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闇に生きる獣達 ~憎悪とギャグの狭間~


『君が目覚めてくれて、安心したよ』


 私は――。

 静かにそう微笑んでいた。

 実は別の安堵もあったのだが、まあそこは気にしない方向でいこうと思う。

 うん。


 端整な顔立ちを硬くする男はまじまじと私たちの顔を眺め――しばらく考え込む。

 生気を感じさせるようになった肌には、汗が少し滲んでいる。

 困惑の汗だ。


 なぜ私達に助けられたのか分からず。

 心底、戸惑っているようである。

 ……。

 そういや、私達。

 喋るネコとニワトリだしね。魔族だとは伝えてあったけど、普通は驚くか。


『どうしたんだい?』

「え、いや……その……まだ、混乱していて」


 しばし考え、男は言った。


「感謝を述べさせていただいても、いいのでしょうか。ワタシたちは……あなた方――力ある魔獣の方々に、救われたの、ですよね?」


 ちょっと俯いているので、表情は読めない。

 まあ、こんなに可愛らしいプリティなニャンコに救われたのだ、あまりの麗しさに直視できないのも仕方ないか。

 魔族としての威厳を示すべく、私は努めて義務的な声を出す。


『ああ、恩を押し付けるようで悪いけれど救ってあげたよ。もちろん何の打算もなく救った訳じゃない、こっちも事情を聞きたいから必要があってそうしただけだ。ま、君達は最後の最後で幸運を拾ったんだろうね』


「幸運……ですか」

『いやすまない、幸運があったのなら――ああは……なっていなかったか。失言だったね、許してくれたまえ』

「いえ――」


 まだ信じられないのか。

 まるで狐につままれたように眉を顰める男は、懐疑的な目で周囲を見渡し。

 疑うような言葉を零す。


「吹雪の宝珠の暴走で魔族といえどこの国には入ってこられない筈、なのに、どうやって……」

『それは並の魔族の話だろう。申し訳ないが私もここにいるロックウェル卿も並ではない。それだけの話さ。君ほどの魔力がある人間ならば、分かるだろう?』


 闇の微笑が、私の猫口をツンとつりあげる。

 気分は完全に悪の幹部である。

 おお! 今のセリフ、すっごいそれっぽい!

 と。

 さっきから私が、せっかく超かっこうよく決めているのに。


 ロックウェル卿はおなかを上に向けて、ぐでーんと唐揚げを貪っているからちょっとカッコウよさがダウンしている。

 気にせず私は肉球を差し出し、妖しくクイクイと振って見せた。


『なんなら魔力を読み取ってみるかい?』

「よろしいのですか……?」

『人間程度の貧弱な嗅覚じゃあ私達の魔力の香りが分からないだろうからね、ま、自己紹介みたいなもんさ。人間の文化にも握手はあるんだろ』


 言われて――彼も手を翳す。

 私の魔力を読み取ろうとして、プニプニと愛らしい肉球を握り――その動きを止めた。


 あれ? 私達が、特に私が可愛すぎて恐縮しちゃったのかな?

 強い魔力を証明して、信用させようと思ったんだけど。


『どうしたんだい、急に。子猫みたいに震えちゃって――』

「あ……あなた方の魔力は、あまりにも……大きすぎて――その、すみません……ワタシ程度の魔力感知能力では……とてつもない……膨大な、底のない闇と……憎悪の魔力が見えるだけで」


