がるがるワンコと聖職者ケトス ~極悪大魔族コンビの逆襲~その5
大いなる光回復大作戦の現場。
この神話級ダンジョンに入ってから、私は二つの力を手にしていた。
一つは、魔狼の加護。
そしてもう一つは、ここ第二領域で手に入れた試練クリアの報酬であろう、力。
聖者ケトスの書の入手。
前者はともかく。
後者は……んー、どうなんだろうね?
おそらく本来なら。
試練のような何かがまた起こっていた筈なのだが。
なんの内容かもわからず、私が偶然クリアしてしまったんだよね。
本来なら私が得るはずではない力を偶然、手に入れてしまったみたいなんだよね。
つまり。
そういう仕掛けをして、待ち構えていた何者かがいたのだとしたら――。
全部。
ぶちこわしだね。
ワンコとニャンコが台無しにしちゃったね。
極悪な落とし穴を素通りして、中のお宝だけを引っこ抜いて貰っちゃった感じだね。
んで。
ワンコはワンコで、たぶんこちらを見ているであろうダンジョン領域のボスを、おもいっきし挑発しちゃってるね。
あ、犬手で器用にアッカンベーしてるし。
けっこう……かわいいかも……。
ともあれ。
ウッキウキで用意していたとしたら、非情に悪い事をしてしまった。
もし私がダンジョン領域のボスだったら。
たぶん。
いまごろ、ブチぎれてるね。
……。
ぶにゃはははははは! ざまあみろ! 我を敵とした、その愚かさをしれ!
ビシっと獣人モードのまま決めポーズ!
まあいいや。
せっかくだから手にいれた力を利用させて貰おう。
神話級ダンジョンで配られた力って、すっごい興味があるのだ!
たぶん回復とか、治療とか。
そういうのが出来そうな力である。
とりあえず、好奇心旺盛な大魔術師である私としては、手に入れた力をさっそく実験したいのだが――……。
そんな都合の良い相手がどこかに……。
私は緑色の貌で回復を待つ、烏合の衆をじぃぃぃぃっと見つめる。
目の前に、いっぱいいるよね。
実験できそうな負傷者。
いなくなっちゃっても、たぶんあんまり困らない。
ぜんぜん役になっていない。
むしろ、人間や魔族のためならいないほうがいいかもしれないってレベルで腐ってる、神の眷属達。
よーし! この我の書、聖者ケトスの書の実験台にしてくれるわ!
我の奇跡の御手、治療の手を受けてみよ!
◇
『さて、じゃあそろそろ君の部下たちの回復と強化をするよ。いつまでもこの状態なのも鬱陶しいし。色々と試してみたいし……。糸で繋いだままになっているから……えーと、ここをこうして、魂に……』
私は聖者ケトスの書を開いて内容を確認する。
聖書を片手に新しい奇跡の構成を作る私の横で、くっちゃくっちゃと食べかすを書に零しながら魔狼が覗き込んでくる。
『ずいぶんと複雑な構成ではないか。祝福なら念じればどーんでそのまま発動するであろう?』
肩から覗く魔狼の鼻息はヤキトリの香り。
神のトップに近い存在が、聖書……穢すなよ。
『それは君が真正で神聖な神獣だからだよ。普通はそうはいかないの。はいはい、集中するから肩から落りてねえ』
『つまらんのう、もっと我にかまえ。頭をナデナデしてもいいのだぞ? 魂の修行をしてやったのだから、我はおまえの師匠でもあるのだが? 神獣たるこの我を撫でる栄誉をそなたに与えようと言っておるのだが?』
『そういうのは君のご主人様を回復させてからねえ。えーと、目次目次。聖者ケトスの書を発動させるには……』
全員の魂にマップ情報を転送して。
ついでにホワイトハウルの自動咆哮に耐えられるぐらい、精神耐性を向上させる神の祝福をかけて、と。
そんでもって絶対防御の結界を各自の魂に付与して。
あー、もう面倒だからオマケに全能力向上の奇跡もつけちゃえ!
変に死なれて、後で蘇生するの……正直面倒だし。
魔術構成……というか、祝福の構成はこんなもんかな?
あれ、どうなんだろ。
詰め込み過ぎな気もするが――。
爆発……しないよね?
魔術ならばなんの心配もないのだが、奇跡とか祝福とか、癒しとか……私、破壊は得意だけど、そういうの、ロックウェル卿に比べると苦手だからなあ……。
ちょっと心配になってきた。
『ねえねえ、ホワイトハウル。君はそれでも一応トップクラスの神族なんだろ? ちょっと新祝福の構成を見て欲しいんだけど、どうかな』
『んー、いいんでないかあ。そなたなら失敗せんだろ――それよりも次の食料がどこかに……あるはずなのだが』
新聞を見ながら空返事をするお父さんの如く、反応が鈍い。
……。
ま、即興だけどちゃんと発動するだろう!
