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迫りくる敵意と戦闘準備 ~全てを破壊する者~


 麗しのモフ毛を逆撫でするような気配。

 氷雪に閉ざされたシグルデンに築かれたニャンコハウスな楽園に迫っていたのは、明らかな敵。


 しまった――敵の動きが予想よりもだいぶ早い。

 まだ……焼豚が完成していないのだ。

 私の肉球に、濃い汗がにじむ。

 なんとしてでも、この大量の焼豚鍋とついでに人間を守らなくては。


 決意が伝わったのか。

 ロックウェル卿も脚に汗を滲ませ声を上げる。


『余は――守りを固めよう。ケトスよ、そちは鍋を頼んだぞ』


『オッケー! とりあえず倒れないように鍋自体に魔術をかけておくよ』

『ふむ、それをきいて安堵したぞ。さあ――余の華麗なる魔術、とくと見よ!』


 言って、ロックウェル卿はギギギと結界の外に目をやった。

 鳥類の鋭い眼光は恐竜のそれに近い。

 マジモードになったロックウェル卿。

 そのモコモコ羽毛から伸びる翼には、既に世界蛇の宝杖が握られている。被る冠と、優雅なマントは戦闘スタイル――大魔帝セット一式だ。


 私もまた、紅蓮のマントを取り出しネコ毛をぶわっと膨らませる。

 我らは魔王様に愛されし魔獣。

 二匹ならんで神々しいマントの下、モフっとした獣毛を靡かせ。

 戦闘態勢をとる。


 ビシ、バサ! うにゃ、コケー!

 ふ……っ、決まった!

 超カッコウイイポーズである!


 そんな我ら愛らしい大魔獣に目をやって、不思議そうに人間ファリアルは呟いた。


「あの……、超カワイイポーズを急にとられて……どうかしましたか?」


『どうやら――狙い通り、向こうからここを探し出してくれたらしい』

「えぇ!? そ、そんなはずは……ワタシの感知魔術には反応がありませんが――」


 狼狽する声に嘘の気配はない。

 錬金術師で族長である男。このファリアル君は我らの本性を覗けるほどの使い手だ。

 その彼の感知を抜けて近づいている……か。

 ……あまり、舐めない方が賢明だろう。

 その証拠に。

 ロックウェル卿は世界蛇の宝杖を翳し、尋常ならざる大魔法陣を大地に形成している。


 複雑な詠唱と呪印を刻みながら、舞うその姿はさながら踊るニワトリ!

 そのまんまだね、ともあれ。

 既に術は完成しているのだろう。


『我と共に舞え、異界より参りし神鳥よ――』


 静かなる卿が放った祝詞。

 その呪力ある言葉に従い、人間たちの待つお菓子ハウスの扉の前に、無数の力ある眷属が召喚されていく。

 三本足の大鴉。

 神鳥に属し、結界魔術を得意とする最高位の魔鳥だ。


 続いて、卿はチャリンと宝杖を鳴らす。

 鶏の眼光が魔法陣の光に反射して、紅く輝いていた。


『我が鶏鱗に招かれしは邪にして蛇。参れ、夜を切り裂く死の眼光よ』


 闇を切り裂くように大地の底が割れ――。

 角の生えた禍々しい蛇が、ずっずっ……と這い出てくる。

 これもまた最高位の眷属。

 睨みだけで様々な状態異常を敵に付与する、異界より招かれた蛇神である。


 顔色をまともに変えてファリアルくんが声をあげた。


「守りの神鳥ヤタノガラスに……! 呪われし眼光――蛇神ヤトノカミさま! 伝説の獣神の軍勢を魔術だけで召喚するなんて……っ、ありえません……。いえ、今の魔術理論なら確かに可能なのでしょうが……それにしても、すごい。これが……かつてケトス様と共に大魔帝の地位にいた……神鶏ロックウェル卿さまの魔術……」


