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エピローグ ~大魔帝ケトス編~


 ウサギ司書の目を誤魔化し魔狐エイルと談笑した、あの後。

 私達アニマルズも人間たちの宴会に途中参加して、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。

 ロックウェル卿が舞いながら支援スキルの舞踊を見せたり、マタタビ酒で酔った私が自慢げにヒゲを揺らしながら治療魔術の講演会をやったりと、大変盛り上がった――あの日から、数日。

 工事の完了した女神の双丘。

 シグルデンの人々の引っ越しを見届けた後のことだった。


 私達も人間も、それぞれの暮らしに戻ろうとしていた。

 人と魔との戦争が未然に防がれたことに、皆、感謝はしているようで。

 私も、協力してくれた皆にはそれなりの感謝の心を持っていた。

 たぶん、一番苦労していたのは――。

 私! ではなく。

 ネコのお目めが、ゴージャスな宮殿をちらり。


 目線の先は、暴君なんて呼ばれている男の寝室だ。


 賢者のサポートがあったとはいえ、関わった全部の国との調整、難民たちへの事情説明や不安にさせないための演説、これからの生活などの指示を全て行った人間皇帝ピサロくんだろう。

 目の下にものすっごいクマを作った皇帝ピサロを宮殿に転移し、休ませた私は――ちょっと、いやさすがにかなり迷惑をかけたかなぁ……と反省と感謝をして、彼に最上級の祝福をかけておいたから、まあ許して欲しいものである。

 そんなわけで、今。

 ロックウェル卿と魔狐エイル。

 そしてファリアル君と西帝国の王宮の中庭に集まっていた。


 唐揚げの試食会の途中だったので、それを再開しよう! と、私とロックウェル卿がゴネた……いや、提案したのである。

 豪華なテーブルに並ぶ、ご馳走の数々。

 唐揚げをメインに宮廷料理。ファリアル君自慢の錬金術鍋製の焼豚さんもある。

 その横に、なにやら私も知らない唐揚げの新商品も並んでいるが……。

 これはたぶん、ロックウェル卿の注文だろう。


 私がいない間に、石化するぞって揶揄いながらいろんな注文をしていたのである。

 ロックウェル卿、知り合って個体認識した相手には優しいが……基本的に人間嫌いだし……容赦ないからなあ。

 しかも。

 タチが悪い事に、このニワトリ。

 モコモコ愛らしいフォルムとは裏腹。私と違って、人間に対して実はそんなに情けを持っていないから、人間たちが選択を間違えていたら、マジで石化させちゃってた可能性高いんだよね。


 私は蟻んこが道を邪魔していたらちょっとだけ避けて通るけど、ロックウェル卿は全部翼で吹き飛ばしてクワーックワクワと嗤うタイプなのだ。

 なーんか、改めて思ったんだけど。

 このニワトリ。

 たぶん一人で放置したら、なんかやらかすと思う……。

 なにしろ基本頭脳がニワトリだからなあ……。


 ともあれ。

 各国の首脳陣も既に転移魔術で国に戻っている。

 そっちは精霊国の王であるジャハルくんとその妹のラーハルくんに任せたのだが、あの二人ならば問題なく送り届けてくれただろうと信じている。

 実はジャハルくんに事情を説明したとき、結構怒られたのだが。

 今回、私の起こした事件じゃないし、そんなに怒られなかったので問題なし!


