グルメ魔獣の正体 ~踊る会議のアニマルズ~その1
会議は予定通り、夕刻に行われた。
各組織の代表ではないとはいえ、それなりの地位にある人物が今、この西帝国に揃っている。
ここを一網打尽にされてしまうとかなり不味いのだが――。
それを心配する必要は皆無。
いや、だって――ねえ?
空にはブレイヴソウルこと、召喚に失敗した勇者の魂のなれの果て。私の眷属と化した黒マナティがふよふよと泳いで警備中。
ちなみに、この黒マナティ――色々と厄介な性質を持っていて。
たぶんゲームで敵として出てきたら、クソゲー過ぎるとコントローラーを投げ捨てられてしまうほどに強い。
触っただけでアウト。
魂を汚染され、仲間に取り込まれ黒マナティ化するし。
遠距離攻撃をするとそれを受け止めて、倍返しで反撃してくるカウンターマジック持ちなのだ。
そこをなんとか切り抜けたとしても、まだまだ大変で。
人間としては規格外な強さの帝国お付きの賢者。
そして、ありえたかもしれない未来では世界を滅ぼしている可能性もあった、賢者の弟子たちが控えている。
んで、そこをなんとか通り抜けても。
ねえ?
世界最強クラスのモフモフアニマル、にゃんことワンコと鶏さんがいるのだ。
いっそ異世界の黒幕がここに攻めてきてくれた方が楽そうなんだけど、残念ながらそういう気配はない。
黒マナティからの異常なしとの報告を再度受け。
ファリアル君が間に合わせてくれたマリモの解析資料を片手に――。
私は会議室の扉を開けた。
◇
厳重な防御結界で覆われた会議場。
平時のここはとても静かで、普段は人もいないから、たまに勝手に侵入して寝そべっていたのだが――その時の穏やかな面影はない。
円卓会議。
そんな言葉が似合いそうな、厳かな場所になっているのだ。
各国要人を守る護衛の鋭い瞳が――周囲を探っている。
様々な結界。様々な魔術やスキル。世界各国、それぞれ異なる技術による守りの障壁を張っているのだ。
多重結界を組み合わせ効果を何十倍にも引き上げる。
個を重視する魔族は苦手な分野である。こういった細かな魔力同調も人間の強さの一つになるのだろう。
やはり。
既に会議は始まっていたようだ。
国家間の対立も今は忘れ、異常事態に対する意見を交わしているようであるが――その手も、口も今は止まっていた。
各国の使者の視線が、こちらに集まっている。
注目の的である。
刺さる視線に構わず、我等三獣は悠然とその中を進む。
その時だった。
なにやらねちっこい、微妙な視線がこちらに向いていることに私は気が付いた。
「ね、猫と犬と、ニワトリィ――? 皇帝陛下、これはいったいどういう催しで」
「よもや、我らをこのような辺境の果てまで招いておいて――アニマルショーでも始めるわけではあるまいな?」
「猫ならにゃんと踊ってくれるのか? はは、皇帝も人が悪い。こんな駄猫を舞わせるとは――品位に欠けるのではないか」
たぶんここの大陸からかなり離れた国の使者なのかな?
