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華麗なる変装 ~謎の獣人紳士ケトス登場~



 そんなこんなの事情で、ところ変わってダンジョンの入り口。


 神の眷属たちのダンジョン攻略班に何食わぬ顔で加わった私は、獣人モードで澄まし貌。

 彼等とは少し離れた場所で独り。

 静かに佇んでいた。


 んーむ。

 一応合流はしたものの、孤独である。

 神妙な面持ちのまま禍々しい門の前で、ゆったりと瞳を閉じる。

 冒険の気配にネコ毛部分がモフっと膨らみ。

 ウズウズわくわく!

 閉じたままの美しいお目めが、キラキラしてしまう。

 私としては早くこの新たな迷宮に入りたいのだが――。

 肝心の、迷宮攻略メンバーがちんたらちんたら、まだ準備が整わないのだ。


 ホワイトハウルをリーダーとした攻略班、彼等の準備の終わりを、欠伸を噛み殺しながら待っているのである。

 神の眷属たちが、泥くさいダンジョンが苦手っていうのは、マジだったようである。

 だからこそだ。

 この素敵な私が色々と、上から目線のサポートをしたかったし。

 本当は、ちゃんとパーティーを組んで進みたかったのだが――。

 どうやら下等な種族である私は神の眷属たちにとっては蔑みの対象らしく、やんわりと断られてしまったのだ。

 神の眷属って、選民意識が凄いんだよね……。

 ギャァァァァァっと叫ぶ寸前の、悲鳴の遠吠えを噛み殺したホワイトハウルが、こいつらは後で叱っておくから、すまん――。落ち着け、破壊はするな! 後でなんでも美味しいものを奢るから! と、詫びのメッセージを超特急で送ってきたから?

 私。

 気にしてないし?

 ま、その辺は知っていたので今更気にはならないし。

 神の眷属とかいう? 人間の信仰心に寄生する詐欺師集団なんて?

 そもそも?

 こっちから願い下げだし?

 別にいいのだが?

 別にいいのだが。

 べっつに、いいのだが!


 なんかムカツクよね。


 ま、ホワイトハウルの顔を立てて大人げない対応はしないが。

 正直、ピンチとかになっても助けてやろうって気は既になくなっていた。


 そうそう!

 自慢なのだが、今の私はいつもと少し様子が変わっていた。

 姿はお貴族様風のちょっと気取った冒険家衣装。

 ダンディ雑誌の表紙に載っていそうなインテリジェンスな眼鏡をかけて変装済み。

 魔王軍女性メンバーであるジャハルくんと妖艶色狂いな古参幹部、そしてフォックスエイルの見立てで用意された姿なので結構かっこういいのだ!

 高貴で品のある知的イケメン美貌マッパーの誕生なのである!


 黒猫モードの私はもちろん。

 もし、私の獣人人型モードを知っている者がいても大魔帝ケトスだとは気付かれないだろう。


 気付かれてしまう要素があるとしたら。

 あまりに美しく!

 気高く!

 素晴らしい! そんな素敵な猫様オーラから推察されてしまうぐらいか。

 ……。

 キョロ、キョロと静かに周囲を見渡し、ふぅとインテリな吐息を吐く。

 よし、ブニャーッハハな猫笑いをなんとか堪えることができた。

 いつもの癖で、ついつい哄笑を上げたくなっちゃうんだよね……。

 我慢を出来て偉いぞ、私!

 今回の私は物静かな知的キャラで行くと決めたのだ!

 ともあれ。

 この我がいれば、こんな新生ダンジョンの攻略など朝食の紅茶に垂らすガムシロップの甘さよりも甘いのである!


『くくく、くはーっはっは! こんなダンジョン、我に掛かればイチコロなのである!』


 あ、つい声に出しちゃった。

 ビシ! ズバ!

 っと、いつものカッコウイイポーズをとれないのがちょっとだけ寂しい。


 まあ冗談みたいにイチコロなんて言っているが――あながち嘘ではなかったりもする。

 私はダンジョン攻略のプロだ。


 趣味で迷宮散歩をしており、迷宮神の称号なんかも習得していたりするし。

 マップ攻略を得意とするレンジャーのスキルも網羅しているし。

 迷宮構造掌握スキルをもつマッパーのクラスも完璧に取得している。

 更に言うならオリジナルの探査魔術も習得済み。

 なによりもダンジョン猫という特性は伊達ではなく、迷宮の中では特殊なスキルや能力が更に付与されるオマケつき。

 正直、ダンジョン攻略に関して、この世界でトップの存在なのだと自負があったのだ。


 かなり、自慢なのである!


