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罠 ~ダンジョン領域の錯視~後編



『くだらない――』


 我が家のワンコを粗末に扱われ、怒り心頭な私は神を罵倒し猫頭をプンプン。

 もっふぁーと膨らんだ尻尾をぶんぶん。

 獣人紳士な顔立ちに、だんだんと魔族としての冷徹が浮かび始めている。

 それを合図にしたのだろう。

 膝に乗せていた悪心悪魔ネコたちがくわぁぁぁっと欠伸をして、ネコのお手々で顔を洗い――シュバっと目覚めて、目をギラーン!

 再び私に目覚めた悪の心を囃し立てようと空間を回り始める。


『んー飽きちゃったし。なんか面倒になってきたし……神族って、思っていた以上に腐ってるし――ホワイトハウルを連れて、全部、こわして帰っちゃうおうかなあ……』


 そんな、ネコちゃんの呟きは結構重く響いていた。

 知っての通り、私はけっこうきまぐれなのだ。

 いきなり意見を真逆に変える事さえ気にしない、奔放な黒猫なのである。

 だからだろう。

 私の漏らした独り言にホワイトハウルの口元が、ぐぎぎとギャグみたいに軋む。

 遠くの方で眺めていた、私の正体を察しているまともな神族たちの顔もグギギと固まる。


 慌てて魔狼が止めに入る。


『この者は我が連れてまいったダンジョン攻略の達人。この者の守護は我一人で行う、そなたらの手は煩わせん』


 あくまでも落ち着いた、しかし淡々とした口調で魔狼は言う。

 対する聖女騎士も負けじと顔をぐしゃりと悪に染め答える。


「なれど、この者は魔族なのでありましょう?」

『我も魔族だ。きさまは我の存在にも不服を申し立てるのか? それもいい、全ての者が我を受け入れているわけではないと知っているからな。なれど、その是非は大いなる光、主神が定めることである。不満があるのならば主が回復した後にせよ、さすれば汝の話に耳を傾ける機会は作られよう』


 あ、なんかこの小娘。

 魔狼の地雷も踏んだっぽいな。


「と、とんでもない! わたしは白銀様の存在に異議などありませぬ」

『あまり我を怒らせるな。が主に認められているとはいえ、我もまた魔性の身。我は聖を司りし神獣にして魔、魔と聖の狭間に揺蕩う混沌の獣。時に全てを消滅させ、懐かしき巣に戻ってもいい――そう悪心が芽生える瞬間もあるのだからな』


 周囲を覆う瘴気。

 悪心フィールドを打ち破る程の瘴気が――次元の狭間に広がっていく。

 遠吠えは神獣の唸り。

 唸る魔狼の威嚇は全てを黙らせる魔性の咆哮。

 ホワイトハウル。

 めっちゃ部下を睨んでるよ。

 けっこう、こわいかも。

 あ、私の心と魔力から生まれた悪心悪魔猫たちが魔狼の威嚇に怯えて逃げちゃった。

 ……。

 ふと思ったのだが。

 今、私、めっちゃ罠にかかって悪心ばりばり巡らせていたよね?

 ホワイトハウルがいなかったら、ちょっと危なかったかもしれない。

 んーむ、このフィールド。

 結構危険だな。


『二度は言わぬ。これ以上、我が客人の前で不興を買うというのなら、我は汝に裁定を下す。その覚悟があるのならば、続けよ』


 涼やかな声だった。

 そして、明確な殺意を表した声でもあった。

 こういっているのだ。


 騒げば殺すと。


 神というのは魔族以上に縦社会なのだろう。

 実はぜーんぜん知らなかったのだが。

 この魔狼。

 主神の次に偉い地位にいるらしいんだよね。


 つまり、この世界で二番目に偉い神族なのである。

 どうりで大幅なレベルアップも可能だったわけだ。

 この冷徹な男が、私の前で腹を出してくっちゃくっちゃと唐揚げを貪る犬と同一人物なのだから、面白い。

 ……。

 さて、本当にもうここは十分だろう。

 これ以上、このままでいると本当に何かやらかしかねない。

 悪心を増長させるここにいる私は、自分でも何をするか分からないのだ。

 眼鏡を輝かせ、頭をぐるぐると働かせる。

 今回は知的キャラだからね!

 私はこの領域の罠を破るための一手を打つため、一芝居することにした。


 ニヒィっとホワイトハウルにだけ分かるように口角を一瞬、つり上げて。

 どてん!

 尻もちをついてやる。


『す、すみません……ホワイトハウルさま……やっぱり私は、帰った方がよろしいのではないでしょうか……?』


 尻尾を下げて、怯えた様子で言ってやる。

 むろん、演技であるが。

 ホワイトハウルのお澄まし貌。その端正な強面に、薄らと脂汗が滴り始める。

 私の真意が分からないのだろう。

 頭に浮かんだハテナの魔力が、洪水を起こすほどに溢れている。


 聖女騎士は我が意を得たりとばかりのしたり顔で、唇を動かす。


「なんと情けない。これだから脆弱なる下々の者は嫌なのです。さあ白銀様! こんなものは下界に戻し、いえ、この場所を知られたからには返すわけにも参りませぬ。この場で処分して、我らだけで行こうではありませんか!」


