ラスボス対ラスボス ~おそるべき神落としけいかく~前編
ドラゴンステーキを人間にも食べさせたのかとキツネに問われ――。
頷き肯定する私。
魔猫こと大魔帝ケトスは、モファモファに膨らむ猫の毛を更にぶわっと膨らませて。
首をこくりと横に倒す。
『知らないの? ごはんってみんなで食べた方が美味しいんだよ?』
魔狐エイルは牙が覗く獣口を震わせて、こちらを見る。
「じゃあ本当に……人間に」
『与えたよ? それがどうしたんだい?』
この人。
なんか残念だし友達がいなそうだし、美味しい食べ方を教えてあげたのだが。
空気が――変わった。
獣口だけではなく声も震わせ、魔狐は叫んだ。
「ドラゴン料理を人に与えるだなんて、正気なの!?」
『え、なに。急に……どうしたんだい』
相手の緊張が伝わってきて、私のモフ毛もビリビリしてしまう。
「そんなことをしたら種族間のバランスが崩れるわよ!? 竜の肉は人間にとって能力向上食材、安易に与えてはならない! それが世界のルール、人ならざる者たちですら守る暗黙の了解。死の商人である私ですらその禁忌だけは冒さなかった。大魔帝であるあなたが知らないわけがない、あなた、何を企んでいるの!?」
こいつ。
人間と魔族の戦争を再演させようとしていたくせに、妙にまともな事を言うでやんの。
まあ戦争を長く続けさせるつもりなら、種族間のバランスをあまり壊したくないのだろうが。
『あー、そういう話か。まいったなぁ……ホワイトハウルにも言われちゃったんだよね、それ』
「なっ……大いなる光の忠実なる僕、白銀の魔狼ホワイトハウル様に警告を受けている……!? じゃあ、やっぱり!?」
狐は自分も極悪なくせに、まるで化け物を見る瞳で私を、ぞっと眺めている。
魔力も乱れ。
靡かせる白き獣毛も、小刻みに震えていた。
『おや、ホワイトハウルを知っていたんだね』
「大いなる光、神との商談の最中にお会いしたことがあるから……偉大な魔狼よ。同じ犬系統の獣として、尊敬しているわ」
やっぱり。あいつ、私の前じゃないとネコを被ってるな。
そう。
あのワンコ、正真正銘な神獣だから普段は厳格で冷静沈着。
キリっとしてるらしいんだよね。
私の前だとワッフワッフ庭駆けまわるワンコのくせに。
というか神、妖しい魔狐と商談なんかするなよ……。
最近、人間にたいして冷たい気がするし……まさか本当に人を見捨てたんじゃないだろうな?
『しかし、そうかあ。ドラゴン料理の件かあ。あったなぁ……そういうことも。じゅるり……おっといけない、涎が……魔竜の肉ってちょっと硬いけど、脂がじゅわーっとしてて、美味しいんだよね』
「なるほどね……あなたの計画が読めたわ」
『計画? なんの話だい?』
「とぼけないで頂戴! あなたは人間を強化しようとしている、それも自分の手懐けた都合の良い人間だけをね――ドラゴン料理で能動的に人間の勇者を作り出し、魔王軍に勧誘しようとしているとしか思えないわ。そうなんでしょう?」
『いやいやいや、なにいってるの……?』
ふふんと微笑する魔狐。
何言ってるの? とネコ眉を歪ませる私。
おそらく。
私があまりにも偉大な存在だから、拡大解釈、何か企んでいるとまーた誤解されているなこれ。
よくいるのだ。
私がただ散歩をしているだけで、闇の計画を進行させていると誤解する輩が。
呆れ顔の私に気付かず。
妄想を更に膨らませる狐は、我が意を得たりと言わんばかりのドヤ顔で続ける。
「魔族にとって敵としてならば勇者は災厄の象徴でしょうが、味方に引き入れてしまえば……あれほど心強い存在はない。敵は居なくなり、戦力は増す。まさに一石二鳥じゃない。あなたがアタシの戦争計画を防ごうとしているのは――なるほど、また勇者の誕生と勧誘には至っていない。さしずめそういう事かしら」
勇者とかそういう話は、正直、妄想乙……!
