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ラスボス対ラスボス ~おそるべき神落としけいかく~後編


『どうやら、君じゃ私には勝てないようだね』

「きゃあああああああ……――ッ、……っく、な、なに!? キャンセルされた?」


 精神汚染系の鑑定能力をキャンセルしてやり。

 ピョンと跳ねた華麗なる私は玉座に着地――解き放った威圧感だけで、色欲の魔性であるフォックスエイルの身体を吹っ飛ばす。

 このまま消し去ってやってもいいのだが、問題点が二つある。

 一つは相手がひじょうに残念な魔女だったとしても女性である事。

 そしてもう一つは……私は女性の獣を殺すことに、抵抗があるのだ。


 これが憎悪の対象である人間だったとしたら、女性といえど相手は悪人だし容赦なく存在を消し去ってやれるのだが。

 さて。

 どうしたもんかと玉座の上で腕を組み。

 んーむと悩んで、ネコしっぽをびたーんびたーんと玉座の手すりにぶつけてしまう。


 そんな時だった。

 私の脳内に、声が響き渡った。


『おーい、ケトスよ。こちらの救助は完了したぞ! 事情はファリアルとやらから聞いて把握しとる。まさかフォックスエイルだったとはのう。まあ、こっちは問題ないぞ、全員避難も済んで、ネコ集落ごと帝国に転移させたのだ! なんといったかのう、そうそう! 女神の双丘とかいう、なーんもない平らな平野に運んだのだ! 戦闘中だろうから返事は要らんが、終わったら連絡をしてくるのだぞ』


 あ、一方的に話して一方的に切っちゃったなロックウェル卿……。

 ちょっと相談したかったのだが。

 まあ仕方ない、か。


 さて、これで遠慮しなくて済みそうだ。

 吹雪の宝珠で守られたこの地。

 十重の魔法陣を扱う魔性がぶつかりあっても、壊れるのは誰もいない無人のこの地だけ。

 私は……選択を迫られていた。


 この獣を殺すかどうか。


 暗躍を諦めるのならば見逃す。

 という手もあるが……まあ、ここまでやり合った以上、たぶん無理だろう。

 今更、無駄だろうけど一応提案してみるか。


『ねえ、このまま見逃してあげるから。もう止めにしないかい? 君がこのままおとなしくただの狐に戻るのなら、命までは取りはしない。これって、凄い事なんだよ? 大魔帝が獲物を見逃すなんて奇跡なんだ。ファリアル君には君を退治したって報告しとくからさあ』

「舐めないで頂戴! もう戦いは始まってしまった、獣であるアタシにもプライドってものがあるのよ!」


 天井の崩れかけたシャンデリアに器用に焦げパン色のキツネ足をつけた彼女は、キッとこちらを狐睨み。

 無数の狐火を飛ばしてくる。

 今度は幻影による鑑定魔術だかスキルのようだ。


「今度こそ……っ、フォックスエイルの名において命じる。汝の情報を開示せよ!」

『また懲りずに鑑定かい? もう直接勝負しちゃおうよ。正直、飽きてきちゃったしさ』


 どうやら彼女。

 相手の能力を鑑定して、弱点や隙を暴いてからでないと、色欲の魔性としての力を発揮できないのだろう。

 まあ魅了って心の隙間を狙うのが一番だからね。

 弱っている所に手を差し伸べたり、優しくしてやるとコロっと惹かれてしまうのと同じである。

 ……。

 あれ?

 そういや私が原因で起こった事件は数多くあり。それを救って歩いていたのなら……。

 もしかして私。

 あくまでも結果的にだが。

 彼女が言ったように、マッチポンプで信仰を広げていたのかもしれない?

 ……。

 いやいやいや!

 全部が全部、私のせいってわけじゃないし。

 私、悪くないよね?

 うん。


 まあそんな自己完結をしながら、鑑定狐火を私は肉球でペチペチ叩き落とし。

 爪の先から弾いた魔弾でジューっと消去する。


「そんな……っ、神通力を用いた不可避の狐火鑑定なのよ! 神以外には絶対に回避できない筈なのに!」

『にゃはははは! ごめんねー、私、どっかで崇められているらしくって神属性も持ってるから!』


「なら、これでどう! 魔力解放、我が八尾に叡智を! おいでなさい……っ、我が秘蔵の魔書達!」


 狐は魔力の風に流されながらも、十重の魔法陣を尻尾の先に描き。

 宙に浮かべた無数の魔導書が開きだす。


 バサササササァサッサアァァァ――!