 下を向いたまま、歯を少し打ち鳴らしている。

 その全身は、震えていた。

 ピト……ピト……。

 汗が落ちる。

 どうやら、顔を上げることができないようだ。


 空気が――変わった。


『憎悪の魔力を見ることができたって事は――君が見たのは、それだけじゃないよね』

「それは――……」


 ああ、なるほど。

 私の魔力の底にある部分と、繋がってしまったかもしれない。

 見えてしまったのだろう。

 何が見えたのか、何を見られてしまったのか――無機質な声音が問う。


『人間よ、何を見た?』

「なにも、なにも見ていない……っ」


 そう思いたいだけだろう。

 獣毛に魔力を纏い始めた私の口は、グギギと歪んで動き始めた。


『本当に――それだけか?』

「人間を憎悪する……大魔帝……。あなたの生まれてきた瞬間と、ただの猫魔獣として……いきて……何度も死に、恨み叫び、唸る瞬間を見ま……した」


 男は言った。

 絞り出すような声だった。


「あなたの愛する……伴侶だった猫の最後も……その時の、噎せ返る程の憎悪を……。まさしく……あなたは本物の……大魔帝ケトス、さま……なのですね」

『ああ、そこまで見たか。遥か遠き……記憶の彼方――我が憎悪として形成される核となった怨嗟の妄執。懐かしき記憶よ』


 それは、私がこの世界を恨み憎悪した記憶。

 悪夢のように何度も心を蝕む、後悔。

 ああ、あの時もっと私が強ければ――その後悔と憎悪こそが私を強くした。


 愛する者がただの冷たい塊となり――朽ちていく。

 動かぬその頬を舐め、温めようと動かした舌の感覚も――忘れられない。

 あの頃の私はまだただの猫で――温めれば、冷たくなくなれば動いてくれると猫の頭で考えていたのだ。

 かつて人間だった私にはその行為の無意味さに気付いていたのに。

 猫の私は諦めきれずに、何度も、何度も温めたのだ。

 傍に侍り、毛皮で温め――人間から食料を盗み、食べてくれること願い鳴き続けた。

 ある日、愛しき者の遺骸は消えていた。

 私が食料を盗みに行っている間に――人の手により捨てられたのだ。


 私はその時、初めて人を殺した。


 人の手によって殺された、愛する者。

 人の手によってゴミのように捨てられた愛する者。

 私はその時決意したのだ。

 人間を殺す。

 けして許さぬ。

 かつて人間だった頃の自分など――もう要らぬ、と。

 もはや五百年も前の話。

 遠き記憶の彼方にある――古き憎悪。

 けれど私は――いまだに人を憎んでいる。


 私は、目の前で怯える人を見た。


 まさか。

 そこまで見えているとは――と。

 紅くギラつく猫目は闇の中で、細く縮まり……スゥっと閉じていく。

 今回は、ネタでもなんでもない。

 闇の中から表情のない貌を、私は人間に向けていた。

 見られたことで、人間世界を憎悪する獣に戻っていたのだ。


 漏れるのは憎悪の魔力。

 憎悪の魔性としての素の魔力が滲み出ていた。

 メキリ、メキリ……身体も変貌していく。

 私がそうであったように、ロックウェル卿も鋭い闇の顔を作っていた。


『魔猫よ。こやつ、英雄級であるな――並の人間ではない』

『クハハハハ! どうやら、そのようだ――我はそなたを侮っておったぞ人間よ。本当に、本当に想定してはおらんかったのだ。我すら見ようとしない、脆弱なる我を見たか。許せ、矮小なる人間の器でありながら、我の深淵を覗くほどの高みに上り詰めた錬金術師よ。我はそなたを讃えよう』


 黒々とした深い闇の中。

 血の滾りを感じさせる私のネコの瞳が、じっと獲物を見つめていた。

 人間。

 我を殺し、嘲った人間。

 我の愛する者を奪い続ける人間。

 愚かで憎い人間ごときが、我が憎悪の淵を覗くなど――随分と生意気ではないか。


 そんな私の闇を嗜めるように、ロックウェル卿が鳥の眼光を尖らせる。


『ケトスよ。あまり弱き者を虐めるな――本気となったそなたの魔の眼光は、ただ眺めるだけで弱者の息を殺す、脆弱なる存在には重いのだ。よい、そなたは下がって気を鎮めよ――余が対応しよう』

