魔術戦 ~決着、死霊魔術の秘密~
死霊化された古代竜――ディメンションタイラント。
通称DT竜。
四対の翼と強靭な竜鱗をもつ四足歩行のドラゴン種。既に滅んだ古代種である。
強大ではあるが繁殖能力が絶望的に低く、その強さとは裏腹、生き残る事ができなかった種だと魔王様から聞いたことがあったのだが。
そこでようやく理解した。
聖女と呼ばれるナディア皇女。彼女は本当にこの国随一の戦力なのだろう。
人間という器に縛られたままの生身の術者が召喚可能な中で、最高ランクの召喚獣だ。
死霊化した影響で虚ろとなった竜の眼が、私をぎょろりと睨む。
……。
テラテラとしてて結構気持ち悪い。
次元すらも切り裂く竜の吐息、ブレスを得意とするらしいが。
さて。
「我が愛しき最強の魔竜よ! お行きなさい!」
召喚主の命令に従い、DT竜は開いた咢に魔力の奔流を溜め始める。
が。
その瞳が何故か急に泳ぎだし、
『ウゴ、ウゴゴゴゴゴゴ?』
四対の翼がばさりばさりと動揺したように蠢きだす。
既に死んでいる筈なのに、汗がドバドバ流れ出した。
そりゃあまあ……お飾りとはいえ、いきなり幹部クラスの魔族と戦えって言われたらこうなるよね。
私、アンデッドが眠る虚無の世界でも結構有名だし。夏の暑い日とかに涼しさを求めてたまに遊びにも行くし……。
散歩のついでの冥界巡り、今年はどうしようかな。
なんて思っていたら。
竜がいきなり二足歩行の体勢を取り、許しを乞うポーズで泣き始めた。
『ウグウググゴゴゴゴゴ、グウゥゥゥゥゥウウゴゴゴ』
言葉として聞いただけだと意味が分からないだろうが、これは以前私がやったモノと同じ、魔力を介しての会話である。
この竜くん、めっちゃ謝罪してるし……。
「え、ちょ……っ、お待ちなさい! 貴女、なんで謝ってるのよ! え? 彼氏ができるまえに死にたくない? いや、貴女もう死んで……いえそういう意味じゃないんでしょうけど。ちょっと勝手に帰ろうとしないでいただけます!?」
「メスだったんだ、これ……」
ついついツッコんでしまった。
「あの愛しい胸のラインの腐敗具合をみればお分かりになるでしょう!?」
うわぁ、この娘。
重度のアンデッドマニアだ……。
そういやアンデッドが友達とか言ってたし。
たぶん友達いなかったんだろうなあ。
ともあれ。
「まあ、そろそろいい頃合いだろうし。お腹空いたし。こうすればいいか」
言って私は指を鳴らし、王国全土を覆うほどの魔法陣を形成する。
八重、九重、十重。
人間からしてみれば化け物レベル、神話級の魔法陣の筈だ。
「な……っ」
周囲全ての魔力を生クリームをすくう要領で指にかき集めると、猫魔獣としての巨大な咢を豪快に開く。
ごくりと丸のみ。
魔力うめぇ! 魔力、うめぇ!
ぶわっほぶわっほ、と毛並みが輝く。
伊達に魔王様のペットではないのだあああああああああああ!
にゃーっはっはっは!
