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がるがるワンコと聖職者ケトス ~極悪大魔族コンビの逆襲~その2



 神話級ダンジョンの迷宮内部。

 極悪魔族二匹が、慄く部下を引き連れて、法則も罠もダンジョン守護者ガーティアンも無視して進軍!

 たぶんダンジョン領域のボスが見ていたら、ぎゃぁぁぁぁっと叫んでいる事だろう。

 そんなこんなで今も裏技の真っ最中。

 私の華麗なる魔術で、魂だけとなった遭難者のマップ情報を取得しているのである。


 まあ、本当はとっくに把握しているんだけどね。

 そうじゃなければ魔狼をここまで暴れさせたりはしなかっただろう。

 ともあれ。


 魔導書を翳してマッピングを完了したフリをする私。

 その活躍ドヤシーンに浸る私の服の裾を、チョイチョイと犬手で引っ張って魔狼が言う。


『なあ、ケトスよ。なんとかなりそうか。まあおまえの事だからなんとかしてしまうのだろうが――我、退屈なのだが? 早く奥に進みたいのだが?』


 ワンコが人の顔を見ながらキャンキャンきゃんきゃん、ハッハッハッハと尾を振りながら吠える。


『んー、まあなんとか……って、君、あんまり私の名前を呼んだら不味いだろう。大魔帝だって気付かれちゃうよ? それに――』


 キョトンとしている魔狼のモフ耳に口を寄せ、私は小さく忠告する。


『これ、他の全員が怯えてるし死にかけだからいいけど。私といるときはダラーっとした駄犬だって、そのうちバレるよ……?』

『おお、すまんすまん。そなたと冒険しているのが嬉しくて、ついな。つい。魔狼のほんのちょっとのかわいい失敗というヤツであるな。グワッハッハッハ!』


 尻尾がブンブンブン!

 私の周囲を超神速で駆け回って、わっほーいわっほーい!

 その最中にも新たに生まれた赤い魔力の咆哮犬が、ダンジョンを逃げ回る敵を追って、徘徊。

 グジャ、ベギ、グジュジャバァァァ!

 ズンズンゾゴゾゴ、ドガバギグジャァァァァァァ!

 たぶん、今頃スプラッターショーだろう。

 うちのモフモフスパイワンワンズもそうだが、犬って、結構敵に容赦ないよね……。


 かわいいワンちゃんの大行進。

 その行く道は赤い肉球型の足跡がズラズラ。

 トマトケチャップのような鮮血が、奥の方で弾け飛んでいるが――見なかったことにしよう。

 これ、どっちがダンジョンモンスターか分からないね。


『さて、マッピングは完了したよ。やっぱり遭難組は第三領域だね。後は――とりあえず、こっちの恐慌状態もなんとかしないと、うざ……じゃなかった足手纏い! でもない……えーと、こういう邪魔な人たちを気遣う言葉ってなんて言ったらいいんだろ?』

『さあのう、神族は基本実力社会。そういう心にもない慰めはあまりせんぞ?』


 そりゃ、神族って容赦なく人間を刈り取る仕事とかも多いしね……。

 たぶん、人間を殺した数も魔物や魔族を通り越して、ぶっちぎりの一位の筈だ。

 天界だからといってお花畑でうふふふな場所ではないのである。想像されているよりも殺伐としているのだろう。

 私は黙り込んでしまっている神族達を、じぃぃぃぃ。

 さっきの罠でデバフとか状態異常とか喰らいまくって、ちょっと動きそうにないんだよねえ……。

 ホワイトハウルも後で蘇生させればいいと思っているのか、あまり心配はしていないようだ。


『とにかく。置いていくわけにもいかないし――皆の魂にマップ情報を伝達するついでに、さっきの罠の状態回復と、精神強化の祝福儀式をして動けるようにするから。君はこれでも食べて待っててよ』


 亜空間リュックから取り出した、皇帝印の超特級カラアゲパックをホワイトハウルに手渡し私は言う。

 闇の中でワンコの瞳がギラーン! と紅く照る。


『ほぅ! 我に貢ぎ物とは! そなたもついに我の偉大さに平伏したのか!』

『はいはい、平伏した。平伏した』


 手をパタパタと気楽に振ったその裏で、私は真剣な面持ちで一冊の書を取り出す。

 大いなる光を讃える書。

 駅前とか、学校前で布教するお兄さんお姉さんが配っていそうな、いわゆる聖書というやつだ。

 まあこれは帝国から貰ってきた書だが。

 ちなみに、厚さが丁度イイのでたまに枕にしている一品である。

 大魔帝ケトスとしての魔術を掛けたら、さすがに正体がバレるしね。神の奇跡でやってやろうというわけである。

 別に、彼等よりも上位の奇跡を起こしてドヤりたいとか?

 マウントを取ってやろうとか?

 そういうことはぜーんぜん、考えて……ないわけないよね!

 ドヤってやる気まんまんなのである!


