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魔女と外道とドヤ顔にゃんこ ~滅びの焼豚鍋~後編



 平然と人質を取る外道に堕ちた魔女を目にし――。

 大魔帝としての私は、冷めた瞳でソレを睨みつけていた。


『さすがは呪いと絶命の魔女エイル……どうさすがなのかは知らぬが、さすがであると評価してやろう』

「お褒めにあずかり光栄よ、大魔帝……ケトス」


 私と魔女との間に緊張が走る中。

 ごっきゅんと、唐揚げさんを全て呑み込んだロックウェル卿が――モコモコ羽毛に翼をつっこみ。

 亜空間からネコちゃん模様のハンカチを取り出して、自慢の嘴をふきふきふき。

 再び羽毛にハンカチを戻して、呆れたように呟いた。


『なーにをやっておるのだ魔猫よ。いつものようにドバーっとやって、人質など後で蘇生すればよいではないか』

『見よ、奴の手に抱えられているアレを』

『今更、余らに人質など――……きさま!』


 ロックウェル卿もまた、人質に気付いたのだろう。

 メキリメキリと自らの身体を全盛期の魔鶏に変えかけながら叫んでいた。


『こやつ正気か! ケトス……、うかつに手を出すな!』

『わかっている』


 魔女が牽制するかのように、鶏の猛った眼光を睨み付ける。

 人質を盾にする女の頬から、一筋の汗が垂れた。


「そちらのロックウェル卿も――分かっているわね? 卑怯とは言わないで頂戴ね。追い詰められているんですもの。動いたら、アタシ……やるわ」


 球の汗は顎を伝い落ち……。

 魅了を得意とする魔女。その武器ともいえる豊満な胸の谷間へと滑り込んでいった。

 魔力持つ体液に反応したのだろう。

 纏う呪印が赤く輝き、女の肌を妖しく照らしている。


「アタシだってこんな手段を取りたくはなかった……けれど、仕方ないじゃない? だってあなた達の存在自体が反則みたいなモノなのですもの。これくらい――させていただかないとね」

『くはははは! まさか人間の姿をとる魔女ごときが、斯様な手で我を制するとはなかなかどうして生意気ではないか!』


 更に深い緊張が走る。

 今までにないシリアスな空気が、私とロックウェル卿の顔を曇らせる。

 眷族たちが我らの緊張につられて、闇の魔力を纏い始めた。

 彼らも、本気になりかけているのだ。

 そんな重い空気の中。

 ファリアルくんがなんか、すっごい困った顔をして呟く。


「あのぅ、いったいどうしたのですか?」

『見て……分からぬのか?』


 人質に目をやる私を見て、人質を見て、もう一回私を見て。

 ファリアル君はポリポリポリと頬を掻く。


「ワタシには……ただ焼豚の鍋に氷水を押し付けようとしているようにしかみえないのですが」

『ああ、その通りだ……! こやつ、我と卿の弱点を知っていたのだな。見事な作戦である、敵ながらあっぱれなり――塵芥程度の称賛を贈ろうではないか!』


 そう、このオバさんは……!

 まだ中身が残っている焼豚さんの鍋に、氷水を突っ込み薄めようとしているのである。

 それでは、味が……薄くなってしまう。


 どう動くか分からないファリアル君の登場に、女は焦りを覚え始めたのだろう。

 その唇が大きく開いて叫んでいた。


「下がりなさい! 下がらないと鍋に大量の御酢をいれるわよ!」

『な――なんと卑劣な! 娘よ、我の焼豚さんに指一本でも触れてみろ。この世界は塵芥すらも残らぬ虚無の死、滅びを迎える事となるぞ!』


 どうする。どうする……っ。

 憎悪の魔性として瘴気を放つ全盛期の肉体が――ギリリと牙を噛み締める。

 転移を使って奪い返すか――。

 どうせ人質は城に確保されているのだ。

 無人の大陸半分を犠牲にし、憎悪の咆哮で即死させるか。

 どちらにしてもタイミングは一瞬。

 隙を探る私を翼で制し、ロックウェル卿が声を上げる。


『待て、ケトス! この者、本気だぞ!』

『分かっている……っ、ここは……引くしかあるまいか。ロックウェル卿よ! そなたも眷族を下げよ……っ』


 じりじりと下がっていく私達。

 緊張に息を呑むヤタノガラスとヤトノカミ。

 呆然とするファリアル君。

 ポカポカ魔術太陽さんの下。

 オバさんは露出度の高い服をヒラヒラさせながら、申し訳なさそうに頬を掻く。


「あら……えーと……闇に潜み暗躍する魔竜から『最終手段ではあるが、いざとなったらご馳走を人質に取れ』って聞いた時は、なにを馬鹿なと思っていたけれど……。まさかこんなに上手くいくなんて。……どうなってるのよ、大魔帝の価値観……って」


