勝利の唐揚げパーティーの裏 ~ネコとウサギの再会~後編
なにやら知り合いだったらしいウサギ司書と、ファリアル君。
そんな二人の再会に、私はにゃへっと知らん顔。
正直。
そういう当時の人間関係とか、あまり知りたくないんだよね。
両方とも、魔王軍からすると敵だったし。
ウサギ司書は紅い瞳を揺るがせ。
『まさか、情報提供にあった現地の錬金術師とは血染めのファリアルだったんでちか!?』
ぐぎぎぎ……と、こちらを睨んでいる。
えらーい私は、複製した童話書を収納しながら答えてやる。
『そうだよ? あれ、言わなかったっけ?』
『聞いてまちゃんよ! どうしてまだこの暴走外道錬金術師が生きているのでちか! この人はかなり昔に、西帝国で遺体が発見、本人と確認され埋葬されたと報告が入っていたんでちよ!』
『さあ、私に聞かれても。脆弱なる人間に関して大魔帝である私が把握しているわけないだろう? 当時の人間の情報なんて知らないし。こっちはただ現地で彼に協力して貰っただけだから』
その辺の事情は私も知らないのである。
ともあれ私はファリアル君のもとへと猛ダッシュし、ご馳走を受け取り。
舌なめずり。
唐揚げに焼豚にヤキトリにエビフライ!
くははははは! これこそ我の贄に相応しい馳走である!
エプロンをつけた謎の触手生物が遅れて転移をしてきて、おひつ一杯のご飯をドーンと配置。テーブルまで用意してくれているのだ!
『おー、触手君は気が利くね! ねえねえ君も食べられるなら一緒に食べようよ!』
『ギギギィギィ!』
触手君とテーブルにつき、バクバクバク!
そんな大魔帝の食事風景を、怒鳴りつける勢いで睨むのはウサギ司書。
『こら大魔帝ケトチュ! まだ話が……っ』
「失礼なレディですね。ケトス様に向かって無礼な態度は感心できませんよ」
『ケトチュさま? さま付け? あの血染めのファリアルが??』
「ええ、この御方はワタシとワタシが唯一大切に思っていた集落を救ってくださった恩人です。様をつけるのは当たり前でしょう?」
結構、こわばった様子で――ウサギ司書が焼豚さんの塊に食らいつく私をちらり。
『大魔帝ケトチュ……、やっぱりあなたは、おそろしい猫でちね。嘆きの魔性であるナタリーさんだけでなく、今度は血染めのファリアルも眷族にしたんでちか……? なんでちか、本当に世界の危険人物でも掻き集めて何か企んでいるんでちか?』
『言いがかりだね。だって私、彼がこんな危険人物だって知らなかったんだよ。まあそれどころか、戦争当時のファリアル君の事自体知らなかったんだけどねえ、にゃははははは!』
隠しても仕方ないしね。
偉そうに開き直る事にしたのである。
『まったく、よくそれで魔王軍最高幹部やってまちね……たぶん、部下の方々、困っていると思いまちよ』
『たまーに怒られるけどね。炎帝ジャハル君とかヤギ執事サバス君とかに』
『悪魔界と精霊界の大英雄であるそのお二人が部下って時点で、なんかもう、あなたは色々とぶっ飛んでいまちよね。あー……ところで、別に興味があるわけでは、ありまちぇんが……ナタリーさんは……その、元気でやっていまちか?』
童話魔術を異次元魔導図書館に戻しながら、彼女はつぶやく。
やはり。
内心では、彼女のことが気になっていたのだろう。
素直じゃないウサギである。
まあこういう所は、嫌いじゃないけど。
今の私はたぶん、かなり穏やかな貌をしているのだと感じていた。
『ああ、マーガレット君の話だと落ち着いているようだよ。今度、自分で会いに行ってごらん。君は今回の偵察のような危険な任務も多いだろうし、謝るなり、和解するなり……後悔しない道を選んだ方が良い。当時の君たちの事情は知らないけれど、君には君の使命があったのだろうから……意に反する選択をした場面もあったのだろう。心に、しこりがあるのなら、二人とも生きているうちに……話し合ってもいいんじゃないかな? 少なくとも私は――そう思うよ』
触手君も、ファリアル君も、ウサギ司書も。
まるで別人を見るかのような目で、私のクールにゃんこモフ顔を見つめている。
たまには、私だってこういうシリアスな助言をするのだ。
『君は使命に忠実な戦士なのだろう。なにしろ世界のために大魔帝に挑んだほどの女傑だ。けれど――自分の気持ちを捨てる必要はないのさ。心に恥じる部分がないのならば、思うように生きなさい。自分の心をもう少し大事にしてあげると良い。君も私も、このファリアル君も……君達に言わせれば世界が回るための歯車の一つ、ただの道具なのかもしれないが、確かにここに……心があるのだから』
猫のモフ胸に。
焼豚さんのタレをつけたままのお手々を当てて。
私は静かに――瞳を伏す。
『そう、でちね。まあ、あなたに言われなくても、そうするつもりでちたから』
彼女はちょっと目線を逸らして、苦笑する。
……。
あ、駄目だ。
シリアスな空気を維持できそうにない。
ぷしゅ~、ぶるぶるぶる、ぶにゃん。
ご馳走の並ぶテーブルに私は再び目を移し、じゅるり♪
バリバリバリ!