失敗して爆発しても、別に私の心は痛まないし。
別にいまだに根に持っているわけではないが。
我を愚弄した報いじゃ!
ニャハハ! 実験体にしてくれるわ!
そう。
何度も言うが――。
私は民間人でもない、弱者でもない神族相手には結構辛辣なのである!
消滅させる意思なく爆発しちゃった場合は、後でなんとでもなるしね!
滅ぼそうとしてやっちゃった場合は駄目だけど。
そんな猫ちゃんの悪戯心を完全に隠して、私は――ニヒィ。
こほんと咳払いをして、穏やかな微笑を作る。
更に私のリュックから食料を取り出そうとするワンコをぐぐぐと押し返し。
『それでは、皆さん。今から奇跡を掛けますので各自で地図と遭難者の魂の位置を把握してください。準備はよろしいですか? よろしいですね? よろしくなくても、面倒なのでやっちゃいます。少し眩しいですが――我慢してくださいね』
ホワイトハウルに見せる顔とは別。
外向きの顔を作り、知的獣人紳士モードで私は怯える聖者たちに向かい手を翳す。
手を翳しただけでも魔狼の咆哮による恐慌状態が和らいだのだろう。
魔族の獣人が神の奇跡を?
怯えながらも、そんな懐疑的な視線がおもいっきし飛んでくるが、これも計画通り。
くはははは!
馬鹿めが!
できそうもない事をやってのけるからこそ、ドヤポイントが高いのじゃ!
我、ドヤを得たり!
『主よ、我は汝の奇跡を代行する者なり』
翳す手から輝く光はさながら極光。
オーロラのような淡い幻想的な輝きが、第二領域である神殿迷宮を照らし出す。
足元にはこっそりと十重の魔法陣が、ぐるぐると回っている。
魔術と神の祝福の同時発動をしてやろうというわけだ。
指で空を切り、魔術構成を奇跡の領域へと直に接続。
奇跡を再現するために空間を神聖領域に上書きして――と。
身振り手振りによる複雑な印が、空に奇跡の力を固定していく。
自動で開く聖書の中から、神の奇跡を体現し象徴する神話の女神が降臨し始める。
童話魔術の応用である。
ようするに、聖書を童話と認識することによって、神の祝福版の聖書魔術を発動させようとしているのだ。
あれ。
なんか思ったよりも力が発動しちゃっているような――。
手に入れたばかりで慣れてない力だから、気のせいかな。
食料を漁っていた筈のホワイトハウルが、何故か手を止めてグギギと顔をこわばらせる。
なんだろう。
見た事のない祝福なのかな?
まあいいや。
『我らに汝の導きを――此度の祈りは真なる願い、此度の奇跡は汝の御力。我は汝らに告げよう。此れこそが終末を告げる神の祝福。新たなる神に祝福を! 汝の名は、聖者ケトス! 怠惰にして慈悲深き猫の王!』
書を翳し、紡いだ奇跡を解放する。
『聖書魔術、黙示録の猫楽団!』
顕現した神話の女神は私ににこりと微笑むと、周囲を見渡し――祈りを捧げる。
刹那。
ギキィィィィッィィイン! ビシビシビキィィィィイン!
次元を割って舞い降りた猫顔の黒服天使たちが、ビブビブーとラッパを鳴らす。
それはさながら聖歌隊。
本来なら笛を携えた天使が舞い降りるはずの構成だったのだが。
聖者ケトスの書だからみんな猫になってるのかな?
ウニャ、ウニャ。ブビビブー!
中央に現れた巨大な猫ピアニストが、ジャジャジャジャーンと重厚な曲を奏で始めた。
キリっとしたにゃんこのオーケストラが、パーティー全体に偉大なる祝福を与え始める。
おー、なんか盛大な奇跡だ!
私好みの派手派手だ!
聖者ケトスの書、けっこうやるじゃん!
神々しい奇跡の波動が迷宮全体を包みだす。
効果は発揮された。
全員の状態異常が回復し、魔狼の咆哮にも耐える精神力を得て、一度ならば攻撃を弾き返す結界を習得。ついでに全能力が大幅に上昇、そして本題である遭難者の位置情報が魂に刻まれた事だろう。
いわゆる大成功である!
その筈なのだが、はて?
どうしたのだろうか。
聖者ケトスの書を片手に静かに佇む私は憂い顔で、猫耳をピクピク。
……。
な、なんでじゃ!
拍手がないではないか!
