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猫と錬金術師 ~それぞれの過去~


 驚愕の事実に、息を呑んでしまう。

 肉球に汗がじっとりと浮かぶ。


 と、なっていたら良かったのだが。


 楽園に迫る魔の手。

 ポカポカ魔術太陽の下。

 結界を構築するロックウェル卿の眷属たちが、えぇ……と呆れる中。

 知っている体で話されて、困ってしまった私は――カッカッカッと後ろ足でネコ首を掻いていた。


 くわぁぁぁっと欠伸をして、毛繕い。

 しぺしぺしぺ。

 あー、気が落ち着く。

 それでも――。

 猫のフリをして誤魔化すのは……まあ無理か。

 確かに。

 漏らした私の呟きは――空気を完全に壊していたが……。

 ええ、困るよ。

 だって本当に知らないんだもん。

 私のせいじゃないよね?


 みんなが私の言葉を待っているので、仕方ない。

 視線を逸らしながら……猫口を動かす。


『んー……ファリアルくんって、有名人なの?』

「え、ええ……まあ。おそらく歴史にも名が残されているかと……」

『よく、分からないんだけど、美味しい焼き豚の作り方で名を残した的な?』


 紅蓮のマントの下、疑問を浮かべてうにゃんと腕を組み――そのまま黙ってしまう私。

 どうしたもんかと思考が固まってしまったのだ。

 そんなフリーズ状態な私に、ファリアルくんが困った様に呟く。


「あれ? だってあなたは五百年も生き、先の大戦でも活躍なさった全てを破壊する伝説の魔獣。大魔帝ケトス様……なんですよね?」

『うん、破壊と混沌。憎悪の魔性。伝説の大魔獣ケトスだよ? 君も私の底を見たんだから本物だって分かるだろ』


「だったら、百年前の戦争を知っているのなら! ワタシの名を、人間の中からも忌み嫌われたファリアルの名を知らない筈がありません……! 本当に、もう……いいのですよ。庇っていただかなくとも……知らぬふりをしていただかなくとも……。恩あるあなた方に嘘をつきたくなくて……ワタシはっ……覚悟を決めて! ずっと封じていた本当の名をあなたに告げたのですから」


 牡鹿の骨兜の下。端整な顔立ち――私の顔を覗き込むファリアル君の前髪がヒューヒューと風に揺れて、昏い瞳の光を更に翳らせる。

 女の子だったらキュンとしてしまう、翳ある男の憂い顔だ。

 揺れる……前髪。

 揺れる……紐。

 ちょっとジャレたくなってしまうが。

 我慢する。

 偉い、さすがは空気の読める大魔帝。

 形見の首飾りを握り、彼は意を決したように宣言する。


「ならば分かりました。こう言い換えましょう……血染めのファリアル。忌まわしきこの名ならばご存じのはずです!」


『え……?』

「……え?」


 ハテナ飛び交う空気をごかまそうと、私はあわてて言葉を紡いだ。


『あー、うん……血染めね……血染め』


 再び、腕を組み直し。

 頭をプスプスと稼働状態にした私は、真剣な声を出していたのだ。

 考え込むように瞳を閉じ――、息を吐く。

 敵が迫りくる緊張の中。

 しばし沈黙が走る。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 全然、思い出せない!


 モフモフ猫耳がぴくぴくと動く。

 尻尾がもふぁ~と揺れ動いた。

 名を聞いても――。

 マジで、知らん。

 ど、どうしよう。

 えぇ……、いや、困っちゃうんだけど。

 これじゃあ私が空気の読めない世間知らずみたいじゃないか!


 困ってしまうと尻尾がブンブン揺れてしまう。

 草原が私のモフモフ猫しっぽ風に揺られて、ファッサファッサと音を鳴らしていた。


 百年前から生きているとなると、たぶん錬金術のいただきに昇ったその力で不老に近い存在になっているのだろう。

 錬金術の極み。賢者の石やら、魔力満ちた宇宙を構成する虚無の元、純粋エーテルやらの力を用いればわりと簡単な事だ。


 けど。血染めって言われてもなあ……。

 私も皆殺しの魔猫とか、殺戮の魔猫とか。わりと雄々しい二つ名があるし。キャラが被っても猫的に困るんですけど。

 プスプスプスと頭が沸騰していき。


『ぶにゃ!』


 ぷしゅー……、なんか耳から熱い空気が抜けてしまった。

 まあ、いっか。

 そもそも、よく考えたんだけどさ。

 なんでこの私が。

 魔王様に愛されし偉大なる黒猫、大魔帝ケトスが。

 脆弱なる人間の男の名前などで悩まないといけないのだろうか?

