エピローグ ~大魔帝ケトス・神獣ホワイトハウル~ 後日談編1/2
勇者への愛ゆえに狂った女、ダイアナ。
善悪の境界を失ってしまった哀れな女を滅ぼしたあの日から、既に数日が経っていた。
主神が計画した今回の事件。
側近であるホワイトハウルにさえ内緒で一人セッティングした神話級ダンジョンの攻略。大いなる光弱体化解除作戦も、もちろん終了している。
史上初の未知の領域。
神話級ダンジョンの攻略は無事、制覇という形で完了したのである。
まあ……元から神のマッチポンプだったのだから、無事という言葉を使うと語弊があるかもしれないが。
ともあれ、多々あった問題も解決した。
神の計画通り、大いなる光の弱体化は徐々に解除されつつある。
原因となっていた神族の腐敗と、勇者の関係者ダイアナの数多くの暗躍。
二つの問題を一手で解決した今回の作戦は、大いなる光にとっては大成功! と、言った所なのだろうが――。
巻き込まれた私としては、ちょっと複雑である。
まあ、大いなる光も知らないところで得るモノも得たから、悪いだけではないんだけどね。
一つは、むろん情報だ。
三つに別たれた勇者の欠片――それを受け継いだ三人それぞれの力の詳細。
場所は分からないが、やはり彼らは実在しているのだ。
それを事前に知ることが出来たのは、何かとありがたい。
勇者の情報は、私にとってはけっこう大事だからね。
せっかく魔王様が目覚めた後に、まーたやってこられても困るし。
そしてもう一つは――にゃっふっふ!
消えぬままに残った勇者の剣。
伝説の剣である!
なんでこれがここにあるかって?
そんなの簡単だ。
だって、あのままにしてたら誰かに持っていかれて悪用されちゃうかもしれないからね?
それに、だ。
あれは選ばれし者しか引き抜けない剣。
権利無き者が握ったら、その時点でアウト!
どんな正当な理由があろうとも、どれほど複雑な幻影魔術を用いても剣は相手を見抜く。
そして裁きを下すのだ。
魂は焦がされ、再生不能なほどのダメージを受けてしまうのである。
それってとっても危ないよね?
だったら私が持ち帰って、有効活用してやろう♪
散歩の時に邪魔になる山とか川とかを削って、場所をズラしたりする時に使えるかもしれないしね!
という事になったのだ。
しかし疑問が一つある。
これは、彼女の記憶の中から取り出した剣だ。
彼女という存在が消えてしまえば、現世に再臨したとしても消えてしまう筈だったのだが――。
なぜか、残っちゃったんだよね。
それほどに彼女の心の中にいた勇者が鮮明だったから、なのかもしれないが。
私は別の可能性も考えていた。
もしかしたら。
仮説に過ぎない話だが……勇者の適性を持った存在が既に、この世界に顕現しているのかもしれない。
持ち主がいるから、この剣は世界に留まっている。
そう考えられなくもないのだ。
剣は自分の主、つまり勇者を求めている。
その性質を逆に利用すれば、勇者発見器の役割を果たしてくれる可能性が高い。
使用できさえすれば、その者が次の勇者候補なのだ。
まあ……。
装備に失敗すると死んじゃうんだけどね!
ある意味即死アイテムとしては売れるかもしれない。
まじめな話。
新勇者を発見したら魔王軍に勧誘しないといけないし。
持っていて損はないだろう。
新勇者候補の周囲に、例の三つの欠片の所持者が寄ってくる可能性も高い。
力は惹かれ合うモノだからね。
いつか、時が流れたら――。
次の勇者候補がこの剣を授かりに訪れる日がくるのかもしれない。
ほら、よくあるじゃん?
勇者の剣を守っている伝説の魔獣とか魔竜の話ってさ。
あれをやってみるのも悪くない!
よく考えたら。
ラスボス一歩手前の側近ポジの大ボスが、勇者の剣を既に確保し隠しているなんて――この世界を攻略するのって、かなり無理ゲーになりつつあるんじゃないかな?
ともあれ。
この伝説の剣に関しては全て、私が情報を握っている――。
側近ともいえるサバスとジャハル君にも黙ったままなのだ。
別に……そのぅ。
怒られるからとか、まーたそんな物騒なもんを回収してきて、何考えてるんすか! と言われたくないとか。アイスの量を減らされるかもしれないとか。
そういう心の小さい理由ではない。
実は――うん……。
ちょっと試しに使ってみたら……この剣。
次元、裂いちゃったんだよね。
妙に手に馴染んで、勝手に形状を猫の爪型に変化させて。
別世界との狭間の空間、簡単に切っちゃったんだよね。
大至急応援に呼んだ黒マナティと一緒に、大急ぎで修復と隠蔽工作をしたからバレていないが、実はバレたらちょっとまずいのだ。
まあ。
切り札というモノは身内にすら内緒にしてこそ、活きるというモノなのである!