 一冊一冊が伝説級の魔導書なのだろう。

 さすがは死の商人。商売人として各地で手に入れたその品は価値ある秘宝なのだろうが。

 やっぱり、精神系の攻撃でやんの。

 魅了魔術は私の獣毛にぶわんと弾かれ、宙に浮かんで消えていく。


「……なっ――! これも効かないなんて!」

『残念だったね、フォックスエイル。それも無駄さ、私には――効かないんだよ。君は知らなかったようだけれど、私にはそういう類の魔術は一切通じないのさ』


 狐火を揺らし、瞳を尖らせエイルは唸る。


「完全耐性……というやつかしら」

『そういうことさ。もう、諦めたらどうだい? 本音を言うとね、私は君みたいな女性は殺したくないんだ。たとえ、悪人でもね』

「あら、お優しいのね。新しき主神の慈悲というヤツかしら」

『まだ言ってるのかい。私、主神になるとか、そんな面倒なことしたくないんだけど。だいたい、どこからそういう話がでてきてるのさ』


「あなた、もしかして知らないの? 今、大いなる光は弱体化している。何者かの攻撃を受けてね――その隙に乗じて動き出したものだとばかり思っていたのだけれど」

『初耳だね。それは、本当かい?』

「商談しにいったと言ったでしょう。事実よ、その顔だと本当に知らなかったみたいね。うっかり情報を漏らしてしまったけれど……神との交渉は決裂したんだし、バラしちゃってもいいわよね」


『神とどんな商談をしていたんだか。まあだいたいの想像はつくけどね。どうせ、人と魔の戦争再演に協力を求めたか、あるいは黙認しろと迫ったか。そのどちらかといったところかな』


 フォックスエイルは何も答えず、ただ静かに微笑する。

 おそらく、想像は正しいのだろう。


『無駄だろうけど、一応言っておくよ。私、神落としとか、そんな面倒なこと微塵も考えていないからね……?』

「悪人はみんなそう言うわ……。自らの企みを必死に否定する……そう、やっぱりそうなのね」


 妙に遠い目をしてフォックスエイルは瞳の奥に悲しみを浮かべていた。

 なにやら過去の地雷を踏んでしまったようであるが。

 ええ……なんか、困るなあ。


「正義なんてモノにも大いなる光にも興味はないけれど、世界のお金のために――アタシがあなたというラスボスをこの場で止めて見せる。ふふ、まさかこのアタシが正義の味方の真似事をするなんて……世も末ね」


 その貌はまるで、最終話でヒーローに味方をする悪の女幹部。

 つまり、私は世界を破壊しようとしているラスボスかい!

 なんか私。

 すっごい邪悪な存在みたいになってるんですけど。

 いや、たしかに魔王軍最高幹部だし、世間からしたら悪人だろうけどさ。

 もういいや。

 ふっとばそ。

 と――その前に。


『私も君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?』

「スリーサイズなら内緒よ?」


 この狐オバちゃん。

 なんか発想がふるくない?

 なんか昔の、五百年前に見た漫画とか小説とかの空気感がでているのだが。

 ともあれ。

 そんなツッコミはしないでおこう。

 今から、ちょっとしたシリアスをやるからだ。

 おそらく、私の考えが間違っていなければ――殺す前に確認をしておきたい。

 私は、真摯な声で女に問う。


『どうして……シグルデンの人々を助けたんだい?』


 魔力を込めた声だ。

 駆け引きも嘘偽りのない、問いかけだった。

 少し間をおいて、彼女もシリアスな空気を纏いながら言った。


「なんのことかしら」


『魔力を吸い尽くし殺すこともできた筈なのに、君は吸うだけで生かし続けた。まるで飢餓や宝珠の暴走による極寒から守るように……凍結保存をしていた。偶然とは思えない。君は……無意味に殺戮をするタイプじゃないんだろう』

「だって、商売相手は多い方が良いでしょう?」


 狐は困った様に少しだけ眉を下げた。


「それに――たとえ脆弱な人間だとしても。意味もなく人が死ぬのを見るのは……気分が悪いわ。それを助ける手段があったから、手を差し伸べた。後の商売にもつながるから一石二鳥ですしね。それだけの話。本当に……ただそれだけのつまらないプライドよ」


