黒幕 ~食べ終わった串は、ちゃんとゴミ箱に その2~
魔力を見通せる私の目に映らなかったということは、既に……。
「女子供までも使ったか。魔族だってその辺は遠慮するのに、いい性格しているよ」
さすがに。
良い気分ではない。
そこにあったのは。
戦時中の資料写真を彷彿とさせる、ゴミの様に捨てられた肉の山。
その大半が子供。
これを見て心が冷めたのは、まだ私の中に、何かが残っている証拠なのだろうか。人としての魂の残滓が、まだ私にも……。
分からない。
人を捨てた筈の私ですら思う所があるのに、なぜ人間であるこいつがこんな非道を行える。
私には分からなかった。
「なぜ子供を使った」
「弱いからなあ、簡単に捕まるんだよ!」
「下衆だね」
魔族である私から見てもよほどこいつらの方が魔だ。
まあ私だって五百年の間に何個も国を滅ぼしている。倫理や正義感を語る権利はないと自覚はしているが。それでも気分は悪い。
「本当はここまでするつもりはなかったんだがな! なぜかプロイセンから一時的に魔力が消失し、回復する前に魔法陣が壊れ儀式は失敗。西に協力を仰ぐハメになった! この僕が、頭を下げさせられたんだぞ! 僕にここまでさせたのはあれのせいだ! だいたい、はじめは女子供じゃなくて街に棲み付いた犬を生贄にしようとしたのだけれどね、なぜか部隊が帰ってこなかったのさ。まったく犬一匹掴まえてこれないなんて無能だよねえ!?」
「えーと……犬?」
「そうさ。最近の犬はなぜか妙に魔力を持っているからな。生贄にするには最適なはずだった、なのになのになのに! どうしてくれるよ! ええ!? なんで一匹も捕まらないのさ、おかしいだろ!」
あ……。
……。
あー、ぁ……。
それたぶん街に潜入させてる私直属のモフモフなあの子たちだよね。
そりゃまあ、ちょっとした国なら亡ぼせるぐらいの戦力だし……。犬って敵と認識した相手には容赦ないからなあ。
見なくても分かる。モフモフわんちゃん達がお送りする外道人間解体スプラッターホラーショーだよ、絶対。
しかし。
そのせいで西と東、両方から子供が浚われていたとなると。
もしかして。
これも私のせいだったりするんじゃ……。
魔力の消失も私のせいだし……。
いやいやいやいや、全部人のせいにされても困る。
だいたい人間のくせに魔族を召喚しようとしたこいつが悪い!
そうだ! そうだ!
ぜーんぶ、人間が悪い!
バーカ! バーカ!
でも、いや、やっぱり。
こりゃ、なんとかしてこの生贄達も、出来る限りは回復してやらんと後味悪いぞ、絶対。
んーむ。
しかし、そうなると一度儀式を完成させてやらなければならないか。
生贄の彼らの魂はまだ、この召喚陣と魔術的に繋がりをもったまま漂っている。魔王幹部たる私の力で破壊してしまっては魂を回収することすらできなくなるだろう。
手加減って、ほんとむずかしいね。
「さて、抵抗しないのならこのまま君を殺すけど、まあここまで頑張ったんだ、ダルマ皇子殿下に敬意を表して最後のチャンスを上げるよ」
「チャンスだと」
「君の儀式の完了を待ってあげるって言ってるのさ。人間の扱う召喚儀式がどれほどの練度なのか、興味もあるしね」
「何を生意気な、この僕をだれだ……と……っ」
私の魔力の一部を解放してやる。
術者ならばそれだけで、格の違いは理解できるだろう。
空気が、変わった。
ダルマくんの頬に汗が伝う。
「お前は何者なんだ」
「君に語る名前など無いよ」
名が穢れる。
死を覚悟したのか、
「ふん、まあいいだろう。ナディアの死体がなくてももはや術は発動する。僕だって、僕だってあの化け物さえいなければ英雄だったんだ! 僕自身を捧げれば、いいだけさ! 魔族の中にも色々と種類がいる、人間と近しい存在ならば呼びやすいんだ、人間である僕を捧げれば最強クラスの魔族を呼ぶには問題はないのだからなあ!?」
彼は血を吐き漏らしながら詠唱を始める。
おそらく彼にとっては生涯最後の魔術になるだろう。
「我が名はダルマニア=メローラ=プロイセン。高貴なる血族の者。たとえこの身滅びようとも、汝を呼び出さんと欲す。来たれ最悪最強の大精霊、邪悪なりし最強の魔帝よ!」
膨大な魔力の渦が天を裂いた。
大地そのものが悲鳴を上げるか如く、揺れる。
そして。