はい、この話はこれで終わり!
じゃあ次に、今から何をしようとしているかというと、これも既に決まっていた。
協力した報酬に天界グルメをご馳走して貰う! 予定ではあるのだが、その前に。
為すべきことを為すため。
大魔帝たる私はいつもの黒猫の姿のまま、巨大な魔狼モードで空を駆けるホワイトハウルの頭の上にちょこんと乗って――とある場所へと向かっていたのである。
ダンジョンから抜け出した後。
迷惑を掛けられた私は大いなる光と交渉し、少しの間ホワイトハウルを借りることにしたのである。
ワンコこと、この魔狼をあの神は気に入っていたし。
そんなに簡単に連れ出すことはできないとも思ったのだが――案外、すんなり連れ出すことはできてしまった。
神曰く。
この百年、ホワイトハウルは働き過ぎだし、少し息抜きをさせてあげたいとのこと。
おそらくだが。
今回の事件に私を巻き込んだ理由の一つもそれだ。上司や部下の間で板挟みになっている彼に、気晴らしをさせてあげたいという感情もあったのだろう。
このワンコ。
私といる時は気を緩めっぱなしだけど、基本厳格で公明正大。
ストレスをためやすいタイプみたいだしね。
それにだ。
ある日、大いなる光は見てしまったそうなのだ。
ストレスで頭をプスプスとショートさせ、火照った頭を冷やそうとアイスを馬鹿食いしていたワンコの姿を。
その時は大して気にしていなかったらしいのだが、そのまた翌日。
仕事から帰還したホワイトハウルは――挨拶もなしで自室に籠り。魔狼モードで、自分の足を噛んでガジガジガジ――。
しばらく経って、ガルルルルゥゥと唸りを上げて――また、ガージガジガジ。
そんなストレス犬となったホワイトハウルは、その日の夜中に脱走。
次元の門を抉じ開けて異世界に突進。
見知らぬ大地にワンコ足をかけ、ザッザッザ!
大陸を抉る程に穴を掘り、貫通した地の底に更なる穴を掘り進め。
ガージガジガジガジ!
暴れて、唸って――飛び跳ねて。
普段は厳格でキリっとした細長い貌を、自分で掘った穴に突っ込んで。
主もあいつらも、もうちょっとしっかりしてよ、もー! 我、もう疲れたのだぞ! と。
大穴に向かって叫んでいる現場を目撃してしまったことがあるらしい。
翌日は何事もなかったように、キリっといつもの悠然とした姿で、暴走する部下を嗜めていたそうだが。
さしもの、主神もちょっと反省していたらしい。
そこで、こう考えたそうなのだ。
『ワンコのストレス解消にニャンコと遊ばせてあげよう!』
――と。
更に続けて神はこう考えた。
『うん、これって超イイアイディアじゃない?!
じゃあついでに腐っちゃった部下を綺麗にするか、処分するかしてぇ、ついでに不穏分子を炙り出して消しちゃいましょう! 百年ぶりにお掃除しなきゃ! うん、これってとってもイイ感じ!
なんかあったらニャンコに全部解決させればいいし~、ホワイトハウルの話だとなんだかんだで面倒見が良いって話だし、あは!
使えそうなら眷族にしちゃえばいいじゃない!
もう、やっぱり神ったら天才! 最高にあったまいい!
さーて、じゃあおバカになっちゃった部下を選定するための試練とか作っちゃおう!
みんな引っかかってくれるかな?
落ちちゃったら処分!
あー……でも、そういうのは、ウチのワンコ悲しんじゃうかなあ。まあちょっとは、可哀そうだから、悪いことしていない子だけはちゃんと追放という形で地上に落とせばいっか。
悪い事をしてた子はワンコのガオーっで処分すればいいのよね!