 震える彼の声は、緊張でかすれていた。

 人間の器ならば仕方ない。

 この軍勢の脅威は、プレッシャーとしてじかに伝わっているのだろう。

 なんかロックウェル卿が超ドヤってるけど……まあ確かに、ドヤるだけはある召喚魔術なのだ。


 眷族たちは人間たちの守りを完璧に固めている。

 見た目はただのカラスと角の生えた蛇だが、この群れを払いのけるには魔王軍の精鋭たちでもそう簡単にはいかないだろう。

 というか、たぶん。

 私でさえある程度本気にならないと、押されてしまうほどの戦力だ。

 あんまり褒めたくないけど。

 天才なのである、ロックウェル卿は。


『魔猫よ。脆弱なる人間の守りは余に任せよ。余は一度手を差し伸べた者を見捨てるのは是とせぬ。偉大なる魔王様より授かりしこの卿の名にかけても――静かなる憎悪を以って、この地の人々を、そしてなによりもトロトロ焼豚さんを守り通して見せようぞ』


 ロックウェル卿の瞳は、冷徹に遥か彼方の敵を見据えていた。

 こいつもやはり、大魔族。

 伊達に大魔帝の位を預かったわけではないのだ。

 焼豚と人間を守るためにちょっと精悍になっている。


 しかし本当、不思議である。

 普段はボケボケ物忘れコケニワトリのくせに、有事の時はなんかすっごい頼りになるな……。

 まあ、魔王様か私の結界がないと呼び出した軍団も石化させちゃうんだけど。


 ともあれ、これなら人間たちの心配はしなくて済む。


『にゃはは、君になら安心して任せられるよ』

『油断はするなよ――敵は同族の洗脳までする外道。下劣な者ほどなにをしてくるか、分からんからな』


 私は――結界に近づく無数の気配を察知し。

 闇の牙をギラりと光らせる。

 愛らしいネコの瞳もギラギラと紅く燃えている。

 膨大な魔力を帯びた肉球で歩く草原は、私の紅い魔力に揺られて、ザアアアアアアっと音を立てていた。


『ああ、ちょっとだけ本気を出すかもしれない』


 さて、どんな敵かは知らないが。

 せっかく味が染み込み始めた焼豚さんをダメにするわけにはいかない。

 それに。

 魔王様の城が襲われた件もあるが――今回は過去の自分を覗かれて、憎悪の底からちょっと魔力が漏れているのだ。少し暴れたいという気持ちもある。


 ぶわっとした獣毛で膨らむネコしっぽを左右に揺らし、リズムを取って獲物の気配を覗く。

 じぃぃぃぃぃ。

 ここは一発でかいのをぶち当てて――と。


『ちょっと待て、魔猫よ』

『ぶにゃ! な、なにするんだい!』


 せっかく私がやる気になっているのに。

 ロックウェル卿が私の尻尾を翼で掴んで、ブンブンブンと首を横に振る。

 その表情はちょっと真顔である。


『……いや、そこまでの本気は出さないでくれると――余は助かるぞ?』

『え? せっかく人が格好良くキメ顔を作ったのに! なんでだい!』


 うにゃー、うにゃー!

 と抗議の声をあげてしまった。


『ほどほどの本気にして貰わんと――全力の余と、伝説級の眷族全ての力を合わせたとしても、余では本気になったお前の暴走を止められんからのう……。それにだ……洗脳兵だったら殺すわけにもいくまいし、ただの敵であったのなら情報を引き出すために少量は捕虜とするべきであろう。賢きそなたなら――分かるな?』


 至極真っ当な意見である。

 ニワトリ卿のくせに。


『うー、分かったよ。ほどほどにね、ほどほどに。まあとりあえず、敵を見てみようか』


 洗脳兵がいるなら、ドサクサに紛れて黒マナティ大量生産のチャンスだし!