と言ってやりたいが。
勇者というカテゴリーを抜いての話なら――ちょっと心当たりがない事もない。
たしかに。
実はちょっとまずかったんだよね。
魔竜の肉を口にした女性、マーガレット君の力は人の器を遥かに超えていたし、賢者もお付きの弟子たちもその実力は人間としては強すぎる。
友好関係にある国の人間だし。
ある意味私が監視している状態だからいいけど、そうじゃないなら戦争の種になる可能性があったのだ。
あの中で最も強く、女性であるマーガレットくんを勇者と崇めて、戦争の御旗にしようとする輩もいるだろう。
まあ、マーガレット君はあの性格だ。
そんなことを持ち掛けられたら比喩ではなく相手をぶっ飛ばすだろうけど。
そういう事態になったのなら、私は迷わずマーガレット君と関係者を保護する目的で魔王軍に招くだろう。
私が蒔いた種なのだから、魔王様の愛猫として、ちゃんと責任は果たすだろうと思うのだ。
私、おとなのネコだから、そういう責任とかはしっかりとるのである。
うん。
ともあれ。私はぶにゃーんと偉そうに腕を組んで。
『いやあ、もう食べさせちゃったもんはしょうがないじゃん! 強くなりすぎてヤバそうな人間はちゃんと見守って、暴走しないようにもしたし。もう時効さ、時効。責任も果たしたんだし私、ぜーんぜん悪くないからね!』
よーし! 言い切ってやったぞ!
本当に忘れてたんだから。
私のせいじゃないし。
今更、過去のそういう、猫ちゃんのうっかりを責めないで欲しいものである。
「――……ッ! とんでもない相手ね、大魔帝ケトス! 警戒はしているつもりだった……けれど、もっとするべきだった。あなたを甘く見ていたわ!」
瞳の奥を震わせた彼女は、息を呑み。
ザッと大きく跳躍し、私との距離を取る。
私としては過去の失敗をとっとと忘れたいのだが。
フォックスエイルはそうでもないようで。
牙を剥き出しに唸り。
威嚇。
亜空間から魔導書を取り出し、魔力を溜め始める。
「大魔帝ケトス……まさかそこまでの野心を抱いていたとは……知らなかったわ」
『えぇ……今度は何? まだあるの? なんか、もう、これまたすっごい誤解してそうで嫌なんだけど』
「あなたの真の目的が分かってしまったのよ……。そう、その壮大な計画がね!」
気丈に張った声ながらも、女の声は擦れていた。
大きく唾を飲み込み。
魔狐は私をちらり。
生意気にも冷静で理知的な声を出して、彼女は状況を整理するように獣口を上下させる。
「あなたは各地でわざと人を混沌に陥れ――その様子を嗤いながら探り、さも救世主のような顔で救い出して、魂を誘惑。眷族化している。その事実に間違いはないわよね?」
ぽかーん。
である。
『いやいやいやいや、なにを確定情報みたいにいってるんだい? それだと、なんか私、マッチポンプのすんごい極悪人みたいじゃないか』
「近づかないで、誤魔化しても無駄よ!」
悲鳴にも近い牽制の唸りが周囲の壁を破壊する。
アタシは騙されない――そう言いたげな彼女の真剣な瞳が、ぶにゃ~んとハテナを浮かべる私の猫顔を映す。
「事実、あなたに陥落された土地は多い。
西帝国をはじめとした主要都市……暴君の名を隠れ蓑に活動する賢帝ピサロ、ネクロマンシーの禁忌、禁術を扱う東王国の死霊姫。異界の魔導を極める賢者――その他にも噂はいっぱい。黒の聖母を崇める謎多き教団に侵入し猫で汚染したとも聞くし……、世界の頂にある存在の一つ、嘆きの魔性、バンシークイーンとも密約を交わしただなんて話もあったわ。
こちらから情報を探さなくても向こうからやってくるほど……。
アタシの商売敵であり世界の魔道具市場を支配する恐るべき国……真ガラリア魔導帝国とも内通、既に陥落したとの情報は私も入手しているのよ」
『あー、たしかに皆とは仲良くしてるよ? よく調べたね』
おいしいごちそうくれるし。
「やっぱり! 神の眷属である人間を堕落させ、神から所有権を奪う形で人間を眷族化。そして信仰を得る……神からの信仰を強奪する。
そうよ、ネコであるあなたは盗みが得意。大魔帝ともなれば、なにもしらない恩人の顔をして信仰を盗むぐらい容易い事の筈。
なら――そこから導き出される答えは……? もっとも新しき神、いえ、主神になるつもりなのね!」
あちゃー……なんか。
阿呆な事をいいだしたよ、この人。
人じゃないけど。
本当に残念だな、この魔女狐。
「大魔帝ケトス。いえケトス神として世界を征服する神々の黄昏計画を目論んでいるとはね。壮大すぎて、さすがのアタシも震えてしまうわ」
『あのさあ……君が何を誤解しているのかは分かったけど。ほら、神々の黄昏とか、そういう恥ずかしい事、大きな声で言わない方が良いよ……?』
「神々の黄昏を知っている!? じゃあ、本当に……!?」
女狐は紅い瞳に驚愕を浮かべ、更に後退り。
あ。
じりじりと下がる狐足が……ちょっとかわいい。
焦げたパン色はうん、嫌いじゃない。
記憶の彼方にある、愛しき者の小さき足を思い出すからだろう。
私の憎悪の源となっている、あの小さき獣の魂を……。
まあ。
それはどうでもいいのだが。
……。
そういや、この世界じゃラグナロックとかそういう言葉、普通じゃ知らないのか。
ふと賢い私は考える。
ここじゃあ知る人ぞ知るレベルの稀少な知恵、異界より叡智を求める者しか知る事の出来ない、異世界の神話になるんだろうし。
……。
あれ?
