雪国に立つ焦げパン ~モフモフ魔族なアニマル会議~
ウサギ司書が去ったのを確認して。
瘴気と憎悪の魔力を放ち異形化していたロックウェル卿が、しゅるしゅるしゅるーっと、いつものニワトリさんの姿に戻っていく。
あ、超したり顔だ。
ビシ! バサ!
ニワトリの舞を披露し、卿は勝ち誇った笑みを浮かべる。
『クワーックワクワ! 見たか、あのウサギめが! 余の凄味に恐れをなしおって、口ほどにもない!』
ノリノリで舞うロックウェル卿に、私ははぁ……と重い息を吐く。
『いきなりだったから驚いたよ。そのまま本当にやっちゃうかと思ったくらい、すっごい魔力だったんだもん』
『まあ、流れ次第ではそのまま消し炭にするつもりであったから当然であるな』
おい……。
『ねえ……、君との付き合いも長くなってきたから分かっちゃったけど。それ、冗談じゃなくて本気で言ってるよね』
ジト目で睨む私。
もしそうなってたら、せっかく建てたネコハウスも壊れてたじゃん。
そんな猫ちゃんジト目に気付いていながらも、駅前でエサをくれる人を探すハトみたいな仕草で、周囲を回り始めるニワトリ卿。
カッシャカッシャ。
鶏の爪が暗黒空間に詰められたお菓子のタイルで音を鳴らす。
『ロックウェル卿、なにやってるのさ?』
『いや――大したことではないのだが。あのウサギ、どこかに隠れていたりなど、せんよな? もし性懲りもなく隠れて様子を探っていたら、今度は情けを掛けずに本気で滅ぼしてしまおうと思っての、くわわわわ!』
キョロキョロと首だけを左右に動かして、隠れられる場所を探るロックウェル卿。
コケッコ、コケッコ。
とてとてとて。
そのモコモコの羽毛から伸びる長い尾羽がバサッ、バサッと揺れている。
あ、ちょっと可愛いかも。
私の方が可愛いけど。
『さすがに、大魔帝と元大魔帝から隠れようとは思わないんじゃないかな。今度こそコソコソ様子を窺ってたら、私も見逃さないって分かってるだろうし』
『ふーむ、残念だのう。滅ぼす理由ができたと思ったのだが――』
どうも、このロックウェル卿。
あのウサギが、かなり気に入らないようである。
これ。
彼女に情けをかけた私がいなければ、やっぱり本気で滅していたな。
私はモコモコの羽毛をちょんちょん、つつき。
『大丈夫だよ。あのウサギくん、君には何か苦手意識があったみたいだからね。脱兎のごとくって言葉もあるだろ、たぶん本気で逃げてるよ』
ウサギとニワトリ。
両方とも飼育小屋で一緒に飼われているイメージなのに……ね。
もしかしたらあの大戦時になにかあったのかな。まあ、直接の面識はなかったみたいだけど。
ともあれ。
安全を確認した私は振り返り。
焦げたパン色の脚をもつ魔狐、魔女エイルの正体である彼女に声をかける。
『これで呪いと絶命の魔女エイルは滅んだという事で、今回の黒幕は消えたわけさ。なーんも関係していないことになっている死の商人、フォックスエイルの身は、ひとまずは安全だろうね』
「ええ、そのようね。アタシの感知魔術にもウサギの気配はひっかからないわ」
七尾の尾をくるりと震わせた魔狐エイルは、私とロックウェル卿、そしてファリアル君に目を向けて。
キツネの姿のまま、微笑み。
ぴょこんとお辞儀をして見せる。
「まずは皆さんに、感謝をしておくわ。愚かにも大魔帝に抗ったアタシを蘇らせてくれて、ありがとう。そしてごめんなさいね、色々とご迷惑をおかけして。反省はしていないけれど、悪いとは思っているから……」
『いやいやいやいや。そこは、一応反省してるって言っておきなよ……』
「あら、言葉だけでいいのならいくらでも反省しているって言ってもいいけれど――それじゃあ意味無いでしょう? だって、仕方ないじゃない。アタシ、本当に後悔も反省もしていないのだから」
くすりと微笑み。
魔力を纏う七尾をシャラリと輝かせた彼女は、宙に浮かせた魔導書カタログからコタツを異界召喚。
キョロキョロと走り回っていたロックウェル卿に入るように促して、お茶を一口。
「ほーら、あなたたちも遠慮していないで入りなさいな」
『おう、ケトスよ! なかなか快適なコタツであるぞ! この者、おそらく何かの恩寵を受けているのか、ユニークなスキルを所有しておるな。異界召喚に関してはそなたより卓越した技術があるのではないか?』
「この世界に生まれた時にちょっとあってね……力を授かっているのよ。うふふ、大魔族に褒められるっていうのは悪い気分じゃないわね」
さすが色欲の魔性。
十重の魔法陣を扱える大いなる存在。蘇生の際に生じる違和感や、体内魔力の混乱はもうほとんどないようである。
たぶん弱体化した今の状態でも、格闘ゲームにでてきそうな戦闘狂ぞろいの魔王軍幹部と戦っても、互角以上の力を発揮できるだろう。
ま、彼女がやられキャラに見えていたのは私のせい。
外部からの状態異常とかデバフを無効化する私は彼女にとって、戦闘面においての天敵、相性最悪だったせいもあるのだ。
……。
いっそ幹部にしちゃっても……いや、でもここまで強力な魔性だと魔王様がお目覚めになってから許可を得ないとまずいかな。
んーむ。
ガジガジとエビフライの尻尾を噛みながら私は魔狐をちらり。
なんか、この狐。
魔王様の眷属じゃないのに魔族っぽい空気があるんだよね、なんでなんだろう。
「なーに遠くから見てるのよ。猫なんだからコタツ、嫌いじゃないんでしょ? その御飯もこっちに持ってきていいから。早く来なさいな。ミカンもあるわよ」
魔狐エイルは亜空間から取り出したダンボールをゴソゴソ。
人数分のミカンをコタツ机に並べ、ちょいちょいと焦げパン色の手でこっちに誘う。
なかなか風流ではないか。
うむ。
あっちにいこう!