 まあさすがに。

 あの死の商人、フォックスエイルと血染めのファリアルを連れて歩いていた事にはかなり驚いていたようだが。

 にゃふふふふ、ジャハルくん、修行が足りないなあ。

 いつぞやに悪事を企んでいた蒼帝ラーハルくんはフォックスエイルと面識があったらしく、なにやら新しい商売だか悪事を働きそうな顔をしていたりもしたが。

 ま、私の目があるので本当の意味での悪さはしないだろう。

 と、思いたい。


 自分がいると迷惑になると集落を帝国に預けることにしたファリアル君が、魔狐エイルを眺めながら私に一言。


「ケトスさま、この魔狐はどうするおつもりなのですか?」


 新感覚の刻み柚子入り唐揚げをガジガジしながら、私は答える。


『んー……とりあえず異界召喚の腕を買って、ラストダンジョンで商売でもして貰おうかなって思ってるんだよね。コンビニ経営……じゃ分かんないか、便利なお店の営業とかして貰いたいし。魔性としての彼女自身にはもう危険性はないだろうけど、殺したはずの存在を助けちゃった責任は私にあるし……しばらく監視は必要だろうから』


 同意を得るべく、彼女をちらり。

 魔狐エイルは焦げたパン色の手で、ホカホカ過ぎる唐揚げをつんつん、熱さを確認しながら微笑する。

 狐なのに、猫舌らしいのだ。


「こちらもそれで構わないわ。アタシはけっこう敵も多いから、実際、放逐されても困るのよ。隠れ家もないし、行く当てもないし、安全な場所が欲しいのよね。素直にお言葉に甘えて、しばらくお世話になるつもりよ。魔王様の住まうラストダンジョンに攻め込むバカなんて、もういないでしょうしね」

『そう、願っているよ』


 なにしろ。

 また大陸一つを、ぶっ壊そうとしちゃうかもしれないし。

 ……。

 いや、たぶん襲われる機会があったら、またやるな。

 なんかそういう自信だけはあるのだ。


 仕方ないよね。

 魔王様が大切なんだし。

 この世全てのルールを捻じ曲げてでも守るべき御方だし。


 ネコのヒゲを持つ口元が、ぴくぴくと動く。


 にゃっはー!

 ちょっとくらい過剰防衛しても許されるのだ!

 今度こそ見せしめに隕石群召喚魔術で、塵一つ残さない滅亡を――って。

 頭で考えていたら。

 唐揚げを食べる翼すら止めたロックウェル卿が、ものすっごいジト目でこっちを見ている事に気が付いた。


 これ、頼りになっちゃうキリっとしたロックウェル卿モードだな。

 もう暴走するでないぞ? と言いたげな鋭い眼光が、じぃぃぃいっと、私のモッフモッフな猫毛を撫でる。

 あのニワトリ頭のロックウェル卿が唐揚げを食べる事すらせずに睨むって、けっこうこわいかも。


 普段は立場が逆なのになあ。

 そんな鶏に構わず、魔狐エイルはくすりと狐のモフ耳を揺らす。


「けれど異界召喚ならあなたも使えるのでしょう? あたしが商売する隙間なんてあるのかしら」

『いやあ、実はさ。私が異界召喚するとたまに未知の異世界の魔剣とか引き寄せちゃうことがあってさ。魔王様からむやみに使うなって言われてるんだよねえ』


 魔狐エイルは、なぜか眉を顰めてこちらをじっと見る。


「魔剣を召喚……? 魔や闇を引き寄せる固有スキルかしら――それって大丈夫なの?」

『いやいやいや、もう最近はやってないよ。うん。異界召喚、してない』


 いや、まあ。

 先日も異界召喚でロックウェル卿に唐揚げを召喚したし、あの集落の偉大なるニャンコハウスを作る時にも召喚しまくってたけど。

 言わなければバレないか。

 どうやら誤魔化せたようで。

 空気を崩し。

 ハフハフと、小さく千切った唐揚げを口に入れて、魔狐エイルは言う。


「アタシが手に入れていた情報だと、あなた、各地で異界召喚をしまくっているみたいなのだけれど。誤情報だったのかしら。ま、大魔帝ほどの大物だと、噂に尾ひれがついてしまったんでしょうね」

