黒幕 ~食べ終わった串は、ちゃんとゴミ箱に その1~
魔剣を装備した聖騎士が率いるオーク軍。
そして隙を窺い東の王国プロイセンに攻めるはずだった西帝国。
二つの勢力。
小規模であったが戦争が始まった。
結果から言ってしまえば、こちらの圧勝だった。
そりゃまあ私が支援魔法で強化したオーク軍だ、人間ごときじゃ傷をつけるのもそれなりの腕が要求されるはずだ。
ただ。
なんつーか。
今回の主役はと言うと……。
どこからどうみても暗黒騎士と化した皇女の騎士アーノルドくんだった。
あの剣、ちょっと普通じゃないな。
鼓舞のスキルもなんか禍々しいオーラを放ってすんげえ支援ってるし。
あ、斬り殺した相手の魂を吸収してる……あれじゃ転生とか蘇生もできんぞ。
なんか剣撃でビームとか飛ばしてるけど……使用者本人の生命力を吸ってるとかそういうデメリット作用もないみたいだし……。
これ人間が使って大丈夫なヤツなんだろうか。
……。
まあ、いいか。
オークは古くから魔王様に従う亜人類タイプの魔族。力こそが全てな脳筋だ。人間であるアーノルド君でもあれほどの力があれば問題ない、素直に従っている。
オーク軍の方も人間の軍隊統率鼓舞スキルの影響を初めて受けて嬉しいのか、めっちゃ叫んでるし、強くなってるな。今度うちでも取り入れるか。
あ、騎士君。
オークに兄さんってよばれてやんの、ぷーくすくすくす。
ていうか。
オーク軍が逆らったり、全滅しそうになっちゃったらさすがに不味いし。ピンチになったら颯爽と登場してやろうと思っていたのに、出番がない!
私は名乗りたいのだ!
魔王様からいただいたケトスという名を自慢したいのだ!
さて。
ここは任せても安心そうだし、私は私の仕事をしよう。
そう。
どうしても、やっておかないといけないことがある。
それは、私の使命。
空をふよふよと飛びながら、きょろきょろ。
「ケトスさま? どうかなさったのですか?」
残党を探し追うアーノルドくんに向かい私は言った。
「ちょっと席を外すから、後は頼むよ」
「構いませんが、伏兵ですか?」
「いや……それは大丈夫。ただ、私は君たちとは別にやるべき事があるからね」
「一体それは」
「内緒だよ。これは私にしかできないんだ」
少し本気の声を出してやる。
大事な用事でもあるが、妙な正義感に駆られた彼についてこられても不味い。これはできるだけ一人で……片付けるべきなのだ。
あまりにも私が真に迫っていたからか。
アーノルドがごくりと息を呑む。
「ああ、心配ない。私にかかれば全て片付ける事も不可能じゃない筈だ」
「ケトス様が苦戦する相手……っ、分かりました。ご武運を」
「じゃあ行ってくるよ。オークたちを頼んだ。彼らは強き戦士は人間であったとしても仲間と認める、心配はない」
「はい、お任せください。彼らはワタクシの仲間です!」
がっつりとオーク達と腕を組んでるし。
オーク達もリーダーである騎士君をがっつり守るように囲んでいる。
んー、なんかこれ、ごにゃごにゃムービーの本番前インタビューみたいに見えるけど。まあそうなったらそれはそれで笑えるから、いいか。
私は騎士とオークに見送られ。
私だけの戦場へと足を向けた。
まあ、一瞬で転移するんですけどね。
私がいたのは敵の陣地のど真ん中。巨大なテント。暗黒に包まれた木箱の中。
闇に潜み。
牙を尖らせ、爪で革を穿つ。
シャシャシャシャ!
身体を突っ込んで、しっぽだけを外に出してフリフリ。
ガサガサゴソゴソ。
肉球で干し肉やら乾燥フルーツをとりだして、むしゃむしゃバクバク。
野営地の食糧倉庫を漁っていたのだ。
そう!
接収というやつである!
保存食ということであまり期待はしていなかったのだが。これがまたなかなかどうして悪くない。程よい塩分がじゅわーーーーっと口の中に広がる。
西のバラン帝国。海産物が名物ということもあり保存技術が発展していたのだろう。
「げははははは! 我の腹にかかればこれほどの量など容易いわ!」
おー、にぼしだ! 乾燥した柿まである!
にゃふふふふふ、人間にしてはやるではないか。
まずは五箱。完食。
まあこれでアーノルドくんが失敗したとしても、西帝国は軍を引かざるを得ない筈だ。
けして私利私欲のために暴飲暴食をしているわけではない!
本当だぞ!?
