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衝撃の事実 ~我わるくないもん!~前編


 あれからどれくらい騒いだだろうか。

 時を忘れ、立場を忘れ――私たちは互いに飲んで歌って遊んで。

 本当に楽しんだのだ。

 けれど。

 それももう終わり。

 食事が終わり。

 さて、そろそろ事情を聞こうかと思った時。

 既にホワイトハウルは真剣な面持ちに貌を切り替えていた。


 もっぐもっぐと犬口いっぱいに唐揚げを銜え込んで――魔狼は瞳を細める。


『ケトスよ、くっちゃくっちゃ……名残惜しいが――宴はもう終わりだ。ごっきゅん♪』

『ごっきゅごっきゅ……ぷふぁ~♪ ああ、分かっているさ』


 私もまた、マタタビ酒をがばぁぁぁぁっと一気に飲みながら、瞳を細めていた。

 楽しい時は終わった。

 いつまでも、懐かしさに後ろモフ毛を引かれるわけにもいかないだろう。


 私たちは過去ではなく、前を向いて、今を生きているのだから――。

 魔王様もきっとそれを望んでいる。


『良き酒、良き肴であった――感謝するぞ』

『うん、私も――楽しかったよ』


 懐かしき邂逅は、終わったのだ。

 ここから先は神の眷属と魔の眷属との会談となろう。

 ネコの鼻腔がちょっと揺れてしまった。

 意味もなく、鼻を肉球で擦ってしまう。


 宴会の終わり――私にはそれが少しだけ寂しく思えていたのだ――。


 私の脳裏には、まだ仲間が全員揃っていた頃の思い出が過っていた。

 宴は楽しければ楽しいほど、盛り上がれば盛り上がる程に……日常へと戻った時に反動となる。

 宴の終わりはどこか物悲しい。

 そうは思わないか?

 と、眉を下げてそう語っていたのは私ではなく……魔王様だった――。

 今となってはその言葉の意味も、よく、理解できてしまう。


 ふぅ……と、私は宴の後を片付けながら、息を吐く。

 次元の狭間。

 どこまでも広がる地平線に目を向けた。


 魔王様はおそらく……自分が長き眠りにつくことを予言していた。

 あれほどの御力のある御方だ、未来視や予知も可能だったはずだ。あの方は……どのような御気持ちで、宴に興じる私達を眺めていたのだろう。


 魔王様という大きな柱が御隠れになり、離れていった者も少なくない。

 それが時代の流れ。

 留まる事を是としない変化なのだとは分かっていたが――私は……。

 私は……。

 在りし日の思い出をいまだに忘れられないでいる。

 いつまでも過去に縛られ続けていた私が変わり始めたのは、つい最近の事。

 グルメを通じて、人間たちと関わり合ってから少し、変わった気がするのだ。

 それが良い変化なのかどうかは私には分からなかった。

 少なくとも、色々な相手から――私は変わったと言われている。

 自覚もある。

 私は――百年前、魔王様のお眠りを泣き続けたあの頃から、どこかが変わっているのだろう。


 それでも……。

 けして変わらない事実が一つだけある。

 私は魔王軍最高幹部、大魔帝ケトス。

 そして。

 魔王様の代理であるということだ。

 魔王様がお眠りになられ不在の今、私が魔の代表としてしっかりとしなければならないだろう。


『さて、そろそろ君の本当の目的を教えてくれるかな? 本音を言うとね、私は――ずっと……懐かしさに浸っていたいんだ。けれど、お互い、いつまでもそうしているわけにはいかないだろう』

『そう、であるな。では……我の話を――聞いてくれるか?』


 私は目の前の神獣、魔狼ホワイトハウルに目をやった。

 彼は悩みを抱えているのだろう、私の顔を真剣に見つめている。

 私ほどの存在に助力を願わないといけない、何か。

 か……。

 魔王様ならきっと――彼に救いの手を差し伸べたのだろう。

 だから私も――彼に頷いた。

 ……。

 じぃぃぃっとネコ目で彼を見ると――輝くソースが目に映る。

 とりあえず。

 魔王様なら、こいつの口にべっちゃりとついたマヨネーズとタルタスソースを拭くんだろうなぁ……。


『その前に……ほら、口……ぺったりだよ』

『ぐふぁふぁふぁふぁ、すまぬな!』


 取り出したハンカチで私に顔を拭かれた彼は、尻尾をばっさばっさと振って妙に満足げにしていた。この魔狼、魔王様によくこうして顔を拭いてもらっていたのだ。

 きっと、神の前ではキリっとしているから、こんな油断した姿は見せていないのだろうと思う。

 こいつ。

 構われるのとか、世話されるの大好きだからなあ……この汚れも、わざとじゃないだろうな?