なぜか全員がドヤチャンスを静かに待つ私を指さして、ななななな、と再生に失敗した動画のように連呼している。
えー、私。
せっかくドヤれるチャンスだから頑張ったのに。
『ねえねえ、どうしちゃったんだい。この人たち。いや、人じゃないけど』
『おまえなあ……このような大規模な奇跡を起こすなら、先に言っておいてくれ。心臓が止まるかと思ったぞ……わりと本気で』
聖書魔術の力で顕現していた神話の女神が、なぜか魔狼に向かい。
立てた人差し指を口元にあてて、しぃぃぃぃっと合図を送って消えていく。
知り合いだったのだろうか。
何故かワンコは眉間を肉球で抑えて私を睨む。
さっきまで暴走暴食していたくせに、なんだろう。
『あれ、もしかして禁術とかだった?』
『そうではない。そうではないが……おまえが使って見せた極光色の奇跡は十重の魔法陣と同じランクの最上級を超えた未踏の奇跡。ここまでの力を使えるのは我と、主である大いなる光本人ぐらいのものだ』
消えていく女神を見ながら魔狼は言う。
いや、もしやそれ以上の……と、魔狼はちょっと冷や汗を垂らしながら、現実逃避するように大あくび。
あー、これ。
新しく手に入れた二つの力のせいで、色々とぶっとんだ力を発揮しちゃったのかな。
やりすぎちゃって。
ドン引きされたのか……。
『あ、じゃあ、みんなに私の偉大さがバレちゃったかな』
『まあ、我のような例外を除いて普通の魔族は奇跡を扱えん。おまえが大魔帝ケトスだとは繋がらないとは思うが――まずいな。部下がまた暴走するかもしれん。あいつら、単純だからのう』
犬の眉間に皺を寄せて。
魔狼は目線だけを上に向けて考え込む。
ちょっとお間抜けな貌なので、ミカンでも乗せてやりたくなるが我慢我慢。
『暴走って。もしかして、今度はあのダイアナくんみたいなタイプかい?』
『うむ、外でのアレで分かっただろう。我らの部下にはああいう手合いもけっこう多いのだ。おまえが嘆きの海峡事件で女子供の生贄を禁止させたが、神の力になるからとそれに反対するような神至上主義の連中がな』
『え……? あの事件って実はけっこうそっちに影響与えてたの?』
『まあ……捧げられた女子供は戦士として神の眷属に育てられていたからな。それを断たれたのだ、新入社員の供給が途絶えたような感じであったからのう。我は望まず生贄にされる彼らが哀れであったから、これはこれでいいと思っているのだが――今現在、神の勢力が落ち込んでいる一因であるのも事実だ』
えーと。
もしかして……また私、なんかやっちゃってたんだね。
なんか、大いなる光が衰退している理由の半分ぐらいが私のせいなんじゃ……。いやいやいや、気のせいだよね。
『ともあれ。おそらく、おまえのそのワンコ印の聖書を徴収しようとしたり、おまえ自身を神の眷属として確保しようと動き出すのではないかと、我は予想しておる』
うわぁ、すっごいありそう。
てか、勝手にワンコ印の聖書とか変な名前を付けないで欲しいのだが。まあ、たしかに肉球スタンプが押されてるけど。
『んー、面倒な事になりそうだけど。どうしよう』
『我は知らん。もう考えぬことにする――我はもうじゅうぶん頑張ったのだからな』
プンと横を向いて、拗ねた様子を見せていた。
これ。
完全に神族の部下たちを見限り始めてるな。
ニャフフフフ、我が動かなくとも魔狼はウチに帰ってきそうなのである!
とっとと、神を回復させてウチに帰ろう。
ワンコを連れ帰ったら宴会をするのじゃ!
そんな野心を隠して、私は静かに微笑んだ。
感心した様子でもある神の眷属達が、尊敬のまなざしで私を見ている。
まさか、ここの試練をクリアして得た力だとは言えず。
私は皆からの称賛を受けながら、インテリジェンスな眼鏡をクイっとして見せる。
『さて、それではみなさん。奥へと参りましょう』
力をひけらかしたりせず、穏やかに告げたのである。
おー! なんかとってもイイ感じに落ち着いたインテリおじ様ではないか!
さすが私。
獣人モードでも大人の色気に満ちていて、素敵で無敵で完璧すぎるのだ!
◇
かくて。
我らは第二領域を突破!
全滅した先行組の魂がある場所――第三領域に進むこととなったのだが。
しかしだ。
これ、ぜったいにやばいんだよねえ。
こういうダンジョンって絶対に仕掛けに意味があるのだ。
そういうのを全部台無しにしてしまった場合にどうなるのかなんて、たぶん、このダンジョンを作った存在自体にも想定外の筈だ。
バグとか不具合とか、そういうの起こっちゃうんじゃないかなあ。
ま、まあ黙っておけばいいかな。
それよりも問題なのは――。
んーむ。やっぱり見られてるよなあ……。
ふと私は、妙な気配に気が付いたのだ。
あの純粋無垢を盾に独善気味な聖職者、槍戦士ダイアナがこちらをじっと見ていたのである。
これ。
絶対なんか問題起きるよね。
実験台にしたかったとはいえ、この人たちを回復させちゃったの。
失敗だったかな?