ま、試練を突破した子にはご褒美ぐらいはつけておこうかしら。
もしそのままなんか事故って滅んじゃったら仕方ないわよね、だってこれ、神様からの試練なんだから♪
ウチのワンコだけ無事だったらそれで良し!』
――と。
そんな安易な考えからこの計画が決められたと知っているのは私と、神本人のみ。
ワンコレンタルのついでにその話を聞いたのだが――。
この私が、猫口をあーんぐりとあけて、唖然としてしまったほど。
あの神。
うん、ダメだった。
なんか精神構造が人間とも動物とも違って超越している存在だった。
文字通り、思考の次元が違うのである。
そのダンジョンの方もちゃんと罠が発動したのは第一領域だけ。
さしもの神にも読めない事はあったらしく。
ワンコとニャンコが力を合わせて、全部ぶっ壊して強引に進むのは想定外だったらしい。
むろん、罠や試練を乗っ取られるとは思っていなかったようだ。
けっこう、悔しがっていて笑えたが。
問題はその後。
大いなる光、あの腐れ主神さあ。
あのダンジョンが生まれた経緯を、改心した神の眷属達にド直球で伝えようとしていたのである――。
ワンコをニャンコと遊ばせるための場所だとね。
むろん、この私が止めた。
そりゃもう、全力で止めた。
んなことされたら、全てが振出しに戻る。
せっかく回復しかけている神への信仰度とか、信頼とか。そういうのが一気に崩れてしまうのは分かり切っていた。
あのダンジョンが作られた目的を知った眷属達は、神を再び尊敬しだしていたのだ。
腐ってしまった自分たちを切り捨てる前に、チャンスを与えてくれた。
神は驕っていた我らをまだ見捨てていなかったのだと。
そう都合よく、勘違いしていたのである。
実際はまあ……。
ワンコをニャンコと遊ばせるついで――だったのだ。
それをあのバカ神。
演説でぶっちゃけようとしてたんだよ、うん。
清楚な貌で。
神々しい神のオーラを出しながら、貴方達はウチの可愛いワンコの散歩ついでに助かったのですよ――と。
いやあ、マジで暇つぶしに神の演説、盗み聞きしてて良かったわ。
不穏な空気を察した私は全速力で天に上り。
光に向かって闇のつぶてを飛ばしまくり、ブワっと膨らんだ猫毛を逆立てシャーシャー唸って、なんとか止めたのだ。
まあ。
魔王城から猛ダッシュで天界に駆け上がり、主神にドロップキックを決めた私に、さすがのホワイトハウルも驚いていたが。
勘違いで眷属達の信仰も回復してたんだから、利用するべきなのである。
それなのに、何も気にせず打ち明けようとするのだから――大いなる光って、本当にダメダメなんだと思う……。
まあ、ダメダメなくせに力だけは本物だし。
今回もなんだかんだで全ての計画を成し遂げたし、凄い存在なのは間違いないのだろうが。
正直、どうなんだろうね……あれが主神って。
無責任で気分屋で、それなのに力だけは本物って最悪だよね……。
無駄にカリスマがあるから大抵の者は騙されてるし。
あのダメダメな本性を知っているのは私とホワイトハウルぐらいなんじゃないかな?
この世界。
あの大いなる光の気まぐれ次第で、いつ、崩れてしまうか分からないのかもしれない……。
ま、ホワイトハウルには申し訳ないが。
アレが上司じゃなくて本当に良かったと思ってしまう。
私には魔王様っていう、素敵なご主人様がいるからね!
そういえば、ふと思ったのだが。
人々の神への信仰が落ち始めたのは百年前の戦争後。
女神の末裔ダイアナを天に召し上げた、それが理由の一つの筈。
けれど、私はもう一つ。
あくまでも可能性の話だが、ネコの直感が働いていた。
ホワイトハウルを天に招き入れたのも、ちょうど百年ほど前になる。
そして、あの大いなる光。
ワンコを超がつくほどに溺愛している。
周りが見えなくなってしまうほどにだ。
つまり、何が言いたいかって言うと……。
あのバカ主神。
ホワイトハウルばかりに目が行って、人間たちを見る時間を減らしてしまったのではないか――と。
ようするに。
愛犬に入れ込み過ぎて、仕事……サボっていたんじゃなかろうかと。
そんな感想が、私のネコ眉に深い皺を刻んでいるのである。
答えは分からないが――しばらくホワイトハウルは魔王城に出入りをする。
ワンコばかりではなく、神も他に目を向けてくれるようになるだろう。
と、思いたい。
まあそんなわけで、話は戻るが。
今、私は――私の目的のためと。
魔狼のストレス発散を兼ねて、空を駆けていた。
行く先は――憎悪渦巻く生き贄の祭壇。
そう。
女神の末裔ダイアナが残していった置き土産を、私が拭って回っているのである。




