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勇者の影 ~清らか女神のメロンパン~後編1/2



 神の光も届かぬ神話級ダンジョン。迷宮内に設営された結界キャンプ。

 ホワイトハウルのドカーン!

 で、全部の罠が解除されている第三領域。

 まともな神族たちの目が届かない、昏い場所に私たちは辿り着いた。


 私を騙そうと連れだす美女ダイアナ。

 続く私は素晴らしき魔猫。

 更に続いて、心配になってついてきたツンデレ聖女カトレイヤとその仲間たち。

 ついでに聖騎士猫の護衛も、削っていないカツオブシを齧りながら周囲を完璧な守りで固めている。


 けれど、ダイアナの瞳に見えているのは私と本人と、妄想に囚われた未来だけ。

 浮かれた熱を帯びた視線は――私の手にする書をギラギラと睨んでいる。


 さて、他の者が巻き込まれないように隔離しておこう。

 魔力の泡で包むように私とダイアナの空間だけを、閉じこめる。

 私の空間領域支配に反応できたのはただ一人、聖女カトレイヤだけだった。

 たった一瞬。

 刹那の魔力によく反応できたと感心してしまうが、ネタばらしをされたら困る。

 私は立てた人差し指を口元にあて、しーっと内緒の合図を送る。


 分かったわ――と彼女もこくりと頷き返す。


 そんな小細工を知らず――。

 私を誘き出すことに成功したダイアナは振り返り、周囲を見渡す。

 輝く美貌。

 表情には勝利の笑みが薄らと覗いていた。


「今微かに魔術の波動を感じましたが、どうかなさいましたの?」

『まあちょっとね。ところでホワイトハウルはどこにいるのかな? 気配がないんだけど――』


 きょろきょろと、自然な仕草で私も周囲を見渡し――困惑顔を作る。

 怯えた演技をしているのだ。

 騙されたフリというのも、なかなか新鮮である。

 まあこの辺りは空気を読んであげないとね。

 にゃふ、にゃははっはは!

 だって!

 私!

 雑魚のフリして実は強いんですよパターンをやってみたいのである!


 いやあ、私って強すぎるし。

 対峙する相手もだいたい強者だから、すぐに私の本質を見極める達人ばっかりだったし。実はそういう機会、あんまりなかったんだよね。


 勇者の関係者ダイアナよ!

 そなたは我の実験台なのだ!

 そんな私のワクワクを知らないで、怯え切った私を上から目線で眺めてダイアナがドヤり。


「ごめんなさいね。あれ――嘘なの」


 こういう時って、大袈裟に驚いた方が良いのかな?

 そういや、弱者ってどういう風に行動するんだろう……私が弱かった時代は、とりあえずキシャーキシャー唸ってたけど。

 ま、とりあえずやってみるか。


『嘘……、いったい、どういう?』


 耳を下げて、警戒するように尾を揺らし言ってみる。

 眼鏡の下、キリっとした頬に滴る汗もなかなかイイ感じの演出になっているだろう。


「そう、女神の可愛い嘘」

『そんなまさか! ありえない! 神の眷属である君たちが、脆弱なる獣人の私に、嘘をついたって言うのかい!? だって、ホワイトハウル様は私を守ってくださると……っ』


 おー! やっぱりイイ感じだ!


「だから悪いと思って――このわたくしが、獣と人との混血である卑しき獣人のあなたごときに謝って差し上げたじゃないですか。この女神の血筋たるわたくしがでございますよ? だからこれで、全部チャラ。ふふふ、ごめんなさいね」


 なかなかどうして、やはり傲慢な女である。

 なんか面白くなってきたから、弱い演技を続けようかな。


『しかし、なぜ……っ、そうか……私の所有するチーズスティックが目当てなのか!?』


 後退りする私は壁に追い詰められ――息を呑む。

 むろんこれも演技である。

 あれ? なんか、反応が変だ。ちょっと演技を間違えたかな。


「はい? チーズスティック?」


『ああ、私の所有するアイテムの中で最も価値のある品……だからね。なるほど、たしかに……チーズスティックが目当てなら、こうして襲われる理由も納得ができる』

「いえ、そんなモノではなく――あなたが手にしているその聖書。この迷宮で手に入れたのでしょう? わたくしはそれが欲しいの」


 獲物を追い込んだ女豹の貌でフフっと女の微笑をつり上げる。


 そんなモノ?

