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姫と従者 ~ヤキトリはタレにかぎる~



 用意された最上級でロイヤルな炙り焼きお肉をバクバクむっしゃむっしゃ、貪りつくように食しながら、私は真剣に悩んでいた。


 調度品も煌びやかな豪華な寝室。町娘の姿から気品あるプリンセスの姿に変身した乙女の名は、ナディア。スパイワンワンズの調査書に目を通した私の記憶が確かならば、かつて賢帝として名を馳せていた老国王の娘、この国の第二王位継承者、正真正銘の第一王女である。


 ヤキトリの乙女が、まさかお姫様だったとは。


 脂まで極上な肉汁を舌でぺろぺろ舐めながら、彼女をちらり。

 清楚な顔立ちに情熱を想わせる紅色のドレスがよく似合っている。


 死の気配がまとわりついていた理由も納得できてしまった。

 ここは怨念渦巻く人間の王宮。彼女は何者かに呪われていたのである。

 政争というやつだろうか。


 んー、どうしようこれ。

 なんか助けちゃったら色々と不味いヤツかもしれない。

 会議では不干渉の方針が決まってるし……。


 偶然起こる筈の不幸な死を遂げる彼女を助けるのならば、何の問題もなかったのだが。これは意図された暗殺だ。呪いの術を妨害したり干渉すれば相手に気付かれてしまう。


 もちろん人間に正体がバレたとしても簡単に捕まる私じゃないが。

 勇者を滅したことで、それなりに有名な私の降臨が発覚するのは避けるべき……と、サバスに何回も注意されているのである。

 ……。

 まあ。

 うっかりバレちゃっても、それはそれでいいか!

 その時は魔王様の偉大さをいっぱい説いてやろう!


 うんうん、そうしよう。

 それにしても。

 王族の喰う肉って超うまい。

 しっぺしっぺしっぺ。

 ここまで上等な霜降り肉なんて食べたのは久しぶりで、ついつい食べ過ぎてしまう。

 いっそここに住んでやろうか。


 そんな私に呆れたのか、部屋の主でお姫様であるナディア皇女は優雅に紅茶を啜りながら笑う。


「よく食べるわねえあなた、さっきもヤキトリ串? でしたっけ、あの露店の鳥を食べていたのに。そんなにお腹が空いていたの?」

『ぶにゃん』


 肯定するように皿まで舐めて、舌なめずり。


「呆れた、まあ可愛いからいいけれど」


 そう可愛ければ全てが許されるのだ!

 だって私は猫様だ!

 前脚を伸ばす形で躰をビシーっと伸ばし、一息。

 ふぁああああ……ぁぁぁあ……。

 あくびが出てしまった。

 だんだん眠くなってきた。

 満腹だからね。

 まあさすがに汚れた躰でお姫様の寝具を占領するほど空気が読めないわけではない。


 さてどうしたものかと悩んでいると。


 ドンドンドンドン。

 皇女の部屋を訪ねる合図としては大きすぎるノックが響いた。


 ナディア皇女はあからさまに嫌な顔をし、それでもパンと自らの頬を両手で叱咤し、


「どうぞお入りになって」


 凛とした口調でそう言った。

 その顔は町娘ではなく既に立派な皇族の貌。息を呑むほどの氷の美貌とはこの顔をさすのだと私は感じた。




 入室してきたのは一人の長身の男、壮年に差し掛かった辺りの騎士だった。神の加護の波動を感じる。


 聖騎士に分類される職業の人間だろうか。

 礼儀知らずなノックをするようなタイプには見えないが。


「まあアーノルド。貴方でしたの!」


 ナディア皇女も驚いた様子で口元に手を当てている。


「姫! ご無事でしたか」

「そんなに怖い顔をして、どうかなさったの? ご無事って……ちょっといつものように城下で遊んでいただけじゃない」

「いえ、ワタクシは外出を咎めているわけではなく……」


 アーノルドと呼ばれた騎士は緊張した面持ちで周囲を探り始める。ナディア皇女は気付いていないがそれは既に臨戦態勢、腰に差した剣にいつでも届く位置に腕がある。


 まるで暗殺者でも探る眼差しで部屋全体を見渡し。

 そして。

 極上のお肉を食べ終えてゲプりと満腹の息を吐く私の方を凝視。


 やっべ。

 めっちゃこっち見てるやん。

 ついつい、ぐぎぎぎと首だけを不自然に動かし目を逸らしてしまった。


 しぺしぺしぺと背中を舐めて毛繕い。

 視線はいまだ、痛いほどに刺さっている。


 ただのネコですよぉとアピールするように。

 とびっきりの可愛い顔を作り。

 ぶにゃん!

 と鳴いてみる。


 ついでにこっそり魔力をドーン!


「な…………っ、魔力……っ」


 面倒はごめんなので軽い即効性の、絶対服従の幻術で誤魔化そうと吐息をかけてやったのだが。

 相手は王宮に配属されている騎士。

 それなりに腕も立つのだろう、無効化されてしまった。

 うっわ……レジストだなんて、人間のくせになまいきだ。

 ナディア皇女と違い油断していなかったせいか。

 んーむ。

 ばさっと膨らんだしっぽが、バンバンバンと床を叩く。

 爪を噛んで、ぐいぐいしてしまう。

 私は今までの恨みを忘れたわけじゃないんだからな!

