魔術戦 ~魔猫と聖女 その2~
うん、この姫様。
おもいっきし禁じられた邪法に手を出しちゃってるよ。魔王様の作り出した魔術だよ、これ。
最近の聖女。
ぶっとんでるなぁ……。
「ほう、貴様。ネクロマンサーでもあったのか」
「皇女が邪術をつかってはいけないと誰がお決めになったの?」
「聖女と聞いていたがとんだ詐欺ではないか」
「国を守る者ならば聖女、どんな汚い手を使ったとしても勝てば美しく尊い存在。五歳の頃から聖女やってるあたしを舐めないで頂戴!」
軽口をたたいているが、その肌にはしっとりとした汗がにじんでいる。死霊たちが完全に顕現されるまでの時間を稼いでいるのだろうか。
徐々に、周囲にアンデッドの部隊が形成されていく。
塵から生まれた骨が形と仮初の命を持ち出し、生まれたのは。
死霊の騎士。骨の戦車に跨るチャリオット。首無し騎士デュラハン。
召喚難易度が高いとされる、死しても神への信仰を失わなかったクレリックゴーストの召喚にまで成功している。
フィールドには常に、形のない死霊の兵士と邪霊が動き回り、術者の命で即座に奇襲と援護をする役目を担っているようだ。
いや、それだけではない。
彼女を中心に拡がる魔力の波動は勢いを落とすどころか増している。
まだ何かが来る。
この死霊たちは本命ではなく、ただの時間稼ぎか。
「召喚に長時間の遅延が発生するほどの大儀式、か。娘よ、何か切り札があるようだな。本来なら死霊の相手をさせている間に、遅延召喚された大物が不意を衝く、そういう戦術であるな」
「何故それを……っ」
「ふっ、我に分からぬ魔導などない!」
「貴方、なにものですの……っ」
にゃふ、にゃふふふふふっふ! にゃーっはっはっは!
よくぞ聞いてくれました!
やっと聞いてくれました!
私はゲームで登場するそれっぽい魔王様を意識しながら、哄笑を上げた。
闇の中で瞳を輝かせ、
「我が名はケトス! 全ての魔導を手中にせし大魔導士。魔王様一番のしもべ、大魔帝ケトスである!」
「――なっ――……!?」
二度目の格好いいポーズでビシ!
ふ、決まった!
猫から人型に変身バージョンを騎士君にやったから、今度は最初から人型バージョンでやってみたかったのだ。
魔王様から賜られた魔杖も久々の出番に喜んでいるようでなにより。またしてもそれっぽい煙と魔力波動を勝手に放出している。
それはさながら魔王軍幹部の降臨。
バチバチバチと魔力の渦が轟く中。
ナディア皇女は、息を殺しながら唇を噛んだ。
「大魔帝……ケトス……っ」
「ほう我を知っているか!?」
彼女は喉を震わせた。
「かつて実在した史実に残る本物の魔王、その腹心。音すら立てず忍び寄り全てを消し去る……その残忍さから同胞の魔族すらも畏れる、皆殺しの魔猫……っ、殺戮の大魔帝」
私はふと皇女を睨んでいた。
魔王様の名が出たからだ。
魔力を孕んだ言葉が勝手に動き出し。
ぐぎぎぎぎと猫のように瞳が尖る。
『忠告しておくが娘。魔王様を愚弄するなよ。妄りにその御名も口にせぬことだ。魔王様、ああ、偉大なる魔王様。脆弱なる私に慈悲を下さった我が主。我はあの方の名誉を穢される事だけは我慢できんのだ』
魔力を介した翻訳だから色々と語弊が生まれそうだが。
まあおおよそ思っている事だから問題ないか。
それに。
もし答えを間違えたら。
アーノルドくんには悪いが、もしかしたらここで終わりになってしまうかもしれない。私はきまぐれなのだ。
『貴公も魔王様を愚弄するか?』
猫として。
主を想う本能だけは抑えきれない。
どうか。
どうか間違えないで欲しい。
私は。
魔王様の敵を容赦なく殺すのだから。
しかし。
「見くびらないで! 魔導を齧ったモノならばあの方の功績を知らぬはずがありません。たとえ人類の敵だとしても、歩む道は違えど、魔術に携わる者の一人として尊敬しておりますもの!」
彼女は正解した。
にゃははははと、猫毛部分がざわつく。
魔王様を尊敬する。
この娘は人間ながら見どころのある娘だ。
よおおおおし、うっかり殺すことは絶対に避けてやろう。
「そうだ我は偉大なる魔王様のしもべぞ!」
にゃにゃにゃと、尻尾がぶるぶる震えてしまう。
「恐れ、戦け、そして哭け! 我は魔王様の愛猫ぞ! 本来ならば貴様ごとき人間の小娘が会うこと叶わぬ魔王様に愛されし大魔族であるぞ!」
ここぞとばかりに魔王様に愛されアピールだ。
めっちゃ気分がいい!