 うん。

 どう考えても、私は悪くない。


 こほんと私は息を吐き。

 言葉を待つ彼の顔をまっすぐに見て、真剣に。

 私は言った。


『だって、私は大魔帝だよ! 偉くて、すっごいんだよ! アリんこみたいな君たち人間の有名人なんて知っているわけないじゃないか!』


 開き直ることにしたのである。


「え、あれ……まさか本当に……ご存知……ないのですか?」

『うん!』


 ドヤァァアアア! と、偉そうに宣言することで、問題を回避する。

 猫魔獣の必殺技だ。

 この手は、昔からちょくちょく使っているのである。


 素直に本音を伝えたのだが。

 ロックウェル卿がちょっと呆れた目線をこっちに送ってくる。


『やはり気付いておらんかったのか、ケトスよ。この者は先の大戦時にも名の上がっていた稀代の錬金術師、ファリアル。叡智と勝利のために敵はおろか味方の遺骸さえも錬金術の素材とし、参戦する戦場全てに勝利をもたらした常勝無敗の魔術師。その通り名は血染めのファリアル』


『へえ、すごいじゃんファリアル君。なーんだ、そんなに強いならもっと堂々と生きればいいのに!』

『ケトスよ、世の中というモノは――そなたが思っているほどに能天気にはいかぬのだよ』


 うっわ、なんかロックウェル卿のくせにまともな口をきいている。

 続けて彼は嘴を動かした。


『この者のおかげで人間族の多数の命は救われた。だが……人間は恩を忘れ――綺麗ごとを求めようとする愚かしき生き物だからのう。戦後、勝つために手段を選ばなかったその非道を理由に国を追われ……魔術師界隈からも追放された――堕ちた聖者と呼ばれる人間族の英雄。血染めのファリアルか――その名、百年ぶりに耳にした時は、余も多少は驚いたぞ』


 知っていて当然。

 そんな言い方をされているが。

 えー、どうしよう。

 名前を聞いても、ぜんぜん思い出せない。


『そんな人間の情報、あったっけ?』

『我ら魔帝が全員集まる魔王軍会議でも、議題に上がっていたではないか。いや、まああの時のそなたは……魔王様の膝の上で爆睡していた様な気もするが……ともあれ、錬金術による自動殺戮人形部隊に対する懸念を相談したのだぞ?』


『だってさあ、人間の破壊なんてせいぜいが町とか国単位だろ? 私なんて大陸ごとドバーンだからね。なんかやらかした人間がいたとしても覚えられるわけがないのだ!』


 ドドド、ドヤァァアアア!

 ぶにゃ~んと胸を張る私に。

 何故かファリアルくんは呆然と私の顔を眺めていた。

 どんな外道な行いをしたのかは知らないが。


 私の方が大量に命を消し炭にしているのだから、勝ちなのだ!

 ニャーハッハハ!

 人間ごときが外道で私に勝とうなどと、百年早いのである!


 ビシっと決めポーズを取ってやったのだ!

 つまり、私の優位は揺るがない。完全勝利である!

 さて……思考を戻すが――。


 錬金術師ファリアルくん、か。

 なにやら百年前の大戦時にやらかして――血染めのファリアルと蔑まれ、人間からも疎まれこんな氷雪国家に逃げるように籠っていたらしいが――。

 なるほど、それでこんなにマイナス思考なのか。


 彼の事情はなんとなく分かった。

 唇を噛むファリアル君の正面ににょこっと立ち、私は微笑んだ。


 大事な事を伝えるためだ。

 私は魔杖を振り、お菓子ダンジョン結界を補強しながら告げた。


『まあそんなことより、ちゃんと焼豚の鍋の方を頼んだよ。ちなみに――私は濃い味の方が好きだから、ちょっと濃厚にしといておくれよ。とろとろのお肉が口の中で溶けていく感じも好きだからその辺もよろしくね』


「はい、もちろんトロトロに……って、え? いや、そ、そんなことって! ワタシがしてきたことは、そのように軽くあしらってしまっていい問題では、ないような気がするのですが」

『だって、私もまあ百年前の大戦時はなんだかんだで外道な魔術や禁術を使いまくってたし。別に気にならないし。私の方がすっごいし、大魔帝だし。私の勝ちってことでこの話は無事終わりだろう?』


「え、いや……ええ!?」

『ま、そういうことだから! 私を褒め称えてくれていいからね』


 いかに自分の方が優れていたか。

 暴れていたかを一方的に告げて、ドヤアアアアァァア!