 とりあえず聖書が読めるように灯りを出してみるか。


 真面目な表情でキリっと微笑した私は手を翳し、聖書に精神を乗せて神に祈りを捧げる。

 その姿はまるで敬虔な美壮年聖職者。

 いやあ、私ってどんな事をさせても格好いいなあ。


『主よ、我に輝きの奇跡を――』


 超雑念まじりだったが、ちゃんと発動していた。

 成功だ。

 周囲が、神の分霊体である聖光で満ちていく。

 ホタルの光にも似た淡い光が、血塗れになった床を照らし出す――……。

 ……。

 スプラッターショーの残骸のせいで、あんまり神秘的じゃないね……。

 殺戮ワンコを連れ歩く糸目メガネサイコパス狂信者みたいになっちゃってるね。

 指を鳴らし、魔力でこっそりと周囲を掃除。

 おお! これでワンコを連れた物腰穏やかな聖職者おじ様の完成だ!


『ほう、ダンジョン領域を神の領域に上書きしたか。魔の身でありながら、おそろしき適応力よ』

『まあねえ、君には私の秘密を話しただろ』


 そう、魔狼は知っている。

 私がかつて人間であったという事を――。

 人間であった頃の魂の残滓が、この魔猫の身にほんのすこしだけ残されているのだろう。

 だからこそ、神の祝福は発動するのだろうと私自身は考えていた。

 ま、それ以上聞いてこないのは、彼も気を遣っているのだろう。

 私自身も、もう覚えていないので、どう返答したらいいか分からないから――それは助かったりもしているのである。


 ともあれ。

 これで理解して貰えただろう。


 聖書は魔術師が扱う杖のようなもの。

 今やってみせた通り、聖書を祝福の道標にするのである。

 奇跡や祝福は魔術に比べるとまだあんまり慣れてないから、こういう補助輪があると色々と楽なのだ。

 さて。

 さすがの私でも神族に祝福の奇跡を掛けるのは少し骨が折れる。魂が神族属性でコーティングされた彼らに祝福をかけるには、それなりの準備が必要なのだ。

 ま、魔狼に管理を引き継ぐって約束しちゃったから仕方ないね。

 精神を集中させ――聖書に祈りの波動を――……。


 バウバウ!

 人がせっかく、今回だけはまじめに準備をしているのに。

 バウバウバウ!

 気取って聖職者モードの私の横。

 バウバウバオーン!

 闇に蠢く魔狼の影、その尾がブオンブオンと光を遮って荒れ狂う。


『ハグググバグググ! うまい! バグググ、ハグググ、うまし! いとうまし! ぐはははは! これこそ神獣たる我に捧げる贄に相応しい馳走である!』


 唐揚げを貪るホワイトハウルの声が、聖職者モードで瞑想する私の猫耳を揺らしていた。

 パリパリパリ。

 あ、私のリュックに犬手を突っこんで勝手に追加のヤキトリパックを取り出してるし……。

 厳重に結界で守っていたのに、食い気で簡単に破りやがったよ、この魔狼。

 こんなことで実感したくはないが。

 んーむ、さすが元大魔帝。


『おーい、ケト……じゃなかった、古き友よ! 唐揚げがなくなってしまったのだが!? ヤキトリを代わりに貰うが、我、もっとカラアゲも食べたいのだが!?』

『だぁぁぁぁぁぁ! 集中できないだろう!』


 ガァァァァンとショックを受けた顔をした魔狼は、トトトと後退り。耳を下げて、尾を落とす。

 あ、しまった。


『す、すまん……我、ちょっと調子に乗ってしまったのだ。しょんぼりなのだ……』


『ご、ごめんて。そんなにしょげなくても……』

『あーあー! そなたが許してくれないと、足をガジガジしてしまうんだがのーう! 我、拗ねて魔哮をいろーんなところにぶっぱなしてしまうんだがのー!』


 いや、これは――。

 チラ、チラっとこちらを見て。

 ワンコはヤキトリパックの前で涎をダラダラ垂らし続ける。

 間違いない。

 魔狼必殺、拗ねたフリ攻撃である!

 魔王様、この手によく引っかかってたんだよなあ……。


『あー! おいしいだろうなあ、このヤキトリはうまいのであろうなあ。あー! 食べたいなどとは口にできんなあ!』


 単独行動が得意な魔狼だからこそ、パーティを抜けて貰って、ソロになって貰っているのだが。

 これ。

 鎖につないでいたワンコを解き放っている状態になっちゃったのかも。

 まあ、暴走した私がロックウェル卿がいる時に気を許して好き勝手してしまったように、魔狼は私に甘えているのかな。

 それが分かっているから、ちょっと優しいケトス様なのである。


 まあ、甘えられるのも悪くはないか。

 私は眉を下げて、ヤキトリパックを開いて魔狼に差し出す。


『はぁ……分かったよ、カラアゲは後でね。今はまあ、そのヤキトリで我慢してよ』

『ほう、後でくれるのだな!? 我、黒カラアゲが食べたいぞ? あ、レモンは要らぬからな! あれは食後に丸ごと喰うのが美味いのだ! まあ今はヤキトリで我慢してやるがのう!』


