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シグルデン攻城戦 ~ 侵入編その3~


 いざ進め!

 魔導地図に従い、我ら大魔帝パーティーは、にゃっはにゃっはと進んでいく!

 心身ともに美しい黒猫ケトス、職業は猫魔獣。

 外道の錬金術師ファリアル君。

 眠るニワトリ、ロックウェル卿。

 眷族である謎の触手生物。


 ……なんだろうね、これ。


 やがて光が見え始め――暗かった視界が開けていく。

 闇をくぐり。

 食糧庫を抜けた先にあったのは、雪景色というよりは氷の景色。

 うっわ、さっむいなあ……。

 先ほどの場所よりも明らかに温度が低い。

 まるで冷凍庫の中のようだった。

 まーだ、暗いでやんの。


『なるほど。さっきの食糧庫には凍結対策の暖房魔術をかけてあったのか。へっくち! ここには暖房が届いてないから、ちょっと……寒いね』

「雪国ですからね、集落でも食糧庫には暖房をかけていましたよ。まあ、それにしてもここは異様に寒いですが……」

『仕方ない、暖房は自前でなんとかするかにゃ』


 魔杖を翳し――紅蓮のマントから、空調のようにグォォォォと熱風を送る。

 私はパーティー全体に暖房の魔術を掛けながら周囲を見渡す。

 んー。

 暗いなあ。

 視界もそうなのだが、なんというか魔力が暗く淀んでいるのだ。


「確かに……寒いせいか。あのぅ……ロックウェル卿様が膨らませた羽毛に顔を突っ込んで隠れてしまったのですが、どうします?」

『……まあ、彼も大魔族だ。本当に必要となった時は気配を察して起きると思うよ……たぶん』


 ここ、暗いし寒いし。

 冷凍庫のお魚さんって、こういう気分だったのだろうか。


『ともあれ。このエリアのどこかに人質がいるのは確かだと思う……。魔導地図によるとここに無数の味方の表示があるんだよ。まあ大魔帝的には? その、なんだ……人間を味方と認識している自動マッピングにちょっと思う所もあるんだけど……まあ今はそこを気にしても仕方がないね』


 ファリアル君は魔術師としての顔でしばし考え。


「種族分類上の事実として、パーティーに人間であるワタシがいるからでしょうね。それにこのダンジョン探査魔術は未来感知……先見の魔術も多少使われているようなので、まだ見ていない場所にいる人質たちを味方の人間であると識別しているのかもしれません」

『へー、これ未来感知魔術も使ってるんだ』


 未来感知、魔術……か。

 あれ、これももしかして魔王様に見せると禁術指定されちゃうんじゃ……。

 ま、いいか。

 私、ネコだし。

 ちょっとヤバイマッピング魔術を使っても、問題ないよね?


「えーと……これ、おそらくケトス様のオリジナル魔術ですよね? 魔術の構成が今まで見たモノと似ていますし……ご自分で作られたのに、ご存じなかったのですか?」

『私って天才猫だからね。こういう魔術が欲しい! と思ってお菓子を食べながら机の上でウニャウニャだら~んと研究してると、なんか物理法則とか魔術法則とか手持ちの魔術でぶっ壊して強制的に作れちゃうから――どの魔術を使ってぶっ壊したとかそういう細かい事は……ねえ?』


 魔術師としてのファリアル君の目が……ちょっとジト目になる。


「まあケトス様ですから、今更驚きませんが……あの道を曲がったところに反応が多くあります。まずはあそこに行きましょう」

『オッケー! ほら、触手君も行くよー!』

『ギギィ♪』


 ◇


 歩けど歩けど氷の壁。

 反応はあるが人質はなし。

 そして行くつく先は――もう何度目かの氷壁の行き止まり。


『あっれー、まーた行き止まりだ――反応があるのに。こりゃ、なにかトリックがあるのかなあ』


「ふーむ、この壁。何か仕掛けがありますね。この魔力の流れは――もしや!」

『魔力の流れ? なんだろう、この流れ……不自然だ。やっぱり何かが壁に埋められているね、隠匿の魔術かな』


 私はネコ目を紅く光らせ――魔力を通した瞳で探る。

 壁は氷でできている。

 が。

 探知にすぐ引っかかったのは、脈のように律動する魔力。


 この流れを読んで隠匿の魔術を解くには……んーむ。

 人間の血液の流れをみるような、ものすんごい繊細さが必要になるみたいである。

 ……。

 頭がだんだんとプスプスしてきた。

 そもそもの話だが。

 私、ネコだから飽きやすいんだよね……。


『面倒だし……壊して進んじゃおうか』


 肉球に八重の魔法陣を浮かべる私。

 ズゴゴゴゴゴ!