『触手君、のこりはあっちで食べよう』
『ギギギギィ!』
テーブルの食事の残りをコタツの上に転移させ、私と触手君はコタツに向かい、とてとてとて。
ペチペチとコタツを確認。
『あ、本当だ。私が取り寄せたコタツより高性能っぽいね。おー、魔力温風が良い感じで温かい』
『ケトスよ、ほれ。この狐の治療の仕上げをしてやったのだ、余にも褒美というモノをだな』
『えー、君、もう自分で唐揚げ召喚できるんだろ。自分で出しなよ』
翼で器用に一本指を作り、くわっくわっくわと振って見せる卿。
『余はそなたが余のために出した唐揚げを所望しておるのだが? アレは一味違うからのう。どこか異界の名店に接続し、その世界の貨幣を置いて購入しているのだろう? 身に詰まった脂が違うのだ、脂が』
面倒な奴である。
というか、こいつ。
私の唐揚げ召喚の仕様をちゃんと理解しているのか。
さすが元大魔帝。
魔術の構成を把握するのが早い。
ロックウェル卿の前に追加の唐揚げを召喚してやり、私はヤキトリ串の鶏モモに齧りついてモグモグモグ。
「さすが大魔族。仲がいいのね」
『ま、ちゃんと仲良くなったのはつい最近なんだけどね。百年前のあの大戦時は、私も卿もピリピリしていたし』
大戦の単語を聞き、エイルはちょっと困ったように眉を下げた。
その紅い瞳が一度だけ、ファリアル君の顔を覗く。
彼のために。
彼を人間という群れに戻すために……彼女は動き続けていたのだ。
思いは、色々と過っているのだろう。
慣れないコタツにどうしたらいいか困惑している彼を見て、視線をこちらに戻した彼女は言った。
「それより大魔帝さん。あなた、本当に凄いのね。アタシ、何度か死んだことはあったのだけど……ちゃんと死んだのは初めてだったから――目覚めたと思ったらいきなり欠損していた魔力まで回復していて、少し驚いちゃったわ」
『にゃーっはっは、我の手に掛かれば死にたての狐魔獣を蘇らせるなど、朝食のご飯に乗せる味付け海苔よりも軽いのである!』
ビシっとコタツに足を入れながらカッコウイイポーズを取り。
ドヤ顔!
ふっ、決まったのだ!