むしゃむしゃむしゃ、くはははは! 美味である!
そんな愛らしい私を、ファリアル君がちらり。
「ケトス様。このウサギには気を付けておいた方が良いですよ。あの大戦では人間側についていた勇者の関係者の一人ですが……油断のできない存在ですので」
『なんか価値観とか倫理観が私とはズレているのは承知しているよ。ま、それでもレディだ。まさか盗み見していただけで消滅させるわけにもいかないしね』
そう。
このウサギ。女性で獣という、私の抹殺対象リストには入りにくい存在なんだよね。
少し丸くなった顔で、ウサギ司書は私に苦笑してみせる。
『あなたに感謝はちておりますよ。紳士な一面もあると話題になる魔猫ケトチュと違って、極悪無差別石化魔ロックウェル卿や、冷徹無慈悲な魔狼ホワイトハウル。あの二柱に見つかっていたら、問答無用にウサギ鍋、その場で処刑でちたでしょうちね』
『ん? ロックウェル卿とホワイトハウルなら私より穏便だと思うけど』
ガジガジガジと。
エビフライをまるごと齧りながら首を横に倒す私に。
無表情だった筈のウサギ顔をずいぶんと器用に歪めて、彼女は言う。
『たぶんでちけど……その二柱の大魔族は、あなたの前だと猫をかぶっていまちよ? 暴走猫であるあなたは、まだ、会話が通じるので、危険リストとしてはちょっとだけ下に登録されているぐらいでちけど……あの二柱は、出会ったら即逃げろの代表でち』
『え、そうなの。私、もっと魔族としての威厳をアピールした方が良いのかな?』
ふんと鼻で息を吐き。
彼女はちょっと口ごもってこちらに言う。
『まあ……あなたは、今のままでいいと思いまちよ? 仲間にも今回のあなたは世界のバランスを保つために動いていたと報告しておきまち』
そんなウサギに。
相変わらず闇の幹部っぽい空気を出しているファリアル君は、鼻梁に昏い翳を抱いたまま、告げる。
「おや。首刎ねウサギで有名なあなたが、随分と大人しくなったのですね」
『あなたと一緒でちよ……。わたちも、その……このネコしゃんと出逢って色々と吹っ切れまちたから。もうあの時代は終わった、それがようやく分かったんでち。勇者様の幻影を追う事も……もう、ありまちぇんちね』
遠くを見ながら妙に悟ったことをいうウサギ。
ていうか。
首刎ねウサギで有名って、地味に怖いなそれ。
ファリアルくんがこのウサギを知っていたように。このウサギも当時のファリアル君を知っているのか。
……。
にゃは!