あー……。
まずいかも。
これ。
神を落とすために類似する異界の神話を調査済みと、本気で誤解されたかもしれない。
「なるほどね、そう……そういうことだったの。これが偶然とは思えない、全てのピースが繋がってしまうもの――どうも不自然に人間世界に干渉しているかと思ったら……あなた、信仰を集め、主神になり替わるつもり……なのね」
その瞳は恐怖で揺れていた。
『いやいやいや、私はただグルメ散歩がしたいだけで……って、聞いちゃいないなコレ』
「いえ、たとえ神である大いなる光は騙せても、このフォックスエイルは騙せないわ。秩序の崩壊、世界の変革。きっと紙幣も硬貨も新しく黒猫印の新貨幣に差し替えられる!
そんなことを実現されてしまったら、いままでためてきたお金が無駄になっちゃうじゃない!
商売人として、いいえ、商売獣として――そんなこと、絶対にさせないわ!」
今までにないシリアスな貌で、狐はヒゲを蠢かす。
モコモコな尻尾が魔力を浴びて大きく膨らんでいく。
ピンク色の十重の魔法陣が、ぐるんぐるんと、彼女のモコモコな獣足の周囲を回り出す。
えぇ……なんでそういう話になるかなあ。
なんか話をきかないタイプみたいだし。
うん。
とりあえずぶっ飛ばしちゃっていいか。
相手もやる気、ということだろうし。
ようやく戦闘か。
とりあえず、様子を見ようか。
『まあいいや、もう面倒くさいし――さて、君がその気になったのならちょうどいい、そろそろ決着をつけようじゃないか。まずはこいつらを倒してごらんよ。そうしたら、遊んであげるよ』
玉座にえらーく座ったままの私は、周囲に膨大な魔力を浮かべてギロリと猫の瞳を輝かせる。
瞳をすぅっと細め、肉球を翳す。
次の瞬間。
まるで魔王様を守る側近のように、玉座の間に黒猫の影が次々と生まれていく。
いつもの妙に太々しい幻影の黒猫である。
直接の対決は避け、このまま幻影黒猫に相手をさせようと思っていた。
が。
一瞬で、彼女の身は下がっていた。
「闇の幻影猫よ! 鎮まりなさい! アタシの退去要請に従い、素直に退散するのならモモハムをあげるわ!」
『ぶにゃ!』
あ、あいつら!
モモハムを受け取って闇の中に帰りやがった!
闇からポイっとモモハムの包み紙だけが投げ出され、沈黙。
帰ってくる気はないようだ。
「えーと……自分で仕掛けておいてなんだけど、なんでこんな手が効くの……?」
『んー、あいつら御飯に目がないからなあ……』
魔狐の作戦により、私の生み出した幻影黒猫は世界への干渉を打ち消され消えてしまった。
音すらない神速の後退。
魔力の込められた会話術。
回避と攻撃の同時魔術。
会話術の方は、正直ただの餌付けだったので怖くないが。
問題は――。
十重の魔法陣を纏う狐の尾。
そして。
魔術による獣脚強化魔術か。
うーむ。
これ、やっぱり直接ぶつかるのはちょっとまずいな。
強すぎる私のせいによる、いつものパターンではあるが。
この結界内の世界が、壊れちゃうかもしれない。




