グルメ魔獣の正体 ~古の三獣神~その1
あれから数日が経っていた。
世界各地で発生した謎の亀裂現象。
そして――謎の魔物、通称空飛ぶマリモの発生事件。
一時の平和が訪れていた世界は今、二つの脅威に晒されている。
性質の異なる異質な魔物だ。
異世界からの襲撃とみて間違いはないだろう。
まあこういっちゃなんだけど、私だって分類からすると異世界からの侵入者だしね。
そういうことはまあ、無い話でもないのだ。
やはり帝国以外にもマリモは発生していたようで――。
それなりに被害に遭った国も多い。
大魔帝たる私の関係者がいる国や地域では、そのまま返り討ちにして追い返したようなのだが――それもできなかった地域や国は……。
残念ながら全くの無傷というわけではない。
何人かの人間が被害に遭っているようなのだ。
不幸中の幸いと言っていいのかどうか難しい所だが。
今のところ死者はいない。
ホワイトハウルが早急に世界を守る結界を張った事。
大いなる光がサボり期間を終えて、ちゃんと働いていた事。
世界各地でグルメ巡りをしていた私のおかげで、人間の平均レベルが上がっていた事。
そしてなにより、魔術医療においては他の追随を許さないロックウェル卿が治療に協力してくれた、それが大きかっただろう。
それに――。
卿の巣である霊峰に溜まっていた彼の尾羽、治療効果のある魔道具となった羽を、各地に運んでくれたものもいるのだ。
それは意外な人物。
かつて死の商人だった魔狐、フォックスエイルのおかげだった。
罪滅ぼしとまでは言わないけれど、まあ傷ついた人間の治療ぐらいなら格安でやってくるわ――と、大いなる光のバックアップの下、世界各地に飛んでくれたのである。
大いなる光の方も主神としての信仰度を稼ごうと、フォックスエイルの提案に乗ったらしいのだ。
フォックスエイルの方もちゃっかりしていて。
商売に使えそうな商材や人材を探すという目的があったようで、まあギヴアンドテイクだったわけだが。
正直あの二人はちょっと抜けている所があったので。
まあ……色々と、うん。
心配だったのだが。
死者が出ていないという事は、ちゃんとやってくれたという事だろう。
ただ――。
マリモを迎撃した時に街には被害が出ているし、なによりだ。
怪我人の方は治療が間に合ったのだが、誘拐された民間人が数名でているようなのだ。
誘拐に気が付いた大いなる光が「ウチのシマでなにしてくれてるのよ、ボケェ!」と、追撃しようとしたものの、相手は既に亀裂の中。
手が出せない位置にまで退いてしまっていたらしい。
さすがに主神がこの世界を離れるわけにもいかず、フォックスエイル共々、完全に力を取り戻したわけではないので異界渡りはまだ不可能。
とりあえず情報を持ち帰り今の会議に至る、というわけである。
そう、これから半日後。
ここ帝国にて、横に繋がりのある各国の使者が集まり、対策会議――いわゆる会談が行われる予定となっているのだ。
今回、それぞれの勢力の代表が姿を見せる予定はない。
理由は単純。
まだ脅威が去っていないからである。
裂けた空。
あの亀裂から、いまだに謎のマリモが這い出て襲ってくることもあり――戦力を束ねる代表が、国を離れるわけにはいかないのだ。
そんなわけで、やってくるのは情報収集が得意なクラスにあるものか、信頼できる部下になるらしい。
ちらほらと会議場にはついているが、まだ揃っているわけではない。
まあ予定は半日後。
夕刻過ぎになるからね。
帝国で会議が行われる事となった理由も単純。
私達、規格外な獣たち三柱が偶然揃っていたおかげで、ほとんど無傷だったからである。
強者が集う帝国にて行われる緊急会議。
その参加者が集まるまでグルメを楽しみながら待っている、という状況なわけなのだ!
どうして人間の非常事態に、魔族である私が関与しているか。
その理由も更に単純で、簡単だ。
グルメを守るため!
