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グルメ魔獣の正体 ~古の三獣神~その3



 皇帝ピサロの言葉を合図に――周囲の聖職者が皆、神の御使いホワイトハウルに向かい跪き始める。


 気取った時のこいつはキリっと尖った白銀の魔狼。

 やはりそれなりに威厳を感じさせるんだよね。


 そういやこいつ。

 私以外の前だと無口クールキャラになってるんだっけ。

 一度、インチキをして時を遡ったワンコ。その冷厳なる重き口が、ようやく――ゆったりと開きだす。


『久しいな、人間の皇帝よ。とはいっても、つい先日あったばかりであるが――まあよい。細かな自慢話やドヤ話に多少の誇張はあれど、ケトスの話に嘘偽りはない。全てが真実。この世界に刻まれた長き歴史の中の一節』


 なんかそれっぽい口調で言い、魔狼は光を放ちながら天を仰ぐ。


『大魔帝ケトス、我が盟友の活躍は神の御使いとして我が保証しよう。我が主、主神大いなる光は現大魔帝、魔王軍最高幹部ケトスと同盟関係にある』


 ざわざわざわと、人が唸りを上げる。

 控えていた聖職者の婆様が重ねた齢を感じさせる細い腕を伸ばし、問う。


「神と魔族の和解は既に済んでいる――と、そう仰るのですか白銀様!」


『その通りだ、人の子らよ。時代は移ろいゆくもの――それは神とて魔族とて同じ。人間よ、我らは汝らもまた変わり、平和への道を探り、歩む者だと信じておるのだ。主神は、汝らを見捨ててはおらず。汝ら全ての命こそ、我が主の宝、その魂に祝福あらんことを――』


 告げる魔狼は神の微笑。

 大いなる光の後継者候補だけあって、光がキラキラ、獣毛を輝かせている。

 うっわー、なんか超ネコ被ってるし。

 こりゃ、確かに。こいつの本性を知らない人間からすれば、偉大な神獣に見えるわな。


 実際は、なんとなーくそれっぽい事をいって、神オーラをギラギラ出しているだけなのだが。

 人間って、偉大そうな相手にそれっぽいことを言われると、中身がそんなに大したことなくても納得しちゃうんだよね。


 案の定。

 人間たちは明らかに息を呑んで言葉を見守っていた。

 ……。

 あれ? 実はこれ、かなり重要な――後の歴史で宗教画になったり、永遠に語られるような場面なんじゃ……。


 重厚な空気の中。

 人間を代表するかのように皇帝ピサロが跪いたまま、口を動かした。


「貴方様が主神へと昇られるというお話の方は……?」

『我はまだそうなるとは思っておらぬが――我が主、大神、大いなる光はその気であるらしくてな。我を次の主神へと、推しておるのは事実だ。なれど――それはまだ当分先の話。儚き命の汝らと違い、我らの時は悠久と言えるほどに長い――百年、二百年……あるいは千年先の話やもしれん。それに――我の他にも主神候補はいるのだからな』


 言って魔狼は私の方をちらり。

 こいつ。事あるごとに私に主神の座を渡そうと企んでるんだよね。

 いやいやいや。

 私は絶対嫌だからねと、目線を逸らす。


 私、知りませんよー! 関係ありませんよー!

 とばかりに、しっぺしっぺしっぺと毛繕い。

 私の毛がモコモコに膨らんでいく。


 皇帝は魔狼の話を深く聞き入って――丁寧に頭を下げる。


「なるほど、白銀様が仰るのでしたら、本当の出来事なのですね」


 顎に手を当て、考え込んでしまう。


 ちょっと待て。

 なんで私の言葉だと半信半疑だったのに、こいつの言葉だと納得するんだ。

 しかも敬語だし。

 全開でネコ被りモードのホワイトハウルは、冷厳な声音で皇帝に告げる。


『話の腰を折ってすまぬが――人の子らを束ね導く皇帝よ。我は今この瞬間も、世界に対し極大防御結界を張り続けている。敵は恐らく異界の魔物、気を抜くことが出来ぬのだ。魔術の維持のためにはどうしても糧が必要でな。疲れている所を心苦しいが――追加の贄を用意して貰いたいのだが、いかがか?』


 丁寧で回りくどいし、なにより威厳ある神のそれっぽいが。

 ようするに、イチゴパフェを早く持って来いと言っているのだ。


 私には見えていた。

 悠然と告げる凛々しい神ワンコの後ろ。

 モッフモフな尻尾がイチゴパフェの誘惑に負けかけて、ボッファボッファと揺れている様を。

 涎はなんとか抑えたようだが。


 ジトーっと半目で睨む私に構わず、皇帝は恭しく礼をする。


「そういうことでありましたか――承知いたしました。お待たせしてしまって申し訳ない……すぐにご用意させていただきます。爺や、お前達――」


 言って、給仕たちに魔術でメッセージを送る皇帝君。

 ええ……私の時とぜんぜん違うじゃん!

