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氷雪に待つボンレスハム ~ダンジョン無双編その2~


 肉塊の道を抜けて辿り着いたのはそれなりに大きな一室。

 神を讃える神像が建てられていることから、ここはかつて大いなる光を信仰していた名残、礼拝堂か。

 厳かな雰囲気の空間にあるのは――。

 不自然なほどに均等に整列している神殿騎士達の全身鎧。


 まあどう考えてもモンスターだよね。

 中身のない騎士鎧の正体は動く魔法甲冑鎧(リビングハイアーマー)か。

 物に命を吹き込むことのできる魔女が使う砦の守りとしては、わりとオーソドックスなルーム守護者である。

 それなりに高レベルの死霊系モンスターではあるのだが、それだけではないようで。

 輝く甲冑の表面に赤い呪印が何重にも施されている。おそらく魔女が更に強化してあるようだ。

 ただのリビングアーマーだと油断している所を――グシャ! そういう罠なのだろう。

 どう仕掛けるか。

 なるべく凄さをアピールできるカッコウイイのが理想だが。

 考える一瞬の間。

 亡者の声が礼拝堂に響き渡る。


『……ぅ……ぁ』


 あ、生者であるファリアル君がいるから、生命の輝きを感知してこっちに気がついたな。

 カシャリカシャリカシャリ。

 甲冑が一斉に振り向く音が、祈る者の居ない礼拝堂に響く。

 動きは……鈍いな。

 触手生物が謎のデバフをかけて、鈍化させた先頭の個体を使って足止めしているようである。

 まあ先頭がトロトロ歩いてると、なかなか進軍できないよね……頭イイでやんの。

 てか、これ……たぶん。

 本来なら低確率で範囲内の敵に無数のデバフを蒔く、呪いやら魔術らしいが、私の祝福マフラーの効果で全部成功判定になってるな。

 触手君、めっちゃよろこんでる。


『んーむ。さすがに礼拝堂のステンドグラスとか神像とか、そういうのを壊すのはまずいか』


 苦笑しながらファリアル君が返す。


「ワタシの事は気になさらなくとも……昔から呪いをかけた神像を敵に贈ったりもしていましたよ。信仰者なら神像を壊すこともできないので、必死に解呪している間に襲うと楽だったんですよ」

『君、そんなことやってたんだ……。いや、うん……そういう信仰への配慮じゃなくて。キラキラしてて、綺麗だし。なんかこういうの壊すと、大いなる光の眷属となったホワイトハウルに怒られそうだし……』


 我が主の像を壊すとは何事だ!

 とか、キャンキャン後で言われそうなんだよね。


「まあ、とりあえず壊さず片付けましょうか――魔力による死霊交霊術でしょうし魔術解除ディスペルで一発でしょう」

『おっけー、今度こそ私がやるからね! にゃっはー! 浄化の奇跡でドーン!』


 ジャンプした私の背に、神々しい後光が射す。

 ふふーん♪

 こんなもん、大いなる光の奇跡で一発なのである。

 鎧と接着していた魔術的繋がりを、強制的に浄化の光で解除したのだ。


 ガシャガシャガシャ、ギシャシャーン――ッ!

 魂を失った鎧が、次々と床に崩れていく。

 おー、なんかドミノ倒しみたいだ!


『くはははは! 見たか、我が奇跡の御手。ねえねえどう! いまの、凄くなかった!?』


 祈るのも嫌だったので、効果だけを引き出してやったのだが――上手くいったようだ。


「祈りを省略した奇跡なんて初めて見ましたよ……」

『まあ奇跡も魔術と同じさ。効果が発動すればなんだっていいのさ! じゃあ次行ってみよう!』


 私達は礼拝堂を抜け、まっすぐな道を進んでいく。

 見事なまでの一本道。

 これは氷雪国家特有の城作りなのだろう。

 朝から夕方まで、左右から太陽の光を集めるためのアイデアだったらしいが、今は敵を逃がすことのないデスマッチ場となっている。

 本来、敵にとっては戦力を集中できる有利な作りなのだが。

 にゃは!

 これは無双するこっちにとっても、敵を余すことなく吹っ飛ばせる絶好のチャンスなのである!


『さて――ちょっと暴れてしまおうかな! いいよねー! ダンジョンだし!』


「嬉しそうですね」

『まあねえ! なんか今回の散歩は、敵を吹っ飛ばす前にオアズケを喰らうパターンが多くてさ。もうウズウズしちゃってるんだよ!』


 これは彼には言えないが。

 そもそも、最初はこの大陸ごと隕石群召喚魔術でぶっ潰すつもりだったのに、止められちゃったんだよね。

 止められて正解だったけど。


 ここはダンジョン結界の中。

 吹雪の宝珠の結界の影響下でもある。

 多少の無理をしても外界に与える影響は少ない。

 なにしろ次元をズラした場所にある隠れ家だ。

 こんな好条件、滅多にないのだ。

 ちょっと世界が揺らぐほどの魔術を使ったとしても、多少の被害で済むだろう。


 警告もした。

 今、歯向かってくる敵は死ぬ覚悟がある敵という事だ。


 つまり。


『くはははは! 私の無双状態なのじゃあ!』


 ドヤ猫笑いの声がそのまま魔術の詠唱となり、影から伸びる闇の猫が向かい来る敵を喰らい尽くす。

 悲鳴さえも影が喰らって、深淵へと浚い招く。

 ぶにゃはは! ぶにゃはは!