 破壊のエネルギーが浮かび上がる中。

 貌を青ざめさせて制止したのはロックウェル卿ではなく、ファリアル君だった。


「お待ちくださいケトス様!」


『えー、なんでだい。ここモンスターもでないしダラダラダラダラ、敵に見つからないように歩くだけ! 私、さすがに飽きちゃったよ』

「ワタシの想像が確かなら、たぶんこれを壊すのは非常にまずいと思われます。まずは冷静に……隠匿の魔術を暴いてみませんか? ワタシ、すばらしいケトス様の解除魔術がみたいなあと思ったりするのですが。どうでしょう?」


『え? そう? 見たいなら仕方ないにゃ~! ちょっと暴いてみるね――魔力を照らす光よ、我がプリティな肉球に集い給え!』


 衝撃魔術を組んでいた八重の魔法陣の構成を切り替え――。

 嘘や虚栄を見破る光を肉球に集める私。

 青い魔術波動が氷壁の前で、ぶわんぶわんと私のモフ毛を靡かせていて、ちょっぴりクール。

 よっと!

 魔力光を氷に翳す。

 闇に浮かぶ私の魔力照明が……氷壁の中を淡く照らしていく。

 浮かび上がってくるのは……絶望に顔を歪めた人々の苦悶。

 ……。

 これは……。

 さすがに私はネコ眉を顰めていた。


『これは――人間、かな? うにゃー、酷いことするなあ』

「どうやら、そのようですね――集落ではなく街に暮らすシグルデンの人々でしょう」


 クリスタルにも似た氷の壁に埋まっているのは、魔力の氷に覆われた無数の氷像。

 透視の魔術で外を覗いてみると、街にもそれは続いているようで――列となり並ぶのは今でも息をしそうなほどにリアルな氷像。

 彼らが魔女オバさんの言っていた――人質か。

 私の肉球に、嫌な汗がにじんでいる。

 人質を哀れむ気持ち……それもあるが……うん、分かるよね?

 私、ちょう、やらかすところだったね?


 ていうか……。

 うにゃあああああああぁぁ! ファリアル君の忠告を聞いといてよかったあああああ!

 あっぶねええええええ!

 マジ、あぶにゃああああぁぁぁ!

 今頃大量殺戮犯だったよ、私。


 そんな冷や汗を誤魔化して、私はクールに瞳を細める。

 悪魔の所業を憂う……大人の美猫顔だ。


『人間は……どうして同じ種族である人間にここまでできるんだろうか……。もはや人としての部分が欠けている私には、ちょっと理解できないよ』

「残念ながらワタシには理解できてしまいますよ。同じ人間、だからでしょうね。人という生き物は人には厳しい――ワタシも……愛らしいモフモフ生物を研究には使えませんが、外道な人間や巨人、モフモフのない魔竜ならいくらでもバラして素材に使えますし」


 僅かに瞳を曇らせたファリアル君は、人間として、私の問いに答えていた。

 いや、なんか後半が物騒だった気もするけど。

 ともあれ。

 よっし。

 超、誤魔化せた。

 しかし、まあ実際に……これは結構、きつい。

 シリアスをするしかないだろうね。


 囚われた人間の水障壁。

 悪趣味なアクアリウムだと私は少しだけ、気分が悪くなる。

 人間はあまり好かないが……こういうのは、ちょっとね?


 氷壁の中には、女子供もいる。

 怯えた表情を見る限り……何かに襲われたまま氷漬けにされたのだろう。

 そしておそらく、今もこの中で怯えている。

 少し、胸がズキズキとした。

 助けてあげたいと、私の中にある何かがそう思ってしまうのだ。

 人間なんて、嫌いなはずなのに――ね。


 まあ。

 助けるのならば魔女に感知されていない今しかないだろう。

 そのために、私たちはコソコソと隠れながら歩いていたのだ。

 今のうちにと私は、人質が囚われている氷の結界に肉球をあてる。


『人質をなんとかしないと。ファリアル君、これ何かわかるかい?』

「少々お待ちください……」


 ファリアルくんがロックウェル卿を片手に乗せたまま、氷像が埋まるクリスタルの壁を手で探る。


「これは――見たところ、生かしたまま魔力を吸い上げていますね」

『なるほどね、これが彼女の力の秘密だったってわけか』


 言われてネコ目を細めると、確かに魔力の流れを感じる。

 この魔力の流れを辿れば……あの残念な魔女がいるのか。

 氷漬けになった人々から魔力を吸収、培養していたのだろう。


『人道には反しているが実に素晴らしいシステムだ。生かさず殺さず、永遠に天然の魔力を供給できる。しかし……これだけの装置をいったいだれが……並の技術と倫理観ではこれほどの魔術吸収培養装置は作れないだろうに』

