勝利の唐揚げパーティーの裏 ~ネコとウサギの再会~前編
宴会は盛大に行われていた。
会場は、ダンジョン領域結界となっていた集落ごと転移した、女神の双丘。
帝国領土である。
なんかここ。ほーんと平らで何もないから、使いやすいんだよね。
ロックウェル卿の手により召喚された眷族も、ホムンクルスも黒マナティも――集落の人間と混じって楽しくやっているようで何より。
もちろん既に集落を棲み処と決めたダンジョン猫、雪猫精霊たちも飲み食いはできないが一緒に踊ってキャッキャと喜んでいる。彼ら雪猫達は、その土地で死んだ身近な者たちが冥界から帰ってきた存在という説もあるらしいが……真意のほどは私にも分からない。
そう思いたい人は思えばいいし、違うと考える人もいるだろう。
私たちは恐ろしき魔女と暴走した王族から、国民を救いだした英雄という扱いになっている。
むろん、血染めのファリアルくんもだ。
彼の名誉は……おそらく少しずつ回復していくのだろうと思う。
……。
彼がまた鬼畜ななにかをやらかさなければ、という前提付きの話であるが。
人質となっていた民間人だが。
シグルデン王城で氷漬けにされていた国民はみな、無事に解凍された。
王族の手によって洗脳され、奴隷兵や剣闘士の真似事をさせられていた他国の英傑達も、無事に救出されている。
両者ともに――賢者と弟子たちを中心とした医療班の手によって、健康チェックを受けている最中だ。
賢者の話だと、不思議なくらい健康体なのだという。
魔女エイルは生命維持を最優先にシステムを組んでいたらしく、氷に吸収、保存されていた魔力と生命力が解凍時に返還される仕組みになっていたのである。
あの魔女は、貯めて溢れた魔力の残滓だけを吸収していたのだ。
もっと命を削る程に吸収していたら……。
少なくとも私から逃げるだけの力を得ていたのではないだろうか。
死の商人である彼女は世間からは悪人と呼ばれていたが、彼女なりの価値観や基準で動いていたにすぎないのだろうと思う。
良くも悪くも獣で、商人だったのだろう。
彼女の倫理観では民間人は客。
保持しておくに値する命だったのだろう。
どちらにしても……。
もう、魔女エイルは死んだ。
人と魔との大戦を再び起こそうとしたのだ。それが恩人のための献身だったとしても……その行為にふさわしい罰を受けてしまうのは仕方のない事だろう。
素敵で無敵な大魔帝ケトスの手によって、その悪事を裁かれたのだ。
そう。
呪いと絶命の魔女エイルは――滅んだ、が。
フォックスエイルはどうなったかって?
にゃははははは!
そうそう。
西帝国皇帝ピサロは今、いなくなったシグルデンの王族の代わりに、あの土地をどう立て直すか頭を悩ませているご様子だ。
とりあえず東の王国と真ガラリア魔導帝国、そして黒の聖母教の最高権力者たちで話し合い、共同統治――という形で様子を見ることにしたらしい。
シグルデン王族自らの手による吹雪の宝珠の暴走。
あの猛吹雪で国は弱り、民も疲弊している。
放っておくわけにはいかないが、援助と救済目的の占領という形で帝国が動けば、他国がどう動くか分からない。
その懸念を払拭するための共同統治なのだろう。
一国ではなく、複数の大国が救援を送っているという事実は、重要なんだそうな。
国が落ち着いたら王族の血筋を辿り、血の薄い王族を国王にするのかもしれないが――正直、その辺の事情は魔族である私の興味の範囲外である。
人間の事情は人間の事情で解決するべきだと、少なくとも私はそう思っている。
うん。
別に面倒とか、ダルイとか、そういう事情じゃないよ?
だって面倒なら、こんな仕事を引き受けないしね。
と。
宴会場の横。新設された暗黒空間。
まだ工事中につき、立ち入り禁止と空間を封印した場所。
モフモフ猫毛を疲れで、ぐでんぐでんにした私は魔杖を翳し、次元をずらした空間に大魔帝の魔術を放つ。
『童話魔術、おいでませ――お菓子の家!』
百単位の童話書が一斉に、開く。
ポン!
ポポポン! ポポポポポン!
そう。
女神の双丘の空間を歪めて、氷雪国家シグルデンで救助された民たちの避難所を作りまくっているのである。
魔力持つ猛吹雪で浸食されたあの地が、雪の呪いから解放されるまでには時間がかかる。
さすがに帝国にも、他の国にも国一つ分の難民を受け入れるほどの備蓄も場所もない。
普通の人間を魔王軍の領地に暮らさせるのは、それもちょっと……ね?
