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がるがるワンコと聖職者ケトス ~極悪大魔族コンビの逆襲~その4



 これからの神族についてはあえて触れず。

 魔狼は私の前で、ドテリ!

 巨大な蓮の神獣花に座って安堵の息。


『いや。ともあれ、ふぅ……危なかったぞ。もしそなたの身に傷が一つでもついていたら……我は本来の魔性と化し、この世界を蹂躙しつくしていた可能性もあったのだからな。あー、驚いたのだ。我、あまりにもビックリだったからヤキトリをいっきに三本も食べてしまうのだ』


 心底安堵した様子で、瞳を閉じ。

 耳をぴょこぴょこさせた魔狼は手に顎を乗せて息を吐く。

 くっちゃくっちゃくっちゃ。

 犬の吐息が、ヤキトリを貪る口からウゥゥゥっと漏れていた。


『まったく、あまり我を脅かすな。悪いヤツだのう』


 片目を開いて、再び片耳だけをぴょこぴょこさせて魔狼は呟く。

 ヒカリ苔がいまだに蒼白い輝きを反射しているから、それがちょっと眩しいのかな。


『ははは、大袈裟だね。心配してくれるのは嬉しいけれど。魔竜の時だって大丈夫だっただろう』

『まあ、そうなのだが――本当に、肝が冷えたのだ。真夏に開いた冷蔵庫の中に貌を突っ込んで、怒られるギリギリを競うヒヤヒヤよりも冷えたのだ』


 なんじゃそれ。

 あれ、こいつ冷蔵庫のこと知ってるのか。魔王様に聞いたのかな? まあいいや。


『心配される程、私、弱くはないつもりなんだけどね』


 むしろ最強?

 猫モードだったら尾を立てて、うにゃはははは! と笑っていたのかな。

 冗談を言うつもりだったのに。

 魔狼は妙に感情のこもった瞳をこちらにぶつけていた。


『それでも、心配だったのだ。真面目な話だ、たしかにそなたは強いが――本当に、油断はするでないぞ魔猫。魔王様も、あれほどに強い御方であったのに、我等の目の前でお休みになられてしまったのだからな』

『それを言われちゃうと……うー、ごめん』

『我等は……魔王様におまえを頼まれているのだ。少し眠る間、おまえのことが心配なのだと、どうか慰めてやって欲しい、無理をさせないでやって欲しい、寂しく、させないでやって欲しい――とな。そして我ら自身も――そなたに大きな借り、大恩を感じている。心配ぐらいは、させて貰っても良いだろう?』


 おいしそうな焦げ目がついたレバー串をむっしゃむっしゃとしながら、キメ顔を作るホワイトハウル。


 大恩と言われて、ああと私は納得していた。

 こいつら、食べ物、大好きだもんね……。

 それを魔王様のたのみと同列にされちゃうのは、どーなんだろうね。

 だから私はジト目で返したのだが、


『いや、カラアゲとヤキトリにそこまで恩を感じられても――』

『その程度のものではない』


 魔狼は静かにかぶりを振り、光に向かい手を伸ばすように――犬手を伸ばし口を開いた。


『我らにとって、そなたは――……』


 辛うじて聞き取れるような小さな声を、私の猫耳は聞き取っていた。

 おそらく、私がその言葉を聞き取れた事を魔狼は気付いていない。

 ただ彼は瞳を細め。

 まるで私が魔王様をみる時の顔で――私の瞳を覗いていた。


 このホワイトハウルが、ヤキトリを食べる手を止めて、更に食べ物を「その程度」と言い切った。

 それは結構私にとっては衝撃で。

 何か恩を売るようなことをしたっけか、と考え込んでしまう。

 ええー、ぜんぜん思い出せない。

 眉間に、ネコの時のようなぐにゃ~っとした皺が浮かんでしまう。

 分からないのはちょっと気持ちが悪い。

 ぶにゃんと首を傾げて、私は問う。


『なにか君にしてあげたこと、あったっけ?』

『まあ、そなたには分からぬだろうな。我はこれを口にするのは少々気恥ずかしい、なれど――いや、この機会だからこそ、語っておこう』


 次にいつ、語れるかどうかも分からぬからのう――と。

 苦笑まじりの囁きを犬の吐息に乗せて。

 緑色の顔をした神族達が、早く治療を欲している横で――。

 再び徘徊した血塗れ魔力犬が、きゃんきゃんワフワフとダンジョン内を無差別に蹂躙するその裏で――。

 魔狼は私の貌を、穏やかに覗いていた。


『なんだい、真面目な貌をして。これでいつものギャグみたいなことを言い出したらさすがに怒るんだけど?』

『なーにを言っておる、我はそなたと違っていつもシリアスなのだが?』


 なるほど。

 こいつ、自分の事をシリアスキャラだと勘違いしているギャグキャラなのだろう。

 たまにいるんだよねえ、自分がシリアスをしていると思っているギャグっぽい人って。まあ本人が気づいていないんだから、あんまり突っ込まない方が良いか。


 魔狼は瞳を魔性の赤に染めて、遠くを見ながら口を開いた。


『我はな、あの日、そなたに散歩に誘われて――嬉しかったのだ』

『あの日? 魔王軍時代の事かい?』


 肯定するように、魔狼は眉を下げ微笑した。

 魔性として揺れる赤い瞳がまっすぐと、私を捉えている。


『我は魔王様に忠誠を誓った魔族であったが、その性質は神獣。神に属する獣だ。魔王軍にあっても、その事が他のモノとの隔たりとなっておったのだが――おまえは違った。おまえだけは……何の壁もなく、図々しく、図太く接してきおった』