「おや……、あれ……このシステムと魔術理論は……どこかで」

『この外道な装置の制作者を知っているのかい? なんなら今から転移してそいつ本人か、子孫でも捕まえて拷問し……詳細を吐かせるけど』


 肉球にビリビリと電気を流す私。

 そんなサディストモードな私の横。

 なぜかファリアル君は、額に汗を滴らせる。


「いえ、恐らく製作者にも事情があったのでしょう。きっと、このような残酷で効率も良く、見た目も美しいシステムを作り出す――深い理由が」

『まあそりゃ理由なくこんな装置を作らないだろうけど――ん? どうしたんだい、顔色が悪いみたいだけど……』

「いえ、お気になさらずに……」


 ん? この反応は……もしや。

 ははーん、なるほどなるほど。


『ねえ、まさか。この技術、過去に君が作ったんじゃないだろうね』

「ふぁい? いや、ええ!? な……なんのことでしょうか?」


 ギクっと背筋を跳ねさせ、彼は横をぐぎぎと向く。

 逸らす視線は宙を泳いでいる。

 確定である。

 なぜ分かったのかは単純な答えだ。私が誤魔化す時の反応と、そっくりなのである。

 やっぱり、なーんか彼と私と属性が似てるんだよなあ……。

 ならば聞き出す手段も簡単だ。

 責任はない、そう言えばいいのだ。


『今白状するなら、別に責めたりしないけどどうする?』

「あー、そのなんというか……今この瞬間、偶然に気が付いたのですが。ええ、これもワタシの研究ですね。先の大戦で、口ばかりで役にも立たず狼藉を働いていた貴族連中を、片っ端から閉じこめて魔力に変換しましたから――彼女はこの技術をどこかで見ていたのでしょう……」


 不精ひげを擦りながら、彼は目を逸らしつつも白状した。

 まーた、お前かい。

 頬をヒクつかせた私の猫ヒゲがぴくぴくと動いてしまう。

 とりあえず。

 本当に邪悪だから、この事件が解決したら魔王軍に勧誘しよう……かな。

 たぶん過去の偉業を覚醒させてしまった今のファリアル君、人間社会じゃ色んな意味でダメだと思う。

 わりかしマジで。


『これ、どれくらいの魔力出力を吸収できるんだい』

「人間の身でありながら――あの大戦で常勝無敗を維持できる程度には……ですね。自慢ではありませんが、瞬間的には、魔帝クラスの魔族の方とも容易に戦えるほどの魔力を持つことができるはずです」


 なるほど。

 実際、彼は大戦時にこの装置を使った上で外道戦術を用い、魔族の英傑達とも渡り合っていたのだろう。

 勇者がロウサイドの英雄だったのならば、彼はカオスサイドの英雄だったのだろう。

 どちらも報われなかったが……。

 勇者は私に殺され……最後まで戦い抜いたファリアル君は、人間に追われ歴史から消えていったのだから……。

 英雄なんて、そうそうなるものではない、という事か。


「さて、どうしましょうかケトス様。あの魔女はおそらくこの無数の人々の数だけ魔力と命をストックできる。消しておかないと厄介ですが……さすがにまだ生きて氷結化している人間を殺すのは――ワタシでも」


 もっとも、今の彼は……そこまで残酷ではないようだ。


『安心したよ。なんだかんだで、君も甘いようだね』

「この手を、拭えぬ血で汚した分、ワタシは人を救うとあなたに誓いましたから」


 言って。

 彼は不器用に笑った。

 ちょっと不慣れで、いつもの冷笑よりも顔が崩れていたが――今まで見た中で一番の笑顔だと、私はそう思った。

 私は前向きに――この状況の解決策を考え始めた。


『これ氷を溶かして解放するんじゃダメなのかい?』

「魔術を解除せずに解放しようとすると魔力暴走を起こして爆発しますから、無理ですね」

『へぇ……爆発、ねえ』

「盗難防止の保険だったのですが――まあ当時は……ワタシもヤンチャでしたし。なにしろもう既に時効でしょう」


 まるで私やホワイトハウルのような責任転嫁である。

 邪悪だ。本当に過去のこいつ、邪悪すぎる。

 ……私のジト目に気付いたのか、彼はちょっとだけ目線を逸らし。

 一言。


「えーと、その。なんというか、すみません……」


 なんだ、一応自覚はあるのか。


「真面目な話になりますが――救出しようとすれば時間がかかる。されどあの魔女への魔力供給を断とうと、魔力の流れを遮断すれば――おそらく生命を維持出来なくなり死んでしまうでしょう。まあ後程蘇生すればいいのでしょうが……民間人が死ぬ姿はあまり見たくありませんし……まったく、過去の私は随分と厄介なモノを研究したもんです」


 いや、本当。まったくね。

 さて、どうしたものかと頭を悩ませていたのだが――。

 もしかしたら、解決の糸口が見つかったかもしれない。


 気配に気づいた私は、ファリアル君の腕の中で丸まっていたモコモコ羽毛に目をやった。


『はぁ……ようやくお目覚めかい、ロックウェル卿』

『クワックワワ! ケトスよ、余の目覚めには蜂蜜ティーを用意するべきではあるまいか?』


 クワァァァっと欠伸をしながら、ロックウェル卿がようやく目を覚まし始めたのだ。

 それにしてもタイミング良すぎる。

 たぶん、こいつ。

 眠りながら現実を見通す能力でも隠し持っているのかもしれないが、全部見ていたな――。



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