それはこの地に顕現した。
目の前にいたのは強大な力を持った闇。
褐色肌に焔を身に纏った野性的ハンサム淑女な精霊の……。
「……って、なんだただの炎帝ジャハルくんちゃんじゃないか」
そう、そこに召喚されたのはあの日会議で私の湯たんぽになっていた精霊族の炎帝だったのである。
こりゃあ召喚失敗したな。たぶん。
まあ生贄の魂は解放されたようだから、こちらとしては問題ないが。
拍子抜けである。
「命を削った召喚だからもっと凄いのがでるかと思ったんだけど、期待して損したよ」
「なんだてめぇ! この偉大なるオレ様に生意気な口を利くとはいい度胸じゃねえか!」
と、ジャハルくん。
私に気付かず吠えてるよ。ははは、なかなか可愛いじゃないか。
なんか胸の辺りがムカムカしてたけど。
ちょっと面白くなってきた。
まあ召喚で発生している魔力を帯びた煙のせいで、私の姿が見えないのだろう。
「あれ、分からないかな? あー、今人間ぽい獣人の姿に擬態しているからか。ほらほら、私だよ私」
「私?」
「そう、私だよ私。わかんないかなあ?」
「オレ様はてめえみたいな糞ふざけた野郎にしりあいなん……て……」
大魔帝の証である王冠をとんとんと指で叩いてやると、ビシっと彼の貌が固まった。
あがががががと口をギャクみたいに開いて。
「ケケケケケケ、ケトスさまぁ!?」
人を化け物を見るみたいな目で睨んで驚愕しつつ、無遠慮に指をさしている。
いい反応だ。
私はにひぃと口角をつり上げる。
「やあ久しぶりだね」
「久しぶりだねぇ。じゃないですよ! アンタがまた勝手に散歩しに行ったっていま魔王軍は大騒ぎになってるんすよ!? なにしてるんすか! こんなところで!」
「潜入捜査さ、まだ何もしていない」
「いやいやいやいやいや、大精霊のオレが召喚されるような大事件の当事者がなにいってやがるんですか!」
「ぷぷぷ、ぷぷ、にゃは、にゃははははは! あーごめん、だめだ、笑いが止まらない。まさか君、人間の召喚士ごときに召喚されちゃうなんて幹部なのにあんまり強くないんだね! 今度私が鍛えてあげようか? ぷふーくにゃはははは!」
「いやいやいやいや、マジで史上最強の精霊なんすけど……?」
駄目だ、笑いのツボに入った。
にゃはははははははと笑い転げる私をジャハルくんはショげた視線でちらり。
「本当に向かうところ敵なしの大精霊で一国を支配して、いや……まあ……しょうがないっすよね」
ジャハルくんはさすがに私と闘う気にはならないのだろう。
召喚契約の代価に血を垂れ流すバカ皇子の肩をぽんと叩き、
「あー、やめとけ、この方を敵にするのは」
その肩を炎の圧力で威圧しながらそう言った。
「いや、え? だってあなた様は……精霊族最強の大精霊で敵味方全てを焼き尽くす地獄の業火を操る炎帝のジャハル陛下の……はずじゃ……」
「あー、その……オレ様は偉大なる炎帝ジャハルだけど」
申し訳なさそうに彼はつづける。
「なんつーかその、あのな兄ちゃん」
「は、はい」
「あれはマジもんの化け物。大魔帝ケトス様。オレはただの最強の大精霊。勝てるわけないっしょ。とっとと謝っとけ、マジで」
「だ、大魔帝ケトスだと!? あああああ、あのああ、ああああの」
人を指さす失礼な男にちょっとだけ腹も立ったが、ジャハルくんが笑わせてくれたのでさほどの怒りにはならない。
まあ。
許す気はないけどね。
たっぷり笑ったら。
その後で。
『たっぷりころしてやろう』
魔力が思わず漏れていた。
遠くで、鳥が一斉に羽ばたいた。逃げるネズミの大群で大地が揺れる。
私が笑い転げる中。
炎帝ジャハルは硬い表情で言った。
「早く謝りな」
その声もまた、硬い。
緊張の声音だ。
そして。
彼は警告した。
「人間世界そのものを破壊されたくねえだろ」
その額。
汗をかくはずのない炎の精霊の肌には、濃い雫が浮かんでいる。
「いや、大魔帝ケトスを使役できれば、僕だってまだ逆転――え、かららがぁ……あ、あ、あぁぁ、ぁぁ……っ」
そうバカ皇子が言った瞬間。
彼の身体は塵一つ残さずに消えた。
「こんなゴミ以下の人間に呼び出される程度じゃ、オレは本当に、まだ……弱いのか」
そう。
今回の事件の黒幕は、自ら呼び出した魔族によってあっけなく消えてしまったのである。




