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我こそは黒猫ケトス ~ドヤの果てに~



 ドドドド、ドヤァァァァァァ!

 皆の視線を一身に受けて、我は再びこの地に降臨した!


『我こそが大魔帝ケトス。今から君を滅する者の名さ』


 超イケてる素敵おじ様からの華麗なる変身。

 皆は言葉を失い、私の美しい獣毛に目を奪われている。

 私のプレッシャーに気圧されて、誰一人動けずにいるのもなかなかに高ポイント。

 やっぱりラスボスっぽい登場はこうじゃなくっちゃ。

 私も少しは魔王様に近づけたかな?


 いやあ、やっぱり正体明かしって気持ちいいねえ!

 今回はちょっと強くなっていたカトレイヤ君のおかげで、スムーズだったのもでかい!

 私の偉大な能力の数々に全然気づかれず、そのままドヤタイムが終わるという事も無かったからね。

 ちゃんと私の動きを追って、毎回驚いてくれるんだもん。

 本当に気分が良かった!

 これだからドヤは止められない。


 ぶにゃーっはっはっは!

 と、心の中でひとしきり笑って――ふと賢い私は考える。


 さて、これから何するんだったっけ?

 ……。

 あれ、

 なんかドヤったら満足しちゃって他の事を忘れちゃった。


 どうしよう。

 皆、私がどう動くかわからず動けないでいるのだろう。

 一挙手一投足を、固唾を呑んで見守っちゃってるし。

 ライオンとかクマと遭遇すると、こういう反応になっちゃいそうだよね。

 ニャハハハハ!

 ……。

 しぺしぺしぺと毛繕い。

 あー、やっぱり元の猫の姿って最高だな。

 くわぁぁぁぁっと欠伸をして、口をむちゅむちゅ。


 は! そうだ!


 とりあえず。大魔帝としての偉大さをもっとアピールするべきだろう。

 肉球でポンポンと空を叩き。

 十重の魔法陣で空間を閉じ曲げて――と。

 私はいつもの亜空間。

 暗黒ネコちゃん倉庫に上半身を突っ込んで、モファー! と、モフ毛の膨らむ素敵シッポをフリフリフリ。


『あー、ちょっと待ってねえ。いまもうちょっと格好よくなるから。えーと、亜空間から玉座を……あっれー、どこにしまったかな。ここでもない、こっちでもない……あー、あったあった』


 亜空間から空飛ぶ玉座を取り出し、ヨイショと乗って踏ん反り返り。

 紅蓮のマントを装備して、頭には王冠を。

 愛らしいニャハニャハお手々には猫目石の魔杖を握って、ドヤァァァァァ!

 魔王様から賜った、大魔帝セットである!


『やあ、待たせたね。って、そろそろ誰か喋ってくれてもいいんだけど。どうかしたのかい? おーい、聞いてるのかな? かわいい猫ちゃんの登場なんだけどー? 私、満を持して登場なんだけどー!』


 玉座の上から周囲を見渡し、チーズスティックをがじがじしながら瞳を細める。

 強者の笑みというヤツである。

 この空間にいるのは、私を呆然と眺める女神の末裔ダイアナ。

 私の試練を合格しレベルアップ、ドヤに協力してくれた聖女騎士カトレイヤとその仲間たち。そして彼女を守る聖騎士猫たち――か。

 あれ、猫たちはともかく他の何人かはなんか、潰れかけてるな。

 なんだろう。まあいいや。

 まずは聖騎士にゃんこに目線を向けて、肩肘をついて私は言う。


聖騎士猫パニャディンたちもご苦労だったね、ありがとう。君たちのおかげで無駄な殺生をせずに済んだよ』

「はは、勿体にゃき御言葉。本日は御目通りが叶い、恐悦至極に存じます」


 おー、この子たちはちゃんと喋れるんだ。

 うむ、ちゃんと私を敬っていて大変宜しい。

 いやあ、なんか他の人たち固まっちゃってるし。

 実は沈黙魔術でもかかってるんじゃないかって、ちょっと心配だったんだよね。

 えーと次は――。


 あれ、なんか聖女騎士カトレイヤくん。

 やっぱり目を点にしちゃって固まってるな。

 あまりの事態に思考が動かない、と言った感じで口をあんぐりと開けている。

 ちょっと間抜けな貌かも。

 んー? でもこの娘、私の正体に気付いてたよね?

