表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/701

ヤキトリの乙女 ~焼鳥は猫を救う~



 魔王様のお目覚めの助けになるナニかがあるかもしれない。

 そんな決意を胸に私はヤキトリ串の売店の前で、うにゃんとお腹を出してご飯を貰う準備をしていた。


 よく考えたら、人間のお金を持っていなかったのである。


 それにだ。

 基本的に猫は人間の言葉を使えない。

 魔力を介した言葉は誤解や語弊を招く恐れが高い。


 だから。

 必殺のウニャン、である。


 幸いにも私が酷い目にあったのは五百年も前の話。今の人間にはだいぶ余裕ができていて可愛い猫様を愛でるという感覚が生まれ始めている様だった。


 今日もまた、私の可愛さに惹かれた人間どもが次から次へとやってくる。


「あら、猫ちゃん今日もここにいたの?」

『うな~ん』


「いい子ねえ。ふふ、あたしを待っていたんじゃ仕方ないわねえ、じゃあ買ってあげるわ」


 ふふふふ、ちょろい。

 犬の獣人、人間と共存する道を選んだ亜人の店主がヤキトリを貪る私を呆れたように見ている。


「ご飯を買ってあげたんだからお腹くらい撫でさせなさいよ」

『にゃん』


 ヤキトリ串を平らげた私は、どでんとお腹を曝け出し許可を与える。

 撫でてよし、とく撫でよ。


「もっこもこ、ね」


 そりゃやっぱり元人間だから、若い子にナデナデして貰うのはやぶさかではない。ついでにちょっと胸の中にダイブしてやることにした。


「きゃ! もう危ないじゃない!」

『うにゃん!』


 生憎、猫魔獣になったせいと五百年も生きたせいか生娘の身体にそういう欲情を抱くことはない。それでもやっぱり男よりは女だよなあ、と思う。


 それはスケベ心……が皆無とは言わないが、基本的に私は温かい生き物が好きなのだ。この世界の人間は男性よりも女性の方が基礎体温が高い。


 まあ炎帝ジャハルみたいなゆたんぽ体質であるならば男でも全然オーケーではあるが。いや、あいつはガス精霊だから男でも女でもないか。

 むしろどちらかというと女の部分をわざと隠そうとするせいで、より女性っぽい気もするが……んーむ、どうなんだろ。


 ともあれ。

 私は静かに瞳を閉じ、乙女の胸の中に顔を埋める。


 もっと撫でろ、と頭をついでに寄せてやる。


「甘えん坊さんね」


 頭を撫でてくれた。


 母を思い出した。


 この世に私を生み出した名も形も知らぬ母猫ではない。かつて日本に住んでいたころに私を生み育ててくれた人間の母だ。

 五百年経った今でもその顔を少しだけ思い出せる。


 もしこの世界と元の世界の時間がリンクしているのだとしたら、既に五百年が過ぎている。母はもう死んでいるだろう。

 底の抜けるようなわびしさが胸を締め付けた。


 おそらく、母は私が死んだことを知らない。行方不明ということになっているだろう。母は死ぬまで私の帰りを待ち続けたのだろうか。開かぬ扉を待ち続け、絶望しながら逝ったのだろうか。それとも私を忘れ第二の人生を歩んだのだろうか。