『だろうね。私は――魔王様の言いつけを守るから。うん、超、守ってる』


 ふっと遠くを見て。

 私はかっこういいおとなの顔をする。

 人々が幸せに暮らす西帝国の風に靡かれ、私のにゃんこヒゲが揺れる。


 それっぽい空気を出して、誤魔化すことにしたのだ。


「そう、ならいいのだけれど。異界召喚で異界のいわく付きなアイテムを引き寄せてしまう存在はたしかにいるらしいから……ちょっと心配なのよね」

『心配?』


 にゃふんと首を横に倒す私。

 そんな愛らしい魔猫を見つつ。

 狐顎に焦げパン色のお手々を当てて、魔狐エイルがちょっと心配そうにモファモファな尻尾を揺らした。


「たとえばだけれど、妖しい瘴気で全てを魅了し、異界を滅ぼした伝説の武器。紅の魔剣エキゾォチュールなんて神器を召喚してしまって。ついうっかり、何かの事故か手違いで人間の手に渡ったりしたら……また人間界のバランスが崩れてしまうわ。あなた、少しテキトーな所があるから――何も知らずに授けてしまうなんてこともあるかもしれないし……。ただでさえ既に一回、ドラゴン料理でバランスを崩したんだから、またアタシみたいに神落としを企んでいるって誤解する存在もでるわよ、きっと」


 飄々としている姿が目立つこの魔狐。

 残念オバさんとまで言われた「あの」エイルが、けっこう真剣な面持ちで私に忠告をしている。

 恩人に面倒事には巻き込まれてほしくない。そんな真摯な心配が込められた瞳である。

 つまり。

 けっこうガチでヤバイのだろう。


 じとじとじとじと、と濃い汗が私の肉球を伝う。


 紅の魔剣、エ、エキゾォチュール……ねえ。

 うん、めっちゃ知ってるね。それ。

 そういやそんな魔剣を人間にあげちゃった記憶が……あるような。

 いや。

 うん、あげたな。なんかビームとか飛ばす変な魔剣。

 あげちゃったよ……。


『そ、そだねー。もし召喚しちゃってもお、すぐに返却か封印、しようかなあ!』


 うまく、誤魔化せたかな?

 彼女は焦げパンお手々を口元に置き。

 ふふふ、とけっこういい感じに微笑んでいる。


「まあ、もし本当に……万が一、召喚に成功してしまったとしても。そんな曰くありげな魔剣を人間に与えるわけないから大丈夫よね。いくらあなたが破天荒だからって、それはさすがにないわね。アタシったら、何を本気になって心配しちゃってたんだか。ふふ、ごめんなさい」


 与えるわけ、ないですよねー。

 さすがに、ないですよねー。

 と。

 ついつい、何度もお茶を啜ってしまう。


 尻尾がぐねんぐねんと揺れまくってしまうが――大丈夫、バレてない。

 ロックウェル卿の興味は唐揚げに戻っているし。

 あ。

 なにやら勘の鋭いファリアル君は私の動揺に気付いた様子で、くくくと嗤っているが。

 気にしない!

 そういやファリアル君、私の過去を断片的に覗いたからそういう、ちょっとうっかりとした猫ちゃんの、かわいらしい、ほんのすこしの失敗の記憶も、知っているのかもしれない。

 さすがに。

 魔剣エキゾォチュールを授けたとは思っていないようだが。

 心配顔の魔狐エイルが続けた。


「でも――真面目な話よ。戦争を起こそうとしていたアタシが言うのも変な話だけれど、気を付けた方がいいと思うわ。異界の魔剣は未知の魔力を秘めている可能性もあるのよ。まだ狐魔獣に転化したばかりのアタシに魔術と異界召喚を教えてくれた師匠が言っていたのよ。どんな悪戯をしてもいい、世が憎いのならこの世界を混乱に招くのも仕方がない……けれど、ああいう類の異界品だけにはくれぐれも手を出すなって」

「おや奇遇ですね。ワタシも異界召喚など試すなと以前師匠にぶん殴られましたよ。飄々としている師匠でしたが、その時ばかりは真剣な顔をして」


 同調するように続けるファリアル君。

 そっかー。二人ともそういう忠告、受けてたんだ。

 私も、異界召喚は世界が壊れるかもしれないからあんまりするなって、恩人であり師匠でもある魔王様に言われていたし。

 ……。

 あ、やばいな。

 本当に危険なんだと思う、あの剣。

 でも、さあ……。

 本当は、液状のネコおやつを取り寄せようとしただけなんだから……。

 私、そんなに悪くないよね?