 おもいっきし大魔帝ケトスって心の中で驚愕してたよね?

 なにを今更驚くことがあるんだろうか。


 考えられることは――。

 ……。

 そうか。

 ふっと悟った私は微笑を零し、イケニャン顔を作ってやる。


 大魔帝ケトスたる私の本性があまりにも美しく、スラっとキリっとしたイケてる黒猫だから驚いているのかな。

 あんぐりと開いた口から洩れる、まさか黒猫様、という声も。

 ちょっと変わっているが、感嘆の息というヤツなのだろう。


 なるほどね。

 私は全てを理解して、無言のまま彼女に頷く。

 可愛すぎてごめんね、と。


 私の頷きを肯定と見たか。

 聖女はまるで命の恩人に礼を捧げるような顔で、跪いて頭を下げ始めた。

 その貌は紅く染まっている。

 噛み締める唇も歓喜に震えている。

 感激のあまりに泣きそうといった貌である。

 そんなに猫が好きなのかな?

 にゃふふふ、やはり美しさは罪なのである。


『さて、次は――』


 彼女以外の取り巻きは……あれ、土下座……とは違うか。

 なんか、地面に押し付けられてるし……。

 女神の末裔とかいう勇者の関係者ダイアナも片膝をついて、折れた槍に掴まって、ブルブルと筋肉と魔力をフル稼働でぶら下がっている。

 ちょっと、見てて面白いかも。

 うはははは、頑張って立とうとしてるし。

 超うけるんですけど~。

 天才錬金術師ファリアルくんが用意してくれた苺ミルクの紙パックジュースをストローで吸いながら、チュー♪ じゅるじゅる~、べっこんべっこん……。


 玉座の上で足をピョコピョコしながら私は問う。


『ねえねえ、パニャディン。この子たち、どうしたんだい? せっかく私が来てあげたのに、なんか潰れたカエルみたいになってるんだけど』

「畏れながらケトス様。この者たちは脆弱過ぎて、貴方様の魔力に耐えられにゃいのでありましょう」


 聖騎士猫たちはそう告げて。

 床に崩れる神の眷属と、槍に掴まる槍戦士ダイアナを横目でちらり。


 頭の上にビックリマークを浮かべた私は、あっと声を上げてしまう。


『あー、しまった。ちょっと獣人モードの時間が長すぎて調整できなくなってるのかな』


 そういや聖者ケトスの書の入手と、ホワイトハウルの精神修行でまた強大になっちゃってるんだっけ、私。


『えーと、そんなに魔力でちゃってる?』

「はい、おそらくは――人間達が尺度に使う言葉に当て嵌めますと。レベル100を超えるモノでにゃーと、言葉を発することはおろか、まともに立っていられないのでしょうにゃ」


