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魔女の正体 ~女の人の化粧はすごいけど、ながい~



 玉座の間まで引き返した私達は、紳士としてのオヤツ時間たいむを余儀なくされていた。

 呪いと絶命の魔女エイル。

 彼女の身支度が終わるのを待っているのである。


 ぴょんぴょんぴょんと玉座の間を猛ダッシュしたり。

 ニヒィとネコ目を輝かせて。

 バリョバリョバリョ!

 ロイヤルな超高級絨毯で本気の爪とぎをしたり。

 散々に遊びまわった後。

 もはや主を失った玉座の上で足を投げ出し肉球をどでーん。接収した醤油センベイをばりばりしながら、イチゴミルクの紙パックを一服。


 ちゅる~、じゅるじゅる、べっこんべっこん。

 ……。

 おそい。

 猫しっぽがブフォンブフォンと玉座を叩く。


 私のイライラを察したのだろう。

 ファリアル君は隠し通路の奥、化粧をする女の洋館に目をやり言った。


「どうします? 正直、あの魔女。やっていることは相当に悪辣ですし、待ってやる義理もないと思うのですが」

『んー……女の人のお化粧は待つモノだって、魔王様が言ってたからね。ここは大人の余裕ってやつをみせておかないと。後で大魔帝は女の化粧も待てないって、へんなうわさが立っても困るし』


 我慢。我慢。

 たっぷりと時間を取った、後。

 魔女ハウスからでてきた女は、ふっと髪をかき上げ気取った仕草をしてみせ。

 ビシっと私達を指さし――、


「おほほほほ! 逃げずに待っていたとは、その度胸だけは褒めてあげてもいいわよ! って、やだ、爪のことすっかり忘れていたわ!」


 その爪にネイルを塗り忘れていると気が付いて。

 亜空間から取り出したマニキュアをぬりぬり。


『ねえねえ! もうそういうドジアピールはいいんじゃないかなあ……妙齢のオバさんがやっても……ドンくさいだけだよ!?』

「いいのよ、ほらアタシって完璧だから。こういうちょっと抜けてるところがあった方がモテるって、異界から取り寄せた魔導書に書いてあったもの」


 ネイルに呪印を刻み強化する魔女エイルを横目に、ファリアル君に私は問う。


『私、ネコだからよくわからないけど、そういうもんなのかな?』

「まあワタシはこのレディには興味ありませんが。男とはそういうものなのかもしれませんね。集落の若い衆たちは、やはり彼女のようなちょっと抜けてる方に、群がる傾向にありましたよ」


 まあ確かに。

 魔王軍でも彼女みたいなタイプは結構人気だったりするが。

 んーむ、人型種族の好みとかって、もうよく分からないなあ。熟成お肉の美味しさとかなら分かるのだが。

 しかしだ。

 まだ戦闘が始まらない。


 普段ならとっくに吹き飛ばして宴会をしていて、いい筈なのに。

 なんか魔女エイルのペースに乗せられている気がする。

 これ。

 名前は分からないが、たぶんこの女の固有スキルか何かだな。


 スキル保有者である彼女が危機的状況になる未来を感知した瞬間、スキルが自動で発動し、ギャグや強運を利用し戦闘を回避しているのだろう。

 この手の、運を操作する系統のスキルは本当に厄介なんだよね。

 なんで厄介なのか知っているかというと。

 実は、私もこういう運を操作する系統のスキルを持っているからである。


 魔王様に言わせるとギャグ補正という強力無比なカテゴリーらしいのだが。

 もっとも。

 イケてる美貌ダンディ猫な私は、ギャグキャラとかネタ枠とか、そういう残念なカテゴリーとはちょっとズレているから、その補正と類似するぐらい強力な加護があるということだろう。

 うん。

 はてさて。


 女はファリアル君の顔を見て、化粧を再確認。

 手鏡をパタリと閉じ、きゅっと結んだ紅い唇を上下させた。


「待たせたわね――あなたたちが淑女をちゃんと待てる男たちで良かったわ」


 魔女の魅了魔術だろう。

 彼女は溜め込んだ魔力を身体の内から妖しく輝かせ、微笑する。なんかムカつくけど、確かにシリアスな貌をした彼女は妖艶で、それなりの色気を放っている。


 開く魔導書は背徳的な黙示録。

 並々ならぬ出力の魔力が剥き出しになっている。

 人間の国なら軽く誘惑して滅亡できるほどの力だ。

 実際。

 誘惑された王族を失ったこの国は――滅びの道を進んでいる。

 何度も言うが残念だが、甘く見ていい相手ではない。


 ま、まあ王様をうっかり消しちゃったのは私だけど。

 ともあれ。

 魔王城に兵を向けるという暴挙をしてくれちゃった以上、落とし前はつけねばなるまい。


「さて、どちらがアタシと戦ってくれるのかしら?」


『やっぱり私かな。今回の散歩はさんざんにダラダラしたしさあ、正直、こう、無駄に時間を使い過ぎたっていうか、うん。もうとっとと黒幕である君をぶっ倒して、魔王城に帰りたいんだよねえ』

