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新たな火種 ~明るすぎる蛍光灯は肉球を焦がす~



 おっといけない。

 隠しきれない憎悪が滲み出そうになってしまった。


 まあ、ネコの祈りなんて神には興味がなかったのだろうが。

 少しぐらい、恨みを持ってしまうのは仕方がないよね?

 だって、私は――。

 ただの黒猫として生きた五年間の私は。

 本当に何度も奇跡を願ったのだから。


 汚泥の中。

 動かぬ光を、猫の瞳で見続けながら――。

 だから。

 泥に這う届かぬ奇跡を拾い上げてくれた魔王様こそが、我が君、我が神なのだ。

 だから。

 私はまっとうな聖職者が、嫌いなのだと思う。

 まあ地母神信仰とか、魔道具を神と称える系統の土着系の聖職者にはなーんも思わないんだけどね。


 魔王様の偉大さを再確認した、それはとても素晴らしい事なのだと私は思うのだ!


 長い思考の渦から私を引き上げたのも、やはり聖職者ダイアナの声だった。


「どこか具合がお悪いのですか?」

『さあ、どうだろうか――まあ、少し、気分は悪かったけれど、もう大丈夫。心配してくれて、ありがとう』


 言って、私はダンディ微笑。

 いっそ魅了してやろうと思ったのだが。


「いえ、こちらこそ。身勝手に心配を押し付けてしまって、申し訳ありません。無礼をどうかお許しください」


 と、頭を下げて彼女は詫びる。

 んーむ、魅了。

 効かないでやんの………。


 欲望よりも使命や忠義が勝り、レジストしたのだろう。

 マジでちゃんとした聖職者とは、最近ではなかなか珍しい。

 だって、私の魅了で入れ食い状態だったしね。

 こういう信徒が増えれば神への信仰も回復すると思うのだが、どうなんだろうね。

 魔族的には困るような気もするけど。

 私は屈託のない聖女をちらり。

 このダイアナくんも私が本気を出して魅了すればおそらく落ちるだろうが。

 そういうの、負けたみたいで格好悪いからしないでおこう。

 そもそも、ワンコに怒られるだろうしね。


 さて、とっとと退散しよう。

 そう思った時だった。

 彼女は言った。


「ところで――苦しんでいらっしゃるのでしたら、わたくしが御力をお貸しできると思うのですが……後でお時間ありますでしょうか?」


 本当に救済したい。

 そんな感情が滲む清い言葉だったのだが、何故か私のセンサーが動いていた。

 モフモフ耳としっぽが、キーボード掃除のモップみたいにざわざわぁぁぁああっと逆立っていたのだ。

 猫状態だったら、たぶん私は猫の眉間をぐぎぎと歪めていただろうと思う。


 ……。

 なんだろう。

 なーんか、嫌な空気がぷんぷんするのだ、このダイアナとかいう聖職者。

 本当に……なんだろう。

 この戦乙女が悪いわけではないけれど。

 やはり、どうも苦手だ。


 おーい! ホワイトハウル! はやく、ヘルプ!

 と、私は視線をワンコに投げつけた。


 珍しく耳と尾を下げ求める私の救援コールに、ため息を漏らしながら近づいてきたのは、ホワイトハウル。

 私はサササと魔狼の影に隠れて息をつく。

 日傘みたいなものである。

 はぁ、落ち着いた。

 ダイアナと名乗った美女槍戦士に上司としての顔で魔狼は告げた。


『ダイアナよ。そなたに忠告しておこう。こやつには――けして手を出すな。そしてあまり関わるな。彼の者の闇は――深い。そなたの手には負えんだろう。対応は全て我が行う――できれば他の者にも厳重に伝えておいてくれ。伝達漏れがないように、確実にな』


 そうだそうだ!

 言ってやれ言ってやれ!

 魔狼の陰に隠れて虎の威を借るなんとやら、私は尾を揺らす。

 そんな私をヒョイと覗いて、女神っぽい微笑でダイアナは微笑する。


「分かっておりますわ。いくら何でも神の眷属ともあろうわたし達が――弱者とはいえ、協力してくださる方に危害を加えることなどありませぬ。白銀様のご友人ですもの、我らにとっても良き友となりましょう」

『ぶにゃ……!』


 思わず変身が解けてしまった。

 トテンと地に肉球あんよが着いてしまう。

 一瞬でそれを隠蔽する魔狼の眼光で、ホワイトハウルが誤魔化してくれたが。

 今のは危なかったぞ、ちょっと。

 ピカーっと微笑む光が眩しい。

 これ、心まで綺麗な天然美女だよ。

 ダイアナ、おそるべし……。

 悪戯ばかりしている私にとっては、ちょっと対応に困る相手でもある。


『弱者……か』

「あら……? なにか?」


『気付かぬのか?』

「何がでありましょうか? あら、それよりもあの方はどちらに行ってしまったのですか。わたくしが御守りしなくてはならないのに」


 きょろきょろと周囲を探っているが、私はこそりと隠蔽状態。


『あの者には関わるなと言ったであろう』

「ですけれど、あの方は苦しんでいらっしゃいました。なにかとてつもない憎悪と悲しみに……今でも囚われておいででした。でしたらいっそ、このわたくしの奇跡で――あの方の記憶を消して差し上げようと思ったのですけれど……」