と、いけないいけない。
これでしばらくこの辺りでは魔術の発動が不可能となる筈。
魔力を失った死霊が虚無の中へと戻っていく。
死霊たちは既に死んでいるくせに助かったとばかりに手を取り合って歓喜。
『あー生きてるって最高』
『オレたち、しんでるけど生きてる!』
今回は敵として戦ったが。
んーむ、あとで虚無まで慰めに行くか。
『いえいえいえいえ、けけけ、結構です!』
そう思った私の心を察したのか、全力で、拒絶を示すように首をぶんぶん横に振っている。竜に至っては四対の翼で器用なバツマークを何個も作り出している。
……。
あとでぜったいに顔を出してやろう。
だいたい虚無にいるなら成仏するなり神に祈って転生するなりしろってんだ。
ともあれ。
「さて、どうするかな?」
死霊の帰還。魔力の封印。
それは魔術に頼る彼女にとっては終わりを意味していた。
様々な戦術が脳裏を過っているのだろう。
しかし、人間程度の器ではこの状況はどうしようもできないだろう。
不安定な存在とはいえ、私はこれでも本物の魔王軍幹部なのだ。
世辞抜きで彼女は善戦した方だ。
そもそも。
私を前にし、立てているだけでも評価に値する。
やがて。
自らの拳をきつく握った彼女は言った。
「あたしの負けですわ」
もしかしたらこれが彼女の初の敗北なのかもしれない。
負けを認められるのも強者の証。と、偉そうに思ってみる。
「お願いがありますの……。敗者のあたしが言う権利はない、それは分かっておりますわ。けれど、恥を承知でお願いいたします。どうかアーノルドの命だけはお救い頂けないでしょうか」
皇女として、彼女は気丈さを保ったままに礼をして見せる。
「身も心も全てを大魔帝ケトス様に差し上げます。串刺しでも丸焼きでも如何様にも」
本当に彼女は騎士のために自らを捧げるつもりのようだ。
もう一度。彼女は淑女貴族の挨拶をよこしてくる。紅のドレスの裾を摘まみ上げ、今度は魔術の急襲をせずに。
「どうかこの身一つでお許しくださいませ。幸いにも純潔は守っておりますから生贄にもつかえましょう。大魔導士でもあらせられる貴方様の魔術に使われるのでしたら最後の誉れとなりましょう、アーノルドの無事さえ約束いただければ、喜んで贄となれますわ」
確かに、皇族の純潔姫は魔術の生贄としては最高の品になるだろう。それも自ら望む形での贄となると魔術の触媒としては文句なしの最上位。
ちょっとした勇者の卵ぐらいなら異世界から召喚できるレベルだ。元の世界で流行っていたソーシャルゲームでいえば最高レアリティ確定チケットといったところか。
将来忘れそうになったら確定券ヤキトリ姫と覚えておこうかな。
生贄となる。
その言葉には微塵の迷いもない。
もしかしたら魔王様のお目覚めの手助けになるかもしれないが。おそらく。彼女を生贄にしてしまったら魔王様は私をお叱りになるだろう。
魔王様は何の縁もない私を慈悲でお救いくださった心優しい御方。
そして目の前の少女も、野良猫を装っていた私に毎日ヤキトリをくれた心優しい娘だ。
私は勇者との戦いを思い出していた。
魔王様が悲しむ顔は、もう二度と。
見たくない。
少女は気丈さを崩さぬまま私の返答を待っていた。
しかしだ。
いや、私。
すんげぇ悪者みたいなんですけど。
まあ、悪者だけど。
私はこれでも元人間。
魅力的な綿毛とかねこじゃらし、ならともかく。さすがに女の子をどうこうする趣味はない。
「人間である君に一つ訊ねる。魔王様に忠誠を誓えるかい?」
「元より誓っております。あの御方の残された死霊魔術こそがあたしの宝で御座いますので」
「どうして死霊魔術を、魔王様のお創りになった術なら他にもいっぱいあっただろうに」
「いえ、その」
「言えないことかい?」
「それは――お友達が、いなかったもので……アンデッドの方にお友達になって貰おうと……五歳のときに覚えましたの」
口元を手で隠し、頬を赤らめ恥ずかしそうに彼女は言う。
私は、思わず心から笑ってしまった。
魔王様が死霊魔術を作り出した理由と同じだったからだ。
ポンと。
猫の姿に戻った私は。
「にゃふふっふふ、良い返事だにゃ」
全ての事情を彼女に話すことにした。
さすがの彼女も動揺し。
なんで猫が襲ってきたのか悩んでいるようだったが。
いや。
そもそも問答無用に襲ってきたのはそっちだからニャ!
 