鑑定してみると――遠方、火山大陸の貴族様。
プリンス系統のクラスに就いているから、たぶん王族かな。
あー、こういう直接的な嫌がらせパターンってあんまりなかったから油断していた。
どーしよ。
大魔帝だって知らずに喧嘩を売っちゃって……この人ら、大丈夫かな。
私、うっかりしたらやっちゃうけど……。
まあ、関わり合いになりたくないし。我らを知らぬ愚者の言葉など当然無視である。
ツーンとそっぽを向いてとてとてとて。
歩く私とホワイトハウル。
……。
ロックウェル卿がコケコケコケとエサを追うハトの歩きで、遠方貴族様の所に歩いて行ってしまう。
『ほぅ、たかが人間如きが囀りおるわぁぁぁ――っと、何をするのだ!』
『ほら、いいから行くよ――もう会議は始まっているんだから』
こういうのにいちいち反応して退治すると、なんか……こう、こっちの品格が下がっちゃう気がするんだよね。
いや、まあつい先日もチンピラ冒険者を吹き飛ばしたけど。
アレは店の邪魔。
グルメを守るためだったからいいんだよ、うん。
ピサロくんもこういう輩に私が反応しないと知っていたのだろう、詫びるように小さくお辞儀をしていた。後でたっぷり、詫びのご馳走を用意する――とジェスチャーつきで。
ロックウェル卿もそれで納得したのだろう。
フンと顔を傾け、遠方貴族にアッカンベー。命拾いをしたなと、コケコケコケ。私の後ろに続いて歩く。
その嘴はごくりと喉を鳴らし、その紅き瞳は約束されたご馳走を夢見て、デレーっと蕩けていた。
……。
こいつ、皇帝から詫びを要求するためにわざとやったな、たぶん。
まあいいや。
遠方貴族がわざとらしくため息をつき、立ち上がる。
「申し訳ないが、喋る魔獣の茶番や戯言ならば我らは帰らせて貰おう」
「皇帝のペット自慢に付き合っていられるほど、暇ではないのでな」
「ふん、こんなデブ猫。誰が飼っているのか知らんが、飽きれるわい」
あ!
と、ホワイトハウルとロックウェル卿の顔色がまともに変わる。
その犬鼻頭と鶏鱗に汗が滲む。
モフ犬毛とモコモコ羽毛を逆立て、大慌てで極大結界を張ろうとしている。
私がブチぎれると、そう思ったのだろう。
しかし私はスゥっと二人に手を翳し、首を横に振る。
そう!
なんと私は、ちょっとなら我慢することを覚えたのである!
これがおとなのよゆう。
心の成長というやつだ。
まあ、今回の騒動が終わったら。あとでこっそり消すけど。
立ち去る彼らの背をギーラギラと睨む私。
それほど役に立ちそうな人材ではなかったのか、皇帝も彼らを引き止める気はないのだろう。
私はその意志を尊重することにした。
まあ全然、まったく、これっぽっちも気にしていないのだが――。
そうだーそうだ、帰れ! 帰れ!
バーカ! バーカ!
膨れ上がった尻尾を振って、しっしっしとあっち行けをしてやったのだ!
つまり――我の勝ちである!
さーて、帰るっていうなら私がちゃーんと一瞬で帰してやろうと、魔力を肉球に這わせ始めた。
その瞬間。
ガダァァァァア!
座ったままだった遠方貴族の一人が、慌てて立ち上がり。
生意気を言った連中の頭を押さえつけ――無理やり謝罪の形を作っていた。
「この方々を愚弄するなど――正気であるか!?」
「な、なにをする、無礼な!」
「諸侯ら……は、き……気付かぬのか? この方々から放たれる底知れぬ……闇の魔力を! ええーい、いいから一刻も早く、謝罪をせんか! そなたらの浅慮で、我らを巻き込むな!」
「我らはこの者達とは違う! だから、頼む。どうかウチの領地は巻き込まんでくれ……!」
へえー、遠方の国にもちょっとまともそうな者もいるのか。
私達の深淵を覗き――力の一端を知る事のできるレベルの存在もいるらしい。
猫の魔眼をギラリと輝かせ、私は猫として微笑しながら予言する。
『そこの君、良い目をしているね――たぶん君は出世するよ』
言って、私達は彼らに構わず会議場を進む。