 泣いて。

 くれたのだろうか。


「泣いているの?」


 私を抱く乙女が呟いた。


 おっといかんいかん。どうもセンチメンタルになってしまった。

 乙女の胸から身体を伸ばし地に降りる。


 そしてご飯のお礼にお腹を見せて、精一杯かわいいポーズをとってやる。


「あははは、あたしったら馬鹿ね。猫ちゃんに何言ってるんだろ」


 ぐりぐりぐりと私の腹をひとしきり撫で、


「さてと、あたしはもう行くね。それとね猫ちゃん。あんまり人間を信じちゃだめよ、あたしみたいに心清らかな女の子ばかりじゃないんだから!」


 忠告するように少女は言った。


 しかし娘よ、自分で心清らかってなかなか言えんぞ。

 と、心の中でつっこみ。


 私は立ち去る少女の後をこっそりとついていくことにした。


 別にストーカーではない。


 彼女の中に死の気配を感じたのだ。猫という生物が持つ勘とでもいったらいいのだろうか。死神に囚われた魂の存在を察してしまうことができるのである。


 おそらく、何もしなければ彼女か彼女の身内が数日中に、死ぬ。


 死んだはずの母。遠き記憶の彼方に捨ててきた筈の望郷を思い出してしまった原因も、彼女から香る死の気配に誘発されてしまったものなのだろう。


 だから気付いてしまった。

 気付いてしまったのなら仕方がない。毎日のヤキトリがなくなるのも困る。


 まあ、ようするに。

 暇なのである。


 ◇


 人通りの少ない路地裏。時間は正午が終わった頃だろうか。


 私はトテトテトテと彼女の後ろをついていく。

 無論、わざとである。

 彼女は私に気付いているようだがあえて気付かないフリをしていた。

 そこでだ。


『ナーゴ! ルルルナーゴ!』


 と、母を呼ぶ子猫の声で叫んでやる。


 かわいい猫様に魅了された人間にとって、この声は致命的な一撃。

 心の深い所にクリーンヒットする筈だ。

 案の定、少女はため息をつきながらも振り返った。


「もう駄目じゃない、ついてきちゃ……って、やだ、あなた怪我してるじゃない!」

『るるるにゃん……っ』


「だから人間をあまり信用しちゃだめって言ったでしょ……」


 もちろん、この怪我もただの幻。力ある猫魔獣が得意とする幻術である。

 彼女の眼には「なぜか」人間につけられたと確信してしまう傷が見えている筈だ。


「……いや、そりゃ不用意にご飯をあげちゃったあたしのせいでもあるけど」


 人間に傷つけられた可哀そうな猫様。

 そんな哀れな猫様がそれでも人間である自分に懐き縋ってきているのだ。その心境は波のように揺れている事だろう。


「だぁぁぁぁぁぁ、もう! わかった、わかった! わかりましたよ! あたしが悪いんです!」


 どうやら乙女は諦めたようである。


「はぁ、仕方ないわね。本当はいけないんだけど負けたわ、あなたをあたしのウチまで連れて行ってあげるわ。怪我が治るまでよ」


 私を大事そうに腕の中に抱き、


「怪我してるんだから暴れちゃだめよ」


 彼女は早足で路地裏を進んでいく。

 そして。

 廃屋の中を抜け、人が住まぬ教会跡に入り込んでいった。


 こんな場所に何の用かと思ったら、彼女は苔の生えた古い女神像の前で跪いた。

 すると。

 私は静かに感嘆とした息を漏らした。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴと女神像が鈍い音を立てて動き出したのだ。

 隠し通路である。


 私の猫目がくわぁああっと広がった。

 動く女神像。

 ごごご、と動く物体。

 ……。

 めっちゃジャレたい。

 尾がぶんぶんと振れる。


「コーラ、暴れちゃダメって言ったでしょ」


 乙女は口の中で更に祈りを囁き、手を翳す。手の先に生まれたのはほんのりと明るい蛍のような無数の輝きだった。


 照明を作り出す魔術なのだろう。

 神に祈りを捧げていたことから察するに僧侶系のスキルなのだろうか。人間のスキルや魔術に詳しくない私にはあまり区別はつかない。


「さあ、今からあたしのウチに行きますからねえ。誰にも言っちゃだめよ」


 何を言っているのか意味が分からなかったが、すぐに理解できた。


 地下通路の繋がっていた先はこの国の中心。

 すなわち。

 国王の住まう城だったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 人間を恨んでいる割には、 現在は良好な関係を築いてるみたいじゃないか それも、王族と、か?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