「魔王の、愛猫。死霊たちが動こうと……しない。冗談……というわけではないようですわね」
「なかなか察しのいい娘だ」
「貴方からは今まで戦ったことのない程の絶望的な差を感じますもの――ね!」
言って、彼女は怨霊たちを伴って飛び跳ねる。
「貰いましたわ――!」
邪霊が私の足を縛り。
一閃が空を切る。
魔力を込めた扇、物理攻撃での不意打ちだ。
魔術師が殴ってくるはずはない、その先入観を利用した悪くない手である。
扇のひらひらのせいでちょっと鼻がムズムズする。じゃれてぇぇぇぇ。
ぐぐぐ、と我慢し。
私はボス魔族っぽさを意識しながら扇を片手で受け止める。
「で? これで終わりか?」
「な……っ」
にゃふふふふふ。
これ絶対ボスっぽさポイント高いぞ!
「娘よ、悪くない手であった。しかし脆弱過ぎる、これでは蟲も殺せぬではないか」
「なーんて! 甘く見ないで、本番は、これからですわ! 主よ、我を導き給え!」
彼女の扇が光を帯びる。
聖女の祈りを付与したのだろう。
が。
「そんな、まさか――これも効かないですっ……て」
彼女が扇を残したまま怨霊の力を借り、飛びのいた。
私は掴んだ扇をそのまま奪い取ると、指先に作り出した暗黒空間に収納する。
よっしゃあああ、これでゆらゆら紐ゲット!
あとで存分に楽しんでやろう、げへへへへへへ。
「我に神の祝福など効かぬ」
よくいるのだ。
魔族全部が聖なる力に弱いと誤解している人間って。
「なるほど……っ、大魔帝ケトス、あなたを神として信仰している国家もあると聞いたことがありますわ。強大な信仰と神性を得た魔族は魔族であっても神、神は神を裁けない……っ、神の祝福が通じないわけですわね」
あー、そういう理屈だったんだ。
初めて知った。
勉強になるなあ、この娘。
よほど実戦経験が豊富なのだろう。
この年で、か。
さて。どうしよう。
相手の死霊部隊はアンデッドであるせいか、私の力に恐れをなして動けないでいる。
姫の方も攻めあぐねているようだが。
しかしそろそろ来ても良い筈。
ざわめきが私の猫耳の付け根のモコモコを揺らす。
来たか。
「姫様! これは何事でありますか!?」
現れたのは城下町を守る衛兵達だった。
まあこれほど派手にやれば当然だれかが気付くだろう。
直接の衝突を避け、彼らに皇女を守らせようという魂胆である。
そもそも私は彼女と闘うつもりなどないのだ。
手加減に失敗して殺しちゃったら契約違反だし。
いや、待てよ。
殺しちゃっても……私も死霊魔術でこの娘の魂をアンデッドとして召喚してやれば問題ないか。
……。
駄目か。
んー、世間的にはどうなんだ。
しばらく考えて。
ぞっとした。
以前ならば当然のように分かっていたことが、最近分からなくなっていた。
黒くぽっかりとした穴が、胸の中で渦巻いているのである。
魔王様が目覚めるまで、この空洞はなくならないのだろうか。
分からない。
分からない。
たまに。
自分の行動に、自信をもてなくなる瞬間が確かに存在していた。
まあ。
たぶん死霊魔術で誤魔化すのは駄目なんだろうな、とは薄々感じる。
どうも人間の感覚が薄れてしまっているから困るが、人間だったのは相当前の話なのだから仕方ない。
人間。妥協も肝心だ。
もう人間じゃにゃいけどにゃ!
「魔族の侵入を許してしまったようですわ……っ、あなたたちは下がっていて」
「我らが姫様をお守り致し――」
「あなた達では相手になりませんわ! っていうか、そこにいたら邪魔なのよ!」
って、おいおい。
なにを言っちゃってるんだ、この姫様。
「っ……、っく、わかりました。この国一番の聖女、最強のナディア姫にお任せいたします」
「しかし隊長! 姫様一人を戦わせるわけには」
「バカモノ、姫様のお気持ちが分からぬのか! 我らでは、足手纏いになってしまう! 常勝無敗の我らが聖女様にお任せするのだ!」
言葉は立派だが。
彼らは既に逃げ出しながら言っていた。最初から逃げる気だったのだろう。
今、この戦場で私に敵対するのは、一人取り残されたナディア皇女と彼女が召喚した無数の死霊のみ。
……。
ちょっと待てい!
なにこの戦力として信用されまくりな姫様。怖。
「ふふ、覚悟なさって。貴方が手を抜きあたしを弄んでいるのは知っていましたわ。けれど、これならどうかしら!」
そうこうしているうちに、
「おいでなさい、我が手中に眠る最強の死霊よ!」
彼女の呼び出す本命のアンデッドが完全な姿で召喚されようとしている。
膨大な魔力の渦。
煙を纏ったその中心。
『ッ――オオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!』
それは現れた。