 この私のチーズスティックにそんなモノと言ったか、この女。

 ゴゴゴゴゴと魔力があふれ出そうになるが、我慢我慢。

 我は弱者、怯えて震えて――。

 そんな、弱者ごっこを継続する私にダイアナが近づいてくる。


 彼女は手にしていた槍でトンと地面を叩き――。

 世界に干渉。

 周囲からの視線や感知を遮る、多重結界を展開しはじめた。

 うっすいなぁ……これで結界のつもりなのか。

 私の展開した空間支配が海の広さならば、今の彼女の結界はスポイトで垂らした一滴の水、程度のモノである。

 神の眷属……本当に弱体化してるんだね。

 えー、どうしよう。めっちゃ力の差があるから、もし戦闘になったら加減が面倒だな。


 いや、まあたぶん、もう弱体化もどうにかできるだろうけど。

 おそらく。

 ホワイトハウルが遭難者を救出したら全てが解決する、そもそもこの迷宮は――。

 思考の海に入ろうとする私を遮り。

 槍を掲げた戦乙女ダイアナがこちらを睨む。


「もう、逃げられませんわよ。これで分かっていただけたかしら。用があったのは白銀様ではなくこのわたくし。驚きました?」

『そりゃあ驚いたよ。こんな月並みなパターンをされたら、笑うしかないってやつかな。そんなにこの本が欲しいのかい?』


 聖者ケトスの書を空に浮かべ、私は女を侮蔑した顔で見てやる。

 ニヤニヤとした、嫌な男の貌だろう。

 あ……しまったぁぁぁぁぁぁ!

 弱者の演技を忘れてた!

 けれど、元から私の反応など気にしていなかったのか――。


「そう、気付いていらしたの。なら話は早そうですわね」


 美女だった者は無辜な顔色をそのままに、まるで追剥のような気配を見せながら言った。


「単刀直入に申し上げます。その書、わたくしに提供していただけないでしょうか?」


『どうしてだい?』

「これから死ぬ方に理由を説明する必要なんて、あるかしら。無駄で御座いましょう。分からないのならその生意気そうな猫の耳、切り落として差し上げましょうか」


 ほう。

 こいつ、魔王様から褒められたこの私のモフモフに、そんな事を言っちゃうんだ。


『今、何と言った』

「聞こえなかったのかしら? その耳を切り落とすと、そう言いましたのよ。完全な姿のままで死にたいのならば早くお渡しなさいな。せめて綺麗な姿のまま、殺してさしあげますわ」


 へえ、そう――。

 もういいや、弱者のフリなんて飽きたし。

 魔王様の褒めてくれたこの私の猫耳にそんなこというなんて、死罪だよね? 有罪だよね?

 ちょっとだけムカついたから、私は猫の魔眼で女をじっと見つめてやる。

 ほら、あった。

 これがこの女の心の弱さ。一番見られたくない、傷痕だ。


『なるほど、その厚化粧でも拭うのに使うのかな?』

「な、なんですって!」


 私には彼女の心が見えていた。

 その隠したがっている心の弱さも――魔族としての力が暴いていたのだ。美を象徴する筈の頬に浮かんだピクピクと、割れかけた化粧の隙間を見逃さなかった。

 女神の末裔と言っても所詮は人の血の混じった存在。

 美は不変ではないのだ。

 私だって美を維持するために毎日毛繕いしてるし♪

 いやあ、相手が一番隠したがっている部分を揶揄ってやるのって面白いね。


 けれど。これじゃあない。

 本当の心の傷はもっと奥に眠っているものだ。

 もっと深い場所に――ほら、あった。


『あー、ごめんごめん。読み間違えたよ。これが君の心の一番奥にある、深い傷か』

「何を下らないことを仰っているのです。あなたごときの低俗な魔力で、女神の加護を受けるわたくしの心を読むことなど。できませんわ」


 そう、じゃあこれは何だろうか。


『勇者様……どうしてわたくしも連れて行って、くださらなかったのですか?』

「え……?」


 女は動揺を隠せず、胸を揺らし――吐息を漏らした。


『勇者様が、わたくしを置いて……この世界から去ってしまう筈などない。勇者様が、このわたくしを見捨てるはずがない。勇者様、勇者さま……どうか、帰ってきて――お願いします、だって。だって、わたくしには! あなた以外の輝きが見えないのですから……。お願いします、神様――だってさ。ふーん、君、そうやって死んで天に召し上げられたんだ。可哀そうに見捨てられちゃったんだね』


 魔猫としての口が、悪戯につりあがっていく。


「違う……違いますわ。勇者さまはわたくしを――」

『知っているかい? 心の中の秘密は隠そうとすればするほど、表面に浮かび上がってくるんだ。私はただそれをなぞって口にしただけに過ぎない。全部、君の言葉だよ。レディダイアナ』


 握るその槍。聖槍を掴む細い腕に、球の汗が伝う。

 女の唇は揺れていた。

 瞳も揺れていた。



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