もちろんそれもあるが――最近、平和が続いていたからわりとのんびりとした日々を送っていて。
魔王城に帰っても、また書類にハンコを押す日々だし……。
まあ、ようするに。
暇なのである。
◇
会議場の控え室。
上空で帝国を守る黒マナティ軍団から異常なしと報告を受けて、私は専用ケトス様ソファーにどさり。
『にゃはぁぁぁぁぁぁ! やっぱり帝国にはいろんなグルメが流通するようになって、住みやすくなったよねえ!』
魔王城関係者として参加している私。
そのケトス様専用テーブルには、ズラーっとご馳走が並んでいる。
私が大魔帝ケトスだと知らない者からすると、謎のイケメン猫が、優雅に食事を楽しんでいる場面に見えるだろう。
そして。
イチゴパフェをむしゃむしゃする私の横に座って、どでん。
行儀悪くパフェの底に残るクリームとジャムを舌でペロペロするのは……神族関係者からの使者、神獣ホワイトハウル。
今の彼は休暇中なのだが――。
ケトスが今回の件に絡むのなら我も参加するぞ! というのでそのまま帝国に滞在しているのだ。
『ぐははははは! うまし、うまし! パフェうまし! ケトスよ! やはりイチゴパフェもなかなかに旨いものであるな! 我、あと百杯は食えてしまうのだぞ?』
『えー、私の分も取っといてよ。まだ私だって食べるんだから』
『あー、あの時、我が世界全土を守る結界を張っていなかったら、今頃大変だったであろうなー! 我のおかげとはあまり言えんが、我、大活躍だったの―! 世界を守ったのだ、イチゴパフェぐらいは好きに食べていいと思うのだがのー! あの結界を維持するには、カロリー摂取が必要なのだがのー!』
この駄犬。
チラチラと人の事を見ながら、結界を解除する素振りを見せてやがる。
まあ実際、そうなのだから言い返せない。
あの亀裂が膨らまない理由も、あまり敵が侵入してきていない理由もそこにあるのだ。
『はぁ……分かったよ。ねえピサロくーん! 悪いんだけどー! このワンコにイチゴパフェを大量に持ってきてくれないかなー!』
言われてこちらを振り向いたのが現皇帝、ピサロくん。
顔立ちも整っているし、暴君などと言われている割には性格も悪くない。部下の声にも耳を傾け、グルメで私に帝国との絆を作らせることに成功した、わりと賢い皇帝である。
賢者の弟子としての一面もあり。
補助魔術や指揮スキルのレベルも高く、指揮官クラスの人間としてのスペックも高いのだが。
なんか、地味なんだよね。
他国の使者と情報交換をしている皇帝君は、私を振り向くと――なにやら忙しいのだろう。
悠然とこちらにお辞儀をし、微笑。
私とホワイトハウルだけに伝わるように送ってきたのは魔術メッセージ。
デフォルメされた皇帝君人形がバツマークを手で作った後に、顔の前で手を合わせて謝罪。すまんが後で必ず行くとジェスチャーを送ってくる。
あ、皇帝スマイルでチラっとこちらを見てるな。
皇族特有のロイヤルな立ち居振る舞いも、大魔帝たる私や神獣のワンコには通用しない。
いや。
実際、ワンコが結界を解除しちゃったら大変なことになるからね?
私はクイクイと肉球を向けて、いーからこっちにくるにゃ! と強気に要求。
肩を落とし脱力しながらやってきた皇帝ピサロくんは、私の口元についたクリームをじっと見て。
「とりあえず、拭っても?」
『うむ、よろしい! 我の猫毛についた汚れを拭く権利を授けよう!』
高級ハンカチで私をフキフキフキ。
綺麗にしてくれながらもピサロくんの目は、ジトーっと淀んでいる。
今回の事件での対応でだいぶ疲れが溜まっているのだろう。
その手が私の頭をなーでなでなで。
めっちゃ撫でまくっている。
この皇帝君、疲れが溜まると猫ちゃんの癒しが欲しいのか、こうやって何度も私の頭を撫でるんだよね。
はぁ……とあからさまな息を吐いて、私に言う。
「あのぅ……ケトス殿。余はこれでも、一応、ここで一番偉い人間なのであるからして? それはまあ、ケトス殿のモフ毛を堪能できるのは、そこはかとなくやぶさかではないのであるが? そのぅ……できれば、こういう事は部下たちに頼んでいただけるとありがたいのだが?」
ケトス殿とお会いしていると、気が緩んでしまって――と。
ちょっと照れたように横を向いて彼は言う。
皇帝君、これでけっこうツンデレ気質なんだよね。
『にゃははは、ごめんごめん。いやあ君って帝国民の損得で考えて、即座に絶対に間違わない行動をするからさ、君に頼むのが一番手っ取り早いんだよね~』
言って、私は亜空間から取り出した聖者ケトスの書を開いて。
バササササ!