 まあ、そのプライドだけは、嫌いじゃない。


『そうか――ありがとう』


 静かに瞳を伏して。

 感謝を告げる私に、魔狐エイルはきょとんとした顔を見せる。


「どうしてあなたが礼を言うの? あなた、全てを滅ぼしたいほど、人間を、世界を恨んでいるのでしょう? あなた、矛盾ばかりじゃない」

『あれ、本当だ――どうしてだろう……』


 猫頭を悩ませる私に、彼女は言う。


「ふふ、あはははは! 本当に変な人ね、あなた。ギャグキャラだと思ったら急にシリアスをするし、ちょっとだけ……切ない翳を見せてアタシの心を揺さぶるし……不思議な人なのね、大魔帝ケトス。ねえ、本当にアタシと手を組まない? アタシは時計の針を戻し……人と魔の戦いを再演させる。神はその願いを断ったけれどあなたなら……。その計画に、手を貸して欲しいの」


 女は黒い手を伸ばしてきた。

 おそらく、心からの誘いだ。

 焦げたパン色の手は私の力を欲して、誘っていた。

 魔力を込めた魅了ではない。

 言葉と苦笑だけで、私を誘っていたのだ。


『私は――人と魔の戦争を望まない。君こそ、どうしてそこにこだわるんだい。君ほどの魔力と才覚があれば……今更あの時代に戻る必要もなく稼げるだろう』

「そう、残念。あなたとなら……良いパートナーになれそうだったのに」


 出会い方さえ違っていれば、彼女とグルメ計画を進める未来もあったかもしれないが。この狐はどうしても犯してはならない禁忌に触れた。

 魔王様に関する事だけは――私も譲れない。


 それに。

 人と魔の戦争が始まれば――五百年前、私が冷たい路地裏で味わった悲しみを再び味わう野良猫が生まれてしまうかもしれない。

 その野良猫が私のように力をつけて、世界に復讐しようとしたら?

 私はその猫をおそらく、止めはしないだろう。

 世界の滅びを眠る魔王様と共に、ただ静かに眺めてしまうのではないか。

 そんな、妙な確信があったのだ。

 未来予知の一種、なのかもしれない。


 だから。

 私はこの場で魔女を殺す。


 メキリメキリ、身体が変貌していく。

 戯れを捨てた私は――この長きに渡った戦いを終わらせるために顕現する。

 魔狐エイル。

 彼女は危険だ。

 結果的に人を救ったとはいえ、戦争を望む心は本物だ。

 放逐するべきではないと、魔族としての勘も言っている。

 この者は、人を傷つけすぎた。

 女性の獣を殺すことはしたくない。

 あの日の悲しみを思い出すからだ――けれど。


『さて、御遊びも終わりだ。魔狐フォックスエイル。死の商人よ――我はお前を滅ぼそう』

「あら、ようやく本気をだしてくれるのね。あなた、ずっと時間稼ぎばかりだったんですもの。正直、悔しかったわ。あのニワトリさんから、救助完了の報せがきたってところかしら」


 なるほど。

 理解はしていたのか。


『食えない女だ』

「それはお互い様でしょう」


 女は死を覚悟していた。

 おそらく、人と魔の戦争を望んだその時から……既にそういう覚悟があったのだろう。

 死の商人である彼女は志のある戦士と同じプライドを持っている。

 彼女には彼女の強い願いと心があるのだ。

 同情は無礼になる、か。


『さあ、我がお前に与える最後の慈悲だ。本気を出して、そなたに滅びの名誉を与えてやろう。来世で誇るがいい、汝は本気の大魔帝に消されたのだ――とな』

「抗って見せるわ。アタシはアタシの信じる道を進むのよ!」

『そうか――ならば、滅びよ』


 言って。

 私は――魔狐を睨む。

 ただそれだけで。

 魔狐を屠った。


「え……っ……――」


 声は遅れて女の口から零れ落ちた。

 どさり……。

 何が起こったのか、魔狐自身にも分からなかったのだろう。

 その身体は床に沈んで滅んでいた。

 これほど長い滞留だったのにもかかわらず。

 本当に一瞬。

 ただ一撃で――人と魔の戦争を望む魔狐の計画は、その魔力ごと滅んだのだ。

 世界を壊す心配がなく、力を加減する必要がない状況ならば。

 私は脆弱なる魂を一瞬で消し去る程の力がある。


 それが大魔帝。

 魔王様に仕える愛猫の力なのだと――私は世界に向かい鳴き声を上げた。

 それは。

 死にゆく魔狐に向けるレクイエムでもあった。



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