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集落の錬金術師 ~グルメ魔導なとろとろ焼豚~


 童話魔術によるお菓子結界。

 私というラスボスを軸に形成されたダンジョン領域の結界。

 大魔帝の魔術による二つの強固な壁に阻まれ、暴走する吹雪の宝珠の寒さは遮断されていた。


 空に打ち上げた魔術太陽の調子も良好だ。

 なかなかに良いポカポカである。

 遅い朝食を作るということで、私たちは今、お菓子の家の外にいる。

 猫と鶏。

 そして錬金術師の彼こと族長男とで炊き出しの料理を作っているのだ。


 彼の名はファリアルというらしいが、んー、困ったことに三文字より上なのだ。


 私、女の人の名前ならともかく。

 男の人間の名前って三文字を超えると忘れやすいんだよね。

 ヤキトリ姫の伴侶候補であるアーノルド君みたいに、かつての世界で耳にしたことのある有名人とか漫画の登場キャラクターに近い名前なら、まあ憶えている確率がグンと上がるのだが。

 ファリアルくんか……覚えづらいよね。

 ま、忘れた時は錬金術師男とか、族長男でいいか。

 実際、ここの族長らしいし。


 私はトテトテトテと新設された草原の道を歩く。

 緑地化の魔術で周囲には芝生も生え始めているし、ちょっとしたピクニック感覚なのである。

 ちなみに。

 集落の人間たちも目覚めてはいるものの、現在お菓子の家で待機中。

 炊き出しを待って椅子に大人しく座っている。彼等はあの錬金術師の族長とは違い、並の魔力しかないせいか、まだ意識がはっきりとしていないのだ。


 ただ十分な食事と睡眠さえとっていれば問題ない。

 直に元に戻るだろうと、私とロックウェル卿の意見は一致していた。

 だから美味しいものを食べて貰おうと、ちょっと広い場所で仲良くクッキング中なのである。


 魔術で調理器具を召喚しながら、私は肉球をモキュモキュ握り、尻尾をふぁっさ~と歓喜に震わせていた。


『豚、豚、チャーシュー、豚、豚、焼豚なのだ!』


 メニューはこの錬金術師であるファ……リアル? くん、だっけ? ともあれ族長男が得意とする、ここシグルデン名産の焼豚だ。

 まだ養豚がいた頃の思い出の料理でもあるらしい。

 まあ、残念ながら当時いたという雪豚の肉ではなく、ごく一般的な帝国産の豚肉だが。そこは仕方がないだろう。


 巨大な鍋を複数用意する私に向かい、ロックウェル卿が問う。


『ケトスよ。あのような精巧な魔術太陽をどこで手に入れたのだ?』


『君も召喚されたあのダークエルフの隠れ里のだよ。あの地に顕現した君なら知ってるだろ。便利そうだったから魔術構成を盗んでおいたのさ』

『はて……隠れ里?』


 首をコケケと傾け、脚鱗の目立つ鶏足で歩いてトテトテトテ。ロックウェル卿は翼をバッサバッサと羽ばたかせる。

 は……っ! と頭上に! マークを浮かべた。


『おー! そういえばあったのう、そんな場所も。フィッシュアンドチップスが美味い街があった場所であるな。よく覚えておる。ちゃんと覚えておる! あれは実に美味かった。余に捧ぐ贄として最高の一品であった!』

『いや……そっちじゃなくてダークエルフの里を思い出してよ』


 まあ、いいけど。

 そういやこのニワトリ。憎悪の死霊たちが生み出した転移陣から直接召喚されたから、あの里を直接みたわけじゃないのか。


『余はあのポカポカ魔術太陽が気に入った! すこし羽毛の天日干し、日向ぼっこをするのである! 料理が完成したらおごそかに起こしに参るのだぞ!』


 言って。

 太陽に向かって両翼を広げて瞳を閉じるニワトリ卿。その羽毛は太陽のエネルギーを吸収し、モファモファのモコモコに膨らんでいく。

 君、私に次ぐほどの大魔族なのに完全にニワトリだよね……。


 ニワトリ、か。

 鶏。

 鶏、鶏、鶏。

 猫的に……なんか、尻尾がムズムズしてしまう。


 膨らんだ獣耳がピンと立って、猫目がきゅきゅきゅと動き出す。

 ……。

 はっ! いかんいかん。

 つい猫の本能で狩りのポーズをとろうとしてしまった。

 そんな事したら、世界が割れる程の大戦争になるのだから気をつけないと。


 そんな私達に目をやるのは、牡鹿の骨兜をかぶった例の族長男。

 ファリアルくん!

 よし、もう覚えたぞ!