 猫ちゃんのちょっとした、軽い失敗だよね?

 うん。


 そういえばファリアル君も黒マナティを召喚するなって師匠から忠告を受けていたらしいが、彼女たちの師匠ってそれぞれどんな人なんだろう。

 両方ともぶっ飛んだ錬金術師と魔女だ。


 きっとぶっ飛んだ人だったのかな。

 私をまっとうな魔猫大魔帝に育て上げてくれた魔王様の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいけど、他人の師匠を悪く言うのはあんまりよくないか。


 それぞれの恩師は別人なのだろうが、私、その師匠たちからの忠告。

 めっちゃ破ってるよね。

 黒マナティは私の管理下にいるから問題ないとして。


 あの魔剣を授けたアーノルドくん、いまどうしてるんだろ。

 私はぶにゃーんと頭を悩ませる。

 ま、いっか。

 濃厚醤油な黒カラアゲさんをばくりばくり。


 んーむ、うまい!

 そういやいつの間にか、あの魔剣を持つ元聖騎士で魔剣士のアーノルドくんが忠義を尽くしていたお姫様――ヤキトリ姫ことナディア皇女、あの娘、いつのまにかあの国の代表になっていたような……。

 今回のシグルデンの件で、合同最高責任者会議に参加してたし。


 あの国、まだ王様生きてたよね……?

 あれ。

 なんでナディア姫が代表だったんだろ。

 もう女王陛下とか、それに類する位とか職業クラスになっているんだろうか。


 もしかして力を与えすぎて、なんか運命とか世界の流れとか、またぶち壊しちゃった……かも?

 いやいやいやいや、私が力を与えたのはあの騎士君にだし。

 お姫様のために力を使ったとしても、それを選んだのは彼なわけで。私が直接的な原因じゃ……ないよな。うん。ないない。

 セーフ。


「どうかなさったのですか、ケトス様。お顔の様子が沈んでいるようですが」

『ふぇ!? い、いやあ。ちょっとファリアル君の焼豚のお代わりがほしいかなぁって』


 ファリアル君はにこりと微笑む。

 ご飯の催促が嬉しいのだろう。一応、私が恩人だしね。恩を返せるのが嬉しいらしいのだ。


「そうだったのですか。では、厨房をお借りして追加で作って参りましょう。ロックウェル卿とレディはいかがなさいますか?」

『余ももちろん貰うに決まっておろう! ドーンと持ってくるのだ! ドーンとな!』


「あら、アタシにも頂けるのね。お願いしようかしら」


「あなたの分にはお酢をいれましょうか?」

「あはは、やめてちょうだいよ。あの時のことは忘れてくださいな」


 ははははは、と。

 私の動揺に気付かずに、三人はほんとうにイイ感じに話を進めている。

 そんなハッピーエンドな空気の中。

 賢い私は思考の海に沈んでいく。

 大いなる光は弱体化してるっていうし、東王国にもなんか動きがあるみたいだし。

 んーむ。

 せっかく今回の事件が解決したのに、また何か事件が起こるんじゃないだろうな。


 まあ東王国の方はともかく、大いなる光の弱体化に関しては私関係ないし。

 ないよね?

 うん。ない。

 さすがに神とまで言われる存在を弱体化させるほどの原因を作った記憶はない。

 よーし、セーフ!



 ま、なんか問題があったらその時に解決するって事で!

 私はファリアル君の牡鹿の骨兜へとジャンプし、飛び乗り――。

 にゃはははは! と偉そうに笑ったのだった。



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