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腐敗 ~傷んだミカンはワンコも食べない~後編



 正体を隠すネコちゃんが向ける、心からの侮蔑の半目に気付かず。

 愚かな信徒は傲慢を振るう。

 目の前の女騎士は、子分を連れてこちらを威圧しているのだ。

 それはさながら。

 虎を知らずに、キャンキャン縄張りを主張し吠える子犬たち。


 無知って、本当に怖いよね――、反面教師だし、私もちょっと気をつけよう。


 聖女騎士はやはり、ふふんとしたり顔でその貌をぐしゃぁぁぁっと悪の色に染めていた。

 今日日きょうび

 魔族だってしないような古典的な悪女顔である。

 おいおい。これで神の信徒なんかい……うちの極悪貌の悪魔部隊だって、こんな顔をせんぞ。


 聖女騎士はツンとした面持ちで、兜の下の口を蠢かした。


「荷物の整理は終わりましたの?」


 心醜い部分を覗くのは魔族の十八番だ。

 マイナスな感情は私の糧にもなる。

 図らずも、周囲に漂う負の瘴気を吸収してしまった私は、もっふもっふなネコ部分の毛艶をテカテカさせながら答える。


『ええ、すみません、挨拶が遅れまして――私は』

「いえ、あなたのお名前など結構ですわよ。それよりも、下界の者はやはり道具の整理もドンくさいのですね。あなた、それでも本当にダンジョン探索がお得意な冒険者なのですか?」


 うーむ、ド直球の嫌がらせである。


『冒険者?』

「まさか――冒険者証もお持ちでないのですか!? ええ!? これから大規模なダンジョン攻略に向かうのに、素人の方が同伴するのですか!? いやですわー、ただでさえ混乱しているというのに……どうしましょう、困ってしまいます。ねえ、みなさん?」


 取り巻きに同意を求め、取り巻き達に頷かせる。

 おー、こういう虐め!

 ドラマとかで見たことあるぞ!

 あれ……どんなドラマだったんだっけ……。

 あー……、もう――思い出せないや。


 私は少しだけ、切ない気分になった。

 嫌がらせに反応したのではなく、人間だった頃の記憶の残滓がネコの頭を過ったからである。


 思い出したくても思い出せない。

 指を伸ばしても遠い場所にあり続けるモノ。

 二度と、戻れぬ在りし日の記憶。

 ネコでも魔族でもない人としての私の、消えてしまった思い出だ。

 掴みたくとも届かないもどかしさは――結構、寂しくなるものなのである。


 それが私に苦い笑みを作らせた。


 ふっと切ない微笑を零してしまったからだろう。

 大魔帝の微笑に魅了された取り巻きの二人が、ポッと顔を赤らめて、嫌味を忘れて私に問いかける。


「あの、えーと、どうかなさいましたか?」

『いえ――少し、昔を懐かしんでいただけですよ。レディ』


「まあ、レディだなんて……こんな武骨な戦士の我らに……ぽっ……」


 あ、ちょろい。簡単に落ちた。

 魅了耐性が低いのだろう。

 もうこの取り巻き二人は完全に、私の手のひらの上で踊る存在となっている。

 とりあえず、何かの時に使えるかな?

 ……。

 というか、神の眷属が魔族の誘惑に簡単に落ちるのもどうかと思うが……。

 んーむ。

 予想以上に腐ってそうである。

 そんな情けない取り巻きをギッとにらんだ聖女騎士は、私を振り向き。


「下衆な魅了はおやめなさい!」

『いったい、なんのことでしょうか? このお二方が戦士ながらもあまりにも美しく、そして気高い魂の持ち主だったからつい……見惚れてしまった。ただそれだけの話ですよ』


 穏やかに、けれど着実に取り巻きの方を褒めてやる。


『けれど、たしかに不躾な視線ではありましたね。あなた方は大いなる光様に御使いする天上の方なのに、私ごときが目線を合わせてしまうなど無礼でした――申し訳ありません』

