呪いと絶命の魔女 ~女魔術師の服は無駄に露出度が高い~前編
魔力に満ちたこの世界には意思がある。
世界という概念そのものに昆虫のような無機質な思考が存在し、秩序を保とうする一定の流れが存在する。
誰が言い出したかは知らないが、一般に伝わり評価を得ている定説。
世界生物論である。
そういう魔術論があるのは確かだが、残念ながら真偽のほどは分からない。
けれど――。
世界そのものがダンジョンを生成したり、世界の滅びを回避するように奇跡や運命を操作し、間接的に動くことがあるのは確からしい。
私も時折、そういった膨大な魔力の流れを感知する事があるからだ。
ようするに。
世界にとっての危険分子はなんだかんだと奇跡が働いて、排除されてしまうわけである。
魔王様は勇者の出現もこれが原因ではないかと考えていたらしい。
神すらも屠る魔王様にまで匹敵する、狂気ともいえる勇者の力。
闇を滅する運命を押し付けられた宿命の子。
勇者という存在は、世界の流れに運命を乱された被害者ではないだろうかと。お優しい魔王様は少し……同情を浮かべ嘆いていたが。
ともあれ。
勇者が相手ならともかく。
まあ私やロックウェル卿ほどの魔力と力があれば、そんな干渉を捻じ曲げて堂々と生きていけるのだが、人間ならばそうもいかないだろう。
このまま集落と共に消える運命だったらしい血染めのファリアルくん。
そんな彼を救ってしまった私こと、偉い大魔帝ケトスは今――。
めっちゃ彼からの忠誠を受けていた。
その姿はまるで魔王様に忠誠を誓う、部下の姿で――。
ちょっと魔王様気分である。
私のモフモフ猫毛はぶわっと歓喜に膨らんでいる。
そりゃ、私。
超つよいし、カッコウイイし。
尊敬されるのも当然だよね?
ニャハ!
私、人間の心がちょっと透けて見えてしまうんだけど……たぶん魂を差し出せと言えば、喜んで差し出すレベルの忠誠である!
最近、私を慕う人間が増えてきたのはおそらく。
魔王様の部下として貫禄? とか大人の魅力? とか、そういうのがでてきているのだろう!
しかしだ。
『あっち、いって、こっち、いって。ズドーン!』
自動迎撃殺戮魔導球をもう一回空に浮かべ、無双する中。
うにゃんと腕を組んでネコ頭を稼働し、賢い私は考える。
ふわふわでながーいネコ尻尾が、ぺちりぺちりと蛇の胴体のように揺れていた。
このファリアル君が危険人物なのも事実。
ちょっとふつうじゃない。
まあ、私ネコだし。
かわいい猫に責任とか、そういう面倒なの、押し付けるのは良くないと思うし。
そもそも人助けなんだし。
過去を反省し、集落と共に死ぬ運命を背負っていたなんか超ヤバい人間を、偶然救って覚醒させちゃっただけだし?
なんか後から問題になったらその時にどうにかすればいいよね?
だいたい今回はロックウェル卿も手を貸してたんだし、私だけが悪いわけじゃない。
ニャハ!
よし、問題なし!
一人納得しニャハ、ニャハと責任転嫁の笑いを浮かべる私。
そんなドヤ猫な私に――微笑みの糸目で返してきた外道錬金術師ことファリアルくんは、ふと考え込むように言う。
「どうかなさったのですか?」
『いや、今私の偉大さを再確認していただけだよ』
「なるほど――あなたは偉大で高貴な猫魔獣様ですからね。事実の再確認は重要でしょう」
囁く彼は口角をちょっと上げる。
冷静そうなその視線は私が魔術でキャンセルした転移陣に向けられている。
指でなぞり、魔術構成を読み解き――。
「しかしこの転移陣はある程度、接近しないと使えない筈――敵は少なくともこの結界内に既に侵入している? ということでしょうか」
『だろうね。だから君も警戒して――って君、私の話を聞いてるかい?』
彼は黙り込んだまま、私をじぃぃぃぃっと見ている。
伸びてきた大きな手が、さわさわさわーと私の頭を撫でる。
うむ、よろしい!
しばらく彼は私のモフ毛を堪能し。
はっ……! と、なにやら思いついたようだ。
「そもそも人形たちの目的は人間回収ではなく、ワタシたちの疲労が目的なのだとしたら……っ! ケトスさま! この場で一番力強く、一番愛らしく、一番美しいあなたの誘拐が目的かもしれません!」
『うにゃ!』
歯を食いしばり。
ギラっと周囲を睨んだ彼は、大事そうに私を腕に抱くと――ものすっごい膨大な魔力で周囲を威嚇し始める。
その手は本当に私をガッチリと守るように、ネコの身体を優しく支えていた。
なーんか、必要以上に崇拝というか好かれてしまったような気もするが。
守られるのは、まあ嫌じゃなかったりもする。
しかし、なんかこの人。
愉快な生物になってるなあ……。人間って開き直ったり絶望から這い上がってくると一皮むけるから、けっこう面白い。
こういう人間が、あんがい新しい国家とか帝国を建国しちゃったりするんだよね。
絶望や、民の心を知っている分だけ支持を受ける可能性も高いのだ。
『ニャハハハハ! よいぞ、よい! もっと我を大事にするのじゃ!』
我を崇めよ! 我を讃えよ! もっともぉぉぉぉっと崇め奉るのじゃ!