 まあ当時のお前はそこまで太々しい身体ではなかったが、と。

 なんか余計な一言も付け足しているが。


『魔王様の部下だからと、ただそれだけが理由で全面的な信頼を寄越しておったのだろうが……愚かにも、聖と魔の狭間に漂う我を受け入れてくれた。共に歩み、喧嘩をし、仲直りをし魔王様に忠誠を尽くした――ああ、懐かしき日々。全てが遠き日々、けして色褪せぬ思い出よ』


 言葉をかみしめるように魔狼は言った。

 懐かしき過去を覗くその瞳は、やはり穏やかで。


『我は場所を得た。心を得た。おまえが受け入れてくれたことをきっかけに、我はあの場所に居場所を得た。他のモノとの隔たりが――消えたのだ。我には――嬉しかった。それがただ、嬉しかったのだよ』


 何故だろうか。

 少しだけ、紅き瞳は揺れていた。

 勿体ぶっていたが。

 なんだ、やっぱり散歩に誘われて嬉しかったという、けっこう普通な事だった。

 それでも魔狼は本当に感謝しているのか、コホンと咳ばらいをし誤魔化すように横を向く。


『我だけでは恥ずかしいから、ニワトリの秘密も話してやろう。あやつもそなたに恩を感じておるのだぞ?』

『まあ、ついでだから聞いておこうかな。あいつ、絶対にそういう話は自分じゃしないだろうし』


 私の言葉に苦笑し、魔狼は告げた。


『あやつは全てを石化させる神鶏。たとえ、心を交わした者であったとしても、友情を築いたものであっても――弱き者を全て、自らの意志とは関係なく石と化してしまう哀れな魔性。なれど、魔王様とおまえといる時だけは違う。石化を防ぐ結界をいとも容易く張り巡らせるそなたの前でだけ、あやつは弱者とも接することが出来る。結界に覆われた霊峰で、ただ見下ろすだけでなく。ただ遠くから翼を伸ばし眺めるだけでなく、実際に接することが出来る。それが嬉しいのだと、酒が入ると卿はいつも語っているのだよ』


 私にはよく分からなかった。

 魔王様の部下で、私の仲間で。困っているようだったから手を差し伸べた。

 ただそれだけの事なのに、どうして彼らはそこまで感謝をしているのだろう。

 私は憎悪の魔性。

 感情や心はいまだに深淵の底の中で彷徨っている。

 心の奥。絶望の淵でいまだに光を睨み続けている黒猫こそが、私本来の心なのだと思う。

 黒猫として私の心は、いまだに癒えぬままに憎悪を滾らせ唸っている。

 だから。

 どうして感謝されているのか、正直、よく分からないのだ。

 それが、少しだけ悲しい。


 もし私に、人間としての心が残っていたら、それもちゃんと掴めていたのだろうか?

 猫の肉球では掴めぬ感情も、感じ取れていたのだろうか?

 伸ばす肉球の隙間から洩れていく感情と、湧き出る憎悪の中で揺蕩う私には、むずかしいことは分からなかった。

 ただ。

 分からない。

 分からないが――。

 友と思っている相手に感謝されているのは、ちょっと、まあ嬉しいかな。


 きまりが悪そうに顔を背けたまま、魔狼は唸る。


『話はこれで終わりだ。我がバラしたとはあのニワトリに言うでないぞ? まあ、なんだ我らはそなたに感謝をしているということだ。それゆえに心配もしてしまう。それだけは、どうか覚えておいてくれ』

『分かったよ。それに、なんか気恥ずかしくてこっちからもネタにできないよ』


 私は考えに浸るように瞳を閉じた。


 まあ……魔王様の愛した魔猫たる私が、こうやって心配されてるのって。

 うん。

 たぶん、魔王様も喜んでいると思うのだ。


 あの時とは違う。

 黒猫として世界を呪い、絶望の淵で一人恨み、哭き続けていたあの日とは――違う。

 今の私は、独りではないのだ。

 私の心の奥。

 光を見上げていた闇の底。黒猫の私の瞳に、ワンコの犬手が見えた。


 犬の肉球だ。

 こちらに手を伸ばしている。


 はやく上がってこいとワンワンきゃんきゃん騒いでいる。

 黒猫としての私はその手を掴むことを躊躇する。

 あの日のように。

 焦げたパン色を守れなかったあの日のように。

 掴んだこの手を守れなかったらどうしよう?