いつかそういう時代がくるかもしれないが、まだそういう時じゃないだろうし。
となると。
自然と、各国の最高権力者たちの目は私を見ていて。
偉大なる大魔帝の魔術に頼った。
というわけである。
さすがはケトス様。魔王様の一番の愛猫と煽てられて、了承してしまったのだ。
まあ一応。
今回……救助した人間を、帝国や他国に押し付ける事となった私もだね。少しは責任を果たさなければ、大魔帝の名も廃れてしまうわけで。
みんなが宴会をしているのに、我はお菓子の家づくりなのじゃ!
現実って、非情だね。
童話魔術を他に使える者がいれば手伝ってもらいたいのだが。
この魔術……、実はかなり高難度の習得条件があるらしくって、使い方を伝授しようとしても私しか使えなかったんだよね。
『にゃああああああ! 私も宴会でごちそう食べたいよ!』
叫びながらも魔杖は童話書を開き、お菓子の家を作り続ける。
そんな私に声をかけるのは。
同じく童話魔術を使って家を建てるウサギ司書。
可愛らしい姿とは裏腹に、わりと鬼畜な兎人族の強者である。
『ぐちぐち言ってないではやく手を動かすでち!』
『分かっているよ、ちゃんと魔力は動いているだろう。ほら、魔杖による全自動! ねえねえ、すごくない。私の方が使いこなしている気がするんだけど!』
今回、大魔帝としての私が顕現したことを勇者の関係者たちも察知したらしく。
なにやら動きのある女神の双丘を、影から覗きに来ていたのだが――。
そこを賢い私が捕まえて。
事情を説明して、お菓子の避難所作りに協力を要請したのだ。
まあ情報提供と引きかえにだが。
彼女も前回の件で一応、自らの行動に思う所もあったらしく、素直に協力をしてくれるつもりらしい。
『あいかわらず、むちゃくちゃでちね』
『ぶにゃははははあ! 魔導を使わせれば、我の道に敵は無しなのじゃ!』
『その敵無しの魔導で今度は神をも屠るのでちか?』
ウサギ司書は呆れたように息を吐く。
魔女エイルも言っていたが、なんでそういう話になっているんだろうか。
『私の性格を知っている君なら、そんな面倒な事をするわけないって知っているだろう』
『ま、そうなんでちけどね。大魔帝ケトチュ。あなたは少し、自分が周囲と世界に与える影響を考えてから行動した方がいいとおもいまちよ。今回も本気のあなたが世界を征服するために降臨したのではないかって、かなり騒然となっていまちたから』
まあ、なんかちりませんが。また人を救っていたみたいでちけど。
と。
童話魔術で避難所を作りながらウサギ司書はぶつぶつと兎口を動かす。
彼女は耳をぴょんと一度だけ立て。
こちらをちらり。
『人と魔の戦争を未然に防いでくれた事だけは感謝していまちよ』
『まあ、私も……あの戦争を再演はしたくなかったからね』
『まったく大いなる光はなにをしているんでちょうかね。ああいう事を防ぐのは神の仕事でちょうに』
ウサギ司書は大いなる光が弱体化しているという話を知っているのだろうか。
まあ不用意に情報を漏らすのはフェアじゃないだろうから、こちらからは伝えないが。
私は広大なお菓子の家の群れに目をやって、一息。
『さて、まあこんなもんでとりあえずは大丈夫かな。助かったよ、私ひとりじゃ途中で飽きちゃってただろうからね。ありがとう』
『シグルデンで起こったことの情報はいただきまちたから。別に感謝はいらないでちよ。ギブアンドテイクでちね』
と言いつつも、ウサギはちょっと頬を紅くしている。
照れているのだろう。
勇者の件で、心の整理がついたのだろうか。
もうちょっと揶揄ってやろうと思っていたその時。
空間が、ぶぅぅんと揺らぐ。
誰かが転移してきたのだろう。
そこに立っていたのは牡鹿の骨兜を被った美丈夫。
大量の御馳走を魔術で浮かせる、外道錬金術師のファリアル君だった。
「お疲れ様です、ケトス様。あなた様の分の特別ゴージャスなお食事をお持ちしたのですが――おや、ウサギ司書じゃないですか。お久しぶりですね」
『げぇ!? 血染めのファリアル! あなた、まだ生きていたんでちか!』
ウサギ司書が目をギャグみたいに見開いて、びょーんと跳躍する。
よほど驚いているのだろう。
乱れた童話魔術の残滓か、周囲に時計やら、トランプ兵やら、変な笑いを浮かべるネコの影やらが蠢き始めている。
ていうか。
この鬼畜ウサギに、げぇ! って声をあげさせるなんて。
ファリアル君、本当に当時暴れまわっていたんだろうなぁ……。