 実は世界大戦争に発展する寸前だった状況に気付かず。

 か……かわいい……と言葉を漏らし。

 肉を運びながら作業を続ける彼が問う。


「あ、あのー……調理をするのはいいのですが、本当に大丈夫なのですか?」

『ん? なにがだい?』


 豚のブロックに魔術糸を巻いて、ぐーるぐる。焼き豚を作りながら作戦会議である。

 ファリアルくんは心配そうに結界の外の吹雪に目をやった。

 不精ひげの似合うその顔立ちは前も言ったように精悍なのだが、顔に似合わず、どうも心配性でマイナス思考なところがあるようだ。


「おそらくこのシグルデンを支配している王族達は、あなた達の存在を察していると思います。侵入されたとなると――ここに武装した洗脳奴隷兵を連れてくるのではないかと、少々不安になりまして」

『ああ、来るだろうね』


 何を当たり前な事を言っているのか。

 私はキョトンと首を傾けた。


「っ……!? 迎え撃つ準備をしなくてよいのですか? 国が、政府が攻めてくるのですよ!?」

『ニャハハハ! 君は心配性だなあ、君達が寝ている間にちゃんと手は打ってあるよ』


 魔術糸が誘惑してきたので、私はカワイイ猫手でじゃれながらニヤリ。

 ちょっと紐が体に巻きついて、私の方が糸巻きロースハムみたいになっているが気にしない。

 にゃっはー!

 やっぱり太陽のある草原で、はしゃぐのは最高なのじゃ!


「ま、まあ……あれほど強力な深淵の闇を抱えておられるあなた方なら……心配は要らないのでしょうが……。ワタシは、やはりちょっと心配です」

『不安なのは分かるけれど、こちらから相手の居場所が分からないんだ。ちょっと隙を作って向こうから来て貰うしかないんだよ』


 まあ、いざとなったらこの大陸ごと吹き飛ばすけど。

 それは口には出さないが。

 今回は暴走ではなく、理性が働いたうえでそう判断していた。


 じゅーじゅー、焦げ目がついていく焼豚さんの香りが私の鼻腔を擽っている。

 私はぐにゃーんと紐でジャレながら、意識を思考に集中した。


 さきほど、最奥にまで調査に行っていた黒マナティが帰ってきたのだ。

 その情報を……私は人間たちに伝えていない。


 結論から考えると、この大陸はもう滅んでいる。


 寒さを一切感じず、単独行動も可能でやる気もマンマンな黒マナティに大陸を一周して貰ったのだが……もはや、生きている命は、ほとんど残されていなかったのだ。

 その生きている命も出来る限り、全て回収して貰った。

 まあ……救助という意味も兼ねて洞穴に隠れ住んでいた村人や、ごく少数の生き残りを黒マナティ化して連れ帰ってきて貰ったのである。


 黒マナティ化の呪いは状態異常のカテゴリーでは最上級に位置する邪術。

 どんな状態ですら上書きし、その存在を本体のクローンへと作り変える。

 すなわち。

 反則のようであるが――黒マナティ化の呪いを解けるロックウェル卿と組み合わせれば、大抵の者は助かってしまうのだ。

 マナティ化の時点で生きている限り、かなりの確率で後の治療が可能なのである。


 まあ本来なら使役できるはずもない最上級の英雄死霊。そして、かつて大魔帝の位にまで上り詰めていた大魔族ロックウェル卿。

 この二つの異例が揃ったからできるだけで、普通はこうはならない。

 たぶんこれも、因果律を無視した禁じ手のたぐいなのだろうが。

 私、ネコだし。

 別にいいよね?

 助けられる命を救ったのだ、私ぜーんぜん悪くないよね。うん。


 だいたい神も世界も、命に対して厳し過ぎるのだ。

 気まぐれでそういう見捨てられた命を助ける者がいても、いいよね?