「なるほど、ね――」


 魔女は覚悟を決めたのだろう。

 魔導書に目をやり、少しだけ遠い目をする。

 大魔帝ケトスと正面から戦うことの意味を理解しているのだろう。間違いなく、彼女は死ぬ。

 自慢ではあるが。

 どれほど魔力をためたとしても、次元が違うのだ。


 女は背徳的な黙示録を開き、くすり。

 妖艶に微笑し――言った。


「さて、どちらがアタシと戦ってくれるのかしら!?」

『いや……だから、私がやるっていったよね……?』


 肉球に魔力を込めて、ぐりぐりぐり。

 人間の都市ぐらいなら一瞬で虚無に沈めるほどの魔力が肉球の内側で、バチリバチリと反響している。

 もう準備は万全。

 どうせ一瞬で終わるのだから、とっとと吹き飛ばしたいのだが。


「分かってるわよ! あなたと戦っても勝ち目がまったくないから、せめて最後はイケメンとやりたいって言ってるのよ! そんなことも分からないの!?」

『えー、いいじゃんもう。私、ファリアル君とここのダンジョン攻略してて分かったけど、たぶん君じゃ彼にも勝てないよ?』


 ギャグ空間に巻き込まれないようにしたいのだが。


「それでいいの! あなたに一瞬で消されたらお話にならないけど、血染めのファリアルとそこそこの戦いをしてやられたって方がマシなのよ! そんな事も分からないから、猫魔獣は犬魔獣と違ってデリカシーも謙虚さもないって言われるのよ!」


 ぶち。


『はぁぁぁぁああ? この配慮と優しさの紳士って評判の私を掴まえて、デ、デリカシーも謙虚さもないって! あーもう、いい、はいはい。いいですよ。我が怒りとか絶望の魔力の鉄槌で粉砕してくるニャ!』


 怒髪天を衝くとはまさにこのこと。

 逆立てた猫毛を振り乱し、私は握った魔杖から直接魔力の閃光を解き放つ。


 ジャジャジャ――ッ! ビシューッ!

 女は手にする黙示録の加護を利用し、避けようのない神速の魔力閃光を回避する。

 な――っ!

 こいつがもつあの魔導書、何かがおかしい。


「ちょっといきなりなにするのよ! 卑怯者!」


『猫は卑怯な戦い方が得意なんですう! と、そんなことはどうでもいい、君、その魔導書――背徳的な黙示録って鑑定には出ているけど、それ以上の情報を読み取れない。いったいなんだいそれ?』

「あら、さすが大魔帝。よくこれがいわく付きのモノだってわかったわね」


 細い指で黙示録の表紙に触れて――、女は口角をつり上げる。

 よほど自信があるのだろう。

 あの黙示録は……何かの力が封印されている?

 タイトル文字がピンクの光を纏いながら、浮かび上がってくる。


「いいわ、御遊びはここまで。アタシも本気を出させてもらおうかしら。大魔帝ケトス、魔王に愛されし伝説の猫魔獣。あなたには絶対に勝てないけれど、逃げることぐらいは――できるかもしれないものね」


 紅い唇だけを蠢かし、女は声をくぐもらせた。

 人質たちから吸収していた魔力を解放したのだろう。

 十重の魔法陣が、女の足元に展開する。


 十重!?

 私やロックウェル卿、ホワイトハウル以外にもまだこの領域に届く存在が現存していたのか!


 これは――まずい!

 マジでシリアスなやつだ。

 ギャグ属性の存在がギャグを投げ捨てる、それはだいたいヤバイ力を発揮すると私は知っている。

 ロックウェル卿とホワイトハウルがギャグを投げ捨てるときは、いつだってそうだった。大抵、天地が翻る程のとんでもない大魔術を発動させるのだ。


 シリアスに顔をキッと尖らせた私も空間を歪ませ、結界を作り。

 魔杖を翳し――。

 私の魔力に大いなる光の祝福を掛け合わせ高速詠唱!