目のクマの目立つ皇帝くんに、最上位の回復の祝福を掛けてやる。
基本的に回復魔術や奇跡は傷は治せても、精神疲労やスタミナまでは回復できないのだが――私の奇跡の場合はできちゃうんだよね~。
ちょっと自慢なのである!
ざわざわざわ!
既に到着している何人かの使者たちが――ごくりと息を呑む。
今回の件は人間にとって規模が大きく、被害の範囲も広い。遠方から護衛を連れてやってきた者も多いのだろう。
つまり!
それなりに腕に覚えのある者が大半!
今のケトス様専用聖書の回復奇跡の輝きを見ただけで、驚愕しているのである!
素人の目からは分からないだろうが、玄人の目から見れば今の奇跡の高みが見えたのだろう。
あの黒猫はいったい……なにもの。
そんな視線と声が私のモフ耳を揺らしている。
いやあ、こういう回復のドヤって分かりやすいからいいよね♪
なんかホワイトハウルが何もしてないのに、ドヤァァァと胸を張っているが。
ああ、これ。
ワンコ印の聖書だから、我が修行をつけたのだ! と鼻高々なのかな。
「なんとなんと、おお! なんと!」
ピサロくんのつやつやになっていく肌を眺めながら飛んできたのは、いつぞやの賢者君。
皇帝ピサロのお付きで、ウチのファリアル君とも知り合いな爺さんである。
ちなみに。
人間の間では相当に強いらしく、他国からも名を知られているようである。
「これまた、なんとも――凄い事をなされていたようでございますが。今のは一体……なにをなされたのですかなケトス様」
『ピサロくんの疲れが溜まっていたようだったからね。ちょっとリフレッシュさせてあげたんだよ』
食いつきが大変良さそうなので、魔術構造を少し見せてやる。
おそらく、この賢者君ならば――完璧に再現はできないものの、多少効果は劣るが、汎用魔術や奇跡として覚えてくれると期待しているのだ。
「ふむ、なるほど――これは素晴らしい。ケトス様の力を借りた奇跡というわけですな。これは使用させていただいても、よろしいので?」
『このご馳走のお礼さ――使えるのなら勝手に使ってくれて構わないよ。まあ並の人間には発動させることさえ困難だろうけどね』
言って、私は魔術構成を賢者君の魂に継承する。
相手の魂に魔術を伝授する。
この時点で私が神と並ぶほどの存在だと気付いたのだろう。
更に使者たちが息を呑んだ。
これぞ必殺!
ご馳走のお礼と一緒にドヤァァァ! のダブルチャンスなのだ!
賢者君はさっそく疲れていそうな弟子に向かい、手を翳し――。
「怠惰なりしも偉大なる御方。大神様の惰眠の癒しを――汝に」
言葉は奇跡となって私の力を引き出し――弟子の身体を優しく包んで眠らせていく。
なるほど。
私のように一瞬で疲労回復とまではいかないが、少ない時間の惰眠で一気に疲労が回復できる奇跡へと術を転化させたのだろう。
私、こうやって、それなりの腕さえあれば誰でも使える――汎用性に優れた魔術や奇跡に落とすのって苦手だから、ちょっと感心してしまう。
ごく一部の強者のみが使える無差別攻撃魔術とかなら教えるのも、開発するのも得意なんだけどね♪
ともあれ。
疲れてもこれで無限に働けるね! と笑う私に、何故かピサロくんは健康的に回復した頬をヒクヒクとさせていた。
そんな皇帝と私のやりとりを見て、ワンコがチョイチョイと私の背を叩く。
空になったイチゴパフェのグラスを魔力で浮かべて、ぐーるぐる。
これ、急かしてるのか。
おー、そうだった。
ドヤチャンスのせいで忘れていたけど。
早くホワイトハウル用に、お代わりを用意して貰わないといけないんだったね。