 バーカ! バーカ! 人間のバーカ!

 でも。

 これ絶対魔獣だってバレたよね。


 しかし手加減しまくったとはいえ私の幻術を打ち破ったほどの男だ。

 力量を読む能力もそれなりに高いのだろう。

 私を睨んだまま、彼は不用意に動こうとはしなかった。

 バーカ!

 バーカ!

 滅べ、滅べ、人間ほろべ!

 そんな私と騎士アーノルドとの微妙な空気に気付かず、ナディア皇女は嬉しそうに頬を赤らめた。


「あらやだ、この子を連れてきたから怒っていらっしゃるの。まあ、うふふ。てっきりお兄様がいつものように下らない文句を言いに来たのかと思っていたのに、貴方でしたなんて」

「姫様、こちらの御仁は一体」


 絞り出したような乾いた言葉が騎士の口から洩れる。


「御仁て、あなた猫ちゃんに向かって――まあそうねお客様ですから。そういう御遊びも嫌いじゃないわよ、あたし」

「御遊びをしている暇は、ないかもしれません」

「もう、まだ続けているの。それともあたしと一緒にいるのが恥ずかしくて照れていらっしゃるの?」

「ひ、姫様!? 少々、その、お顔が……近すぎます」

「まあ赤くなっちゃって。ふふふ。ほら、貴方も今日のかわいらしいお客様を抱っこしてさしあげて。ちょっと食いしん坊だけど、モフモフでかわいいの」


 このお姫様。どうやらこのアーノルド氏の事を好いておられるご様子。

 まあ人間の小娘と騎士の恋愛事情などどうでもいいが。

 これがリア充というやつだろうか。

 いや、まあ片方の姫は呪われて数日中に死にそうなわけで、充実してるとはいえないか。


 さてと。

 魔獣であるとバレている以上、長居はできない。恩があるからムカつく人間でも殺すのは嫌だし。呪われた御姫様には申し訳ないが関わり合いになるのは避けるべきだ。


 さらばヤキトリと極上肉をくれたお姫様。

 私はその恩を忘れない!

 胃の中で消化されるまではニャ!

 今日もタダ食い大満足!


 と。

 私は肉とヤキトリの礼ににゃんと鳴き、窓へとトテトテ歩き出す。


 もっきゅもっきゅと肉球を鳴らし。


 もふっとジャンプで窓へダイブ!

 が。


「あら、もう帰ってしまうの。でも駄目よ。怪我をしているのだから休んでいきなさいな」


 連れ戻されてしまう。


 にゃああああああああああああああああああ!

 そういや、そういう幻術を見せていたのだった。


 迷惑そうに振り向いてやるが。

 ナディア姫はぎゅうううっと私を抱きしめ、


「駄目ったら駄目よ。人間てね、本当に怖いのよ。かつて存在したって言われてる魔王よりもよっぽど……怖い生き物なの。だからせめて怪我がちゃんと治るまではここに居て頂戴ね、怖い人間にまた虐められちゃうわよ」


 寂しそうにそう囁いた。

 そういやそういう設定の幻術も見せていた。

 けれどだ。


「怖い人間、か。あたしも……もう疲れちゃったわ……」


 彼女の漏らした呟き。

 吐息に乗せた僅かな言葉。


 その中に酷く切ない響きが含まれているのは、私の気のせいではないだろう。

 人に疲れた。

 その言葉は私が魔王様に拾われる前に呟いた声なき悲鳴と同質の嘆き。

 ……。

 まあ事情ぐらいは聞いてやってもいいか。


 私はちらりと騎士に目をやった。

 警戒したように冷や汗を流す騎士も、じっとこちらを見ている。

 目が合った。

 そのまま。

 ゆっくりと猫目を細め。


 ニャーーーーーァァァァァァァァン!


 騎士の瞳に、私の瞳を宿して、ニヤり。

 成功である。

 魅了の魔術の応用でその言葉と行動を縛ったのである。どうせこの騎士君には魔獣だと気付かれているのだ、操ったとしても問題ないだろう。


 先ほどの軽い幻術ではなくちゃんとした術で支配したせいか、さしもの騎士も私に逆らえなくなっていた。

 騎士の口を動かし、私は声を発生させた。


「姫様、そちらの美しく気高い猫様はこちらで治療いたしましょう。そのカリスマに惹かれてどうしても抱っこがしたくなってしまったのであります」


「美しく気高い猫様? この太々しいおでぶちゃんのこと?」


 ビシっと青筋を立てそうになった私のヒゲは、グネグネグネと蠢いていた。

 見捨てたろうか、この女。


「はははは、何を仰います姫様。この御猫様は素晴らしき御方、極上の毛並みに気品ある御顔立ち。さぞやご立派なご主人様に飼われていたのだと分かりますでしょう」

「ア、アーノルド? 本当にどうかしまして?」


 動揺する姫を無視し、操った騎士に私を抱かせ。


「それでは姫様、本日は失礼させていただきます!」


 猛ダッシュさせて、部屋から抜け出した。

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