 ともあれ。

 もうこの大陸は滅びを迎えている。

 それを人間たちに伝えるべきか、伝えないべきか。

 正直判断に困っている。

 んで、肝心の敵の場所なのだが――それが分からない。


 敵は次元をズラした場所に隠れているらしく、もし他に生存者がいたとしてもそこにいるのだろう。少なくとも次元に干渉できるレベルの存在なわけだ。

 実際、既に大半は滅んでしまったがダークエルフも次元をズラした隠れ里にいたのだ。私達魔族以外にも高度な魔術知識をもつ者は実在するのである。


 それが例のバカ王族達なのかどうか、それは分からないが……。

 どうも、ただの人間じゃない気がするんだよなあ。


「王都の場所ならワタシがご案内いたしますが」

『まあ、その時になったら頼むよ』


 ともあれ。

 ファリアルくんの精神力も回復し始めている。そろそろ事情を聞いてもいい頃だろう。

 まだ、あまり精神を揺さぶってしまう質問は避けたいが……。


『ところで聞きたいんだけど、王族達はあの洗脳奴隷兵をどこから捕まえてきているんだい。まさか自国民を洗脳しているとは思えないけれど』


 彼はしばし考え。


「多くは罪人や、他国からの捕虜。そして結界付近に近づいてきた隣国の人間を浚ってきていると――そう耳にしたことがあります。吹雪の宝珠の結界はこの国の守りの要でしたからね、その情報を守るために結界に近づいたら消えてしまう――そういう噂を他国に流したかったらしいのですが……これらは、あくまでも民間人である我らが手に入れることのできる程度の情報です。本当かどうかは、ちょっと……」


 ふむ、まあ妥当な噂である。


『吹雪の宝珠が暴走したっていうのはいつ頃からなのかい?』


「ちょうど三年前ぐらい、だと思います」

『三年ほど前……か』


 私はふと、紐でジャレる手を止めて考え込む。

 ファリアルくんが焼豚用ブロックの表面をじっくりと焼きながら、こちらをちらり。


「魔力紐で御遊びになられていたお手が止まっておいでですが――なにか気になる事でも? まさか! 集落の人間に何かが!?」

『いや、大丈夫。そういう懸念があるわけじゃないよ』


 私はすこし、遠くを見た。


 ファリアル君が錬金術の応用で鍋に圧力をかけ、葱とスープに浸した豚肉の時間を加速させる中。

 ふと、脳裏に考えが浮かんだのだ。


『すまない……人間である君に詳しくは言えないが、私にも少しだけ――心配な事があったんだけど。三年前なら今回の件とは関係ない。私の杞憂だったようだ』


 頬に一筋の汗を流し彼はごくりと息を呑んだ。


「あなたほどの大物となると、色々とおありなのでしょうね」

『そうだね、これでもまあ、長く生きたから――色々と懸念はあるのさ。すぐにそこに原因を求めてしまうのは、私の悪い癖かもしれないね』


 猫口に一滴の涎を流し、私は焼豚のタレの香りにごくりと息を呑んだ。


 そう、今回の件は私の懸念とは無関係だ。


 私は黄昏ながら結界の外を見た。

 三年前。

 そこが重要だったのだ。

 私はニョキっと上体を持ち上げ、ポカポカ太陽に向かって瞳を閉じる。


 きっと。

 愁いを帯びた顔になっているだろう。

 何故なら。

 よっしゃああああ! 三年前なら、完全にセーフだニャアアアアア!

 私のせいじゃ、ないにゃああああああああ!


 と、内心で安堵していたからである。


 三年前なら、私が人間世界にグルメ目当ての干渉をする前だ。

 大陸が滅亡したのも、今回ばかりは私のせいじゃない!

 いやぁ。なんか最近、私の力があまりにも偉大で強大すぎるからか。麗しい私のお散歩とか些細な行動が原因で、意図せず事件の発端になってるってパターンもあったからね。

 実はこっそり心配していたのである。

 さすがに私の行動が原因で、大陸が滅んでいたのなら心が痛かったし。


 私はニャハっと安堵のドヤ笑みを浮かべる。

 ドヤを隠し、私は魔族幹部としての淡々とした声で問う。


『それはともかく。吹雪の宝珠が暴走した理由とかは……さすがに分からないよね』

「え……あ、はい。情報を得ようにも。魔力の猛吹雪に阻まれ……どうしようもなかったのです。この集落にも国に仕える軍人がいたのですが、彼女も……既に、この世には」


 言って、男は首から下げた首飾りをぎゅっと握る。

 何があったのかは知らないが……。

 形見、なのだろう。


「ワタシはこの国の外から来たのですが……彼女は、見知らぬ異国人のワタシによくしてくれたのです。どうみても怪しい錬金術師だったのに……ようこそと微笑んでくれて――当時の族長様に紹介までしてくれて……。ワタシは彼女に助けられました……。その恩を返すためにも……集落を守っていたのですが……ワタシは、彼女を守れなかった。どうしようもなくちっぽけで、弱い男、なんですよ」


 んーむ。

 どうしよう、なんか結構重い話っぽいな。

 またマイナス思考に戻られても困るし。


 私は話題を切り替えることにしたのだが。

 空気に、僅かな異変が起こる。


 これは――。

 クワックワクワワワ!

 不意に、鶏の声が私のモフ耳を揺らした。


『魔猫よ』

『ああ、分かっている――』


 寝ていた筈のロックウェル卿の瞳が、ギラついた。

 結界を壊そうと、接続する気配。

 無数の敵意。



 敵は、気配を察知できる場所にまで近づいている。



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