「あぁ……あなたこそが我らの君……」

「守って差し上げたいですわ……」


 取り巻き連中はすっかり、私の偽物の甘いマスクにご執心だ。


「ちょっとあなたたち! 大いなる光様の親衛隊であるわたし達が、こんなどこの馬の骨かもしれぬ獣人に見惚れるんじゃありませんわ! あら、わたしったら。すみません、部下を責めるつもりだったので、あなたにも失礼なことを、でも、許してくださいますわね? だって、わたし、神の信徒ですもの!?」


 しかし懲りずに嫌がらせの視線を送ってくるのは、この聖女騎士。

 やはり、この失礼なメスは元人間だろう。

 なーんか、人間て冒険者とかランクとか選ばれし神の信徒とか。そういうのでマウント取るの、好きなんだよね。

 あ、良い事を思いついてしまったのだ!

 私はオドオドとした様子をこれみよがしに曝け出し、油断を誘って眉を下げる。


『えーと、すみません……冒険者かどうか、でしたよね? 一応、登録だけは済ませてありますので冒険者証を所持していますが。私は元魔王軍で、隠居の身。戦闘ではなく技術方面で評価をいただいたランクですし、ほとんど形だけの登録証なので……あまりランクに意味はありませんよ』

「あら、そう! 見せて頂いても?」


 あ、あっさり釣り針に掛かってやんの。

 張り合いないなあ……。


『構いませんが――……本当に形だけのものですよ』


 冒険者リュックの中に手を伸ばして、こっそり亜空間に接続。

 以前、ギルドマスターで嘆きの魔性であるナタリーくんに作成して貰った最上位の冒険者証を取り出し、提示する。

 むろん。

 何の自慢でもなく、さらっと出すのがポイントだ!


『自慢するようになってしまうので避けたかったのですが、すみません』

「え……!? こ、これは!?」


 聖女騎士は提示された冒険者証を目にして、ビシっとその嫌味な貌を固める。

 ぐぬぬと甲冑の下の顔が歪むのが分かる。

 たまーに遊びに行くマーガレット君との散歩で、実は私、人間冒険者界でもそれなり以上の戦績を残しているんだよね。

 その結果が最上位の冒険者証なのである。


 元人間ならばこれがどれほどの偉業か、すぐに理解できるだろう。

 御隠居様の印籠みたいなもんである。

 戦闘力を隠していたので事前に技術で手に入れたものだとアピールもしてあった。カードは偽造もできない。

 信じざるを得ない状況といった所か。


 あくまでも大したことありませんよといった体で、私は申し訳なさそうに眉を下げる。

 自慢する気なんて全然ありませんよ、とアピールをしないことで逆にアピールをしているのだ。

 これぞ高度な嫌がらせ!

 人間と違って冒険者ランクでマウントをするつもりはないが。

 つもりはないが!

 つもりはぁぁぁあああ、なぁぁぁぁいがぁぁぁああああ!

 ぶにゃーーーーっはっはっは、完全に返り討ちである!


 最上位の証明書は伊達ではない。

 これを見せれば貴族の紹介状よりも大きな発言権を得たりもするのだが――そうそう使う機会もなかったのだ。

 今まではね?

 読みかけの魔導書に挟む、しおりに使うぐらいにしか役に立っていなかったのだが。

 ま、こうして使う機会が訪れたのだ。

 気まぐれでも冒険者登録をした意味もあっただろう。


 そそくさと、彼女が急いで亜空間にしまった冒険者証を私は見逃さなかった。

 本当は高ランクの冒険者証を自慢するつもりだったのだろう。


「な、なるほど。たしかに形だけの冒険者証のようですね。ありがとうございます」

『いえ、どういたしまして』


 これで話が終わったかと思ったのだが。

 まーだ、なにか嫌がらせをしたがっているようだ。

 元人間の神の眷属って、エリート意識が凄いから一番性格が面倒くさいんだよね……。


 神本人ではなく、ホワイトハウルが直々に連れてきた私を追い出したいのだろう。

 そんなやりとりにこっそりと息を吐いたのは魔狼ホワイトハウルくん。

 もういいだろう、と。

 心に直接、魔術メッセージが送られてくる。

 正直、私ももういいんじゃないかなあ……と呆れてるし。


 これ。

 やっぱり大いなる光の弱体化の原因、神の眷属の腐敗だよね?