 まあ、正体は隠すんだけどね。

 ちなみに。

 今の私はただの、ダンジョン攻略が超得意な元魔王軍所属の獣人。

 今は魔王軍を離れた隠居生活。

 ホワイトハウルのかつての部下であり、友人。

 彼のピンチを聞きつけ、慌てて駆けつけてきた謎の獣人紳士!

 という事になっている。


 私のブニャハハハな猫笑いを聞きつけたのだろう。

 ズザザザザザ――ッ!

 遠くの方から何かが神速で飛んでくる。


 モコモコファー付きの神の軍服に身を包んだ、白銀の髪を靡かせる強面の美丈夫である。

 シベリアンハスキーを擬人化すると、こんな感じになるのではないだろうか。

 犬耳をモフっと震わせた男は、ものすっごい無表情な顔でグググと私に近づいてきて――こっそりと耳打ちをする。


『すまぬがケトスよ。そなたの正体を明かすことは……その、なんだ。申し訳ないとは思うのだが、避けたいのだが? 我、めっちゃ焦ったのだが?』


 額にはちょっと怒りマーク。

 人間モードになっているホワイトハウルである。

 こいつ。

 天界ではこんな格好をつけたモードで生活をしているらしいのだ。


 本性は駄犬のくせに!

 ぷぷぷ、笑えるのである!

 大爆笑したい心をぐっとこらえて、私は――インテリ知的で頭脳明晰、武器なんて持ったこともありませーん的な学者獣人っぽい静かな笑みを浮かべ。

 くすりと口に小さな皺を刻む。

 大人の色気ある笑窪というやつだ!


『ごめんね、ちょっと笑っちゃっただけだろ? 平気だよ、他の人にはバレてないし君の言いたいこともちゃんと分かっているよ。さすがに、神が魔王様の最大最強の腹心である大魔帝に力を借りたとは、歴史に残したくないだろうしね。逆もまた然り。こっちとしても同じなのさ』


 おー!

 なんかこういう知的眼鏡キャラな私もかなりイイ感じではないだろうか!

 今度、魔王様が目を覚ました時に見せてやろう。

 知的にふふんと微笑む私をじぃぃぃぃっと半目で睨むホワイトハウル。

 その姿はさながら、インテリ系ヤクザ幹部に絡む暴力系幹部ヤクザ。


 彼は僅かに眉を顰め、しつこく私に問う。


『その……なんだ。本当にバレないのだろうな? その変装で……我にはどこからどうみてもケトスそのものに見えるのだが』

『おや、さすがだね。私の正体を看破できる――それは君が見破りのプロで、更に言うなら私に並ぶほどの上位存在だからだよ。普通の使い手なら、私の隠蔽魔術は見破れないさ』


 隠蔽に使っている高等魔術の構成を彼にも分かるように可視化してやる。

 よほどの大物ではないと見破れないレベルだと理解したのだろう、ホワイトハウルは安堵した様子で無表情な強面をちょっとだけ崩す。


『すまん――この借りはいずれな』

『気にしないでおくれ、私は――ちょっと嬉しいんだよ、こうして、友である君とダンジョン攻略ができるなんて……昔を思い出して、嬉しいんだ』


 言いながら、駆け引きではない本当の笑みがこぼれてしまう。

 だからだろう。

 ちょっと、照れてしまった。

 誤魔化すようにリュックをがさごそ。

 様々なダンジョンで手に入れた神器、迷宮攻略に必要なアイテムを整理しながら私は、肩を竦めて見せた。


 実際、楽しみなのは真実なのだ。


『まあ、君と二人で冒険散歩の方がもっと楽しいのだろうが、今回ばかりは諦めるよ。私はまぁぁぁぁぁったく関係ないから気にしていないけれど、一応、主神を回復させる大クエストなのだからね。大規模作戦になってしまうのは仕方ない』


