいたホワイトハウルはキリリと神獣の顔をシリアスに切り替え、厳かに言った。
『なるほど、わからん』
『……まあ、ようするに魔術による破壊攻撃はあまり効かないってことで……いいよ』
そもそも、ここにいるのは護衛を除くと――どちらかといえば情報整理や、権力の象徴としての代表が多い。
戦力外、戦いに来たのではないのだ。
「っく、拘束系の魔術や奇跡が使える者は攻撃から捕縛に切り替えよ! この者、我らの魔術法則とは異なる物体、異質な存在なのだろう! 魔術による攻撃があまり通じていないようであるぞ」
皇帝の言葉に従い、人間達も術を切り替え始める。
すかさず。
ピサロくんが高速詠唱で複雑怪奇な魔法陣を描きながら、手を翳す。
「風よ、大いなる息吹よ――! 余と共に歩む者の身を守り、その刃に力を貸したまえ!」
へえ、今度は守りと攻撃の同時強化か。
けっこうやるじゃん!
魔術の波状攻撃を受けながらも、騎士団長だったマリモの身体は膨れ上がっていく。
力を受け取り、溜めているのだろう。
ふむ、この辺もやはり黒マナティと性質が似ている。
ファリアル君の解析通りである。
とりあえず、現時点ではカウンター系統の攻撃はなさそうかな。
だったら安心なのだが……。
んーむ、これたぶん……奥の手を隠している、というパターンな気がする。
油断させたところで、反撃魔術を使ってくる気なのかな?
さっきからどうして反撃ばかりを気にしているのか。
その答えは単純だ。
だって、申し訳ないのだが――ファリアル君の解析で……、カウンターマジックを所持しているって、もうネタバレされてるんだもん……。
いやあ、私達三匹が手をすぐに出せなかった理由の一つがこれなんだよね。
どうも、自慢にも思えてしまうだろうが――私達の力は強すぎる。それが弱点ともなってしまうのだ。
力をそのまま反射される魔術やらスキルを使われたら、とんでもないことになっちゃうからね。
こちらの魔術の効果が薄いのをいいことに、調子に乗り始めたのだろう。
膨らんだマリモの身が、輝き始める。
どーみても、自爆準備である。
……単純だなあ。
緑のマリモは増殖しながら、勝ち誇った声を上げた。
「ぐぐ、ぐはははは! 無駄だ! だが、よくぞ見破った、異世界の魔獣よ――冥途の土産に教えてやろう。我こそは、偉大なる御方に仕える四天王、闇風の――」
『はいはい、そういうのはいいから』
言って、私は猫づめ引っ掻きで物理的に相手の身体を切断。
おそらく、ほとんどの人間の目には私の攻撃が映らなかっただろう。
「え……?」
ただ、一瞬。
瞬きするような刹那の間に――いつのまにか敵の身体が切断され細切れになっていただけ。
けれど、
見えていた達人の域の数名にとっては、ただ事ではなかったらしい。
ごくりと息を呑み込み、ぞっと全身に冷や汗を浮かべていたが――今はまあ、味方なんだから、そんなに怯えないで欲しいんだけどなあ……。
「ぐ、ぐぅぅ。ぐわ! な、なにを……ッ、ぐふふ、とでも言うと思ったか! 甘い――」
『はいはい、そういうのもいいから』
相手の言葉を遮ったまま。肉球をパチンと鳴らした私は魔術結界を極小範囲に限定して発動した。
『魔力――解放! さあ、君の答えを聞かせておくれ』
ズジャジャ、ズジャジャ――ッ!