 とうとう剣を握り出した聖女騎士。

 その短慮に周囲は騒然となる。

 あ、さすがに周りが気付きだしたのか――よしよし計画通り。


 ビシっと魔狼の顔は固まるが、構わず私は言ってやった。


『聖女騎士様も……こ、こう仰っていますし、私はこれで――帰らせていただきます、こ、ころされたくありませんよ!』


 魔力を極限まで弱め、大袈裟にばたばたと這いずり回ってみる。

 あ、なんか弱者ごっこって面白いかも。

 ここ次元の狭間の亜空間だから、尻尾も汚れないしね♪

 足を崩して怯える私に、聖女騎士はギリっと顔を歪めて剣を上げる。


「なんと、なんと心弱き者であるか! ええーい、見苦しい! この場で首を刎ねてくれるわ!」


 んーむ、演技がかってるなあ……この人。

 神サイドの存在ってなーんか、全部芝居っぽいんだよね。

 ま、現実感のない神聖な存在だからかもしれないが。


 これで準備は整った。


 おそらく私の考えが正しかったら、この状況の私を「誰か」が助ければ全てが解決する。

 この罠の真意は――心を試すことにあるのだろう。

 つまり。

 神の眷属がもつべき、弱者への慈悲を求めているのだ。

 これで誰も私を助けなければ――それはそれでいい。

 この探索はここで終了だ。

 私は魔狼を連れて巣に帰ろう。

 たとえ、それが力尽くであったとしても――私は魔を守る者としての行動を起こす。

 魔王様の愛したものが傷つくのは、悲しい。

 そしてなにより。


 私も悲しい。


 薄らと滲み出る冷めた微笑が、私の正体を知るものすべての動きを凍り付かせる。

 私を知っているものが止めては意味がないのだ。

 これはおそらく。

 ごくありきたりな温かい感情。打算なく、弱者を助ける心が求められているのだから――。

 というわけで!

 いっそ切られてみても面白そうだが、はてどうしたものかと悩んでいると。


「弱い者虐めはおやめなさい!」


 高潔そうな、女性の声が私のモフ耳を揺らしていた。

 どうやら、神サイドの中にもこういう雑魚狩りを咎めるまともな存在がいたのだろう。

 私は怯えた演技を継続しつつも、声の主を、ぶにゃーんと眺めた。


 戦乙女といった感じの、槍を持つ神秘的な美女である。


 戦乙女風美女は、倒れる私の前に庇うように立っていた。

 他者を守る加護スキルである。

 剣に手をかける聖女騎士を威圧するように微笑む。

 微笑みから生まれる神聖なオーラは一見すると温かいが――これ、私達の魔術波動のようなモノで一種の脅しなのかな?


 こっちの美女の方が格上らしい。

 なんだ。

 ちゃんと弱者を守ろうとする神の眷属もいるんだね。

 悪心を高めるこのフィールドでこの高潔さ。魔王軍にも欲しいぐらい、心清らかな戦士なのだろう。

 おー!

 神! ちゃんとまともなのもいるじゃん!

 少しだけ見直したかもしれない。

 いやあ、危なかった。

 本当はちょっと諦めかけてたんだよね~。


 戦乙女風美女は私を振り返り、瞳で挨拶をし――聖女騎士を強い眼光で睨む。


「白銀ホワイトハウル様だけでは足りぬと仰るのでしたら、このわたくしが彼を守る盾となりましょう。それで何も問題はありませんね?」

「そ、それは――」

「問題、ありませんね?」


 ぐぬぬと、聖女騎士の方が戦乙女を睨む。

 んーむ。

 女の争いだろうか。

 貌もスタイルも、胸も……性格も全部、戦乙女の勝ちだろう。

 やっぱりどこにでもあるのかなあ、こういうの。

 でも、まぁぁぁぁったく相手にされてない……。

 色々、鬱憤溜まってるんだね。

 なんか、逆に聖女騎士の方に同情してしまう自分がいる。


「わ、分かりましたわ。それでは白銀様、失礼いたします」


 聖女騎士はホワイトハウルだけに礼を残し、すごすごと退散してしまった。

 取り巻きだった二人も声で目覚めたのだろう。誘惑されていた時の記憶は泡沫の夢として残っているのか、名残惜しそうに私をチラチラとしながらも去っていく。

 その後ろには誘惑されていた女性戦士たちがワラワラワラ。

 皆が皆。

 私の端整なイケにゃん紳士顔を見て、ぽっと甘い息を吐いて消えていく。


 ドヤハハハ!

 私って、やっぱり魅力的なんだろうね!

 んー、もうちょっと揶揄いたかったのだが。

 まあ、いいか。

 あの小娘も、ここの罠にかかって悪心を増長させていた部分も多少はあったのだろうし。

 ……。

 神の眷属が悪心操作にかかるって正直どうなの? って思うが。

 あれって悪感情がないとそもそも効果がないし。

 どうなんだろうね……。

 ともあれ。

 今の戦乙女風美女の行動で、罠となっていた不和の干渉は消えている。


 何人かのまともな神の眷属たちも、フィールドの異変に気が付いたようだ。

 ホワイトハウルもまた、微かに瞳を動かしている。


 弱者を助ける。

 やはりそれがカギとなったのである。

 神の眷属なら本来なら持っている筈の、心の清らかさの証明が必要だったのだ。


 彼らはようやく、最初の領域を攻略したのである。



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