 闇の猫達も溜まっていた我慢の鬱憤を晴らすかのように暴れている。


「む、むちゃくちゃですね……何種類の魔術を組み合わせてるんですかコレ。こんなの回避も防御もできませんよ」


 ファリアル君が私の魔術にまたまた目玉をグルグルとさせているが、額を強く手で抑えて卒倒せずに済んだようだ。


 ちなみにコレ。

 魔王様が教えてくれた魔術なので、ロックウェル卿やホワイトハウルも使えたりする。

 自らの影に魔力を這わせ、のびろー!

 と、念じるだけで発動できるから緊急時にも結構便利で。

 あらゆる敵を喰らい尽くす影の己を伸ばし、深淵の底へと引きずり込む闇属性の邪術である。

 私の場合は猫の影が伸びるが、ロックウェル卿が使うとニワトリの影がコケコケと無数に這い回って結構おもしろかったりするんだよね。


 にゃははははと、調子に乗って無双していると。

 なんか偉そうな人間の声が私のモフ耳を揺らしていた。


「ひ、ひひぃぃぃいい! な、なんじゃコレは!? だれ、か、だれかおらぬ……ぁ……、からだが、とけ……るぅ……」


 影の中に、太いシルエットが沈んでいく。

 たぶん人間だ。

 なんか王様っぽいの呑み込んじゃった……。

 あー……そういや、このダンジョン。魅了されている王族もいるんだったっけ……。


 この術。

 喰われると光の届かない深淵に落とされるらしいが、私はそんな場所を知らない。

 深淵の底って、そもそも何なのだろう。

 これ、どこにいくんだろうね?

 ……。

 ちょっと、ヤバイかもしれない。

 調子に乗り過ぎた?

 ま、まあ……言わなきゃバレないか。


 ファリアル君は影に溶けていったオッサンの残骸に目をやって。

 しばし、脂汗を流す。


「ケトス様……あのう、大変申し上げにくいのですが……今の人間は……シグルデン国王……だったような気も、するのですが」

『ふぇ? わ、わたしはなにも見てなかったけど……?』


「まあ……あんな女に魅了されて国を破滅に追いやった老いぼれなど、いない方が良いですし、別に構いませんよね」


 私もジト汗を肉球に滴らせ。

 二人。

 はははははと、笑ってなかったことにした。


『ぐにゃははははは! 脆い、脆いのだ! もっと我に歯向かってみせろい! ぐにゃははははは!』


「それよりも。このような大魔術……道中で使ってしまって大丈夫なのですか? 常に膨大な魔力を放出なさっているようですが」

『ん? なにがだい? 私、王様なんて吸い込んでないし? 君も、なにもみなかったよね?』


 黙っててにゃん!

 という意味である。しかし彼は、あれについて懸念していたのではないみたいで。


「いえ、あのバカ王族のことはどうでもいいのですが。ダンジョン攻略の基本は温存ですし。魔力がもつのかどうか――」


 ファリアル君は亜空間から魔道具の在庫を取り出し。

 魔力回復のアイテムを確認しながら私をちらり。


『平気平気。私この世界に憎悪の魔力が溢れている限りは無限に体力も魔力も回復するし!』


 なんか、ファリアル君がまたすっごい顔をしている。


「む、無限ですか?」

『うん。私、これでも本物の伝説の大魔獣だからね』


 ドヤヤヤヤヤ、ドヤァ!

 なんか最近はなんだかんだで人間にやさしいグルメ魔獣なんてイメージが定着しているが、その実態は世界に混乱と破壊をもたらす憎悪の魔性。

 大魔族であり、大魔獣なのだ!


 そんな無双を欲する私のもとに集うのは、まだ見ぬ魔物の英傑達。

 敵は次から次へとやってきた。


 ◇


 無双は続くよどこまでも!

 私の名乗り上げを聞いても寄ってくる魔物は、腕自慢や名をあげたい傑物が多いのだろう。

 強力な魔力や武芸に秀でた者が多いのだが。

 まあ、私は強くて偉い大魔帝だからね。


『弾けろ! 我が魔力!』


 ズフォーンで一撃。

 追撃をかけてきた後続を抜き去り。

 すれ違いざまに魔杖を翳し――その存在自体を否定し、肉体を塵芥へと変貌させる。

 まさに。

 無双なのじゃあああああ!