 更にジト目で見てしまう私のモフ毛を、ピサロくんはじぃぃぃぃと見て――眉を下げて微笑する。

 大きな手が伸びてきた。


「安心なされよ。心配せずとも、ケトス殿の分もいつものようにちゃんとゴージャスなのを用意させておる」


 再び私の頭をなでなでなで。

 あ、これ私が拗ねていると気付かれたな。

 ついついゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。

 こちらを見る皇帝の瞳にも、撫でる手にもちょっと慈愛が含まれていて。

 その、なんだろう……人間の分際で、まあ……生意気にも、ちょっと保護者モードの魔王様に似ているのだ。


「それではケトス殿、また後程――落ち着いたらまた共に酒でも飲んで二人で大騒ぎ……あ、こほん。ホワイトハウル様の前で失礼でしたね」

『構わぬよ――いつも我が友を大事にしてくれて、感謝しておる。その――皇帝……よ。しばし我とケトスは結界を維持するために精神を集中させる。すまぬが人払いを頼む』


 こいつ。皇帝くんの名前を忘れたな……。


「承知いたしました。それでは――もうしばらくお待ちください」


 恭しく礼をし皇帝が下がると――他の使者や聖職者も続いて去っていく。

 むろん。

 ただご馳走を貪るために人の目を無くしたいのだろう。


 しっかし。大魔帝たる私にはこの口調で、この外面ワンコにはあの丁寧な口調。

 いつも思うのだが。

 みんな。

 ホワイトハウルの外向きの顔に騙され過ぎじゃね?

 私の時には気を緩めっぱなしなのに、魔狼の時はキリっと厳格なんだもん。


 いや、まあ私。

 西帝国には入り浸ってるし。

 眠くなった時などには温かい場所を求めて探索。

 部下を集めて職務中の皇帝、ピサロくんの膝の上にヨイショと乗って、ドヤァァァァ! 身体を伸ばしびにょーん! 人間達から敬われている皇帝の上に乗ってしまう私って、更に素敵である!

 と――へそを天井に向けてお昼寝とかすることもあるけど。


 暇だからって酒を片手に夜中に転移して、一晩中飲み明かしたりもするけれど。

 魔王様のお目覚めを待つ寂しさをちょっとネコ眉を下げながら、しょんぼり語って、彼の涙を誘ったこともあったけれど!

 私にだって威厳はあるのに。

 差別だにゃ!


 と、拗ねてそっぽを向こうとする私の目の前に積まれていくのは、新たなご馳走。

 まあ、口調なんて細かい事はどうでもいいか♪

 どうも部下を束ねている皇帝とか王様とかを見ていると――魔王様の膝の上に、ドヤっと乗っていた時代を思い出しちゃって、乗りたくなるんだよね~。


 積まれていくご馳走に気を緩めているのは私だけではない。

 他人の目がなくなった控え室。

 厳格だった顔を、わふ~んと緩めてホワイトハウルも舌なめずり。


 さて、食べようと肉球を伸ばした――。

 その時だった。

 空間が僅かに揺らぎ、転移陣が周囲に広がっていく。


 誰かが来たようなのだが、はて、誰もいないな。


 新しいイチゴパフェをワンコの手でスゥーと引き寄せて、ガブガブガブと貪る神獣様の前。

 テーブルの下。

 影となった闇から伸びてくるのは、モッコモコな羽毛をもつ手羽先。


『なるほどなるほど、これが砂漠に咲くエビフライか。なんとも――余に相応しき黄金の衣よ。ではさっそく、クワーックワクワ!』


 砂漠にある魔道具の国。

 新しくなった魔導帝国ガラリアから提供されたエビフライを盗み。

 テーブルの下でガージガジガジと嘴に呑み込むのは、謎の鶏の影。

 啄む音が、周囲に響き渡る。

 私とホワイトハウルは目を合わせ……テーブルの下を覗く。


 闇の中から赤き瞳と嘴がギラーン。

 むっしゃむっしゃ、じゅじゅじゅじゅ。

 あー、こいつ。

 ヤシの実ジュースまで確保してきたのか。


 その正体は、まあ分かり切っている。

 ホワイトハウルと私に用意されたご馳走を堂々と盗み食いできる存在なんて……数えるほどしかいない。

 ジト目で闇を睨みながら私は言った。


『で――ロックウェル卿。どうして君がここに居るんだい?』

『おー! 奇遇であるなケトスよ! そしてホワイトハウル。闇の中を舞う余を発見するとは、さすがケトス。大魔帝といったところであろうな』


 そこにいたのはやはり、禍々しいほどに膨大な魔力を滾らせる紅き鶏冠トサカの持ち主。

 神鶏ことロックウェル卿だった。


 あれ、思わぬところで三柱揃っちゃったけど。

 大丈夫なんかな、これ。


『クワーックワクワ! よもやこの世界にもこのような極上なエビフライがあるとはな! 余は満足である! ケトスよ。余はエビフライさんのお代わりを所望しておるのだが? どこで要求すればよいのだ?』