 まあ、これくらいならいいけど。


 ついジト目になってしまう。


 私とて、ネコちゃんなのだからもっと構って欲しいのである。

 ま、私には最近、構ってくれる相手がいっぱい増えたけどね。

 そんな目線を気にせずに。

 モフ耳をピンと立てて彼は静かに、語り始める――。


『さて、どこから話したらいいモノか――』


 それはやはり。

 この世界の主神である大いなる光の弱体化に関する事だった。

 今度、神の弱体化を解く大規模な作戦が展開されるのだという。

 それに――協力して欲しいのだろう。

 話を聞いてから断ってくれてもいい、そういう流れだったが――私はおそらく、協力するだろう。

 だって、私は――この魔狼の事を気に入っていた。

 認めるのは気恥ずかしいが、まあ、その辺を大袈裟に否定するほど私は子供ではないのだ。


 とりあえず、私は大いなる光の弱体化の経緯を耳にする事となった。


 ◇


 再び取り出したティーセット。

 その前でフカフカクッションの椅子に、ちょこんと座る二匹の魔獣。

 ニャンコとわんこ。

 神の眷属、神獣ホワイトハウルが語るのは大いなる光の弱体化の経緯。

 話の合間につまむ唐揚げを召喚しながら私は真剣に、彼の鼻先を見つめた。


 瞳を細めたままの彼が、ゆったりと口を動かす。


『事の起こりはつい最近の話だ。まあ最近と言っても昨日今日の話ではなく、年単位での出来事であるが――我が主、主神である大いなる光が力を失い始めたのは、とある事件に巻き込まれた故に起きた悲劇なのだ』

『とある事件?』


 食事とは別の、オヤツのからあげさんをホクホクと口に銜えながら私はオウム返し。

 ホワイトハウルもからあげさんをホックホックと銜えて、真剣な顔をして頷く。


『主にはかつて、将来を期待し力を与えた人間がおったのだ』


 遠い目をして魔狼は続ける。


『そやつは神童と謳われた、それはできの良い少年であったらしい。誰からも好かれ、誰をも平等に好く。まさに人間の鑑のような王族であった。良き聖職者であり、良き人間であったのだ――神はその者を……気に入ってしまったのだろうな。少しばかりの、力を与えてしまったのだ』


 神が力を与える。

 それはいわゆる啓示や恩寵、神の子として祝福を与えられた存在になる。

 この世界でも、わりと特別な存在なのである。


『へえ、珍しいね。私、そういう話を何回か耳にしたことがあったけれど、大抵は偽物。神に認められたって勘違いをしたか、嘘をついてお布施を集めるような奴らばっかりだったよ』

『そういう輩を裁定し、審判を下すのも我の仕事である』


 少しドヤりながら彼は、ふふんと尾を振っていた。

 私に仕事の自慢がしたいのだろう。

 わかったわかった、偉い偉いと両にくきゅうを広げて見せてやると――満足したのか、彼は話を続けた。


『ある日その者は主に願ったのだ。もっと力が欲しい、妹を守るための、父を守るための、民たちを守るための――良き隣人、良き心を持つ全ての人々を救うだけの力が欲しいのだ――と。その願いは嘘偽りのない純粋なモノだったらしい。神は……あれでも慈悲深き御方だ、その信仰に応える形で――大いなる力を授けてしまったのだ。その時はまだ本当に、過ちなどなかったのだ』


 その時はまだ。

 つまりは今、ホワイトハウルがそいつを裁定した場合は……。


『あー、話のオチがだいたい読めちゃったよ。そういう人間って、実際力を手にいれちゃうと暴走しがちなんだよねえ』


 神から認められた。

 その真実が驕りとなり、選ばれた人間であったのだと過信。その結果、暴走に繋がる。

 この世界ではよくある神話や童話なのである。

 ま、だれだって莫大な富を手に入れたら多少なりとも人間が変わってしまうだろう。それがこの世界でも稀有な力だとしたら、よほどの聖人でも良くも悪くも変貌してしまう。

 この世界の神は……あまりそれを考慮しないのだ。


 真剣に話を聞いていた姿勢を崩して、ぶにゃーんと身体を伸ばしお腹をポリポリ。


 ふと、私の未来予知能力がモフ毛を伝ったのだ。

 魔術やスキルを用いた予知! ではなく、ネコとしての勘である。


 たぶんなのだが。

 神。

 なんか。

 すっごい……自業自得でやらかしている気がするのだ。



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― 新着の感想 ―
なんか…心当たりのある話だなぁ…
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