喉がごろごろと鳴ってしまう。
ぐびぐびぐびとワインを一気に飲み干していると。声が聞こえてきた。
「西が押されているだと!? あれほどお膳立てしてやったっていうのに、一体、どういうことだ!」
場所は……隣の大きなテントか。なんか魔術結界で存在を隠匿しているようだが。こんな結界スライスハムより薄くてなんちゃらだ。
てい、と念じるだけですぐに隠匿を打ち破り現実世界へと接続完了。
にゃはははは人間て魔力よわ。
そこにいたのは。
「ふむ……」
プロイセン王国の第一皇子。
なんかエルフの姉ちゃん侍らせて怪しげな儀式を行っていた、ナディア皇女の腹違いの兄である。
空気が薄すぎて忘れかけてたが、こいつ敵国と内通していたのか。
名前は……会議の時の書類にあった気がするが……まあバカ皇子でいいか。
「ええーーい、ナディアはまだ見つからんのか!」
そりゃまあ私の暗黒空間に隔離してるし、みつからんて。
「どいつもこいつも僕をバカにしやがって! あいつがいないと最高の召喚儀式ができないってわかっているだろ! どうせ魔族への生贄にするんだ、死んでたって構わない! どうしてすぐに連れてこない!」
なるほど、あの確定券ヤキトリ姫を生贄に強力な魔族を召喚……か。
たしかに彼女なら……まあ強い魔族を呼べるはずだ。
しかし。まあ。そんなことを企んでいたとは。
月並みなやつである。
まあこれで少し納得もいった。何故あの時、ヤキトリ姫は私に生贄などと言ったのか。
普通なら浮かばないことである。
少し疑問だったが……既に知っていたのだろう、兄が自分を生贄にしようとしていることを。
彼女はどんな心境でその事実を受け止めたのだろう。
絶望し。
世界を呪ったのだろうか。
自分を呪ってしまうほどに心を痛めたのだろうか。
なんかムカつくし。
絶望させてから殺しちゃうか。
「生贄はいっぱい集めたんだ、あとはあいつの死体さえあれば儀式は完成する。史上最強の魔族を召喚できる! そいつを利用して帝国も王国も全部僕のモノにしてやる、この僕こそが世界の覇者だとようやくバカどもに教えてやることができるんだ。なのに、なのに、なのにぃぃぃ! どうしてナディアはいない!」
部下のエルフに当たり散らして酒を投げつけている。
こりゃ駄目だ。
色々と倫理的にやばい魔術つかいまくってるな。コレ。
私は術に囚われていたエルフ達を別の空間に転移させながら、格好よく言ってやった。
「最強の魔族、ねえ」
「誰だ!」
右をみて左を見て。
「どこにいる卑怯者! この僕を誰だと思っている、次代の覇者、ダルマニア=メローラ=プロイセンだぞ!」
「そういえばそんな名前だったか。ダルマくんね、はいはい覚えた覚えた。すぐ忘れてしまうけれどね」
おーい、こっちだ。こっち。
ちゃんと下をみろぉ!
「猫?」
「そう、君たちがいうところの魔族さ」
ズモモモモモと煙と魔力を発生させて人型になってやる。
猫の姿の方が何十倍も強いのだが、まあこういう演出って重要だよね。
「ナディア姫を探しても無駄だよ、私がちゃんと保護してある」
「あの女、聖女面していたくせに魔族と契約していやがったのか! とんだ売女じゃないか、王族の恥さらしめ!」
「魔族召喚儀式の最中の君が、それを言うか」
なんか関わり合いになりたくないタイプだなぁ……。
「僕の部下たちはどうした!?」
「洗脳魔術を解いてエルフの森に帰しておいたさ。駄目だよ、レンタル品はちゃんと大事にしないと」
「な……っ、なぜ洗脳魔術に気付かれただと!?」
「魔族を舐めて貰っては困る。本来そういう邪術は私たちの領分なんだからさ」
にやりと闇の中で魔族スマイル。
ふっ、完璧すぎる自分が怖い。
「洗脳魔術をうちやぶり転移まで可能な魔族、か……なぁ、おまえ、僕と契約しないか?」
阿呆なことを言ってきた。
「残念だけど、私は彼女の騎士から既に報酬をいただいている。それも、かなりの報酬をね。私は提示し、彼は身を削りそれに応じた。その分はしっかりと働かせてもらうよ」
タレのヤキトリ串の味を思い出した私は、思わず。
じゅるりと舌なめずり。
「騎士。アーノルドか……っ、あの聖騎士野郎さまはどうしたんだ!」
「さあね、今の彼は既に聖騎士ではない。彼は私と契約をした。今頃は魔に落ちて血の海の中にいるんじゃないかな」
たぶん聖騎士であることを隠した魔剣で、帝国の軍隊をばったばったと切り払っているだろう。
「なるほど……ああ、そうか! なるほどねえ!? どれほどの対価を支払ったか知らないが、ヤツは聖騎士の誇りすらも捨てナディアにささげたって言うのか! この僕ではなく、あいつに! あんな小娘に!」
「妹に嫉妬だなんて、君は心が狭いんだね」
「ああ、気に入らない、気に入らないよ!? あいつら、あいつら、あいつらぁぁぁ! あいつら両方とも、生贄にする前に犯してやる、両方交互に、目の前で、辱め、尊厳を踏みにじって、ぐじゃぐじゃの糞奴隷にしてやる!」
うわぁ、変態だ。
こんなんが王族だなんて。
おわってるなあ、人間。
魔族的には滅んじゃってもいいんじゃないかな、と思う。
いや、まあ肉まんとか開発して貰わないと困るし、それもアレだけど。
ともあれ。
目の前のコレはとっとと消しちゃってもいいけど、ま、その前に。
少しシリアスをしなければならないだろう。
私はテントの床に広がる五重の魔法陣に目をやった。
「ところで、この召喚陣を作る時に使った生贄はどうしたんだい」
「ああ、そこに転がっているだろう」
言われて目をやった私は。
静かに瞳を閉じた。