 皿を翼でベッシベッシしながら卿は羽ばたき、宮殿周囲に石化のオーラをばら撒き始める。

 ホワイトハウルが瞬時に浄化の波動で人間たちを包み――。

 仕方なく石化を防ぐ結界を張って、私は問う。


『君、今日は留守番だって決まっていたじゃないか。私達、魔王様直属の部下が三人以上揃っちゃうと、集う魔力がとんでもない事になって世界から警戒されちゃうし。止める人がいなくなっちゃうから避けようって話だったのに。どーして、きちゃうかなあ……』


 猫の眉間に呆れの皺を刻んだ私に、ニワトリは告げる。


『おー! そうであった、すまんすまん! だが余もご馳走を食べたかったからな、仕方あるまい。それに、ケトスよホワイトハウルよ。そなたらも、もし逆の立場ならば――どうであるか? 留守番など大人しくできていたであろうか? 否、否、否なのである! どーせくだらん理由でも思いつき、ご馳走を味わおうとやってきていたであろう?』


 翼でビシっと宣言され、私と魔狼は目線を逸らす。

 まあ。

 そうなるよね。


『それで、一応どういう理由を考えてきたんだい』


 理由がなかったら、魔王城の留守を任されている炎帝ジャハル君と悪魔執事サバスくんに、正論攻めで止められる筈だからね。


『先ほど我が霊峰に飾ってあったマリモもどきを錬金術師ファリアルの工房へと運んだからのう。いまごろ奴が研究をしておる。おそらく会議までには解析が間に合うだろうと、伝えに来たのだ』


『いや、さっき渡したんだったらさすがに間に合わないんじゃないかな……』

『おぬしのために絶対に間に合わすと言っておったからのう。なに、あの血染めのファリアルだ。並行世界の自分を異界召喚してでも、なんとか間に合わせてしまうであろう』


 こういっちゃなんだけど。

 ファリアル君、万能だよなぁ……五百年前にテレビとかで見た、猫型ロボットみたいだよ、ほんと。


 笑うロックウェル卿に、イチゴパフェのクリームを口の周りにべったりとつけたホワイトハウルが言う。


『血染めのファリアル。まさか人の器を凌駕したあの狂人が、ケトスとおまえに救われ魔族の側につくとは……な。まったく、巡る因果の複雑さには――我すらも驚かされるばかりだ』

『ふん、余ははじめ見捨てようと告げたのだがな。なにしろ、あのファリアルだ。なれど――魔猫はどうしてもその伸ばした手を拒めなかったのであろう。まったく、このイチゴパフェよりも甘いのであるから、余は心配になってしまうぞ』


 二人は仲良くイチゴパフェを貪りながら、顔を合わせて。

 ちょっとジト目になって言う。


『それにしてもあの血染めのファリアルか』

『うむ、あの血染めのファリアルだ』


 流れる沈黙。

 この二人がこうして押し黙るのも珍しい。

 しばらくして――同時に獣の吐息を漏らした。


『どこをどーすると、あの狂人が味方になるのか……余・我には理解できん』


 前から思ってたんだけど、ファリアル君。

 いやまあ、勇者の関係者の司書ウサギもそうだけど。

 この二人にここまで言わせるって、マジでなにやらかしてたんだろ……。


『まあ味方とすればあれほど頼りになる外道はおるまいて。余は――今の奴の事は信用しておるぞ』

『ほぅ、卿がそこまでいうのなら本当に変わったのであろうな。ならば良いのだ。奴ならばマリモの謎すらも、会議までには解き明かしてくれるであろう』


 たしかに。

 すっごい、大丈夫そう。


 さて、まあ後は待つだけだし。

 人間同士、国家間の微妙ないざこざはピサロくんに任せるとして――。

 私は、目の前のご馳走を片付ける事に全力を注ぐとするかな!


 ◇


 あの後。

 三匹で集まって談笑しているうちに――時間はすぐに経ってしまった。

 会議の始まる時間ですと衛兵に呼ばれ。

 私たちはそれぞれ頷き――立ち上がった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ホワイトハウル様神々しい! 確かに後々宗教画の一幕になりそうですね。 その時は黒猫も付けてください! [一言] グルメ魔獣三人衆が一ヶ所に揃ってしまいました。 何か起こる前触れでしょうかね…
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