『ああ、そのようだ。それがいい、我は――少々、休むとしよう』


 私達の魔力の根底にある憎悪が覗ける。

 この男、相当な実力の持ち主だ。

 まあ戦いといった意味での実力ではなく、錬金術や魔術に対する知識としての意味だが。

 おそらく錬金術か――何らかのスキルや技術に対し、頂点に立つほどの研鑽があるのだろう。

 その研鑽こそが、鍵であり誤算だった。

 あまりにも優れているために――我らの底に眠る憎悪を読み取ってしまったのだ。

 そしてなにより。

 この男も、世界を憎悪しているのだろう。

 その理由は知らない。

 知ったら憎悪に巻き込まれ世界を滅ぼしてしまうかもしれない、だからあえて知ろうとは思わない。

 けれど感じていた。


 この男は――我らと同じ、憎悪の魔性になりうる器だ。


 それにしてもロックウェル卿がいて良かった。

 彼のおかげで冷静でいられたのだ。

 私たちは一見すると、超絶プリティな愛玩ケモノだが。

 本質は全てを蹂躙し、破壊する混沌に近い魔性なのである。

 その本性を覗かれてしまうと――いわゆるマジになってしまうのだ。


 私は大魔帝ケトス。憎悪の魔性として滾った血を抑えるように、おいしい唐揚げさんを口にする。

 私の憎悪は食欲に変換され、闇の奥へと沈んでいく。

 うんま、うんま!

 やっぱり唐揚げって最高だね!

 そんな私の食事を横目で見ながら、ニワトリ卿がぎろり。


『余の分のカラアゲさんは残しておくのだぞ?』

『クハハハハ! 我は闇、混沌の魔性ぞ! 我が前に転がる贄がどうなるか、それは我にすら分からんのだ!』


 カラアゲうっま! カラアゲうっま!

 と、おいしい贄を貪りながら――賢い私は考えていた。


 しかし、この人間には悪い事をした――と。

 ここまで覗かれるとは思っていなかったのだ。


 私は猫目で彼をちらり。

 その背が、ビクリと跳ねていた。

 おっと、いけないいけない。

 あんまり脅かしたらかわいそうだ。


 怯える様子がちょっと獲物っぽく見えて、尻尾がブニャンブニャンと揺れてしまうが。

 じっと我慢。

 ふと、破壊の衝動も目覚めそうになるが――えらーい私はそれを抑えていた。

 最近、人間たちとも交流があるし。

 自制心とか常識とか。

 そういうのをいっぱいたくさん勉強したからね。


 さて、唐揚げを食べて気も落ち着いた。


 私がフォローするより前に、卿が顔をあげた。

 ロックウェル卿は闇の瞳を妖しく輝かせ、


『安心せよ脆弱なる人間よ、今の我らは人類と敵対などしておらん。無作為に滅ぼしたりなどはせん。今のところはな』


 淡々と告げた。

 むっしゃむっしゃと唐揚げを引き千切りながら……。


 その翼は闇を掻くようにギギィと伸ばされる。

 唐揚げの皿を器用にツツーと引き寄せて、異界から取り寄せたマヨネーズをぶちゃあああああ! とかけながら、彼は続ける。


『老婆心ながら忠告しておくが、人間の錬金術師よ。あまり闇の底を覗くな――我らは魔性、覗き過ぎると帰ってこられなくなるぞ? 余の回復魔術とて、深淵に落ちた人の魂までは癒しきれんからな。クク、ククク、クワーックワ!』

「す、すみません……っ」


 いや、まじめな顔をしてるところ悪いけどさ。

 ニワトリ卿……今、君……めっちゃぐでーんとしながら、ダラダラと唐揚げ喰ってるだけだからね?

 しかもここ、闇に包まれてるけどこの闇、巨大コタツの影だからね?


 ともあれ。

 私たちは意識して憎悪の魔力を、静かな闇の中へと落とす。

 心も体も既にニャンコに戻っているのだ!

 ニャハハハ!