 んー。

 私達、魔王様に食べ物は粗末にするなって言われてるからなあ……。

 それに、実際。氷水や御酢を入れようとして、何かの拍子に鍋をひっくり返すなんて事態が起こってしまったらこの世界は滅ぶのだ。

 比喩でもなんでもなく。

 マジで。


 世界は滅ぶ。


 たぶん私は理性を失い憎悪の魔性としての本質を取り戻し、再臨する。

 猫の形をした破壊のエネルギーとして縦横無尽に暴走。

 人間に殺され。

 愛する者も殺された。

 その恨みを世界にぶつけるために暴れるのだ。おそらくロックウェル卿も私の憎悪の魔性としての本性につられ、彼もまたその恨みを世界にぶつけるために再臨する。

 鶏の形をした破壊のエネルギーとして世界を憎悪の翼で吹き飛ばす。


 今、この世界にそれを止められるほどの強者は存在しないだろう。

 結構、真剣に世界の危機なのだが……。


『脆弱なる魔女の娘よ。これが世界の危機だと理解はしているのだろうな?』

「……へ? なんのこと?」


 私は女の瞳を見て、真実を告げた。


『此度の状況、実は百年前の大戦よりも世界がヤバいのであるぞ? 断言しよう。鍋が零れれば世界は滅ぶ。我らは破壊をもたらす牙と翼となり果てよう。そう、このままだと。魔力満ちたこの世界は、焼豚さんで滅ぶのだ!』

「え……マジ?」


 ロックウェル卿も、瞳を細め頷く。

 その辺の緊張感を魔女も肌で察したのか、鍋から少しだけ身を逸らす。


「な、なんなのよ! 大魔帝って、いったいどういう危険な生態持ってるのよ! 聞いてないって話どころのレベルじゃないわ!」

『一度だけだ。我は一度だけ我の隙をついた汝にチャンスをやろう。我が目の前から敗走する許しをくれてやる。焼豚さんを解放し――我という混沌が世界を滅ぼすその前に、去れ』


 言って、私は魔導契約書を空に浮かべる。

 これは魔術契約だ。

 私たちは今、この一度だけは呪いと絶命の魔女エイルを見逃す。

 そういう契約が刻まれている。


「ま、まあいいわ。アタシもこんな阿呆なことで消えたくないし……とりあえず――今回の所はただのあいさつ。シグルデンの人々はみーんなアタシの人質、返してほしかったら血染めのファリアル。あなた一人で王宮に来ることね!」


 ビシっとファリアル君を指さし、女はうふふと妖艶な笑みを浮かべる。

 対するファリアルくんは……。

 あれ……なんか全盛期の魔性として、でっかくなってる私のモフ毛に顔を埋めて、ニヘェと微笑んでいた。

 私はチョンチョンと大魔帝の魔性肉球でファリアル君をつつき、女を指さしてやり――そのまんま事情を説明する。

 ファリアルくんは面倒そうに女を見ると――一言。


「え? いやですけど?」

「そう、王族達を見放したりはでき……え? いま、なんて言ったのかしら?」


 ファリアル君の返答に、妖艶たる魔女の妖しい瞳は点になる。


「いえ、ですから――ワタシはシグルデンの王族はどちらかといったら嫌いですし、ワタシが大事にしているのはこの方々。そして血染めのファリアルを受け入れてくれたこの集落と、周辺の人々だけです。……正直、見知らぬ方を人質といわれても……隣の土地のミミズを人質にされているような感覚なので――興味ありませんね」


 うっわー、やっぱりファリアル君……ブレないなあ……。


「さ、さすがアタシの愛する外道のファリアル。その冷たい価値観も素敵だわ。ああー、探したかいがあったわ! あなたもすぐに洗脳して、アタシの虜にしてあげるから、覚悟しておくことね! それじゃあ、今日の所は――さようなら!」


 このオバさんも、ブレないなあ……。

 彼女は七重の転移魔法陣を展開すると、その体を瞬時に転移させた。

 この大魔帝から逃げおおせたのだ。

 しかし。

 私は手にする魔力糸をちらり。

 転移するオバさんの座標をばっちりと観測している。

 不可視状態にさせた魔力糸を仕掛けていたのだ。


 これ、焼豚さんを縛る用のヒモなんだけどね。


 この糸を辿れば、人質がいる御城。次元がズレた場所に隠れていた敵の本拠地が簡単に分かってしまう。

 そう、我らは別にギャグだけで焼豚さん鍋事件をやっていたわけではないのだ。

 今ここであの魔女をとっちめちゃうと、ズレた次元に隠されている城を見つけるの……面倒だったんだよね。

 まあ、鍋が倒れていたら世界が滅んでいたのは本当だけど。

 さて。

 黒幕も分かれば後は大詰め。

 とっとと……事件、解決するか。


 だが、その前に。

 私はポンと元の猫の姿に身体を戻す。

 ロックウェル卿もコケっと元の姿にその身を戻していた。


『ケトスよ……』

『ああ、分かっているよ。ロックウェル卿』


 我らは互いの目を見て――深くうなずく。

 紅き闇の瞳を輝かせ――ダッシュ!

 二匹で守り抜いた焼豚さんの鍋に駆け寄り、魔術で取り出したお皿に装って。

 うにゃうにゃ、コケコケと舌鼓。


『くはははは! やはり我の贄に相応しい焼き豚さんである!』

『クワワワワ! よもやこの偉大なる余の舌を肥えさせるとは、ふむ、余は焼豚さん――そなたを称賛しようではないか!』


 また人質にされたら困るしね。うん。

 ちゃんと空にしておかないと、駄目なのである!

 うん!


 しかし、私はちょっと真面目な貌を作っていた。

 焼豚さんのタレで猫のお口をべちょべちょにしながら、空を仰ぐ。

 いつものギャグでもボケでもない。

 ギャグ属性のせいで攻めにくい状態でもあったが……この私から逃げることができたのだ。

 それはけして誰にでもできる事ではないのだ。


 あの女、本当に何者だ?


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