『我が信仰は偽りなれど、この祈りは真なる願い。大魔帝が命ずる、我が友、我が眷族に魔除けの加護を!』


 魔女エイルの魔法陣を止めるのは、間に合わない。

 既に私は――別の手を選んでいた。魔女を先手で討つよりも前に、ファリアル君と触手君に防御結界を付与することを選択していた。

 二人の身体を強固な結界でガードした、次の瞬間。

 魔女は紅い瞳を見開き、ギシリと嗤った。


「さあ、宴を始めましょう! 魔力解放、うふふふふ……あは、あははははは!」


 大地が揺れ。

 魔力が暴風のように荒れ狂う。

 メキリ、メキリ……。

 女の身体から妖しげな気配が漂ってくる。

 肉感的なタイトドレスの下腹部。臀部の付近の布地が盛り上がってくる――。


『ま、まさか君……!?』

「さすがね――もう気が付いたの」


 後ろをモコモコさせながら女は不敵に笑う。

 魔力波動の強さも本物だ。

 が――。

 シリアスだった筈の空気を肉球で掻き分けた私は――ジト目で女を見て。

 呆れを隠さず眉を顰めた。


『いや……、それはさすがにドン引きなんだけど』


「何の話?」

『そりゃ大魔帝の強さにビビってしまったのは分かるけど、さ。戦いの最中に……おちりから、そういう……ババ、というか、ばっちいのを出しちゃうのは……ね? そういう特殊なプレイ的な? 良い子の猫ちゃんの教育に悪いのは……できたら、よその異世界でやってほしいんだけど……』


 言葉を濁し、目も逸らし。

 歯切れ悪く指摘する私に、魔女エイルは顔を真っ赤にして否定する。


「ち、違うわよ! 尻尾よ、尻尾! レディに向かってなんてこと言うのよ! あなただって獣から魔性化した猫魔獣なら分かるでしょうが!」


『えぇ……? 尻尾? ほんとうにぃ?』

「そうよ、ほら、よく見なさい! あなたも人間形態から元に戻る時はこんな感じでしょう!? ねえお願い、さすがのアタシも戦闘中にそういうことをする女だとは思われたくないの!?」


 あなたも?

 つまりこのオバさんは……。

 背徳的な黙示録の魔力を浴び、魔女の身体が変貌していく。


 いや、元に戻っていくというべきなのだろうか。

 メキリ、メキリ……と、更に姿が歪んでいく。

 この気配は……ああ、なるほど。

 ババをやらかしたのではなく、生えてきた尻尾が服を押していたのか。


 ふむ。

 あれ? 私、なんかいま、めっちゃ空気の読めない猫ちゃんじゃなかった?

 ……いやいやいや、これは作戦。

 そう! 敵を油断させる作戦だったのだ!

 そういうことにしとこう。


 ファリアル君と触手君の安全を確認し――ロックウェル卿の元へと結界ごと彼らを転移。

 これで戦闘に巻き込むことはなくなる。

 魔族幹部としての闇の顔を前面に出した私は……猫の瞳を細め、シリアスに女を睨む。

 今度こそ、ちゃんとしたシリアスだよ?


『へえ。君も獣ベースの存在――だったんだ。その禍々しい魔力、私達のような何かの魔性かな?』

「アタシの名は、フォックスエイル――色欲の魔性といったほうがわかりやすいかしら? 人間形態である呪いと絶命の魔女エイルの名じゃあ、伝わらなかったようだから――これからはこちらの名で呼んでちょうだい」


 目のまえに顕現したのは――八尾の禍々しい魔力を持つ銀ぎつね。

 巨大で神々しい大きな狐。

 私やロックウェル卿が憎悪の魔性であるように、バンシークイーンのナタリーくんが嘆きの魔性であったように。

 いま、目の前にいるのは感情を暴走させて強大な魔とし顕現した魔性。


 この世界において、頂点に立つほどの力持つ存在だったのだろう。


 んーむ、このオバさん。

 中堅なんて自称していたくせに、ちゃっかり大物でやんの……。

 その正体は狐の魔獣。

 だから用心深く、慎重だったのか。

 参ったなあ……。

 魔力満ちたこの世界。約五百年、生きてきて何度も経験しているが――。

 さっきも言った通り。

 ギャグキャラがガチの本気を出す時って、例に漏れず、すっごい厄介なんだよね。




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