 マヨネーズの脂で翼をびちゃびちゃさせているロックウェル卿を押し退けて、私は再び魔族幹部としての声を出した。


『まあ、ここまで覗かれてしまうのは計算外だったけれど――本当にそういうことができてしまう存在だっていうのは。今ので理解できただろう? 私たちは自分で言うのもなんだが、まあ大抵のことはできちゃう力ある闇の魔獣なんだよ』


 ドヤりたいのだが、まだだ。

 まだ早い。


『他の者たちもしばらくしたら目を覚ます。その後でいい、この国の事情を詳しく聞かせて貰うよ。君にとっては国を裏切る行為になるかもしれないが、その辺は割り切って貰うしかない――私もせっかく助けた命から力尽くで情報は引き出したくない。できれば望んで協力してくれることを願っているよ』


「いえ、協力はもちろんさせていただきます。けれど――その、申し訳ないがまだ信じられなくて……このような神のような御業を……こんなに愛らしい猫が……」


 お、愛らしい猫といったな!

 恐怖そのものである全盛期の姿を見てもなお、それを口にできるとはなかなか見上げた根性だ!

 よし、こいつはきっといいやつだ!

 ぶにゃ~と緩みそうになってしまう頬をギュっと引き締めて、私は魔族としての顔でジロり。


『猫で悪いかい? まあ、私はそんじょそこらの猫じゃないんだ。超愛らしくても仕方ないよね』


 あ、ちょっと魔族幹部っぽいセリフも緩んできている。

 いかんいかん。

 気を引き締めよう。


 ちなみに。

 今の私とロックウェル卿の状態だが。


 異界召喚で取り寄せた、魔力で動くように存在変換させた電気ヒーターの前。魔王城から取り寄せたホカホカソファーで、どでーんと寝そべっていた。

 巨大コタツの中に更にポカポカアイテムを用意したのだ!

 詳しい事情を聞くまで待つ必要があったので、起きるのを待つ、くつろぎセットを用意していたのである。

 見た目は、ソファーで寛ぐネコちゃんコケチャンだ。


 ……。

 よく考えたら、こんな、わくわく動物ふれあいコーナーみたいなファンシーな場所だったのだ。魔族幹部っぽい演出なんて要らなかったか……。


 私もロックウェル卿みたいに、ダラーっと身体を伸ばし始めた。

 おせんべいを齧って、お腹をポリポリポリ。

 あー、やっぱり魔力暖房って最高だな。眠くなってきちゃうね。


 くわぁぁぁぁっと欠伸をしてしまう。

 そんなおねむモードになりかけていた私に、男は声を震わせる。


「この領域に特殊なフィールドを張ったのも、あなた方なのですか」

『お、よく気が付いたね! ニャハハハハ! さすがはそれなりに魔力ある人間。ああ、このフィールドを張ったのは愛らしい私さ! ここは既に大魔帝が棲む難関ダンジョン。吹雪の宝珠とかいう、寒いだけしか取り柄のない結界の領域外だよ』


 幹部声も疲れるし、もはやいつもの猫声に戻っていた。

 存在の強大さアピールは、例の本性露出で十分すぎるほど伝わっただろうし。

 別に、もういいよね?

 猛吹雪がウザかったので、周囲は私の領域――つまり、猫ダンジョン化してしまったのでこの集落の周りに限り吹雪の寒さは届いていない。

 名実ともに、この領域は私の棲みかになっているのである。


 結界の中に新たな結界を築くなど、そう簡単にはできないのだが。

 まあ、私だからね。

 ちょっと本気で爪を研ぐだけで勝手にダンジョン化してくれるから、結構楽なのである。


 別にあの時、オリハルコンで爪を研いだのは意味もなくバリョバリョしていたわけではないのだ!

 全て、完璧な計算だったのである。

 ここまで読んで爪とぎをしていたのか! と、ロックウェル卿が珍しく手放しに感心していたから、そういうことになっている。


 既に死霊系の猫モンスター雪猫精霊が無数にポップしはじめているが、まあそれも問題はないだろう。

 と、思う。

 死霊系なので食物を必要としないし、田畑を荒らすこともない。


 ロックウェル卿も、くわっと驚いたあと……まあ、面倒だからよいか、襲わなければ無害であるし……と納得してくれたし。

 しかしだ。

 真面目な話になるが――。


 私の顔は少し――。

 シリアスなモノになりはじめていた。


 死霊系のダンジョン猫がポップしたとなると……この地で死んだ人間の数は相当なモノになのだろうと予測出来てしまうからである。


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