 そんな恐怖が黒猫を躊躇させているのだ。

 けれど。

 犬の手はワッキャワッキャと揺れまくって。

 早くしないとそこら中にマーキングの粗相をすると脅している。

 あいつなら、本気でやるだろう。

 仕方ないから、その手を掴んで闇から這い上がろうとした――。


 その瞬間!

 ブワァァァァァァァ!

 足元から発生した蒼白い閃光の柱が、私の身体を包み込んでいた。


 こ、これは!

 また世界の祝福じゃないか!?

 ま、またレベルアップしてる!?

 私の目の前で、ホワイトハウルがドヤァァァァァ!


 閃光の柱が和らいだ後。

 再び輝いたヒカリ苔の神殿迷宮の中。

 やっと仕事が終わったといった表情で、肩を落として魔狼は言う。


『どうだ。聖書に触れ――神の使いである我との会話で心に触れ、魂を揺らす。今の儀式でもそなたの祝福レベルが上昇したのではなかろうか』


 ワンコ、必殺のしたり顔である。

 確信犯のようだ。


『あー、言われてみればそのようだね。こういう精神修行的なこと、あんまり好きじゃないんだけど……あー、やられた。これ君達聖職者が行う魂の試練、修行の一環だったんだね』


 禅問答とか。神との対話とか。

 そういう、最終ダンジョンに行く前のレベルアップイベント的な何かを、ホワイトハウルが神としての力を用い再現したのだろう。


『ワフフフフ! そのとーりなのだ! これで我の試練は合格だ! 卒業の証を渡すから、その聖書を少し貸してみろ』


 返事を待たずに尻尾をふりふり、ワフワフと近づいてきた魔狼は聖者ケトスの書に犬手を置いて、肉球をペシン♪

 ワンコ印の肉球スタンプを作りワンと嬉しそうに魔狼は唸る。

 たしかに。

 このランクアップした私用わたしようの聖書を入手した時より、更に聖職者としてのレベルが上昇しているようだ。

 神獣ホワイトハウルの加護を得たという事だろう。


『なるほどね、なーんか不自然な流れで、急に昔話をしだしたから不思議には感じたんだけど、君の目的はそれ。私を聖職者としてレベルアップさせる事だったのか』


『まあ、そういうことだ』

『でも、どうして急に?』


 魔狼はムカーっと眉間にでっかい怒りマークを作って、吠える。


『だって、我の目の前で何者かもわからぬ謎の存在の手によってレベルアップしおったのだぞ! 我はなんかムカついたのだ! 我だってそれくらいできると証明したかったのだ!』


 ブゥー、ワン! ワン!

 と、神話級ダンジョン自体を威嚇するように吠えながら、超神速で駆け回る。すごいだろー! すごいだろー! と、私に同意をするよう訴える。


『いや、まあ本当に凄いんだけどね。大魔帝たるこの私に、神としての恩寵の加護を付与して強化するなんて、誰にでもできるような事じゃないし……』

『そうであろう! そうであろう! ワファファファファファ!』


 成長した私が頷いたことに満足したのだろう。魔狼はドヤ顔をして見せる。


『どうだみたか! 名も知らぬダンジョン領域のボスとやら! ケトスは我の加護で強化された、我の方がすっごいんだからのーう! バーカ! アホー! ボスのバーカ! ワフフー!』


 唾を飛ばす勢いでキャンキャンきゃんきゃん。

 お尻を向けて尻尾をブルブルブルブル! うしろ足で土を掘る仕草をして見せて、肉球を見せる勢いでジャッジャと砂かけ!

 挑発してるし……。

 ようするに、なんかよーわからん試練相手に嫉妬したのね。


 ともあれ。

 私のステータスを確認すると、祈りや加護といった大いなる光を源とする奇跡系の祝福スキルのレベルがあり得ない程に上昇している。

 それよりも気になるのは。

 あー……やっぱり。「神の試練を超えし者」の称号がまた習得されちゃってるよ。

 そういやホワイトハウルは神獣で、神族のナンバーツー。

 神様判定されちゃって、主神になる権利を得るこの称号、取れちゃうんだね。

 だからまた蒼白い閃光が私を祝福したのか。


 これ、呪いの称号なんじゃないだろうな……。


 なーんか、ずっと私を主神にしたがる流れが続いているけど。

 これ、大いなる光の弱体を考慮した世界が、運命を操作して私を主神にしたがっているんじゃないだろうか……。

 ……。

 魔力消しゴムで再び、ゴシゴシゴシと消去する。

 よっし!

 称号削除完了!


 まあ、これで聖者ケトスの書を更に扱いやすくなったはず。グロッキーになっている神の眷属達をなんとかできるだろう。

 第二領域もそろそろ突破できそうかな。



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