束となり、檻として機能する無数の闇の剛槍が空間を断絶する。
発動座標は相手の周囲ギリギリ。
闇の槍結界でマリモの増殖を防ぎ、その身体を密閉したのだ。
が――。
まだ敵は滅んでいない、むしろこれからが相手にとっては本番な筈だ。
そのまま圧死させてもいいのだが、万が一に爆発されて人間に被害を出しても面白くない。
『どうせ時間を稼いでいる間に魔力を溜めて、自爆するつもりなんだろう? ロックウェル卿、頼んだよ!』
『クワーックワクワ! 良いぞ、良い! 余は飾ってあったコレクションを提供してしまったからな! 任されてやるとしよう!』
やはりこのニワトリ。眠ったふりをして、ちゃんと状況を見てるでやんの。
翼をビシっと伸ばし――ロックウェル卿は亜空間から取り出した世界蛇の宝杖を翳し、
『異界より侵入した脆弱なる間者よ。久遠の夢を見るがよい――!』
騎士団長だったマリモを徐々に石化させていく。
その時だった。
相手の身体自身が七重の魔法陣となり、輝き始める。
「バカめ! この時を待っていたのだ!」
告げて、マリモ爆弾化した騎士団長もどきは反撃系の魔術を発動させるが――効果はない。
『バカは、どっちだったんだろう――ね?』
「ばか……な!? なぜ……はつどう、しな……い!」
やっぱり隠し玉を持っていたようだが、それは不発に終わっていた。
「なぜ、どうして――っ、どうしてワレのチカラが解放されんのだ!」
理由は単純、ロックウェル卿が機転を利かせていたからである。
彼が使ったのはターゲットを選ばず、指定した範囲の空間を石化させる卿のオリジナル魔術。
対象があのマリモ爆弾ではなかったので、カウンターが発動しなかったのだ。
こうすれば、万が一にでもカウンターマジックを喰らうことはない。
一種の反則なのだが――弱点として空間を指定するので味方も巻き込んじゃうんだよね、これ。
まあ、そっちも問題ない。
周囲に漏れる石化のオーラを、ホワイトハウルの浄化の波動が相殺している。
戦い慣れしている私達に勝とうなど、五百年早いのである。
「え? ちょ!? 待て、殺すというのか、ワレを? 待て待て待て! ワレから情報を引き出さなくていいのか――!?」
『そう、だから殺さないで永遠に眠ってもらうのさ。接続している本体の魂ごとね。すんごい痛いし、すんごい辛いだろうけど……情報はそこから直接引き出した方が、早いんだよね。そんじゃ、騎士団長さんに化けた闇風のなんちゃらさんはご退場ってことで――ぶにゃはははは、ねえねえ! 安全だと思っていた筈の遠くから封印されちゃうのってどんな気持ちなの?』
からかう私の言葉に反応はない。
『ふん、もう聞こえておらんよ。ヤツの魂は余が掌握せし魔像の中。永遠に――逃れられん』
『民間人にまで手を出した、その愚かさの対価だ。我は同情などせんよ』
いや、君達。
いきなり格好つけてるけど、さっきまでけっこう駄犬で駄ニワトリだったからね?
あっけないとはいうなかれ。
三匹揃った状態にもかかわらず、阿呆な策略を使って襲って来たその命知らずが悪いのである。
一連の流れを見ていた人間の誰かが、ぼそりと呟いた。
「レベルが……ちがい、すぎる」
乾いた声が、続く。
「いえ、レベルなんてもんじゃないわ……次元が、二つも、三つも、いいえ、それいじょう……離れているのよ」
「見た目はただのモフモフアニマルなのに……、……っ」
まさに感嘆といった声も含まれている。
「この強さ。この魔力……これが噂のグルメ魔獣の正体、なのか」
人間たちの驚愕の声が、私達のモフモコ耳を心地良く揺らす。
褒め称える声が、素晴らしい!
いやあ!
やっぱりドヤって最高である!
さあ褒めよ!讃えよ!
崇め、たーてーまつーれー!
ぶにゃははははは!
そんな私の、自慢と自尊心でバファバファに膨らんでいくモフ毛を横目に、ホワイトハウルが感心したように犬声を上げる。
『しかしケトスよ。よく我の目すらも欺いた敵の変身を見抜くことが出来たな』
ホワイトハウルの言葉にネコ眉を下げ、私は人間たちをちらり。
『ああ、それはさっき私に喧嘩を売ってくれたあの人たちのおかげだよ』
『はぁ? 我、よく分からんのだが?』
石化マリモを転がし遊ぶロックウェル卿を背景に、ホワイトハウルはわふーんと首を横に倒す。
こいつら……私がいるからって頭脳仕事をさぼってるな……。
『私は魔眼で過去を覗いたんだよ? 何歳の時にオネショしたとか、いつごろ異性と同衾したとか、そういういいにくい場所までね。なのに、この男からはそういった情報が一切引き出せなかった。ある程度歳を重ねた人間で、一切の罪も穢れもない人間なんて、いるはずないだろ』
つまりは。
『いやあ、君達のおかげで敵のスパイを消滅させることができたよ。お手柄だね!』
私はある意味、今回の主役である生意気遠方貴族くんにウインクを一つ寄越してやった。
むろん。
相手はあんまり嬉しそうにしていなかったし、自分たちの領地からやってきた騎士団長がスパイとすり替わっていたことに、動揺しているようであるが。
『大丈夫、たぶん騎士団長は誘拐されただけさ――浚われた民間人たちと一緒に、ちゃんと救出してあげるよ』
私の言葉に、ちょっと慰めの色が入っていたからか。
遠方貴族たちは静かに、感謝を述べるように頭を下げた。
それがあまりにも素直な礼。
本当に恩義を感じさせる態度だったからだろう。
んーむ。
私はそれ以上、彼らを揶揄えなくなってしまった。