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猫魔獣の施し ~困った人間は猫をも拝む~


 なんか反応の鈍いシグルデンの集落。

 やつれと翳を含んだ人間たちの顔を、困った顔で見ながら。

 私は例の映像を猛吹雪の空に流し、軽く事情を説明したのだが。


『これ君達シグルデンの奴隷兵の軍隊だって聞いたんだけど、違うのかい?』


 黒マナティの呪いで一網打尽にされる姿は……ちょっと怖いかもしれない。

 んーむ。

 私にしてみれば、かわいい黒マナティの愛らしい養殖現場なのだが。


 悲壮な顔をして集まり、人間たちはなにやらヒソヒソヒソ。

 優れた私の猫耳にはバッチリ聞こえている。


「ああ……あれが伝説の魔王城……そこを襲ったとなると……この国はやはりもう、終わりなのですね」

「ボクたち……ネコさんに食べられちゃうの?」

「仕方ないのよ、坊や。うふふ、きっとこれが……わたしたちの運命だったのよ。最後に猫さんの糧になるのなら……生まれてきた意味も……あったって事なのよ」

「そっかぁ……ボク、ネコさんのごはんになるんだね」


 いや、人間なんて食べんて……。

 豚族とか羊族とかならともかく……サルは……ちょっと趣味じゃない。

 それに人型の形をしていると、なんか……ねえ?


『いやいやいや、そんなすぐに諦められても。なんか、困るんだけど。ねえねえ、この国がなんでウチの城を襲ってきたのか、なにかしらないかな?』


 言いながら。

 トテトテトテと雪の中を歩き、ヒソヒソと相談する人間に近づく私。

 後ろに続くのは、プリティな肉球の足跡。

 おー、なんか銀世界を歩く私ってけっこう可愛いかもしれない!

 問いかけに、族長っぽい男が疲れたような硬い息を吐く。


「さあ、この国のバカ王族の方々が何を考えておられるかなど……補給や援助すらも打ち切られた我らには、もう……分かりませんよ」


 バカ王族か。

 そいつがなんかやらかしているのだろうか。

 民からバカと言われるぐらいだから、たぶんその辺の連中が奴隷兵なんか使っているのかな。

 ともあれ。

 今回の魔王城襲撃事件と関係あるかは分からないが、王族たちの、なんらかの事情を知っているようである。


『奴隷兵とか、バカ王族とか。その辺りの事を詳しく聞きたいんだけど。その前に……このまま滅ぼされるのと、私達においしいご飯を提供して滅ぼされないのと、どっちがいい? 私達、超寒いからそろそろ本気で温まりたいんだけど』

「滅び……ですか。ははっ……どうぞ、やりたいのでしたらご自由に」


 またしても、硬い疲れた吐息が私の顔を叩く。

 完全に、諦めちゃってるよこの人たち。


『へ? いやいやいや、こんな村滅ぼしてもなんの意味もないし。君たちを食べるつもりもないし。どっちかっていったらポカポカな食事が欲しいんだけど?』


 なんかさっきから、いやいやいやばっかり言ってる気がするんだけど。

 どうもここの人間はすぐに諦めちゃって、困る。

 ほら、魔族的には建前とかあるし。

 とりあえず滅ぼされたくなければ! って言わないわけにもいかないし。


 精悍な顔立ちに諦めを乗せた男は、寂しそうに遠くを見た。


「知らないとなると――本当に、あなた方は……外から来られた方なのですね。この村はもう間もなく、滅びる。そう……今日で、終わりなのですよ」


 私とロックウェル卿は貌を見合わせる。


『どういうことだい?』

「大陸を守っていた筈の吹雪のオーブの暴走で、国交は断絶。猛吹雪で田畑は死に。食料も資源も――もはやこの冬を越せる程の蓄えがないのです」


 言って、男が指さしたのは空っぽな食糧庫。

 そして。

 その目線の先にあるのは。

 最後の燃料で燃やしただろう、焚き火。


 これ、私達が見つけた煙か……。


『え、じゃあここにはポカポカ名物料理とか、ほかほか暖炉とか。そういうのないの? 大魔帝的に、超寒いから温まりたかったんだけど』

「ええ、ですから――生まれてきたことへの最後の感謝を、残された燃料で火を灯し――大いなる光、神に祈っていたところなのですよ。どうです? あなた方も一緒に、最後の……祈りを捧げませんか」


 そう呟く男の頬は精悍だが、やはりどこかが疲れてやつれている。

 牡鹿の骨兜もほんのりと悲しそうに俯いていた。

 人間たちは頷き。

 妙に悟った顔で空を見上げた。

 老若男女、全てが遠い目をして大いなる光に祈っていた。


「大いなる光よ、我らが主よ。今生の命がもはや尽きようとも、我らの命がまた共にありますように――どうか、最後の祈りをお受け取り下さい」

「来世はせめてもっと温かい地に……」

「ボク、もう一回生まれ変わっても……おかあさんの子供に生まれるからね」


 言って、それぞれ。

 虚ろな目を妖しく輝かせる。


 これ……集団で、死ぬ前に最後のお祈り的なことしてたのか……。

 しかも子供がニャンコニャンコと手を伸ばしていたのは――可愛いからとかじゃなくて、生肉とか貴重なタンパク質とか、そっち系の意味で伸ばしていたようである。


 よく見ると、みんなけっこう瀕死だ。

 反応が鈍いっていうか。

 もう、魂が燃え尽きて消える寸前?