「オリハルコン製のゴーレム! これは厄介ですね。魔術が効かないとなると――物理攻撃で……」

『ウニャ、ウニャニャニャ!』


 言葉の途中。

 宙を掻いた私は、大魔帝の猫ツメ引っ掻きでオリハルコン製ゴーレムの首を刎ねる。


「死神!」

『やあ久しぶり! 私に逆らう気がないなら、虚無に帰ってねえ』


 鎮魂魔術で使ったばかりの死神だったので、会話で退去させ。


「高位悪魔!」

『あれあれー? ねえねえ! 君さあ、悪魔族だよね。地獄の帝国に棲む悪魔さんだよねえ? もしかしてサバスくんの所の下っ端かな? こんなところで遊んでていいの? 私、あのヤギ頭君の上司なんだけどお? ねえねえ! 言いつけちゃってもいいんだけど、どうする?』


 上司の名前を出して散々にからかい、退散させる。

 ファリアル君のジト目が、じぃぃぃぃっと私を眺めていた。


「……、えーと、問答無用な無双ですね……ここ一応、難易度の高いダンジョンのようなのですが」


『まあラスボスが格下のダンジョンに殴りこんでる感じだから、仕方ないね』

「ラスボス?」


 そういや、転生者とか異世界の知識がないとその辺の言葉は知らないのか。


『あー、まあこっちの専門用語だよ。それに私はラスボス様の愛猫だからちょっと違ったね』

「よく分かりませんが――なにはともあれ、ワタシがついてきた意味はあまりなかったかもしれませんね。この血染めの名が足手まといになるとは、さすがに驚きましたよ」


 彼にとってはそれも嬉しい初体験なのだろう。

 なんか良い笑顔を作っているが、勘違いして貰っては困る。


『いやいやいや、そんなことはないさ。あのオバさんは何をしてくるか分からないし、なにより一人でアレと会いたくないし……』


「まあ……確かに」

『それに、私一人だとちょっと加減を忘れてそのまま世界を滅ぼしちゃう可能性もあるしね。ブレーキ役が必要なのさ』


 実際。

 今の無双の途中でも、ファリアル君となぞの触手生物がいなかったらやり過ぎていた可能性は十分にあるのだ。


「御冗談を……お優しいケトス様が理由もなく世界を破壊など……」

『冗談……だったら、良かったんだけどね。私、ネコだから。狩猟本能に火がついちゃうと……やっちゃうんだよね』


「そんな、まさか。ははははは……」

『にゃはにゃはにゃははは! まあそういうことになっても、滅びるのは吹雪の宝珠に覆われたこの大陸だけだから。世界にはヒビが入る程度で、ギリギリ大丈夫かな』


 わりと本気の言葉だと理解し始めたのだろう。

 ファリアル君は私のジト汗を見て、ゆっくりと笑いを止める。

 静かに、じとぉぉぉぉおっと私のモフ耳を見て。


 沈黙。


 トッテトッテトッテトッテ、カツカツカツカツ。

 二人の足音が沈黙の廊下に響く。

 触手生物がギギギと楽しそうに唸る中。

 彼は乾いた唇をようやく動かし始めた。


「え……と。まさか、本当にやっちゃう可能性があるんです?」

『うん』


 即答に、ファリアル君のイケメンな眉間に皺がふかーく刻まれる。

 ひゅ~。

 氷雪城の風って、ちょっぴり冷たい……。


「共に行動をしていてよく分かりました。ケトス様って、間違いなく混沌を齎す大魔族なのですね」


 ははははは、と。

 ファリアル君はそれはもう嬉しそうに笑っていた。

 たぶん、自分よりも危険な存在で、なおかつ暴走しがちな私を見て楽しんでいるのだろうが。


『ま、まあ。最近はまだ二、三回しか世界壊しかけてないし。たぶん、うん、大丈夫。私も最近、我慢とか、常識とか。そういうの、ちょっと、学んだし、うん』

「で、本当はどうなんですか?」


 じとぉぉぉぉっと、私を見る目がちょっとジャハルくんに似ている。

 ……。

 まあ隠しても仕方ないか。


『えーと、じゃあ言っちゃうけど。君が私の暴走を止めないと、もしかしたら本当に世界、壊しちゃう可能性がちょっとあるんだよね……にゃへ!』


「マジですか?」

『マジなんだよねえ、これが。ここに来る前にはロックウェル卿がいたけど。今は君しかいないから。ちょっと気が緩みだしてるんだよねえ! ま、私のコントロールを頼んだよ!』


 つまり。

 ロックウェル卿の目もない今。

 世界の命運は血染めのファリアル君にかかっているのだ!


『お、前方に敵発見! ねえねえ、アレも私がやっちゃっていいよね! いいに決まっているね! くははははは! この我の華麗なる魔術で、全部まるっと、存在ごと滅ぼしてくれるわ!』

「え! ちょ! ケトスさま、その量の魔力はさすがにまずいのでは!」


『ぶにゃはは、ぶにゃはは! ぜーんぶ、狩り尽くしてくれるわ! にゃっはっははぁぁぁあ!』


 ギラギラギラと紅い瞳を輝かせ。

 ウズウズしっぽをぶにゃんと轟かせ!

 にゃっはー!

 我こと大魔帝ケトスは、狩猟本能に目を輝かせて猫ダッシュをかけたのであった!



 むろん、この後。

 ファリアル君が何度も必死に世界を救ったことは、言うまでもないだろう。




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