まあ予言じゃなくて、今、私の力を見た人間にだけ祝福をかけただけなんだけどね。
……。
なんか後ろがちょっと騒がしいと思ったら。
ロックウェル卿が生意気をぬかした遠方貴族を石化しようとしていたみたいだけれど、ホワイトハウルがなんとか防いでいたらしい。
まあ無事だったならいいや。
私も吹き飛ばすつもりだったし。
『ふん、命拾いをしたな脆弱なる人の子よ――我の友を侮辱したその罪。我の裁きを受けずに済んだ、その幸運を生涯の宝とするとよい。まあ今滅んでいた方がマシだと思うほどの未来が待っていると思うがな』
……と――今、ものすっごい形相でお貴族様を睨んだのはウチのワンコ。
ホワイトハウル。
あれ、その口から覗く牙の隙間に――、なんかすっごい見覚えのある裁定の咆哮の魔力が溜まっていた気がするな。
こいつ。
ロックウェル卿を止める気じゃなくて、自分にやらせろと言う意味で止めていたのか。
『余は鶏であるが夜目が効く。全てを見通す慧眼だ。余の友を愚弄したその愚かな口――溶岩を埋め込まれぬよう、せいぜい気を付ける事であるな。余は寛大だ。これは慈悲である。魔猫に永久の苦しみを植え付けられる前に――消してやる』
ロックウェル卿がギロリと恐竜の瞳で唸りを上げていた。
ようするに、私達全員。
なんだかんだで、やらかそうとしていたわけだ。
さて。
二人はちょっと威厳を出して牽制したみたいだし、私も少し脅かしてやるかな。
猫の魔眼をじぃぃぃぃっと輝かせ、遠方貴族の顔と魂を覗き。
ニヒィっと猫口をつり上げる。
『まあいいじゃないか。彼らは遠く離れた火山地帯出身のお貴族様だ。私たちの事を知らなかっただけだろう? 私達だって彼らの事はあまり知らないんだ――喧嘩はよくないよ。ねえ? そこのオジサン。お嫁さんは政略結婚でやってきたヒルダさん三十二歳で、夫婦仲が最悪のルーズワード殿下、君のことだよ。最近、貴族の義務とはいえ子供ができてちょっと奥さんと子供に愛情が生まれ始めたらしいけれど、その子に感謝するんだね。だって君達を消しちゃったら、罪のないその子は可哀そうだし、ヒルダさんだって浮気している使用人と路頭に迷っちゃうだろうしね。あー、そこで私たちの魔力の片鱗にようやく気が付いて、ちょっとヤバイかなー? って思い始めているお兄さん、そう、三日前、婚約者に内緒で密通していた君さ! 安心しておくれよ。私は君の愛人の家まで殴り込みに行って――ご落胤様をお預かりに決ました~! なんて、言って誘拐したりはしないし、君の隠している新しい愛人の名前がソニアだとは知らないし、彼女が最近生まれてくる子供のために子犬を飼い始めたことだって知らないさ。それで次は――そう、そこの君だ! 別に君が王様の財宝から宝剣を盗んだことなんて誰にも言うつもりはないからね。そんでー、その後ろにいるお姉さん!』
ウーニャウーニャと心から引き出した情報を語る私の猫口は止まらない。
国に帰った後でどんな騒動になるか分からんが――心の秘密をぜーんぶ、まるっとさくっと、バラしてやるのじゃー!
ぶぶぶ、ぶにゃーっははっは!
我を敵にした、その罪や重し!
こういうの、一番効果があるんだけど可哀そうだから普段はあんまりできないんだよね~♪
ワンコがペチリと自らの眉間を犬肉球で押さえて、犬の息を漏らす。
『あぁ、我等三獣が揃ってしまったせいで、封印されていた魔猫の悪癖が目覚めてしまったか』
『三人揃ったせいで、気が緩んだのであろうなぁ……どーする、魔狼よ。これ……余でも止められんぞ――』
『我は知らぬ。存ぜぬ。関与せぬ。溺愛なされていた魔王様にすら性悪駄猫と言わせたこの悪癖、それを引き出し魔猫を怒らせた彼奴等の自業自得だ』
いやあ、だって私の友達を愚弄したんだもん。
そして。
なにより、魔王様を愚弄したのだから――。
……。
ズゴゴゴゴゴと込み上げてくる魔力を、しぺしぺしぺ。毛繕いで封印!
いやあ、私って本当に我慢を覚えたみたいで、偉い!