 か、かわいそうってレベルじゃないよ……道徳の教科書に載せるレベルの悲惨さだよ。


 私はグギギと、隣でつまらなそうにぐでーんとするニワトリに顔を向けて。


『ねえロックウェル卿、ちょっと予定と変わるけど――いいかな?』

『構わんが、何をするつもりだ? 安易に滅ぼすことに余は賛同せぬが、施しを与えるとなるとまた話は別であろう。余は余を迫害し、見世物とした人間を許したわけではないのだ。別に無理して助ける必要もないだろうに』


 まあ、その意見ももっともなのだが。

 こいつも――自分なりの倫理観ははっきりとしているようで、人間個人に対してはかなりサバサバとしている部分がある。

 ま、気に入った人間や魔物を石化させて霊峰に連れ帰る悪癖があるから、あんまり同情的になられても、それはそれで困るのだが。

 はぁと、私は猫のため息を吐く。


『だって、見ちゃったんだから仕方ないじゃないか。このまま見捨てたら絶対に夢に見るよ、これ』


 言って、私は魔杖を握る。


『ふん……そういう甘さは、変わらんのう。まあよい、余も手伝ってやるとするか。後で力を貸さなかったとお前にニャーニャー言われても面倒だからな』

『なんだかんだで、君もけっこう人間に甘いよね』


 もしかして。

 本当に、私みたいに他の種族から転生でもしたのかもね、このニワトリ。

 ま、プライベートな深い部分まで干渉するつもりはないから黙っておくが。

 それにしても。

 私は目の前の人間たちをチラリ。


「ねえおかあさん、この火が消えたらボクタチ……眠るんだね」


「そうよ……うふふ、でも安心して。大いなる光の地――天国のお父さんと会えるんだから。わるいことばかりじゃ、ないのよ」

「そうだね、おかあさん。ボクタチ、しあわせになるんだね」


 私と卿は、じっとりとした汗をかく。

 これ……もう、本当にギリギリのやつだよ……。

 なんか、すっごい切羽詰まってそうなので。

 私はとりあえず魔術で食料と燃料を出すことになったのであった。



 いや、神さあ。

 祈られたんだったら、そっちでなんとかしてよ……。



 ◇



 もはや全てを諦めていた集落の人間の前。

 猫目石の魔杖をくるりと回し、魔術を発動させるのはこの私。

 えらーい、御猫様である大魔帝ケトスである。


童話魔術アリス・マジック、おいでませ、お菓子の家!』


 開いた本の中から、ポン!


 童話の中に登場する要素を魔術として顕現できる能力で、チョコレートとクッキー菓子で作られた無数のお菓子の家を召喚していく。

 家の中ではコックさんの格好をした黒マナティ達が、人数分のカラアゲとおにぎりを用意して待っている。

 そもそもこのマナティ達も童話魔術を依り代にして呼んでいるからね、事前にこういう準備もできてしまうのである。


 そんなドヤ顔な私の横。

 世界蛇の宝杖を振るうモコモコ羽毛のニワトリが、


『汝らの胃袋と腸に大いなる加護を与えん。刮目せよ! 余の体内臓器回復魔術!』


 ビシ! バサ!

 オリジナルの回復魔術で、人間たちの飢えと渇きで弱った身体を癒している。

 魔力持つ羽が輝き、優しく人間たちを包んでいく。

 どうやら体調を、特に臓器や食道器官を健全な状態に治す高等魔術のようだ。


 ま、いきなり食事をとったら身体がついていけなくてもっと具合が悪くなるしね。

 なんか。

 褒めて欲しそうにこちらをチラチラ見てるから、とりあえず拍手をしておいた。


『すごいねー君。わたしにもそれほどの高等回復魔術はつかいこなせないニャー』

『そうであろう! そうであろう! クワックワクワ!』


 あ、めっちゃ嬉しそうに踊ってる。

 こいつ、本当に凄い神鶏なのにわりと残念だよなあ……。

 実際。

 このニワトリがしてみせた今の回復魔術は、私の時間逆行魔術に匹敵するほどに強力だ。

 世界の因果律、つまり運命や天命と呼ばれている強制力のある流れを捻じ曲げて行われる程に、法則を無視した魔術なのである。

 さすがに元大魔帝といったところだろう。

 ……。

 あれ……?