 つまり。

 やはり私はそれほど悪くないのである!

 ……。

 うん。ここ重要だね?

 さて、この後はホワイトハウルがどう動くか見守るしかないかな。


 まあ。

 もし私への嫌がらせをうまく排除できないようであれば。

 悪いけれど。

 ……。

 邪魔だし、ダンジョン攻略に支障をきたしたら本末転倒だし。

 こいつら。


 殺すか。


 一瞬だった。

 ほんの一瞬。赤い眼が、私のインテリジェーェェェンスな眼鏡の下で輝いていた。

 その刹那の間。

 この次元の狭間フィールドに広がったのはドス黒い魔猫の眼光。

 それを察することができたのは、いったいどれくらいの人数だっただろう。


「――――ッ!」


 瞬きするよりも短い時――世界から、音と色が消えていた。

 大魔帝としての私の殺意が、世界を怯えさせたのだ。


 おっといけない。

 ついつい気まぐれな魔猫としての本性が浮き出てしまった。


 穏やかな貌に戻した私の、ぶにゃーんな目線の先。

 遠くの方から神速で飛んでくるホワイトハウルが、じとじとと汗を垂らし始める。

 次元の狭間フィールドは現実空間とは違い、距離感や時間感覚がズレている、

 近いようで、意外に遠いのだ。

 まるで心の距離のように。

 まだ彼が着くまでには時間がある。

 その間に私が何をするのか、それは私自身にも分からない。


 実は私がけっこうムカついていると察したのだろう。

 更に超神速に切り替えて、ワンコは猛ダッシュ!


 気付いたのは彼だけではないようで。


 ほんの一瞬の殺意。

 ほんの刹那の気まぐれだったのだが。

 何人かが私の魔性に気が付いたのだろう。

 数名の顔つきが、恐怖と緊張で強張っていく。

 見てはいけない何かを探るように、怯えながら視線を泳がし……私と目が合うと、ぞっと顔を青ざめさせて目線を逃がす。


 彼らから伝わってくるのは、恐怖の感情と本音。

 アレは、あの大いなる闇の塊は――いったい……なんなのだ……っ。

 そんな怯えの心が、私の猫モフ毛を微かに揺らしていたのだ。


 気が付いた彼らは優秀だ。

 私の隠蔽魔術のほんの僅かな隙間を抜けて、察してしまったのだから。

 だからこそ気が付いた筈だ。

 なぜホワイトハウルほどの大物が、私などという得体のしれない獣人を連れてきたのかを。

 ホワイトハウルよりも強大な存在などこの世界にはもはや殆ど残されていない。

 ならば私が誰なのか――うすうすと勘付いただろう。


 大魔帝ケトス――なのだと。

 まあホワイトハウルには悪いけれど、少人数ぐらいなら気付かれても問題はない。

 ……、と思う。


 ともあれ、彼等には私の心も見えた筈だ。

 旧知の仲である魔狼に協力する以上、理由もなく惨殺はしないだろうと。

 しかし。

 それは裏を返せば理由さえあれば、容赦なく消すという事だ。

 だから彼らは――何も言わず、私に向かい、こっそりと私だけに分かる最上級の礼をして見せていた。


 おそらく。

 穏やかさを保つ私の気まぐれな心に気が付いたものは、腐っていないまともな神族だ。

 実際。

 私も敬意を表されたのなら、それに応えるだけの心を持っていたのだから。

 大魔帝として、私は静かな微笑を返してやった。

 敵対するつもりはない、とアピールしたのだ。

 まともな神族たちは私という存在を尊重しつつも、見なかったことにするようである。

 賢明な判断だ。

 大いなる光の回復に大魔帝が協力するのならば、これ以上に頼もしい協力者はいないのだろうから。


 さて、そんな物分かりの良い彼らはともかく。

 最強ネコちゃんに気付かず嫌がらせをする者共は、これからどうなるか!

 他人事だから別にいいけれど、頑張れホワイトハウル!

 大魔帝ケトスの制御と、主である大いなる光の回復と、腐った部下たちへの対応は君の手にかかっている!



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