私は魔王様の腕に抱かれていた頃を思い出し、ドヤァァァア!
肉球をくにくにしながら、手足を伸ばす。
と、ドヤっている場合じゃない。
私は確かに誘拐とかされてしまいそうなほどに愛らしいが。
今回は違う。
目的は恐らく部外者である私ではなく、彼だ。
この付近に侵入者がいることは間違いないだろう。
守らないといけないのは、こちらの方か――。
せっかくの下僕候補を浚われてしまうのも面白くない。
私はちょっと本気で周囲を探り――。
魔杖を翳し、念じ。
キィィィイイイイン!
モフ耳、モフ尻尾が魔術波動で、もわもわ揺れ――。
ファリアルくんの身体にベッチベッチとぶつかる中。
十重の魔法陣を魔術太陽が浮かぶ大空に展開する。
『ちょっと、本格的に敵を探るから――すこし、待っててね』
「これが十重の魔法陣……っ」
ファリアルくんがものすっごく驚いているが、ドヤる前に敵の探すのが先か。
私は意識を集中し――。
くわっと目を見開いた。
相手は女。しかもちょっと歳が、その……アレだ! 若くはない。
向かう目線の先は――空。魔術太陽の方向である。
『そこにいるんだろ! 出てきなよ、こそこそ隠れているオバさん!』
猫魔獣である私の獣毛から、挑発の魔力が放出される。
大魔帝による挑発魔術。
もし知性や精神を持っているタイプの敵ならば、この煽りに抗うことはできない。
ちょっととはいえ大魔帝の本気の魔術だ。
十重の魔法陣が精神防御結界も貫通し、直撃するだろう。
こういった精神に攻撃するタイプの魔術は、相手とのレベル差で成否が判定されるのだが、私より高レベルなモノなど魔王様以外には、なかなか存在しない。
これも一種の反則技なのだが。
どうか。
反応があった。
魔術太陽の影から、人の形をしたナニかが逃げようと動き出す。
なるほど。
どこかで見ているとは思っていたが、影に隠れて移動する魔術を使って潜伏していたのか。
魔術太陽が常時放つ魔力を盾に、隠れていたのだ。
『そこか――!』
ファリアルくんの腕の中から、私は魔力球を解き放つ。
逃げる影はそのまま貫かれる、と思いきや。
キン――!
防がれた! この私の魔術が!?
手加減していたとはいえ、これはさすがに予想外だ。
こっそりと困惑する私を前にし。
艶めいた女性の声が楽園に響き渡る。
「あーら、よく気が付いたわね。魔術が得意なおでぶ猫ちゃん!」
草原に足を下ろしたのはスラリとした印象の女魔術師だった。
肌の露出と魔術紋様が目立つ女魔術師用の戦闘服を纏った、髪の長い女性。
職業は魔女か。
武器は杖ではなく、魔導書から直接力を引き出し扱うタイプである。
外見は、妙齢なのがちょっと気になるセクシーな人間だが――はてさて。
ただの人間が私の感知を抜けて隠れていられるとは思えない。
人の形をした、ナニカか。
ぶぁさっと長い髪を靡かせ――女魔術師は妖艶な姿をこちらに見せつけ、冷淡な微笑を浮かべている。
「あら、おかしいわね。異常な存在だと思っていたけれど……見たところ種族はただの猫魔獣みたいね。なのに……この異常な魔力と今の魔術。並の猫魔獣ではないけれど……存在は間違いなく猫魔獣。どういうこと? ねえ、おでぶちゃん? あなた――どこか強力な存在の使い魔なのかしら」
おで!
魔王様に愛されしモファモファな私を……ででで、ぶ……、おちつけえ、おちつけえ。ここで暴れたら挑発に乗ったことになり、こちらの負けだ。
それにこいつは私が猫魔獣のまま強力になったと瞬時に見破っている。
油断しない方が良いだろう。
ファリアルくんの腕の中。
怜悧な猫微笑で、私はフンと瞳を細める。
『で? 貧弱な魔術挑発はそれだけかい』
「あらいやだ、アタシの挑発魔術に乗ってこないなんて――よほど高レベルの魔獣なのかしら。ちょっと興味があるけれど、まあいいわ」
彼女は私ではなくファリアル君に目をやると――紅に輝く唇を、にぃっとつり上げた。
「お久しぶりね――血染めのファリアル」