『そう言ってもらえると、助かる。ケトスよ……ありがとう』


 強面を微かに緩め、ホワイトハウルは頭を下げる。

 人間モードの時には隠れている筈のワンコ尻尾が、バッサバッサと揺れていた。

 そんな。

 お澄まし駄犬の背景に広がるのは、まるで皇子様が登場するシーンで浮かぶような煌びやかな華。

 鬱陶しいこの花。

 実は飾りや虚栄ではなく、物理的に咲き出した実物の花である。

 神聖な獣であるホワイトハウルの魔力の影響だろう。

 気分が乗っている時のこの犬が歩く道には、いつもこうした花が咲いてしまうのだ。

 名は神獣花。

 前にこいつの涎から咲き出した蓮のような美しい花である。

 なんかこの神獣花から作られる魔術薬品には魔術耐性効果があるらしく、人間たちの間でそれなりの値段で取引されているらしいが――商売人のフォックスエイルが知ったら、面倒なことになりそうである。

 ともあれ。

 私の前ではいつも暴走する、嫉妬と食欲に飢えたワンちゃんだから誤解してしまうが。

 実際、こいつは由緒正しい存在なのだ。


 でも、さ。

 まともな格好でまともな口調で、まともな対応を返してくるので――なんというか。

 うん。

 あのワンコを知ってると。

 すっごい変だよね?

 だってあのホワイトハウルだよ? 私の前でグデーンと腹を出して仰向けでお腹をボリボリ、食っちゃ寝、食っちゃ寝していたバカ犬なのだ。

 散歩に連れていかないと拗ねて脚とか齧っちゃう駄犬なのだ。

 それが、このお澄まし神獣モードである。

 ギャップって、すごいよね。


 ま、誰にでも外向きの顔があるのだろうが――。

 んーむ、こいつ。

 私や元大魔帝、魔王様以外の前だと本当にでっかい猫を被ってるんだね……。


 その辺を揶揄ってやろうと思ったのだが――ふと気配に気づき、私は喉まで出かかっていた笑いをぐっと堪えた。

 ホワイトハウルも気配に気づき、モフモフ獣耳をアンテナのように動かしている。


『しぃ……我の部下が来たようだな』

『そういや、君。飛んできたもんね――何事かって騒ぎになっているんじゃないのかな』

『ふむ、そうかもしれぬな。ケトスよ、大魔帝だと気付かれないように頼むぞ』

『大丈夫、大丈夫♪ 私を信じたまえって――ははぁ! かつては大変お世話になっておりました我が君、ホワイトハウル様! 私はあなた様と共に再び冒険に出られて、大変幸せなので御座います!』


 急いで魔狼の部下のフリモードに切り替える。

 まさに完璧な部下!

 魔狼を慕う、美しき紳士である!


 偉いね?

 私、空気が読めて、超すごいね?


 が。

 ホワイトハウルは何故か私を不安そうに、じぃぃぃぃっと睨んでいる。

 あれ?

 演技が過剰だったかな。

 それとも、私が何か悪戯をやらかさないか心配なのかな?

 まあ、ダンジョン攻略に支障がない程度には悪戯する気だから、あながち彼の勘は間違っていないのだが。


 だって、私。

 猫だからね。


 魔王軍最高幹部としての責任とはぜーんぜん関係ない今回の冒険だと、悪戯は止められないのである。

 人間モードで睨むワンコ。

 獣人モードで目線を逸らすニャンコ。

 そんな私たちの前に現れたのは、神の眷属である騎士だった。

 甲冑を被っているので分かりにくいが、女性かな――。


「お忙しいところ申し訳ありません、白銀様――少々宜しいでしょうか?」


 騎士は尊敬のまなざしを魔狼に向けた直後。何故か敵視するように、こっちをじぃぃぃぃっと睨んでいた。

 一瞬だったし、普通ならば気づかない程度の敵意だったし。

 一応、その辺の感覚を隠していた様であるが――私、これでも大魔帝だからね。そういうの、隠しても全部わかっちゃうんだよねえ……。

 さすがに敵意を向けられるのは、ちょっとムカっとしてしまう。

 どうしたもんかと横目でホワイトハウルを見ると、彼は我慢してくれという顔でド下手なウインクを返して見せる。

 これ。

 たぶん。

 ホワイトハウル以外の神の眷属たちには私、あんまり歓迎されてないんだろうな。


 はてさて。

 今回の散歩はどうなることやら。

 ま、いざとなったらホワイトハウルだけ救出して、神の眷属なんて見捨てちゃってもいいかなーと思ってるんだけどね。


 別に根に持ってるとか。

 ムカついてるとか。

 そういう私怨で言っているわけじゃないよ?


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