 そういや。これ、人間に使って大丈夫だったんだろうか。

 たしか魔王様は禁術指定していたような覚えがあるのだが。

 もし彼らの死が世界によって定められていたのなら、ロックウェル卿の魔術で捻じ曲げられてしまった訳で……。

 ……。

 ま、運命とかそういうの嫌いだし、別にいいか!


 こういう強大な魔力による干渉が、案外、世界の分岐点になったりするのかもしれないが。

 私達、ネコとニワトリだしね。

 なんか問題が起こったとしても、かわいい悪戯で済まされるだろう。

 それに、これは人助けだ。

 少なくとも魔王様なら善行をしたんだから褒めてくれるだろうし、それでよし!


『さて――これで本来なら全快の筈なんだが』

『んーむ、おかしいのう。やはり長時間、魔力の粒に当たっていたせいか、まだ足りぬようだな』


 とりあえず、一通りの治療と食事を与えたから一命は取り留めたが。まだ少し危険な状態か。猛吹雪の魔力に精神を蝕まれているのである。

 呪いと少し似ているか。

 例の反応が鈍かった状態の原因だ。

 後で吹雪の結界をどうにかする必要があるな、これ。

 ともあれ。

 十分な食事の後は睡眠だろう。

 お菓子の家の中。人間たちが温かい食事とおやつを楽しんだ、その後――。


 私は肉球を翳し、詠唱を開始する。

 惰眠魔術だ。


『怠惰なりしも慈悲深き魔猫の君。そのすんばらしい御力を我に貸し与え給え――』


 自分の力を魔術として発動しているのである。

 以前、人間である魔女マチルダやメイド騎士マーガレットが、私の力を魔術として使用したのを真似たのだ。

 魔術という形に押し込めれば、強大な力である私の魔力もコントロールしやすいと考えたのである。

 普通に大魔帝の力のまま眠らせようとすると、魔術抵抗力の低い人間だと、一生目覚めないなんてこともあるだろうし……。

 効果は発揮され、集落の人間はクークーと静かな寝息を立て始める。


 効き過ぎているということもなく、明日の朝には無事健康状態で目覚めてくれるだろう。

 ふう。

 こんなもんかな。

 いやあ、うまくいって良かった! 実は初めてだったんだよね、こういう力の出し方。


 そんなニャハハハハな私を見ながら、ロックウェル卿がちくり。


『ケトスよ、対応自体は間違っておらんし、素晴らしい調整だが――おまえ、いま実験感覚でやったであろう』

『ふぇ? な、なんのことかにゃ?』


 そういや。

 もし失敗していたときのことを、考えてなかったかも……?

 人間だったら躊躇したり、少なくともその発想に至ったはずだが。

 やっぱり私って、魔族なんだなあと実感してしまう。

 私はニャニャニャとジト顔を肉球でサササと治しながら、真面目な表情を作る。

 雑誌の表紙を飾れるレベルのイケニャン顔である。


『君がいるからさ。君なら私の惰眠魔術が暴走しても、治すことができるだろう? だって魔王様の部下魔帝の中で、一番回復系統の魔術がうまかったし』

『そ、そうであるな! クワーークワクワ、なんだ魔猫よ。余を頼りにしておっただけなのか、すまんすまん!』


 こいつ。

 ホワイトハウルと一緒で結構単純だよね。

 ともあれ。

 さて、今のうちに。


『出でよ、我が眷族たち!』


 幻影影猫を呼び出し、周辺の調査をさせる私に向かい。

 ニワトリ卿が首を傾げながら言った。


『のう、ケトスよ』


『なんだい、人の顔を不思議そうにじっと見て』

『おぬし、魔力が続く限り――魔術で無限に食事を出せるのなら、なにもわざわざグルメ漁りをしなくても良いのではないか?』


 前も異界召喚で無限に食事を出せたし、今は童話魔術もあるから確かにその通りなのだが。

 私は、チッチッチと肉球を振って見せてやる。


『君もまだまだ猫心ってやつがわかってないねえ。自分で用意するんじゃなくて、誰かに作ってもらうってのが大事なんじゃないか。だって私はえらーい猫様だよ?』

『んーむ、よくわからん』


 コンビニ弁当とか冷凍食品を温めるだけでは、なにか物足りない。

 それに、それでは寂しいではないか。

 合理的ではない、感情的な部分での問題なので魔族的には理解できないのかもしれない。

 そういうセンチメンタルな感覚なのだが。

 このロックウェル卿はこの世界の住人だ。

 伝わらないかも、ね。


 だから。

 私はちょっと眉を下げて、かつて人間だった頃のような声を出していた。


『ま、そういうもんなのさ』


 私の言葉に――。

 彼はそうかと案外に優しい声で相槌をうった。


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