 なるほど、レベル差による強制状態異常なのかな。

 自由意思で動けるカトレイヤくんはレベル100を超えていて。

 槍を掴んで崩れないようにするのがやっとのダイアナくんは超えていなくて、取り巻きくん達はもっと下のレベルになるのか。

 私はじぃぃぃっと彼らを眺める。

 んーむ。

 正直ほとんど誤差、全員同じくらいにしか見えないんだけど……。


『えー。レベル100とか言われても、私、人間たちの使う基準ってぜんぜん分からないんだよねえ。君達、聖騎士猫のレベルはどれくらいになるの?』

「我等で300ぐらいになりますにゃ」


 どうしよう。

 そう言われてもさっぱり分からん。

 なんか300と聞いた聖女騎士カトレイヤくんが、結構マジな貌をして頬に汗を流してるけど。

 とりあえず会話ができるくらいには調節するか。

 魔力を抑えながら、足をピョコピョコ、イチゴミルクの紙パックをベッコンベッコン。


『ふむ、じゃあ君達ぐらいの魔力放出に抑えれば――っと、これで大丈夫かな』


 魔力によるプレッシャーが軽減したからか、女神の末裔ダイアナと取り巻き達がようやく荒い呼吸で肩を上下させ始める。

 危ない、危ない。

 もう少しで窒息死させるところだった。

 まあ、この人たちは神族。取り込んでるのは酸素じゃなくて魔力とかなんだろうけど。


『いやあ、それにしてもだ――人間たちと会う前に重圧を確認できてよかったよ。君達は人間よりちょっと丈夫だったみたいだから滅びなかったけれど、これ、普通の人間だったら死んじゃってたよね。感謝してあげるよ。だからせめて片膝をつけられるレベルまで、君達に加護を付与してあげようじゃないか!』


 ビシっとカッコウイイポーズで魔杖を翳して、私はドヤり。

 ピカーっと。

 虹色で神聖な、猫神の波動が頭上に輝く。


『我はケトス。怠惰なりしも偉大なる者。汝らに経験の恩寵を授けよう』


 浮かべた聖者ケトスの書をパラパラパラとイイ感じに捲る。

 魔力で勝手にページが動く、私好みの演出である。

 玉座の周囲。

 私を取り囲むように広がる魔力波動が渦となって舞い上がる。

 神と魔。

 二つの属性を合わせた新たな祝福である。


 きっと。

 彼女たちの視線には、並々ならぬ魔力波動を放つ、神秘的で美しい黒猫が見えているだろう。

 魔王様から賜った超カッコウイイ大魔帝セットを装備した我である。


 咳込む取り巻き達の精神に接続して、神としての神聖な魔力を注いで肉球をペチリ。

 パンパカパンパンパーン♪

 と、謎のファンファーレがこだまする。

 これで最低限のレベルまでは上昇しただろう。

 ダイアナくん以上、カトレイヤくん未満なレベル調整である。

 少なくとも呼吸ができずに押しつぶされて死ぬ、ということはなくなったはずだ。


 そんな私の大奇跡を目にして。

 聖騎士猫のリーダーっぽい騎士が、呼吸を整え始める取り巻き達を横目にネコ髯を揺らす。


「かような脆弱なる者どもに、経験の恩寵をお授けになって宜しいのですか?」

『この子たちはダイアナくんに敵わないと知っていたのに私を助けるために動こうとした。この私をだよ? 彼女たち神族にとっての魔族なんて……どちらかといえば敵なのに、自らの死を覚悟してでも助けようとしたわけさ』


 プライドの塊だった彼等にしてみれば、それは大きな進歩だったといえるだろう。

 この迷宮で得た、成長だ。

 おそらく、大いなる光の望んでいた信仰を取り戻すための第一歩。

 それに、大いなる光のやつ。どうやらさっきのやり取りを観察してたみたいだからね。

 私が魔力で取り巻き達を抑えなければ何をしていたのやら。

 まあ、そんな神の目論見なんぞ知ったこっちゃないが。

 私は――それなりに彼女たちを評価していた。

 肉球を伸ばし――その頭を撫でてやりたくなっていた。


『弱者を守ろうとする心とかさ。そういうのは……まあ、嫌いじゃないんだよ。恩には応えてあげるってのが、大魔帝の礼儀なのさ』


 そう。

 彼女たちは生意気にもこの私を助けようとしたのだ。

 それはとても大切な心。

 そこは加点してあげないとね。


「ケトス様は少々、弱者に優し過ぎる気がしますニャ」

『さあ、どうだろうか』


 スゥっと瞳を細め、私は言う。

 私は私の気まぐれな身勝手で、彼女たちが自分でその域にまで成長する機会を奪ったのだ。

 正直、潰しちゃうのが面倒だという理由が一番だったし。

 大幅な成長も一長一短。

 再び彼女たちが驕り高ぶっていく可能性はゼロじゃない。

 まあ、その辺りは本人たち次第といったところか。


「我等には過ぎた寵愛に思えますが――ケトス様の御心に従いますにゃ」


 それに。

 実はこれ、一番大きな理由は他にあった。

 新しい聖書の実験がしたかっただけなんだよね。

 ま、失敗して爆発しちゃっても治してあげるつもりだったんだからセーフだよね?