まあ、だから。これくらいしてもいいよね?
うん、いいはずだ!
ウーニャウニャウニャ!
ぶにゃぶにゃぶにゃにゃ! うにゃにゃにゃ!
遠方貴族たちは秘密を暴かれてどんどん精神を摩耗しやせ細っていくが。
あー駄目だ! 魔猫として、人間に悪戯する本能がどーしても止められない!
私の口は饒舌に語り続けるが――さすがにやりすぎたのか。
怒り心頭だった筈のホワイトハウルもロックウェル卿も、もういいんじゃないか……と同情するように相手を憐みの瞳で見て。
私のモフ毛をツンツン突き、歩きを促した。
『もう、やめてやれ……なんか可哀そうになってきたぞ、我』
『魔猫よ、余が言うのもなんだが……やりすぎはよくないと思うぞ』
……はっ!
そういえば対策会議をするんだったっけ!
二人の視線は、そこまでやるか……? とドン引き気味である。
『まあそんなわけで、可哀そうな人たちなんだ。二人ともいい歳なんだし、大人げない反応をしないで少しは、大目に見えてあげようよ。じゃあ、そういうわけで! なんかごめんねー!』
ものすっごい空気になっているが――構わず私は歩き出す。
だって。
私、悪くないし。
猫ちゃんを怒らせるほうが悪いと思うのだ。うん。
まあこんぐらいやり返したから、今回の件はこれでチャラにしてやろう。
ちょっと、ほんの少しだけ――火山大陸ごと吹き飛ばそうとか思ってたりもしたんだけど。
大魔帝の寛大な御心というやつである。
まあ今回は魔王様に対する直接的な愚弄とまでは……ギリギリセーフだったから、うん。
私達が歩む度に、カッシャカッシャと爪の音が鳴っていた。
ロックウェル卿とホワイトハウルは鶏とワンコだからね。
偉大なる猫である私と違って爪を収納できないから、歩くときに爪音がするのだ!
そんな騒がしい二人とは違い、私は肉球あんよでトテトテトテ。
ふっ……我だけ優雅である!
ホワイトハウルのお澄まし宗教画案件の時にはいなかった使者達の声が、我等三獣の耳を揺らす。
「あ、あの者たちが……例の……力ある獣達」
「世界各国を渡り歩き、時には救いを時には罰を与え――世界を平和に導いた……」
「新しき世界と文化の守護獣」
彼らは私の噂を知っていたのだろう。
声を揃えて彼らは言った。
大魔帝、ケト――。
「伝説の……グルメ魔獣様!」
スじゃなかったね。
『ぶにゃ!?』
ずこっと転びそうになってしまった。
いやいやいや、グルメ魔獣じゃなくて大魔帝と愉快な仲間たちだからね!
しかし、視線がすっごい突き刺さる。
西帝国の人たちはもう私達になれているのだろうが、そうじゃない人たちにとっては大ごとだもんね。
なんたって、こっちは大魔族で大魔帝。
生きる歴史の教科書が目の前にいるわけなんだから。
そういや、妙に視線が騒がしいけれど――さっきの騒ぎの時にはまだ到着していなかった人たちも結構いるのか。
これって――ニヒィ!
また一から自慢ができるのでは?
もう、しょーがないなあ!
私たちは用意されていた専用モフモフクッションの上に座って――ドヤァァァ!
『待たせてしまったみたいで申し訳ない――私たちで維持している世界結界の管理と、マリモの解析資料の整理に少し時間がかかってしまってね。それは素直に詫びようじゃないか』
むろん。出まかせである。
結界はワンコだけで余裕で維持をしているし、マリモ資料もファリアル君が時間に間に合うように情報クリスタル化して転送してくれているし。
実際はワンコが残ったご馳走に後ろ髪を引かれて、食べきるまで動かなかっただけなんだよね。
そう。
実はこれ、遅刻なのである。
これだけは、絶対に私のせいじゃないからニャ!