 太陽のような眩しい笑顔で彼女はとんでもないことを言い出した。

 おいおい、姉ちゃん。

 そりゃちょっと……困るんですけど。

 辛い記憶だって、私の中では大切な記憶なのだ。

 ホワイトハウルも思う所があったのか、まさに神獣といった貌で瞳を細めた。


『ダイアナよ、それは少々度が過ぎた干渉ではあるまいか? そのような一方的な解決方法を我は好かん』

「神の使途として、御使いとして。苦しむを取り除いて差し上げる、それのどこに過ぎた部分があるというのでしょうか?」


『悲しみも、憎しみも――その者の生きた証。本人が望むのでなければ、勝手に取り上げていいものではあるまい。主も、そう仰っていたではないか』

「わたくしはそうは思いませんわ。だって、今までも苦しみを取り除いて差し上げた人間たちは皆。全てを忘れて幸福に生きていらっしゃいますもの」


 ざわざわ、っと毛が逆立って私の瞳は細くなっていく。


「嫌な事をすべて忘れ、ただ神のため。主のためだけに生きられる素晴らしき人生を――あの方にも。白銀様、あなたは反対していらっしゃいますが――それってとても、幸福ではありませんか? 失いかけている信仰も取り戻せ、人々は幸福を享受する。まさに、理想郷だと思いますの」


 あの日に見た、澄んだ空のような光の微笑。

 まるで輝かしさを押し付けるような太陽の笑顔。

 屈託のない、清らかな。

 けれど冷たい現実を聖者は口にした。


 あー、あかんわ。こいつ。


 黒猫としての私は、女の独善を呆れた眼で見つめてしまった。

 こりゃ。

 こいつも違った意味で、駄目だな……神、まーじでなにやってるんだろ……。

 弱体化とか、そういう話を抜きにして……神族、たぶん滅ぶぞ……。

 ホワイトハウルも滅びゆく神族の道程を察しているのか、もはや疲れ切った瞳で、表面上だけは美しい戦乙女を眺めている。


『本当に、それが理想郷だと思うのか?』

「ええ、何か問題がありますでしょうか。わたくしには、白銀様が必要以上に、主を信じて歩む我らの方針に口を出される理由が分かりませんわ」


 信徒を導くのはあくまでも大いなる光の仕事。

 魔狼はその辺りに深く干渉するつもりはないのだろうか。

 それとも。

 大いなる光に止められている、のかな。


『そうか――分からぬか』


 落胆する魔狼は、もはや問答を諦めたのだろう。

 対する美女ダイアナはキョトンとした顔を見せるばかり。

 魔狼は私にしか聞こえない程度の小さな息を吐き、くだらん……と犬のため息。独善ともいえる女の言動に失望し、興味が失せたようだ。

 清らかなだけではダメなのだと、そういえばこの間の宴会で言っていたが――。

 こういう意味だったのかな。

 腐ってる連中は腐りきっているし、まっとうだと思っていた彼女みたいな存在は逆に、善方向に暴走しているのだろうか。

 ま、善行が暴走しているのもこのダイアナくんだけかもしれないが。

 実際、どうなんだろうね。


 そういう連中はおそらく、神族として強い力を持っている場合が多いだろう。

 私が憎悪の魔力をエネルギーとする現象に似ているか。己が信じる善を履行しようする心の強さを、そのまま強さに変換できるからである。

 となると――そういう人らは先行組として既に全滅しちゃったのかな。後で魂を回収しないといけないのだが――正直、放置しちゃっても……。

 ま、それは私が考える事ではないか。


 ともあれ。

 ホワイトハウルはあからさまに涼やかな、いや無関心で冷徹な鉄面皮へと強面を切り替え――この場から下がるようにと、手と目線でダイアナを退けた。


『そうか、ならばいい。くれぐれも頼んだぞ』

「はい、それではあの方にもよろしくお伝えください。皆にはちゃんと伝えておきますから、ご安心ください」


 んーむ、一見するといい子だなあ……。

 イイ子が過ぎて苦手だけど……。

 めっちゃやばい思考の持ち主っぽいし……関わらないようにしよう。

 他の者がいなくなったことを確認すると――魔狼がギロリと私を睨む。


『ケトスよ、あまり我を揶揄うな。心臓が止まるかと思ったぞ』

『はは、すまないね。どうも私は神っていう存在が好きじゃなくてね、ついついお堅い彼らを揶揄いたくなってしまうんだよ』


 私はポンと獣人紳士の姿に戻り、肩を竦めて見せる。

 ま、本当はここの罠を解除するためだったんだけど。

 説明するのも面倒だし、悪者のままでいいか。

 最初、揶揄おうとしていたのは本当だしね。


『まったく、きさまは本当に変わらんな』


『全部が全部ってわけじゃないが――変わらないっていうのも美徳の一つ、良い事になる場合だってあるだろう?』

『そう、なのだろうな――我ら神族は……変わってしまった。変わってしまったのだよ。我にはもはや、主の御心が分からなくなってきている』


 瞳を伏して囁くホワイトハウルの表情は、案外に穏やかなものだった。

 腐った部下、独善を進む部下。

 そのどちらにも彼は疲れているのだろう。

 それでも魔狼は神族の幹部。

 表情をキリリと戻し、神の戦士としての顔で私という闇を見た。


『一つだけ、聞かせて貰ってもよいか?』

『なんだい、珍しくまともな貌をしちゃって』


 私は彼の言葉を待つ。

 なにやら疑問でもあるのだろうか。

 ま、時間結界で時を止めたり色々と暗躍をしていたのだ、普通は気になるか。

 ホワイトハウルなら気付いていたんだろうし。


『ここに、何かが仕掛けられていたのか? いや、何が仕掛けられていたのだ』


 彼の問いかけに、私は眉を下げた。

 やはり気付いていたのか、と。

 昔と変わらぬその鋭さが、少しだけ懐かしくて――嬉しかったのだ。



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