 コホン……。

 べ、別に照れて言い訳しているわけじゃないが、ちょっと気まずい。


 ともあれ私は聖騎士猫たちに大人の顔で告げた。


『まあ私も昔は弱者だったし――魔王様が弱い者には優しくする主義だからね。あの方に倣っているだけだよ』


「左様でございますか」

『さて、苦労を掛けたね。君たちは戻っていいよ。今の私は気分がいい。何か褒美が欲しいのなら今のうちに言ってごらん』

「にゃ、にゃんと! よろしいので!?」


 白い獣毛の目立つ耳としっぽをピンと立てて、聖騎士猫たちは集合しヒソヒソヒソ。

 代表してリーダー格の猫が頭を下げる。


「我等を貴方様の軍に正式に配属させていただければ――と」


『ん? 君達、強いし――こっちは助かるから構わないけれど、本当にいいのかい? 一応、神話に登場するような神獣だか霊獣だか、そういう偉い猫魔獣なんだろう?』

「まあ偉いといっても昔の話。もはや過去の栄光に縋っていても仕方ありませんからにゃ。我らは日銭を稼いで、現在の人間たちのグルメを堪能したいのですニャ。聞けばヤキトリなるものや、カラアゲなる馳走が販売されているとかにゃんとか――」


 じゅるりと涎を垂らして、聖騎士猫たちは言う。

 その気持ちはよーく、分かる。

 ネコ眉を下げて、私は約束をしたためた魔導契約書を彼らに渡してやる。


『分かったよ。そのように取り計らっておく。これをもって魔王城に来たまえ、歓迎するよ』

「有難き幸せ――では、我らはこれにて」


 古式の転移魔法陣を一瞬で展開し、彼らは魔王城へと飛んでいく。

 私の前では凛としていたが――。

 にゃっはーにゃっはー!

 と、歓喜し、現代グルメに思いを馳せて尻尾を奮わせ。

 イエーイ! と、はしゃぎながら亜空間を移動する彼らの姿が私には見えていた。


 さて、これで後はホワイトハウルが遭難者を回収すれば解決かな。

 おそらく大いなる光が現れて種明かし。

 眷属全員にホワイトハウルの裁定の能力を発動させ――。

 改心できたものは生き残り、できなかったものは……まあ残念ながら眷族からは追放されるのだろう。

 神の眷属がまともになりさえすれば、大いなる光の弱体化も徐々に解けるのだから丸く収まる。

 ……。

 まあ、大いなる光から今回の計画を内緒にされていたホワイトハウルが拗ねて、なんかやらかす気もしないでもないのだが……。

 そうしたら、私がなんとか――って。


 待てよ。

 ふと賢い私は考えた。


 これ、大いなる光に私、利用されたんじゃね?

 ワンコが暴走したらまあ私が止めるだろうし――そのために巻き込んだって可能性がかなり高い。

 と。

 ハッピーエンドに向けて、私が未来を読み解こうとした時だった。


 重圧がなくなった途端、ダイアナは私に槍を構え。

 牙を剥き出しに女神の美貌を尖らせる。


「勇者様の……仇が、いま、わた、わたくしの目の前に――っ!」

『おー! そうだった! そういや、君を滅するんだったっけ。ごめん、ごめん。猫の姿に戻るとどうでもいい事とかすぐに忘れちゃうんだよね』


 ニャハハと笑う私。

 唸る戦乙女。

 憎悪に犬歯を光らせる女の額に、濃い青筋が浮かぶ。


「どうでもいい……? ですって!」

『そう、全てがどうでもいいことなんだよ。魔王様の御眠りになっている状態の今なんて、所詮は暇をつぶす一時の夢。どう言い繕っても、私にとっては余興に過ぎない――悪いけれど、それが本音さ』


 言って、私は肉球をきゅっと握るように絞る。

 ズゥゥゥゥゥォォォォン!

 それだけで、魔力の圧力が女神の末裔ダイアナの身を束縛した。



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