『ねえねえ、私。当時のファリアル君のことをあまり知らないのだけれど、どういうことをやらかしていたんだい?』
『え……もちかして、知らないんでちか?』
『うん』
『レディの口からは……とても……言えないでち』
……。
かなり根性が座っているウサギ司書が口を噤むって、ファリアル君、当時どんな事をやらかしてたんだろ……。
突っ込んで聞くべきか、悩む私の横。
空間が、ぶおぉんと歪む。
生じる魔性の霧と濃厚な魔力。
テーブルの上に生まれた転移陣から翼が伸びてきて、唐揚げさんを掴んでロックウェル卿がやってくる。
『おー、ケトスよ! 避難所は作り終わったようだな!』
『バッチリさ。ねえねえすごくない! 見よ、このネコハウスの群れを! 私、もし魔王軍を退役しても魔王様と二人で建築業で一儲けできるんじゃないかな?』
『そなたに抜けられたら魔王軍も困るだろう……、っと、ん? なんだ、そこにいるのは。何かそれなりに強いが、所詮は脆弱なる中堅クラスのしょーもない魔力を感じるが。誰かおるのか?』
ロックウェル卿は異次元魔導図書館を片付けるウサギ司書に向かい、くわっと首を傾ける。
言われたウサギ司書は、振り返り――じとじとじとと、ものすごい汗を垂らし始め。
びょびょーん!
『げぇ!? あ、あなた、もしかちて神鶏ロックウェル卿!』
『おお、そうであるが。どうしたのだ、このウサギは。見たところ脆弱な魔力しかもたぬ兎人族のようだが』
『ああ、彼女も童話魔術が使えるからね。設営を手伝ってもらっていたんだよ』
『というと、こやつがおまえの言っておった、勇者の関係者、あのウサギ司書なのであるな。ふむ……なるほどな』
ロックウェル卿はなにやら考え込んで。
鳥頭をぐーるぐる。
いや、大魔族としての顔つきで魔力の渦をぐーるぐる……。
あれ……?
なんか、かなり……の、魔術波動がでてる?
メキリメキリと身体を変貌させていく。
『余の友であり魔王様最愛の魔猫を狙ったのはこの者であるか。ググ、グワーッグワグワ!』
『え? ちょ……!? ど、どうしたんだいロックウェル卿!』
コケェェッェエエエエエエエ!
憎悪の魔性としてのロックウェル卿の魔力が、特設避難所空間を侵食していく。
暗黒の空一面に拡がる十重の魔法陣。
始祖鳥を想わせる禍々しい羽毛恐竜へと身体を変異させ、卿は唸りを上げる。
石化の波動を私が結界で封じていなければ、おそらく全てが石化していた筈。
『ウサギよ、覚悟せよ――余は魔猫ほど甘くはない。どうせ此度も隙あらば、世界のためなどと抜かし、我ら魔族を謀ろうとしておったのだろう。余は好かぬ、命を数値と在庫でしか考えられぬそなたらを好かぬ! 勇者一人に重責を擦り付けた貴殿らを許しはせぬのだ!』
『ま――待ってよ、ロックウェル卿! せっかく作ったお菓子のネコハウスが崩れちゃうよ!』
『こやつは影からこそこそと様子を探っておった。魔猫相手ならば、もし見つかっても命までは奪われないと考えての事だろう。それが余には気に入らんのだ!』
紅い恐竜の眼光が私を一瞬、眺め。
ぱちくりと目配せを送ってくる。
おや、これは。
なるほど、やっと動きがあったのかな。
『余は魔王様より魔猫と魔族を見守る命を受けし魔鶏、神鶏ロックウェル卿ぞ! 余の安寧を崩す輩は――この場で滅ぼすのみ!』
バサァァァアアっと翼を広げ威嚇するロックウェル卿。
本来ならこの魔風を浴びた者には等しく永遠の石化が齎される、かなり極悪な技である。
かなり本気だ!
という風に見える。
『ウサギ司書君、卿は私が抑えておくから。今のうちに逃げるんだ! ちゃんと素敵でプリティな大魔帝に助けられたってお仲間に伝えておくれよ!』
『わ、分かったでち。今回の事は借りにしておくでちから。なにかあったら一つだけ、頼みをきいてあげまちよ。それじゃあ――転移!』
ウサギが去った後。
ロックウェル卿の影から一匹の獣が姿を現し始める。
「あのクソ兎、消えたかしら?」
『うむ、まったくあのウサギめが……急に現れるから。色欲の魔性たるそなたの魔力を隠蔽するのに苦労したぞ』
焦げたパン色の脚が、にょきっと影から出てきて。
ココン!
と、狐の顔で微笑する。
「うふふ、ありがとうロックウェル卿。血も涙もない残酷卿って話だったけれど。あなたも案外、優しいのね」
そこにいたのは。
尻尾が一本減って、力をちょっとだけ失ったフォックスエイル。
そう。
まあようするに。
想像できていたとは思うが。
私は彼女を救っていたのである。