せっかく私が超いいぽーずをしたのに、魔狐エイルはあまりそちらに興味ないようで。
紅い目をお金色に輝かせて、ニヒィと狐口をつり上げる。
「で、正直どうやったのか手段が分からないのだけれど。種明かしはしていただけないのかしら? アタシはあの時完全に死んでいた。転生も蘇生もできないほどに……魔力と魂、存在情報そのものが崩壊していた。どれほどの回復魔術や奇跡の使い手でも、あの状態からの蘇生は不可能なはずだわ!」
『聞いてどうするんだい、なんとなく想像はつくけど』
「決まっているじゃない! 真似できそうなら商売にするのよ。アタシ、今回の計画で自分も含めて全てを終わらせるつもりだったし、あなたに商売品はほとんど徴収されてしまったから先立つものがないのよ!」
やっぱり金か。
『残念だったね。私が使用した魔術は裏技みたいなもんさ。大気圏と純粋エーテル……って言っても、分からないか――天に漂う濃厚で膨大な魔力と、私自身の魔力で干渉、破壊した肉体がなければ成立しない大儀式蘇生魔術。時間逆行と魔力再生の組み合わせだけど……並以上の使い手でもたぶん真似はできないよ』
「時属性の魔術か、さすがに無理そうね」
残念としっぽを落としながら魔狐は苦笑する。
そう。
私はけっこう気にせずに使っているが、時属性の魔術は結構レアなのである。
まあ、どっかのギルドの受付娘は知らずにサクサクっと使っていたけど。
『それで、これから君はどうするつもりなんだい。もう一回、人と魔に干渉して戦いを起こそうとするなら、さすがに情け容赦なく塵にするけれど』
「ま、助けられたんですもの。人と魔との戦争計画は終わりにするわ。計画を実行する必要も……もう、なさそうですもの」
彼女はなぜか静かになっているファリアル君をちらり。
ファリアル君はロックウェル卿や私の飲み物を補充しようとしていた筈なのだが。
私は彼を見て、ネコのジト目を作り出す。
湯沸かしポットの使い方が分からずに分解しよう――と……。
いや、すでにぶっ壊して構築を解析してるな。
これだから研究家体質な魔術師は困る。自らの叡智を蓄えるのに躊躇がないのだ。
「ね、面白いでしょ彼。本当に、変わらないわね……。こういう所は、ずっと……あの時のまま」
魔狐は愁いを帯びた魔女の表情で、動くファリアル君の指先を眺めている。
私はこそこそーっと彼女に耳打ちをする。
『いいのかい。いまのうちに、助けて貰った礼とか。そういうの、しておいたほうがいいんじゃないの? 私、君はもう敵じゃないって伝えてあるけど……伝えたのはそれぐらいで。君の事情とか、そういう複雑な背景とかは一切、彼には伝えてないんだけど』
「あら、伝えてくれるっていう約束は守ってくれなかったのね」
彼女は少し困った様に眉を下げた。
キツネさんがコーンと頬を掻く姿は……んーむ、けっこう可愛いかも。
ポンポン――と、肉球で魔狐の眉間を撫でてしまった。
ネコの肉球に、狐の柔い毛がふわふわっと触れる。
『自分で伝えなよって、言ったじゃないか。君ほどの魔力があれば、蘇生の前後の記憶は残っているんだろう』
「だってそれは……もう、意地悪なんだから」
本当は、ファリアル君に彼女の事情をちょっと伝えようとしたのだが。
言葉がうまく纏まらなかったのだ。
『にゃはははは、私は猫だからね。気まぐれで意地悪な時もあるのさ』
私の頭には、初めて出会ったあの日の……魔王様の手が浮かんでいた。
全てを憎んでいたあの日。
人間に殺されていたあの時。
憎悪と絶望の呻きに、猛り唸ったあの瞬間に――。
命を助けて貰った。
味方が誰もいない状況で、救いの手を差し伸べてくれた。
その嬉しさは――他人がどう説明しても、きっと、伝えきれないだろう。
その時の温もり。
輝きと感謝。その温かさが憎悪の魔性たる私に、一匙の安寧を与えている。
この輝きがあるから、私はまだ世界を壊さずにいられるのだろう。
『いつかちゃんとお礼がいえるように、君も頑張りなよ』
「そう――ね。これからは新しい道を歩むつもりだし、時間はいくらでもあるから……おいおいね。今はほら、だって、その……恥ずかしいじゃない」
もうかなり恥ずかしい姿をみせているから今更だと思うが。
人間モードのこの人。
すっごい、残念だったし。
『ま、君がそうしたいのなら構わないけれどね。そういうデリケートな話は得意じゃないから、深くは突っ込まない事にするよ』
「あら、大魔帝でも得意じゃないことがあるのね。ドヤ顔で偉そうに笑って、なんでもできそうな顔をしているのに」
揶揄うように彼女は言う。
焦げパン色の狐足に目をやって。
小さく苦笑が漏れる。
そう、本当に……苦手なことだらけだ。
私は今も、あの子の思い出を忘れられない。忘れていいモノでもないけれど、それでも……きっと、私の中に眠る破壊衝動の根本はそこにあるのだろうから。
いつか、その心にも整理がつくこともあるのだろうか。
分からない。
分からないが――やはり、と私は思う。
大魔帝ケトスは。
この世界が、苦手なのだ。
私は言った。
『得意じゃないことだらけさ』
この世を生きるのって結構、大変なのだ。
けれど、最近は……。
苦手だけど、嫌いではなくなりつつある。
ちょっとだけ、好きな部分もある。
――と。
思っていたりもするし自覚もあるのだが。
ま、それを口にするのは恥ずかしいし。
私、ネコだしね?
そういう恥ずかしい言葉をいうのは、やめておこうかな――と。
そう思う。
ちょっぴりシャイで、とっても可愛い猫ちゃんな私なのであった。
その後も、私たちはコタツで談笑した。
ごちそうや唐揚げをみんなで食べて、かつての敵も新たな味方も仲直り。
とても、楽しかったと日記代わりのクリスタルには記録しておこうと思う。