すばらしきグルメ魔獣の日常 ~増殖する獣達~
事の起こりはなにげない日常の一幕。
西帝国領内に広がっていくグルメ街。
私に人間の価値をアピールする計画と、グルメで惹きつけ帝国との友好関係を築かせる計画。
皇帝ピサロの二つの思惑によって作られた新市街。
メイン通りを少し離れた場所に新設された、通称――いらっしゃいませケトス様、グルメ計画特別区域。
その日当たりの良い場所の一角。
つい最近できたばかりの人気ステーキ店を訪れた日の出来事だった。
風見鶏の旗がトレードマークな看板、黒毛菜牛と呼ばれる草食牛の鉄板焼きがメインのステーキ屋さん。
そのながーい行列に並んでいた私は、肉球あんよを揃えてレンガ道でちょこん。
黒猫モードのまま。
ちゃんと朝から順番待ちをして、ワクワクワク。
尻尾の先をぷるぷるぷる。猫ひげを前に倒して、ウズウズウズ。
いやあ。
私こと大魔帝ケトスは、ただ待っている姿すら可愛いのだから困ってしまう。
何が困るって?
そりゃあ、その気はないのに自慢しているように見えてしまうからね。
謙虚な私としてはちょっと心苦しいのだ。
ただ存在しているだけで美しさをアピールしてしまう!
かわいさを隠せず人類を魅了してしまう!
それはおそらくとてもイケない事なのだ。
美しさは罪ともいうし。
実際、かわいいのだから仕方のない事なのだが。
これが私の業。
可愛く生まれてしまった者の宿命か。
ふっ……なぜ我は美しいのか。
それは魔王様の愛猫だからである!
魔王様に愛されるため、モフモフぶにゃんとこの地に転生してきたのだから!
証明完了だニャ!
あまりにも美し過ぎて。
何か世間様に対して、色々と申し訳なくなってしまう。
あっと、いけないいけない。
自慢しているうちに列が進んじゃった。
とてとてとて。
店内を覗ける窓の位置にまで列が進んだので、ちょっと背伸びをしてビニョーン。
窓に手をかけ。
中をじぃぃぃぃぃ。
にゃっはぁぁぁぁぁぁああああ!
既に入店している客が、柔らかそうな赤身の肉にスゥゥゥっとナイフを通している。
ナイフに沿って垂れたソースが鉄板に触れたのだろう。
じゅじゅ~!
私の魅了魔術よりも強力な誘惑。
猫魔獣の胃袋に効果てきめんな鉄板音が、私のモフ耳を揺すっていた。
切れた身の断面はたっぷりと肉汁が詰まっていそうな赤色。
鉄板の上で、じゅーじゅーと煮詰まった肉汁ソースに絡めてパクリ。
あー、超おいしそう~♪
猫舌が、じゅるりと舌なめずりをしてしまう。
おっといけない、また列が進んだ。
人気店の醍醐味である順番待ちも、たまにならば悪くない、と。
店内から漂ってくる素敵に焼けるお肉の音。
そして溶けた脂の香りに、猫のお鼻をスンスンと動かしている――その時だった。
こういう人気店には、素行の悪そうな冒険者もたまに来るもので。
なんか無駄に偉そうな貌をした人間たちが数人、こちらを見ながらわざと大きな声でガヤガヤガヤ。
むろん、私はものすごい不機嫌な顔で睨み返していた。
「お、雑魚そうな猫魔獣が先頭付近にいるじゃねえか。なあ、あいつをぶっ倒して、あそこに並ぼうぜぇ」
いかにもバカですよとアピールしてくるんだから。
んーむ。
人間て今、けっこう暇なのかな?
まあ、大いなる光の騒動もひとまず落ち着いた。
一時期、堕ちていた下界の聖職者たちも改心している。
ついでにいうなら、勇者の関係者も比較的おとなしくなっているからね。この世界は平穏な時期になっているのだろう。
「お、おい。バカ! 知らねえのか、あれがグルメ魔獣だったらまずいって」
「グルメ魔獣? なんだぁ、そりゃ」
「一見するとただの猫魔獣で。鑑定してもやっぱりレベル一桁の猫魔獣で、でも、実際はやべえ強さだっていう大食い猫だよ」
「いいからいいから、オレっち、ギルドでも疾風の刃って二つ名があるくらい有名でぇ……うばぶっ!」
列に割り込もうとしてきた無礼者を絶遠の大砂塵で、世界の果てまでふき飛ばす――。
そんな朝のひと時。
いつもの、何気ない日常を送っていたのだが。
なにやらグルメ巡りをしている私は、そこそこ有名になっているようで。
周囲が私に気付き、騒然としはじめる。
ちらほらと、順番待ちをしている人間達から声が上がっていた。
「なあ、あれってまさか伝説のグルメ魔獣様じゃないか?」
「ええ!? グルメを極めるために百年の封印から目覚めたっていう、あのグルメ魔獣?」
「ああ、間違いない。オレ、あんな感じのデ……大きな猫魔獣が首都の五つ星レストランのメニューを完食してるのを見たことあるし」
「うっそー、ラッキー! グルメ魔獣様を見た人は幸福になるって言われてるんでしょ!?」
「そうそう。でも俺の聞いた話だと、グルメ魔獣様って魔力遮断のサングラスをかけたニワトリだって噂だったんだけど」
「あれ? あたしはまるで神の使いのように神々しい、白銀の毛並みの魔狼だって聞いたわよ?」
「へぇー、グルメ魔獣にも色々種類がいるんだな。とりあえず、俺、拝んどくわ」
「あー、あたしもー!」
そんな、うわさ話にモフ耳をピクピクとさせて。
ドヤァァァァ!
いやあ、分かる人には分かるんだねこの私の偉大さが。
あとで炎帝ジャハルくんに自慢しよ♪
そんなこんなで。
ちゃんと私を拝んだ人間達には、最上位の祝福をこっそりとかけ。
拝まれたついでに御布施として貰った携帯マンゴージュースを、じゅじゅじゅ。
平和っていいよねえ~。
店の列にちゃーんと並んだえらーい大魔帝こと、私、ケトスの入店順がやっと来て。
いざ、出陣!
さあ、全部食いつくすぞ!
と。
店の扉に魔力で伸ばした見えざるハンドを掛けたその時だった。
それは――突然やってきた。
ブオブオ、ズブォォォン――ッ!
突如。
けたたましい音と共に、帝国の空が割れた。
裂かれた次元から――いびつな何かが、這いずり落ちてきたのである。