 ぐはははは! と哄笑を漏らしながらもヤキトリパックを受け取り。

 尾をブンブカブンブカ振りまくって跳ねまわるホワイトハウル。


『わっほーい! わっほーい! ヤキトリなのである!』


 やっぱりこいつ。全然懲りてねえな。

 自らの吐息から生み出した蓮の巨大神獣花に、どてりと乗って、魔狼はヤキトリを貪りながらモグモグモグ。

 完全にリラックスモードである。

 足の裏の肉球がちょっぴりプリティ。

 ま、もう本領を発揮したし、スランプも治ったのかな。


『まったく、面倒な仕事中でもこういう時だけ元気なんだから。そういう所は変わらないんだね、君は――』

『おまえは、くっちゃ、かわったのう。前なら、ごっきゅん……我が、おまえの所蔵する食料を盗んだら、怒髪天でキレちらかしていただろう』

『そうかなあ?』


 どの角度で聖書を翳したらカッコウイイか、真剣に考えながら調整する私に彼は言った。


『我と食料の取り合いで大ゲンカして、平原を一つぶっ壊した事を忘れたわけではあるまい?』

『あったっけ。そんなこと?』


 ちょっと我に返った魔狼が、こちらをじぃぃぃぃっと見る。

 大きな口を動かして、ヤキトリのタレをぺちゃぺちゃと舌で舐め取りながらの、ジト目である。


『あれを……、忘れるか? ふつう……地図が変わる程の衝突を起こしたら、わすれんぞ? あれ……人間たちの間では神の怒りを買ったせいとなり、いまだに畏れられているのだが……?』

『ああ! 思い出した! 大陸に亀裂を生じさせちゃって新しい海峡ができちゃった、あれか! いやあ、懐かしいねえ! って、なんだいその貌は、あれ? もしかして……違ったかな?』


 ヤキトリを食べる手を止めて、魔狼が頬をピクピクとさせながら牙をギラつかせる。


『ということは――ほぅ、そうか。嘆きの海峡事件の犯人はやはりおまえ、だったのか……。あれも、荒れ狂う神々の怒りを買ったと、人間たちの伝承に残されてしまっておるのだが? 我が主のせいになっておるのだが……?』


『だって、なんか人間たちが人身御供? っていうの? 女子供を神への生贄に捧げようとしててさ。なんかムカってきたから、ついやっちゃったんだよねえ。いいじゃん、そのおかげで民間人の女子供を捧げると神が怒り狂うってそれ以降禁止になったんだから。善行じゃないかな?』

『まあ、そうであるのだが――つまり、確信犯だったのだな』


 ものすっごいジト目を更に半目にして呆れ顔のホワイトハウル。

 あっれー……やっぱり、大いなる光のフリをして神罰与えたの。駄目だったのかな……。

 でも正直。

 暴走ワンコにだけは言われたくないのだが……。


 誤魔化すように聖書に意識を集中させて、私はハハハと紳士な微笑。


『ははは……まあ昔の事だからね。もう時効だよ時効』

『冷静なフリをして誤魔化せるものでもないと思うが――まあ、お前だからのう……。ともあれ、今のそなたにはあの頃にはない、落ち着きが生まれているのだな。――まるで魔王様のような顔をしおって……我は少し、驚いたぞ』


 魔狼は瞳を伏し、牙休めのブロッコリーをがじがじしながらしんみりと口を動かした。

 そう言われると、ちょっとだけ……いや、かなり嬉しかった。

 魔王様と、魔狼と、私――か。

 よく、三人で色々やったもんだが。

 本当に、懐かしい……。

 けれど。今はもう、あの時とは違う。

 新しい未来に向かって、私達は新しい関係性を作っているのだと思う。


『我に食料を奪われてもなお、冷静さを保つその姿。それこそがまさしく、我の知らぬ場所で育ったそなたの成長の証なのだろうな』

『いや、そんなことで成長を実感されても……っていうか、それ、味わって食べてよ? 魔剣の様子を見に行った時に貰ったお土産だし……私のお気に入りだし、タレのセットは人気ですぐ売り切れちゃうし、けっこう高いんだからね』

『くっちゃくちゃ、わかっておる、んぐんぐ、くっちゃくっちゃ』


 強面でくっちゃくっちゃとヤキトリを貪る魔狼は、尻尾をぶんぶん。

 うんうん、と頷いて食べ終わったヤキトリ串の山を築いていく。

 こりゃ全部、喰われるな。


 まあ、確かに色々と成長しているのは間違いないだろう。

 私は奇跡を組み立て、周囲の聖光を増強させながら瞳を閉じる。


 昔の私だったら食料を取られたって喧嘩しちゃっていたのかな。

 望郷に似た感傷が私の鼻腔を擽っていた。

 懐かしい、けれどもう戻れない日々。

 本音を言うならば、あの頃に帰りたい。


 けれど。

 私は――。


 それでも、歩き出した。

 私の肉球は、前を向いて歩いている。

 少なくとも気持ちだけはそうでありたい。


 いつまでも過去に縛られていては、魔王様に笑われてしまうのだ。だから、私は未来へ歩むための奇跡を起こそう。


 そう、胸に誓った。

 その瞬間。

 私の中に、微かな変化が訪れていた。


 祈りが、想いに反応し始めたのだ。



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