 魔杖を振るった私は、お菓子ダンジョン結界の外の映像を空に映す。

 そこにいたのは。

 ツルっとした感じの人形たち。


『あれ? 洗脳兵じゃないね。人間でもないし――なんだろ、これ』

「おそらくは……王族軍の扱う自動殺戮石人形キリングオートマタ・ゴーレムです。ああ、もうここもおしまいだ、あれは……まずいですよ」


 相変わらず無駄に端整な貌を抱えながらファリアルくんが喚く。

 ふむ。

 自動殺戮石人形。

 人間との大戦時、私もその名を耳にしたことがある。


 魔術で土塊を操り使役する石人形ことゴーレムの亜種だ。魔術の祖たる魔王様の編みだした魔術構成とは理論が違うので、私もそこまで詳しくはない。

 たまに使役者からの支配を逃れ、ダンジョンに出現する野良人形もいるが。ここ百年の間で生まれた新しいモンスターなので情報は少ないし。

 まあ……。

 結構強いとは、人間たちの噂で聞いたことがある。

 誰がこんな厄介な新種を作ったかは知らないが、新たなモンスターとして定着させるなど――製作者はよほどの天才なのだろう。

 見た目は――。

 美術家たちが使っているデッサン人形に似ているか。


 ヌペっとしたその表面には、複雑な魔術紋様が何十層と刻まれているが。

 肉球を目の上に添えた私は、鑑定スキルでデッサン人形もどきに組み込まれた魔術を読む。


『初撃回避に、タッチ毒麻痺パラライズ……対魔術装甲に、短距離転移……か。んー、なんか色々と厄介な術が刻まれてるな』

「魔道具を用いないスキル鑑定……!?」


『にゃふふふ! 我は大魔帝であるぞ。これくらい、朝食のパンに垂らす蜂蜜シロップよりも軽いのだ! にゃーっはっは! と、自慢はともかくなんだろ、これ……殺戮に特化した戦闘タイプの使役兵だとは思うんだけど。初めて見るぞ、こんなの』


 ファリアルくんが、眉を顰めながら魔道具で敵の鑑定を始める。


「あれは人間鹵獲タイプのオートマタですね……。毒針を使い敵を弱らせ、基地に持ち帰り洗脳するために作られたナンバーです。ああ、ここまで改造が施されているなんて、おしまいだ。ここはもう、おしまいだー!」


 悲鳴が私の猫耳をぼふっと揺らす。

 悲壮感があるのは最初からだったけど。

 なんかこの人、ピンチのわりにはよく喋るなあ。

 意外に余裕あるのか?


 しかしだ、できたら情報は欲しい。


『改造が施されているのが分かるって事は、君はあれに詳しいのかい?』


「そりゃまあ……アレの原型を作ったのはワタシですし」

『なるほど。それなら詳しいのも当たり前……ん?』


 ……って。


『えぇ!? 君が作ったのかい? そんなの聞いてないよ!?』


「え? だってファリアルの名をお伝えしたんですから、普通、伝わってますよね?」

『ふぇ……? なにが? 君の名前が……なんの話だい?』


 ぶひゅ~と冷たい風が吹く。

 私とファリアル君は互いにハテナを浮かべて混乱中。

 申し訳なさそうに彼は言った。


「これでもワタシは……その、人間たちの中では悪い意味で……名の知られた錬金術師なのですが――ご存じありませんか?」


『ご存じありませんねえ』

「なるほど……ケトス様はお優しいですから――けれど……気を遣っていただかなくてもいいんです。ワタシは……自分がしてきたこと全てが正しかったと言い切るつもりは……ありませんから」


 遠くを見て、彼は自嘲するようにそう言った。

 鼻梁に宿る諦めの闇。

 疲れ切った吐息。

 その表情には濃い翳が滲んでいる。

 ものすごく、感傷に浸っているようであるが。


『えーと、ごめん。本当に……誰?』


 空気を全部ぶち壊すかのように――。

 私はぶにゃんと、愛らしく首を傾げていた。


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