 構わず私は結界の外に意識を集中させる。

 彼が原型を作ったという自動殺戮人形の部隊だが――……。


 んーむ、まだまだこちらに来るまでには時間があるな。

 まあ、こんなにのんびりしている理由の一つがそれだった。


 敵が迫っては来ているものの、この大陸は暴走する吹雪の宝珠による結界で極寒の猛吹雪。敵の進行速度も遅く――こちらから出向くには少々問題があり、できれば避けたい。


 各人間たちには黒マナティが護衛についているし、避難キャンプ状態になっているお菓子ハウスの前にはロックウェル卿がガチで呼び出した神鳥と蛇神がそれぞれ守りについている。

 無傷でお菓子ハウス内に侵入するのは、神だとしても不可能だろう。

 というか。

 ニワトリさんをリーダーにカラス君とヘビ君の仲良しアニマルで談笑しているが、あれ、本当に神クラスの蛇神と神鳥と神鶏だからね。

 本来ならこんな所に顕現していいレベルの存在ではないのだ。


 まあ、私もそうだけどね!

 ともあれ。


 猛吹雪を隔絶するお菓子ダンジョン結界も、今私がこうして魔術で補強したので、攻め入る隙など皆無なのである。

 あとは一箇所だけ入りやすい空間を作っておけば、お客さんは全部そこから入ってきてくれる。

 そこを一網打尽にすればいいわけだ。


 ちなみに、こちらから敵を攻めるのが嫌な理由は単純だ。

 外は寒い。

 以上である。

 うん。

 これって結構重要な理由だよね?


 だからファリアル君には早く前向きになって貰い、おっいしいトロトロ焼豚を完成させて欲しいのだが。

 まーた、ウジウジしちゃってるよ。

 仕方ない。


『君が過去に何をしたのか、どんな非道を行ったのかは知らないが――私の知っている君は限界を迎えた集落を錬金術により最後まで守っていた人間だ。それだけじゃダメかい?』


「いえ、駄目じゃないですけど――本当にワタシの事、気にならないんですか?」

『具体的には何をしたんだい? なんかすごかったら、私も驚いてもう一回勝負してあげるけど』


 勝負? と、眉をひそめながらも彼は言う。


「敵や仲間の遺骸を集め……フレッシュゴーレムとして敵地に送り込んで魔力暴走させて自爆させたり、まだ機能する部分を切り取り、生きている仲間の生体部品に使ったり……勝つために……本当に、色々と手を汚してきたんです」


 その瞳には、非道な行いによる血に染まった景色が浮かんでいるのだろうか。

 が。

 ふと、懐かしい言葉を聞いた私の耳はピンと立っていた。


『おー、君もやってたんだ! いいよねー、フレッシュゴーレム爆弾。魔王様の慈悲や、御旗を踏みつけた無礼者の人間たちを洗脳してよく使ってたよ!』


 うんうん、と手を組んで私はニャハリと微笑む。

 いやあ、懐かしいねえ!

 魔王様を守るために必死だった時の私がやり過ぎちゃったせいで――今は魔族人間、共にフレッシュゴーレムは禁止になっているけど。

 そうか、彼は不老っぽい長生きだから当時の事も知っているのか。


『元は自分の仲間だから油断しまくっちゃうんだよねえ、フレッシュゴーレムって。そっかー、君もやっちゃってたのかあ! そりゃまあ外道って言われちゃうかもね、生きたまま洗脳すると結構精神がバキバキになって見た目もすんごい事になってたし』


 旧友と再会した感覚でペシペシと彼の背を叩き、はしゃぐ私。

 そんな私を、じぃぃぃぃっと見て。


 困惑したように彼は一言。


「え……、洗脳?」

『洗脳だけど?』


 はて、フレッシュゴーレムなのだから。

 洗脳で合っていると思うのだが。


 貌だけはすっごい端整な錬金術師が、顔も魔力もすんばらしい猫魔獣の私をじぃぃっと眺める姿って結構シュールかもしれない。

 ともあれ。

 二人はまた、困惑したように互いにハテナを浮かべていた。


 あっれー? おかしいな……。

 なんか、私とファリアルくんが指しているフレッシュゴーレムって、もしかして違う?


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